第五章・第二話:爽やかな風と一波乱の予感
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鬼ヶ島を取り戻すために出発して早三日。鬼丸たちご一行は神域、天岩戸に向かってひたすら歩き続けていた。金太郎は別に歩くことに文句はない。自分は慣れているし、何より皆と一緒に旅をするということが好きだからだ。
しかし今回は少し趣が違う。いつもと違う雰囲気に体力よりも、精神がすり減りそうであった。というのも……。
『……』
「……気まずい」
誰も喋らないからだ。
鬼丸は元から喋らない性質なので期待はしていないが、鬼ヶ島を再び襲われたことで珍しく激情しているようだった。雰囲気が近寄りがたい。
かぐやとウラシマも何やら変だった。かぐやは何かに怯えるように、時折震えて後ろを気にしてばかりいるし、ウラシマはというといつものニヤニヤ顔が何処か黒く感じる。これは自分の心境を表しているのか、それとも彼が何かを隠しているのか分からなかった。
そして何より桃原キョウと幽鬼である。自分たちがいなかったときに何があったかは知らないが、とにかく彼らの間の空気が悪い。火花さえ散りそうなその雰囲気に、金太郎の精神は摩耗していた。
とにかくこの場から抜け出したい。その気持ちだけで、この中で比較的まともそうなウラシマに話しかけた。
「な、なぁ、ウラシマ。敵はどんな奴なんだろうな? 鬼ヶ島を攻める奴なんて物凄く強い奴か、余程自意識過剰な奴だろうな」
「おい、それはアタシのことか?」
……いかん。今のは失言だった。桃太郎のこちらを睨む視線が痛い。今にも殺されそうだ。
しかしそれを無視してウラシマはその問いに答えた。
「さあね。でも敵は神様ってことはないんじゃないかな~、って僕は思うんだけどね」
「えっ……どうして?」
金太郎は素直に尋ねる。ウラシマはふぅ、と大げさに肩を落とすと仕方なさそうに話し始めた。
「キンちゃんは勉強不足だね。神様っていうのはね、何でも出来る代わりにこの世界に干渉できない存在なんだよ」
「どういうことだよ? 今までツクヨミ様だってリュウ……竜神様だって俺たちの前に現れたじゃねえか」
「あれは干渉したんじゃなくてただ現れただけだよ。あの方たちは何もやってない」
あっ、と金太郎は声を漏らす。それに気付いた金太郎の反応に満足したように、さらにウラシマは続ける。
「神様っていうのは何でも出来る。一説によれば僅か七日足らずで世界を作ったらしい。そういう存在がたくさんいたら、この世界だって困るだろう? 何度も世界の根幹から変えられては安定することなどできない。だから何も出来ないように、この世界は制限を加えたのさ。全てのことが出来るから淘汰されるというのも皮肉だけどね。……もしもこの世界に干渉しようとする神がいたら、それは世界によって排除される。だからその禁忌を犯そうとする神様はいないと思うんだ」
「なるほど……そうなのか」
「でもね。もしも神様だったら……」
ウラシマは声を潜め、金太郎を見つめる。その表情はニヤリと、本当に楽しそうだった。
いつの間にか金太郎だけでなく、全員が聞き耳を立てていた。
「それすら捻じ曲げられる強い神様なのかな~ってね」
「……」
ウラシマの言葉に皆が押し黙る。
もしその狂言が本当だったらどうするのだろうか。相手は神、それも最上位の存在だったら自分たちが敵うはずもない。鬼丸は眉を人知れず顰め、流石の桃太郎もその嫌な現実から抜け出したかった。
再びピンと張りつめた空気になったことを少し後悔して、ウラシマは冗談めかしく言う。
「……な~んて。そんなことあるはずもないよね。神様が現れること自体稀だし。やっぱりキンちゃんの言うとおり、敵は余程のバカなんだろうね」
「おい、だからそれは誰のことだ、ウラシマ」
「はいはい。愉快な会話はそこまでです。歩き続けて約三日。そろそろ天岩戸が見えてきてもいい頃だと思うんですが……キンタ、今どの辺りか分かりますか?」
「いや……栄鬼さんから渡された地図も曖昧だしな。今どの辺りにいるかはちょっと……あっ、でも何か見えるぜ。人影のような何か……」
地平線の向こうに確かに何か黒い影が見える。
こんな何もない、ただ平坦な道の中ではただの人に会うだけでも安心する。金太郎は少しホッとした。
