第一章・第七話:面白味のかけらのない真相
金太郎とヨウタは家路についていた。
結局あの場を収めたのはほかでもない村長であった。敵に塩を送るというが、あの老人から送られた塩はどうも悔しくてたまらなかった。
「くそっ……」
「まあまあ。そんなに落ち込まずに気楽にいきましょうよ」
「……お前、今までどこに行ってたんだよ?」
あの騒動の中、いつの間にかいなくなっていた鬼丸が金太郎の隣に姿を現した。
それも、さも当たり前のように、いつも通りの無表情だった。
「ずっといましたよ。木の陰に」
「ちょっ! ……まあ、お前にとってみれば狼男を倒して報酬を受け取るだけだもんな・・・・・」
「その通りです。それと私は明日から森に行きません」
『えっ!?』
金太郎とヨウタが信じられないような顔で鬼丸の顔を見る。いつも通りの無表情だ。
「おまえっ!? ……いったいどうしてだよ?」
「だってこれから狼男は出ませんもん」
多分ね、と鬼丸は付け加える。軽々しく述べられたその内容は金太郎を驚愕させるのには十分であった。
あり得ない、金太郎はまずそう思った。常識的に考えてここ一週間続けて出たものが、明日突然でてこなくなるだろうか。
あり得ない、重ね重ね金太郎はそう思った。
しかしこの鬼には何か考えがあるかも知れない。というより考えなければこの鬼は動かないだろう。鬼丸は考えて動くタイプ、金太郎は動いてから考えるタイプだ。
「だから、明日からは行くなら二人で森に行ってください。私にはやることがあるので」
「……お前、何でそんなこと分かるんだ?」
う~ん、鬼丸はそう唸らせながらいかにも考えているようなポーズをとる。
金太郎にはいまだにこの鬼のことはよくわからない。自分より小さなこの鬼の頭の中でどんなことを考えているのか、どんな結論が出ているのか、見当すらつかない。しかし・・・・・
「なんとなく、です」
「そうか……だったら!」
金太郎は鬼丸を指差す。
「俺はなんとなくまた狼男が出る気がするぜ!」
「ならば賭けましょう。この一週間で狼男が出るかでないかを。賭けに勝ったほうが負けたほうに一つ、命令できる。これでいいですね?」
「おう、絶対に負けねえからな!」
相手のことが分からないからといって逃げるわけにはいかない。むしろ本当の勝負では分からないほうが多い。これも退魔師の修行の内。
金太郎は鬼丸に勝つことを決意した。
こうして
鬼丸と金太郎の別行動が始まった。
一日目。
昨日はあんなにも空は晴れ渡っていたのに今日は朝から雨。
昨日はあんなにも意気込んでいたのにこの雨が金太郎を憂鬱にさせる。
「金太郎おにいちゃん……」
おっと、ヨウタが不安そうな目で金太郎を見ている。クライアントを危険な目にあわせる、不安にさせる、そのようにさせないようにするのが契約したもの務め。金太郎はその不安を払拭するために笑顔で返事した。
「安心しろ、ヨウタ。今日は俺が見に行って水も汲んできてやる。お前が風邪ひいたら大変だからな」
「……うん」
「それじゃ行ってくるぜ!」
金太郎は雨をなるべく避けながら飛び出して行った。
一日目の成果……狼男の出現はなし。よって成果はなし。金太郎が風邪をひきました。
二日目。
昨日の雨にうたれ、見事に風邪をひいてしまった金太郎。ヨウタはそれを必死に看病している。
「ぶへっくしょおおおおん!!」
「大丈夫? おにいちゃん」
「あははは、馬鹿ですね~! キンタは」
「じゃかましいわ! それが病人に対する言葉かよ!?」
ヨウタの隣には昨日はいなかった鬼丸が立っている。笑いながら。
……それにしても指をさして笑うことはないと思うが。
「まあ、良かったじゃないですか」
「あん?」
「金太郎が馬鹿じゃないことが証明されて。ほら、よく言うじゃないですか、“バカは風邪をひかない”と」
「てめえ、今さっき俺のことバカって言っただろうがああ!」
二日目の成果……金太郎の風邪が治りました。見舞いに来てくれた鬼丸が入れたお茶はかなりうまい、ということが分かりました。
三日目。
「ふう~、今日はいい天気だな! 張り切って行こうぜ!」
「お兄ちゃん、風邪は大丈夫なの?」
「おう! もうすっかり良くなったぜ! ありがとな、ヨウタ」
金太郎が頭をなでてやるとヨウタは心底うれしそうな表情をする。親を失い、村人から軽蔑されても、やはりただの10歳の子供。笑顔が一番似合っている。
「よし、じゃあ行こうか!」
