第四章・第十話:Second Drive、始動
坂田家、という一族は言うまでもなく雷の力を宿す退魔の家系である。
純粋に雷を操り敵に攻撃したり、磁力を用いて鉄の弾を超高速で飛ばすといった変わり種もある、非常に応用が利く力である。
その力は分家ににも引き継がれているのだが、ある一つの家系は残念ながらそれを受け継いではいない。遺伝上の支障があったのか、はたまた別の血が混じったことでその力が消えたか、理由は定かではないがその家系は雷の力を持ち合わせていない。
その名は熊谷。本家に最も近い血筋でありながら、一族から異端と恐れられる家系である。
「ぐ……思い出したぞ。楓の能力は俺たちと違ったんだ……」
金太郎は紫電を杖にして瓦礫の中から起き上がった。もし直前に彼女の能力を思い出していなければどうなっていたか分からない。
熊谷楓の能力とは“熱”である。触れた物質全ての熱力を自由に弄れる、それが彼女の人間時代から能力だった。
そして彼女は、自分たちに限りなく近いものを生み出せる力も持ち合わせていた。
「ふふ……大人しく死ね」
彼女は笑う。不敵に笑いながら彼女は空を掴む。
すると彼女の手の周りにはバチバチと、音を立てながら電気を発している球状の何かが出来上がった。これが彼女の最大の武器にして、金太郎を吹っ飛ばした代物。
―――――超電離体。
物質には三つの形がある。すなわち、気体、液体、固体の三つだ。それらは温度によって変化し、例えば氷に熱を加えると水に、さらに気体を加えると水蒸気へと変化する。
そして気体にさらに熱を加えれば、物質の電子が分離し始め完全に電離した時、それは電気を帯びた物体となる。
それが超電離体。気体、液体、固体のどれとも異なる第四の形態。そしてその高温を帯びるそれを、楓は自由に操ることができた。
「さあ、あのときみたいに遊びましょう、キンタ」
楓が四つのプラズマを放つ。超高速で放たれるそれは相手が視認していようがしていまいが関係ない。避けることなど不可能。金太郎も例外なく、その衝撃に呑みこまれた。
残ったのは倒された木々と、辺りを漂う土煙のみ。楓はふん、と息を吐いた。
「……何だ、つまんない。この程度で終わりかい? 随分と弱くなったもん――――」
「――――誰が弱くなったって?」
土煙が晴れる。楓の目に真っ先に入ってきたのは、金色の球体であった。
「First Drive Create! だから言っただろ。俺はお前を許さないって。こんなところで倒れてなんかいられないんだよ」
「ふん、どうしても私を殺すんだ。……でもね、アンタは私を殺せない」
「やって見せるさ」
金色の球体がシャボン玉のように弾けた。それと同時に金太郎は走り始める。
魔との距離はおよそ十数メートル、この間合いを金太郎はおおよそ二歩で縮めることができる。しかしそれでも、魔の方が迅い。
「遅い! やる気があるのかい!?」
気づいた時には後ろを取られていた。まるで人と獣の違い。魔を受け入れ人間より遥かに優れた命をもった楓にとって、金太郎の行動など止まっているように見える。
全身が刃物のように鋭いものに覆われている楓の体はそれだけで脅威となる。金太郎はそれを紙一重で、かわしていた。しかしこのままでは攻撃に転ずるなど、夢のまた夢だった。
――――それでも金太郎は負ける気がしない。
金太郎の紫電は宙を裂き、そのままの勢いで地面を抉る。その衝撃で土ぼこりが舞いあがった。
「……」
これは怪我の功名か、はたまた作戦の内なのか。楓にはそれは分からなかったが、この程度の土ぼこりで自分を撒こうだなんて片腹痛い。視覚などに頼らずとも、彼女にはまだ金太郎を捉える事が出来るのだ。
彼の気配は……上だ。
「そこ!」
タイミングは完璧。空中からただ落ちる彼に、自分の攻撃を防ぐ手段などない。結界は遅すぎるし、避けることも出来ない。これは勝った、と確信した。
しかし金太郎の表情はまだ終わりを覚悟している顔ではなかった。しっかりと、楓だけを見ていた。