しかし視力5.0の桃太郎と、人間離れした感覚の持ち主の鬼丸にはそれが何なのか、すぐに分かった。
「……おい。あれはただの人影じゃねえぞ」
「ええ、確かに……ただの人影じゃないですね」
影がだんだん近づいてくる。轟音と土煙と、ただならぬ雰囲気と共に。
ここまで来ると金太郎たちにもそれが何か分かった。取り敢えず、自分たちにとって都合の悪い物なのは確かである。地鳴りのような声も聞こえてきた。
『うおおおおぉぉぉぉ!!』
「うん。ざっと見て200人はいるかな? こっちに向かってきてるよ。どうしようか?」
「そんなもん決まっているじゃないですか……」
鬼丸がげんなりしながら言う。
これ以上鬼丸に言わせるのも悪い。というわけで金太郎が彼の、いや、みんなの気持ちを代弁することにした。
「逃げろおおおぉぉぉぉ!!」
その掛け声とともに皆が来た道を全速力で戻る。なぜ逃げるかは知らないが、何となく嫌な予感が皆の脳裏に走っていた。
「……ってあいつら馬持ってんぞ!」
「そんなもん勝てるわけないじゃないですか!」
「安心しろ、相手が馬ならこっちは犬だ。おい、犬。何とかしてこい」
「……我にどうしろと?」
確かにそうだ。犬一人では何も出来まい。発言した桃太郎本人もそう思った。
と、そうこうしているうちに囲まれてしまった。馬に乗っている厳つい男たちに囲まれて、鬼丸たちはその円の中心にいた。
「ちっ、囲まれたか……」
「おい、こいつら全員ぶっ倒しちまっていいのか?」
「状況によっては止むを得ないですね。キョウ、やってください」
「おい、ちょっと待て! 早まるな! まず話し合いをしてだな……」
「おや、かぐや殿ではないですか!」
ギャーギャー騒ぎ合う金太郎たちをよそに、何ともさわやかな声がかぐやに向けられる。
聞き覚えのない単語を耳にして、皆が声のした方向を向いた。
『かぐや殿?』
「あっ……お久しぶりです。御門、さん……」
男が一人、馬から優雅に飛び降り挨拶をする。五月の風のようにさわやかな男は、本当にうれしそうにかぐやに話しかける。
しかしかぐやの方はというと、顔を引きつらせながら形式的に優雅にお辞儀する。このかぐやにこんな表情をさせるなんて、察するに余程この男のことが苦手らしい。
金太郎はこの容姿端麗という言葉が似合う男と面識があった。というのは、彼が金太郎にとって上司にあたる存在だからだ。
そう、目の前の黒色の外套を羽織っているこの男こそが、御門――――。
「……って誰だ?」
「ええ!? お前、知らないの? 御門様だよ、御門様。この国で一番偉い人、御門武様」
金太郎から説明を受けても、桃太郎は知らんと言う。
しかし普通ならばそんなことはあり得ない。なぜならこの男は金太郎の説明通りこの国の最高権力者にして、全ての退魔師の祖、そして神の血を引いているとも言われる世界で最も有名な一族の一人だからだ。もちろん国民のほとんどはその存在を知り、他の国でもその容姿と共にその名を知らないものはいない。
そして、その御門の次期当主が月から来たとあるお姫様に入れ込んでいることも、周知の事実であった。
「本当に久しいですね。天人が貴方を迎えに来たときはもう貴方とは会えないと思っていましたが、また会えるなんて……これも宿縁。ああ、いつ何時も貴方は変わらずに麗しい」
「まぁ……歳取りませんし、ね……」
突然いなくなってしまった恋しい相手を目の前にして、男は止まるわけもない。矢継ぎ早にかぐやに話しかけ、かぐやはそれを何とか対応していた。周りを取り囲んでいる男たちと共に、かぐや以外のメンバーはどうでもよさそうに傍観していた。
しかし、そんな様子を見せられて面白いわけもない存在が一人いた。
――――メキャッ!
「おや、デザートイーグルのグリップが壊れてしまった。おかしいな。このグリップはインド象に踏まれない限り壊れないはずなんですが。少し直してきますね」
「あ、ああ……。ゆっくり、な……」
鬼丸はそう言って座り込んで、自分の愛銃をいじり始めた。
御門という最高権力に反抗するのも、かぐやの立場を悪くすることになる。それを分かって鬼丸は敢えて何もしないのだろうが、こっちの方が金太郎にとっては怖かった。
「貴方のような人がこんなところにいてはいけない。さあ、私の後ろに乗ってください。私の部屋でゆっくりとお茶でも飲みながらお話を」
「あの……ちょっと用事がありまして……」
―――――バキッ!
