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第五章・第一話:取り戻すための旅


「な、何だよ、これ……?」


鬼ヶ島についた金太郎は愕然とした。金太郎だけではない。かぐやも、ウラシマも、もちろん鬼丸もそうであった。

桃太郎の侵略から数ヶ月、ようやく鬼たちの生活が安定し始め笑顔が戻り始めた。それなのに、この惨状は何だろうか……?

民家は壊され、道は抉られ、さらに中央塔もなくなっている。まるで廃墟のようなその光景を見て、すぐに信じることが出来なかった。

鬼丸は倒れこんでいる暗鬼と一鬼を発見すると、すぐにそこまで駆け寄り、問い詰めようとした。


「どういうことですか、暗鬼、一鬼……」


鬼丸の言葉が次第に小さくなっていく。

話しかけても反応がない。彼らは石像のように動かなかったのだ。彼らだけではない。時間が止まったかのように、崩れ落ちる塔の土煙までも止まっている。

鬼ヶ島の時間が停滞していた。


「こいつらに話しかけても無駄だぞ、鬼っ子。何かの術がかけられているから」

「桃太郎! どういうことですか!?」


鬼丸が振り返ると、桃太郎が壁にもたれかかって立っていた。ただし、その崩れかけの左手を抑えながら。その腕を見るだけで、この惨状の悲惨さを物語っていた。

桃太郎は吐き捨てるように、鬼丸の問いに答えた。


「アタシも知らねえよ。ただなんか変な奴が来て、この状況を作り出していったんだ。……ああ、止まっている鬼はこいつらだけじゃねえよ。避難した他の鬼も、あの鬼の爺までも止まっているんだ」

「長老も!?」


鬼丸だけではなく、全員が驚いた。

長老と言えば、あのどこを攻めてものらりくらりとかわされ、そして時には腹黒い抜け目のない人物である。

その長老さえ文字通り敵の術中にはまったのだ。一体どんな強大な敵なのだろうか……。


「お~い。みんな大丈夫かい?」


その時何ともこの場にそぐわない声が耳に届いた。

栄鬼童子、竜宮城とのとある一件でそこに出張することになった長老の実の息子である。同僚に恵まれず、何かと損な立ち回りの男だがその美形にいつも笑いを絶やさないような男の表情がこの日は反転していた。

彼はこの状況を誰にも説明されることもなく、察したようだった。


「幽鬼、これは、お前の仕業かい?」

「……」


幽鬼は答えない。ただ栄鬼を弱々しく見つめ、その口を閉ざしているだけだ。

見かねた桃太郎が何とか体を起こし、栄鬼との間を割るように入った。


「おい、それは違うぜ。……いや、違わないことはないか……。いや、それでもこいつは何もやってねえんだよ。こいつはただ変な奴に巻き込まれて――――」

「君は黙っていてくれないか、桃太郎。僕は今、幽鬼と喋っている」


その言葉とともに桃太郎はおずおずと引き下がった。英雄ですら殺しかねない今の栄鬼とは関わりを持ちたくない。


「お前は僕と妖鬼に約束したはずだ。復讐をもうしない、と。もう昔は振り返らない、と。お前は十年やそこらで約束を破ってしまうほど愚かではないはずだよ。なあ、幽鬼、答えてくれないか?」

「……わ、私は、ただ……」

「答えろ、幽鬼!」


栄鬼の、その強い言葉が引き金となったのか、幽鬼も爆ぜるように自分の内にある思いを打ち明けた。


「私は、我慢できなかったんだ! お父さんを尊厳もなく壊し、さらには鬼ヶ島を奪ったこいつのことが! 栄鬼だって分かるだろ!? こいつさえいなければ長老だってあんな姿にならかった。こいつさえ、こいつさえいなければ!」


そう、桃太郎さえいなければ鬼ヶ島から追われることはなかったし自分の父、茨木童子も死ぬことはなかった。

何故その恨みを晴らすことがいけないことだろうか。純粋な父への愛から生まれた純粋な殺意、仮染めの正当性を得た復讐。当然、それを行った後はその罪を背負うつもりだった。敵も同意して、自分も罪を背負おうとしている。それのどこがいけないことだというのか……。