「――――――!」
金太郎は左手で楓の攻撃を防ぐ。いや、犠牲にしたという方が正しいか。彼の目は自分の左手が無くなったのにも関わらず、まだ楓を捉え続けていた。
肉を切らせて骨を断つ。いつもの彼なら考えようもない作戦だ。しかしそれだけ、彼の執念が強いということか。
紫電が楓の頬を掠める。その傷から赤いものが流れ出ると同時に、金太郎は着地し瞬間から攻撃に転ずる。
いくら魔とは言えど元は人間の女、力だけなら金太郎は彼女に劣る要素はない。金太郎の紫電は楓の反応速度を遥かに上回っていた。
楓の体が不意に持ち上がる。その隙を見逃すわけもない。
「これでトドメだ―――――!」
紫電をふり上げる。そこにあるのは殺意だけで、殺すという言葉しか残っていない金太郎は気づけなかった。楓の顔が命乞いするように怯えているわけでもなく、死を覚悟した表情でもないことを。
――――彼女の顔は歪んでいた。
「また、私を殺すの? キンタ?」
「―――――!」
ピタリと、まるでパソコンがフリーズしたように体が固まった……。金太郎の意に反してそれは動くことなく、まるで別人の体のようだった。
「何で……。どうして体が動かないんだ?」
「それはアンタに罪の意識があるから」
ムクリと、当然のように起き上がる楓。ゆっくりと緩慢に起き上がる彼女を見てもまだ、金太郎は動けないでいた。
「アンタはいつもこう思っている。“楓を殺したのは自分だ”と。何年にも渡って脅迫的に植え付けられたそれは、今一時の感情だけで抗えるような、そんな軽いもんじゃないんだよ」
「そんな……俺は楓を殺してなんか、いない……」
「いい加減認めろ、キンタ。楓を完全に殺したのは自分だということを」
魔が吐き捨てるように言い放つ。その表情は何故か元の楓と重なり、金太郎は息を呑んだ。
「彼女を犯していたのは確かに私だ。しかし楓がそんなことで死ぬような弱い人間じゃないことはキンタ、お前が一番よく知っているだろ。彼女は生きるつもりだった。しかしアンタというお人好しがいるせいで、彼女は追い込まれた。アンタと離れたくないという愛情と、離れてでも自分だけは生き延びるという主義に挟まれてな。その二つを守ろうとして彼女は見事に……パンクした」
「そんなの……嘘だ……」
「嘘なもんか。楓の一番近くにいたのはこの私だぞ。そして今彼女の声を代弁しよう。“キンタ、貴方は私を殺した”と」
――――キンタ、貴方は私を……。
それは楓の最後の言葉だった。なるほど、あの時の言葉はそういう結末だったのか、と金太郎は妙に納得してしまった。と、同時に目の前が真っ黒に染まっていく。
ガクン、と膝が折れ地につき、空を仰ぐ。しかしその目は焦点が定まっておらず、まるで廃人のようだった。
坂田金太郎は完全に停止した。
「声すら出ないか……。全く、何でこんな奴を好きになっちまったのかね……。じゃあ、キンタ。さよなら」
金太郎の顔に手を当てる。超至近距離から放たれたプラズマは、容赦なく金太郎に襲いかかった。
▽ ▽ ▽
目を覚ますと、広がっていたのは青い空だった。辺りを見渡すと魔の姿がない。ということはどうやら違う場所に飛ばされたようだった。
……これが死後の世界か、とかそんな考えもよぎった。しかしそれはないだろう。なぜならこの景色は見覚えがあるから、それどころかここは坂田家の庭なのだから。
「う……うう……」
どこからか鳴き声が聞こえる。見れば女の子が泣いていた。灰色の女の子、金太郎の記憶の中で灰色の髪と言えば彼女しかいなかった。
「楓、か……?」
間違えるはずもない。あの後ろ姿は楓に間違いない。しかしどう考えても少女の姿だ。先程まで見ていた成人に近い彼女ではない。
そこで初めて金太郎は気づいた。自分の家が微妙に今より新しいということに。どうやらここは過去の世界、もっと言うならば自分の記憶の中らしい。
……そういえば一度だけあった。楓が泣いている姿を見たことが。となれば次にやってくるのは間違いなく……