「うん!」
金太郎たちがいつもの水汲み場についた。鬱蒼と茂った木々たちが光を遮り、未だに夜が続いているような、そんな錯覚さえ起こす。
その森の中、金太郎たちはじっと待つことにした。狼男が現れること信じて……
一時間後……
「出てこないね……」
「……」
おかしい、こないだ森に入った時はこのぐらいの時間になればもうとっくに出てきてもいいころ。むしろこの前の時なら狼男に襲われ必死に逃げだしていたころだ。
「どうしようか? お兄ちゃん……」
「……俺はもうちょっと見てるからヨウタはもう行きな。そろそろ朝飯作るころだろ。先帰ってもいいぞ」
「うん……」
金太郎はヨウタの後ろ姿を見届けると、また木の陰に身をひそめた。
今頃鬼丸は何をしているのか、ふとそう思ったが見当もつかないのでやめた。
今集中すべきは目の前のこと。金太郎は自分の顔をたたくと待つことに集中した。
そしてそのまま2,3時間過ぎ……
「だあああああああ!! なんで出てこないんだああああああああ!!」
「びくっ!!」
……ついに金太郎は発狂した。金太郎のためにおにぎりを持ってきたヨウタも突然の発狂に驚いている。
「なんでだよおおおおお!! 何で狼男が出てこないんだよおおおおおお!?」
「落ち着いて!! 金太郎お兄ちゃん!!」
普段おとなしい人ほど怒ると怖い、というがこの狂った恐ろしさは鬼のようだった。
……しかし残念ながら金太郎の知っている鬼はこんな怖さではウンともスンとも言わないだろう。
「はあ……はあ……何であいつの言ったとおりになるんだよ……あいつは予言者かよ?」
金太郎は何時間かぶりに体を動かした。ずっと座ってたせいで体は固まり、歩くと、どう考えても健康上よろしくない音がする。
「いてて……ん? 何だ、これ?」
金太郎が先日狼男を見つけたところで何かを発見し、拾い上げる。
「やかん? ……」
金色の球体に取っ手、注ぎ口があるそれはまさしくやかん。手で土を払うと比較的まだ新しいものだとわかる。あたりをよく見渡してみればそこらへんにゴミが落ちている。
「ヨウタ、この森にはだれも入ってないんだよな?」
「うん。基本的にだれも入らないけど……」
「じゃあ、いったい誰が……」
とりあえず金太郎たちは今日のところは帰ることにした。
▽ ▽ ▽
「ふむ……まあ、こんなところですかね……」
金太郎たちと離れた鬼丸は村に出ていた。金太郎から借りた帽子をかぶり、爪も隠しているので鬼だとはばれてはいない。
「改めてみると本当に小さな村ですね……だからヨウタの話が嘘といわれるのかも知れませんけどね……」
人間は数が多ければ多いほど、意見がまとまりにくい。自分の欲、良く言えば信念がその数だけあるからだ。大きな国家で反乱が多いのはそのせいかもしれない。
しかし、小さな村だったらどうだろうか。大きい共同体よりまとまりがあるのは言うまでもない。まとまりがある分、その団結を崩すのは難しい。ヨウタの話が嘘だと思われてしまったら最後、その嘘つきという団結を崩すのは容易なことではない。
「ふう……まずは適当に話を聞いてみますかね……」
容易ではないと言っても不可能ではない。とりあえず鬼丸はこの事件の真相を知ろうとした。
「すみません……」
「ああ? 何だ、あんた。見かけねえ顔だな。旅人さんかい?」
「ええ、まあ……少しお尋ねしたいことがあるのですが」
この村で鬼丸の顔を知っているのは3人。金太郎とヨウタと最初に会ったおばちゃん。村人たちに囲まれた時は金太郎に集中が集まり自分の顔は覚えられてはいない。
そしてこの田舎の町、基本的に人当たりが良い人々なので話を聞くだけなら造作もないことであった。
「この村には嘘つき少年がいると聞いたのですが、その子について何か知っていることは?」
途端に村人の顔が歪む。さっきまで笑顔で対応してくれたことが嘘のようだった。ヨウタを本気で嫌っているのは確からしい。
「知ってるもないも、あいつの法螺に騙されて狼男を探しに行こうとしたのは俺たち大人だよ。まったく……あいつの親の顔を見てみたいね」
「探しに行こうとした? 実際にはいってないのですか?」
「ああ、長老がそう言ったからな。“調べても無駄だ”ってな」
「なるほど……ところであの子の親がお亡くなりになられたことは知っていましたか?」
「いや……実は俺らもそれをつい最近長老から聞いたんだ……親さん、病だってな。あの子に親がいたらきっと良い子に育っただろうに」