しかし、もちろんそれを許すような栄鬼ではなかった。


「……言いたいことはそれだけか、幽鬼」


落胆するように栄鬼は続ける。


「お前はバカだ。幽鬼。茨木さんはお前に強さとは何なのか、言っていたじゃないか。お前は何のための強さということを忘れている」

「っ……」


栄鬼の言葉に桃太郎は人知れず眉を顰める。その些細な変化に気付いたのは隣にいる犬だけであった。

初めて鬼丸たちと対決した時に問われた言葉が思い出された。曰く――――貴方は何のために強さを求めるのですか、と。

確かに自分はあの時から変わった。偶然とはいえど、創造の一面を持つ桃原キョウとしての人格と交じり合い、ようやく人並みに生きる道が出来た。

しかし自分の目的は変わらない。“最強になる”という果てしなく、先が見えない目標は揺るぎなく自分の根幹に君臨している。だが――――最強になって何になるという疑問は今に払拭出来ていない。最強になって何を目指すのか、何のために強さを得るのか、その答えがまだ桃太郎にはなかった。

――――アタシは、何処が変わったというんだ……。

桃太郎が自分に問い詰めているその時、また黙り込んでいる幽鬼を放っておいて栄鬼がこちらに歩み寄ってきた。


「すまなかったな、桃太郎殿。うちの幽鬼が迷惑をかけた」

「いや、それは別にいい……アタシにも責任はあるんだから」

「……ありがたい」


栄鬼が頭を下げる。本当に丁寧に、幽鬼を止めてくれたことを感謝して。

しかし今の桃太郎には何も響かない。自分の命題つよさに疑問に再び疑問を抱いてしまった彼女にとって、他のことなど全て平等にないに等しかった。

あの幽鬼が黙り込み、あの栄鬼が謝り、あの桃太郎が自分に疑問を持っている、そんな異様な光景を目の当りにして、とても収拾しそうになかったので鬼丸は単刀直入に聞くことにした。


「それで、キョウ。この騒ぎを起こした犯人とやらは誰なのですか? 私たちの知っている人?」

「いや……アタシもそいつは知らねえんだけど……。そうだ、鬼丸。お前になんか伝言頼まれたぞ。確か“鬼ヶ島を返してほしくば天岩戸まで来い”ってよ」

「天岩戸だって?」


その場所にいち早く反応したのは栄鬼であった。


「知っているのですか、栄鬼さん?」

「……そこは確かこの国の神域だったはずだ。そこを指定してくるとなると、敵は神に仕える者……もしくは」

「もしくは?」

「神そのもの」


皆が一様に押し黙る。

今まで神という物と自分たちは多く関わってきた。かぐやと月詠様、ウラシマと竜神様、しかしその二人とも敵として関わったことはなかった。

今回の敵は神、またはそれに匹敵するもの。皆が緊張するのも分かる。しかしそんな中、一人だけ今にも飛び出していきそうな鬼がいた。

――――鬼丸童子である。


「行きましょう。鬼ヶ島を取り戻すために、敵をぶったおしに行きます」

「ちょっと待って、鬼丸君。相手は鬼ヶ島に喧嘩を売るような強者だ。取り敢えずここは冷静になろう。敵の要求にすぐに答えてはいけない」

「では、どうします? 長ばかりか長老さえ動かない。こんな状況で私たちが何かできるとは思えませんが」

「……何とかしてみよう」


そう言って栄鬼は固まっている長老のもとに歩いていく。そしてその顔に手を当てると、短く言った。


「鬼闘術・命想めいそう


その瞬間、栄鬼の手が光りだす。彼の口から放たれる念仏は途切れることなく、神聖さすら感じられる光景であった。

……しかし残念ながらそれを初めて見て分かる人間はここにはいなかった。ポカンと口を開けてそれを見守っていた。


「……おい、あいつ何やってんだ?」

「栄鬼特有の鬼闘術です。栄鬼は接触した相手の生命に直接干渉できるんですよ。それを増幅することも奪い取ることも出来る。おそらく生命に干渉して動かそうとしているのではないでしょうか?」

「ああ、だからあの時……」


妖鬼の説明に金太郎は納得する。

以前、天人を追う時に幽鬼と栄鬼に手伝ってもらって時があった。その際、二人は突然に口づけしていたのだが、なるほどこの術のためだったのか、と金太郎は分かった。

……しかしそこまでする必要があったのかどうかという疑問が生まれた。あそこまでしなくて良かったんじゃないかな、と思っているうちに命想は終わったようだった。

玉粒の汗を額に滲ませながら、栄鬼は振り返る。


「……ふむ、手応えはあった。しかしもう少し加えないといけないらしい。それにこの人数だ。ちょっと時間がかかるかな」

「ではやはり原因を元から絶たないと。行きますよ、キンタ、かぐや、ウラシマ」


いつものように三人の声が聞こえてくるはずだった。

何の疑問もなくついてくれるかぐや、口では何かといいながらも結局ついてくるウラシマ、その二人の声が聞こえてこない。ただ金太郎の“応”という声が響いているだけだった。