「お~い! 楓! そんなところで何をやっているんだ?」
少年らしい元気な声がこちらに向かってくる。目につくのは金髪、それだけでその少年が誰か分かった。
少年の声が聞こえると、楓の小さな肩がビクッと震えた。そして服の裾で顔をゴシゴシと拭くと何ともないように振り返った。
「べ、別に。何もやっていないわ。さ、今日も遊びに行きましょ」
「……楓、目赤いよ」
金太郎の指摘に驚く楓。確かに楓の目の周りは赤く腫れていた。心配そうに少年は楓の顔を覗き込んだ。
「……泣いていたの?」
「な、泣いてなんかいないわ! ただ目にゴミが入って……少しこすり過ぎただけよ。何も悲しいことなんて、ないわ……」
「楓……楓はどうして泣きたいときに泣けないの?」
少年の心配はより一層強くなる。
「僕は泣き虫だけれど、泣きたいときに泣ける。それはとてもいいことだ、って金剛兄ちゃんが言ってた。涙を流すと嫌なことを忘れるって。……ねえ、どうして素直に泣けないの?」
「……だって、私は強くなりたいから……こんなことで泣いていたら、絶対に強くなれないから」
楓は肩を震わせながら言う。俯き髪に隠れて表情は良く分からないが、おそらく今にも泣きだしそうな顔に違いない。
「強いは孤独って、どっかの偉い人が言ってたわ。私は強くなる。誰一人泣くことがないくらい、もっと強く……」
「だったら僕はもっと強くなるよ。楓を守れるくらい、楓が安心して泣けるくらい強くなるよ。……少し時間はかかるけどね」
その瞬間、楓の震えが止まった。顔を上げると、そこには少年の照れくさそうな笑顔があった。
楓はそっぽを向いて、先程とは違う口調でしゃべりだした。
「ば、ばかじゃないの? アンタが強くなれるわけないじゃないの。今だって私に勝てないのに。ちゃんちゃらおかしいわ」
あからさまに肩を落とす過去の自分。もうちょっと頑張ろうぜ、と自分でも言いたくなった。
「でも、ありがとう……」
「ん? 何か言った?」
「別に。―――――さあ、遊びに行きましょ」
楓が少年の手を取り、そのまま連れていく。おそらくあの場所に行くんだろう、と金太郎はその光景を見て思い出していた。
楓の顔はまだ完全に晴れ渡ることはない。しかし、先程までの泣きだしそうな顔に比べれば千倍輝いている。凛として、可憐で、でも本当は弱くて、そんな彼女を見て思い出した。
――――俺はこの笑顔を守らなくちゃいけないんだ。
▽ ▽ ▽
「――――そう、だったよな」
金太郎は何事もなかったかのように立ち上がる。プラズマも、今までの傷もないようにゆっくりと立ち上がった。その光景を魔は固まってみるしかなかった。
「俺が守りたかったのは楓の笑顔だ。それは今も変わらない。あの時の約束、今果たすぜ、楓」
「バカなっ!? まだ立ち上がれるのか?」
あり得ない、とでも言いそうな表情の楓。それを無視して、金太郎は口を開いた。
「もうお前と付き合っているのは飽き飽きだ。俺の聞きたかった声はそんな声じゃないし、俺の知っている髪は、そんな荒んだ色じゃない。……さあ、もう、遊びは終わりだ」
金太郎は一歩踏み出す。その一歩がとても重いものに見え、楓は知らず知らずに後ずさっていた。
何故、という疑問しか彼女の頭には浮かばなかった。自分は魔で、あれは人間。いくら強い人間とは言えど、自分に勝てるような人間などまずいない。それにあれは先程までボロボロだった。壊れかけのラジオみたいに同じ言葉を繰り返し、それに縋るしかない愚かで弱い人間。なのに何故―――――私はあれに“恐怖”しているのか?
「Second Drive Set Up―――――」
金太郎はゆっくりと手を伸ばす。まるで何かを求めるようなその仕草は、今までとは明らかに違う構え。
今まであんなにも奇麗な夕日が見えていたのに、突然それが一転した。金太郎の頭上には黒い雷雲が立ちこめる。金太郎は空を握りつぶすように拳を作ると、始動した。
「―――――Start!」