「おや、ドライバーが折れてしまった。どうしてかな? そんなに力を込めてないはずなのに―――――」
「もうやめて! 自分のフラストレーションを物にぶつけるのはやめて!」
「ん? その声は坂田金太郎、かな?」
しまった、気付かれた……と金太郎も肩を震わせる。かぐやとは違う意味合いで、金太郎はこの男が苦手なのだ。
全ての退魔師の家系は言ってみれば御門の分家である。退魔師の中で血の繋がりというのは非常に大事にされ、宗家と分家の隔たりは特に大きい。そういう意味で、金太郎はこの男には逆らえなかった。
「は、はい! 坂田金太郎、ここに参上しました!」
「顔を上げてくれ。……君と会うのも久しぶりだな。かれこれ……四年くらいになるかな?」
「は、はい。それぐらいになります。……それで、今日は何用でこんなところまで」
「ああ、ちょっと調査にな」
調査、という言葉に金太郎は首をかしげる。
御門が動くような事件とは一体何なのだろうか。そんな災害レベルの魔なんて聞いたことが……
「どうやらここらあたりに鬼が出たという情報を聞いてな」
「……(ビクッ!)」
「しかもそれはどうやら童子名を持つものらしい」
「……(ギクッ!)」
「というわけで坂田金太郎殿、このあたりに鬼を見なかったか?」
―――――貴方の目の前にいます。それも二人。
……とは口が裂けても言えなかった。金太郎が必死に我慢しているのに気付かず、御門は語り始める。
「いや、今回は本当に残念な事件だった。まさか坂田殿が鬼に殺されるとはな。本当に惜しい人を亡くした……」
……今ちょっと聞き取れなかった。この男は何と言っただろうか?
「――――……えっ?」
「何だ、聞いてないのか? 今回の情報元は坂田金剛殿、すなわち貴殿の兄上からだぞ。父の凶報は聞いていないのか?」
「いえ……でも、それは……」
「鬼にやられたものだと私は聞いている。……まあ、鬼のことだ。もはや鬼ヶ島に帰っているところだろう。しかし私たちも―――――」
今御門様が何かを話してらっしゃる。それに集中して耳を傾けなくてはいけない。
しかし今金太郎の思考を覆っているのは自分の父親のことと、その殺した鬼のことであった。あの時屋敷にいた鬼は、鬼丸ただ一人のみ。目的のために人を殺すことも厭わない鬼丸なら十分考えられる。
しかし鬼丸が自分の父親を殺すなんて、そんな……。それが本当だったら自分は――――。
「―――――というわけだ。聞いていたか、金太郎殿?」
「えっ……ええ、はい」
「……ふむ。まあ、修行中とはいえ、一回は家に帰ると良い。私たちもそれそろ帰るつもりだ。……それでは、かぐや殿。またお会いした時にお食事でも」
「は、はあ……楽しみにしています、よ?」
では、とさわやかな声と大軍のけたたましい音とともに御門は去って行った。
あっという間に現れ、あっという間に去って行った彼らを見て、桃太郎は呆れるように唾を吐いた。
「どんなけ従者が多いんだよ。どう考えてもあんなにいらないだろ」
「まあ、腐っても三大国の最高権力者だからね。あの人に何かあったら困るのは周りなのさ。しかし名目上は鬼退治と来たもんだ。全ての退魔師の家系が一人ずつ護衛を送ってもまだまだ足りないだろうね」
「ちっ、忌々しい。鬼退治だなんて馬鹿げてる。……それよりもかぐや、あのウスラボケに何もされませんでしたか?」
ええ、と疲れ気味かぐやは答える。本当に苦手だったのか、老いない彼女の顔が何処か老けて見えた。
「あ~あ。日が暮れちまった。今日のところはこの辺で野宿か?」
「まあ、そうですね。では夜番は昨日の続きということで、ウラシマ。お願いしますよ」
「ええ~! また僕? ローテーション早くないかい?」
ウラシマが何かを叫んでいる。
しかしそれを気に掛けることが出来るほど、今の金太郎に余裕はなかった。思考が完全に停止していた。
「キンタ、どうしました? 早く夕食作りますよ」
「あ、ああ……今行くぜ」
鬼丸に呼ばれて初めて動き出す。
鬼丸はいつもあの時から変わらない様子だ。基本的に無表情の彼の考えを読むことは難しい。だが、それでも金太郎は鬼丸が何をしたのか知りたかった。鬼丸が坂田の屋敷で何をしたのか、何で親父を殺したのか。
しかし聞いてはいけない気がする。なんとなく、これを聞いた時に自分と鬼丸のこの関係が崩れる気がする。聞かずにおくか、聞いて壊れるか、金太郎には選べなかった。
――――――どういうことだよ、鬼丸……?
▽ ▽ ▽
夜、野営をしている御門の軍を見下ろす影が一つ。その影は月を背に宙に浮かんでいた。
「御門直属の軍隊、か……。いいところにいい駒がそろってんじゃねえか」
影の名前はスサノウ。焔のように真っ赤な髪を風になびかせるその様は、御門武と同等、それ以上の高貴さが漂っていた。スサノウは顎に手を当て、考えるような素振りを見せるとその口がニヤリと歪ませた。
「俺もすんげー遠い親戚だけどよ、でも一応は御門の“叔父さん”なんだ。だから半分くらい使う権利はあるよな」
そんな理屈とは程遠いことを言って、スサノウは宙に何かを描きだす。ざっと見て200人。この人数に術をかけるとなると多少は準備が必要である。男はまるで筆を操るように指で書き終えると、手を合わせて詠唱した。
「さあ、“俺に従え、駒共”」