振り返ると、ウラシマの姿も見えない。いつの間にかどこかに行ったようだった。かぐやはそこにいるのだが、何か様子がおかしい。まるで何かに怯えるような、左手が少しだけ震えていた。


「どうしました、かぐや? 顔が真っ青ですが」

「いえ……大丈夫です。もちろん、行きますよ」

「って、ウラシマは?」

「僕ならここだよ~」


能天気な声が中央塔の瓦礫の山の上から聞こえる。見れば、小さな体が何かを探しているようだった。


「いつの間に。お前も行くよな?」

「……まあ、ね」


いつもより乗り気でない返事の仕方に金太郎は疑問を覚える。まるでこの事がどうでもいいような、つまらなさそうな彼の表情が目から離すことが出来なかった。


「アタシも行くぞ。あの蛇野郎を一発殴らなきゃ気が済まねえ。犬、ついてこい」

「御意」

「幽鬼、お前も行きなさい。決してお前だけの責任ではないが、お前は力の使い方を誤った。その責任を負わなければならない」

「……うん」


幽鬼は力なく頷く。栄鬼もついていきたいところなのだが、そういうわけにもいかない。このまま止まっている皆を放ってはおけないし、何より幽鬼はもはや子供ではない。罪を背負うというのなら、自分の口出しする問題ではない。

幽鬼はそれが分かっていたから口出しはしなかった。


「では、みなさん。行きますよ」


こうして鬼丸たちと、桃太郎、そして幽鬼を含めて、鬼ヶ島を取り戻すための旅が始まった。しかし鬼丸はこの時、皆の気持ちが崩れそうになっていることに気が付けなかった。


▽       ▽      ▽


「なあ、スサ。本当にこんなことやる意味あったのか?」


ここは天岩戸。この国において神域に指定された聖なる場所。普段はその神聖さゆえに、この国の最高権力者、御門でさえ特別な時にしか訪れないこの場所に今日は二名、来客があった。

その洞穴のような岩の上に座っている男の名前はオロチ。浮浪者のようなボロボロの、一枚の布に近い服を身に纏い、獣のような鋭い目が特徴的な男である。その獣じみた男が問うのは、それとは対照的な高貴な外套を纏う赤髪の男であった。

赤髪の男、スサノウは答える。


「ああ、あるぜ。というか、お前が戦うこと以外に興味を持つなんて珍しいな。変なものでも食べたか?」

「別に。ただお前が言うその鬼がお前のお眼鏡に敵うほど、強い奴かって思ってね。そうだとしたら、俺が……」

「おいおい、やめてくれ、あいつを壊すのは。というか、あいつはそこまで強くねえよ。強くないから、オメエには桃太郎を任せたんだ。あいつならお前の暇つぶしになるだろ」


確かに、とオロチは納得する。

鬼ヶ島に行ったときは齧る程度しか戦うことが出来なかったが、その些細な触れ合い(ころしあい)の中でも自分の興奮は止まらなかった。今でもその残滓があって、息が荒いのはそのせいである。

もし本気で殺り合ったらどうなるのだろうか。想像するだけで疼きが止まらない。口端が歪むのが自分でも分かる。何かあった瞬間には目の前のスサノウすら殺しにかかりそうな勢いである。もちろん、返り討ちにあうのは明確なのでそんなことはしないのだが。

何とか気を紛らわすために、スサノウにふとした疑問をぶつけることにした。


「強くなくて、この世界を救えるのか?」

「お前は単純だな。強さが全てだとは思うな。……この世界を救うのは、強さだけじゃねえ」


オロチはスサノウが何を言っているのか分からず、首をかしげる。

そして別にそれで良かった。このオロチは何も知らずに、自分についてきてくれればそれで。だから戦うことにしか興味のないこの男を連れてきたのだった。

スサノウは何かを察知したのか、外套をなびかせて動き出した。


「さて、そろそろ動くか。盛大なお出迎えの準備をしなくちゃな」

「……神が動いていいのか? お前、自分で神はあんま動いちゃいけないって言ってたじゃないか」

「この程度は動いたうちに入らねえよ。というか、俺の動きが制限されるのは、世界に干渉するときだけだ。俺たちは直接この世界に干渉できねえ。だから、鬼丸というギリギリの存在を使うんだよ」


当然、オロチにはこの意味を理解できまい。


「……はぁ? 何言ってんだ?」

「ははっ、オメエには分かんなくていい。お前は自分のやりたいことをやればそれで。

さあ――――宴の準備だ」


スサノウは嗤う。ようやく自分の理想を叶えられるのだと。その歪んだ笑みを知るものは誰もいなかった。




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