「ええ……確かに……おっと、もう時間だ。ご協力ありがとうございました」
「おう、良い旅を」
鬼丸は手をふり、村人と別れる。今の会話で得られた情報はほんのわずか。しかしその僅かな情報が鬼丸の推測を確信に変えていくことになっていた。
「ま、次は別の人に聞いてみますかね」
鬼丸の別行動はまだまだ続くことになりそうだった。
▽ ▽ ▽
「だ~……今日もいなかった……」
「お疲れ様ですね。キンタ」
「……今日は家にいたんだな、鬼丸」
金太郎が鬼丸から差し出されたコップの水を一気に飲む。
金太郎はこの一週間毎日森に行って監視していた。だが、見つかったのは、あのやかんのみ、狼男のおの字も見つからなかった。
ヨウタのことを信じるとは言ったもののここまで出てこないと流石にがっくり来てしまう。
「まあまあ、そんなに落ち込まずに。賭けに勝ったからといって、そんなに無理難題を出すほど私も鬼ではありませんよ」
「お前、鬼じゃねえか……」
金太郎が立ち上がり、椅子に座る。隣のキッチンからはいいにおいがする。
今日はカレーらしい。
一生懸命料理を作ってくれているヨウタの姿を想像すると、自然と笑顔になってしまう。
金太郎がなごんでいると、鬼丸の口が開いた。
「キンタ、この事件の終わりは近いですよ。もうすぐ……いや、明日にはこの事件は終結を迎えるでしょう」
「……なあ、何でお前はそんなこと分かるんだ?狼男が出てこないことも分かってたし……お前、未来予知でも出来んの?」
「まさか……私は魔法なんて使えませんし、占いにも興味すら湧きません。ただ原因と結果の法則を知っているだけですよ」
「原因と結果?」
「ええ、この世の中の事象は全てに原因があります。たとえば、何故キンタがここにいるのか? それは自分の修行のため、または人助けをしたいから、ですよね?」
「ああ……」
「こんな風に全ての事象には原因があります。この世界にその例外は存在しない、と私は思っています。今回の場合は“何故狼男が発見されないのか”です。」
「“ヨウタが嘘つきと疑われる”じゃなくて?」
「ええ……ところでキンタ、私は狼男の種類について貴方に話したことがありましたよね」
キンタは自分の頭の中から必要な情報を引き出そうとする。
そういえば、狼男に襲われた時にそんな話を聞いた覚えがする……。
「ええっと……黒狼と灰狼、だったか?」
「その通り。今回の事件の犯人は灰狼。灰狼は群れをなし、行動します。それは金太郎も知っているでしょう」
「それがこの事件とどういう関係が?」
「……今回の事件の真相は“灰狼の群れが人間の町に入り込み、長老を裏で操っている”と私は考えます」
『っ!?』
鬼丸の口から衝撃の一言が放たれる。調理を終え、こちらに来たばかりのヨウタの顔は驚嘆の一色だった。
「どうしてそんなこと分かるの?」
「ヨウタ……貴方は“親は死んだ”と言っていましたよね……実はそのことはこの村誰一人として知っていなかったのですよ」
「なっ!? あいつら、そのこと知らないで嘘つき呼ばわりしたのかよ!?」
「親のことについて彼らが知ったのは最近……しかし、そのことを事前に知っていた人間が一人だけいる」
金太郎の頭にはクエスチョンマークが浮かぶ。しかしヨウタは何かに気づいたようにぽつりと呟いた。
「村長……」
「何!?」
「正解です。あの夜、親につて語ったのは村長ただ一人。これはおかしい。何故誰も知らないはずの情報を村長だけが知っているのか。今回の事件、村長がキーパーソンです。」
「じゃあ村長が犯人なんじゃ……」
「……さあ?」
「“さあ?” お前にも分んないの?」
金太郎が身を乗り出す。鬼丸はそれをうっとうしそうに手で退けた。
「そんなこと知るわけないじゃないですか。でも……人間に擬態できる魔なんてそうそういません。灰狼ごときにそんな芸当できるわけありませんし……どっちにしろ村長に問い詰めればわかることです」
「そこ結構重要な所じゃないのか?」
「……あ~あ、今日は疲れました。私はもう寝ます。金太郎たちも今日は早く寝てくださいね」
「ああ……分かった、ぜ」
鬼丸は足早に部屋から去っていき、ヨウタから借りている自分の部屋へとはいって行った。
―――パタン
扉が閉まるとあたりに静寂が訪れた。
「ねえ、お兄ちゃん……」
「な、何だ? ヨウタ」
「鬼丸さんって何者?」
「……自分しか信じない面倒くさがり屋、かな」