第四章・第九話:異常事態、発生!
ウラシマは顔に幾度と当たる痛みでようやく目が覚めた。
「―――――っと! ここは、どこだ?」
「ようやく気付きましたか。ウラシマ」
飛び起きたウラシマの目に入ってきたのはかぐやの呆れた顔であった。
顔が痛い。なるほど、彼女に何度も顔を叩かれたのは明らかであった。というより何故かぐやがここにいるか分からなかった。
「かぐやちゃん……どうしてここに?」
「……月光で私が貴方を助けたんです。今は屋敷の塀の上。―――――というかそんなことより!」
かぐやが不安定な塀の上に立ち上がる。どこか怒っているように見えた。
「何でこんな無茶をしたんですか!? 玉手箱を持ってない貴方でどうやったらあの全身兵器に勝てるというのですか? もし貴方が死んだら悲しむのは誰かということを考えてください」
「まさか僕のことを心配して……」
「……勘違いしないでよね。別に貴方のためにやったんじゃないんだから。ただ乙姫が悲しむだけですよ」
顔がマジだった。どうやら照れ隠しなどではなく、本当にそう思っているらしかった。
「ふん! まったく、困った人ですよ。何が僕一人で十分なんだから、ですか? 全然大丈夫じゃないではないですか。貴方はいつも私たちの後ろでニヤニヤしているんです。決して前に出ることはない。それが貴方の日常でしょう」
かぐやの言葉にハッとなった。
確かにそうだ。自分は決して前に出るような人間ではなく、いつも後ろで何かをやっていた。今回のように表だって戦う機会など滅多にない。何を焦っているのか。
そう思うと、ウラシマの頭は妙にスッキリとした。自分の奥から笑いがこみあげてきた。
「……そうだったね。そういえばそうだったわ。アハハ、忘れてたよ」
「まったく……。で、どうしますか? 今なら楽に逃げれると思いますけど」
このまま塀から飛び下りれば、かぐやの言うとおり楽に逃げることができる。爆破の方向へ行けば金太郎に会うことも出来るだろう。
しかし、ウラシマはその選択を取りたくはなかった。あの全身武装の軍事オタクに負けっぱなしでは胸糞悪い。どうして一矢報いたかった。
「いや、あいつのことだ。すぐにレーダーやら何やら使って捜し出すだろうよ。見た目粘着質っぽいから」
これでは自分の方が粘着質だ、とウラシマは苦笑した。
「しかし戦うと言っても今の私たちに到底勝てるとは思いませんが……」
「大丈夫。化学で不十分なら、別の何かを加えればいいんだから」
「その何かとは?」
「―――――数学」
その時のウラシマの顔は、かぐやの見た中で最高のにやけだった。
▽ ▽ ▽
金剛はあの月の姫が戻ってきていることを知っていた。レーダーによる探知は彼らの居場所を正確に感知し、いつでも戦えるよう装備を備えていた。
もし逃げるようなことがあれば、リモートミサイルをぶっ放してやろうと思っていたがそれは杞憂に終わったようだった。
「来たか……」
その言葉と同時に金剛の前に二つの影が立ちふさがる。それは言うまでもなく、かぐやとウラシマだった。
「まさかまだ生きているとはな。どうやら少しお前を見くびっていたようだ、浦島竜胆」
「やあ、金剛君。また会ったね。第二ラウンドを始めようじゃないか。今度は負けないよ」
「レールガンが使えない貴方なんて、怖くありませんよ」
「ふん……」
金剛は鼻で笑う。こいつらはまだ、自分の底というのを見ていないのだ。なのに何故自分に勝てると言うのか。
嘲りを含んだ笑みを浮かべて、金剛の体の至る所から兵器が姿を現した。
「これでもか?」
「……はっ! 流石だね。金剛君。やっぱり君は強いよ。でもね、僕たちは負けない。かぐやちゃん、“アレ”をやるよ」
「はい!」
「―――――カイ、幾何学結合!」
「―――――月光・七夜!」
七つの光と幾多の水球、それらが金剛の周りに現れる。その幻想的な光景をぶち壊すのはもちろん、金剛の破壊的兵器だった。
「無駄だ。俺の武装の前に、立ちはだかるものなどない!」
「いいよ~。だって立ちはだかる気もないから。H27度、入射」
「はい!」
ウラシマの掛け声とともに、かぐやは月光を起動させる。しかしそれから発せられた光はあさっての方向に向かい、どう考えても金剛にあたる弾道ではない。
金剛が無視して走り出した時、その光は金剛の目の前の地面にあたった。
(曲がった!?)
「B35度、入射」
再び光が発射される。自分の後ろに向かうようなその光は、自分の目の前にあった水球に当たると、その弾道を変え金剛に当たった。
「くっ……!?」
「I48度。T13度。K40度。G2度。V39度。E19度。R35度。一斉入射!」
「はい!」
七つの光が放射される。本来一直線のはずの光が何故か曲がる。予測不可能なその弾道に訳も分からず、金剛に与えられた選択肢は逃げの一手だった。
「ぐっ……な、何が起きている!?」
「そんなに種明かしして欲しいかい、金剛クン?」
「なっ!?」
「モノ、単一結合」
ウラシマが自分と並走していることなど気づきもしなかった。当然彼の攻撃に反応することなど出来ず、金剛の腹に水球が直撃した。
しかし金剛の思考を覆っているのは痛みではなく、分からない自分への叱咤と屈辱であった。
「まったく君は本当にダメだな~、金剛君。一つのことにとらわれて全体が見えなくなっちゃいけないよ~」
「ぐ……」
「まあ、そんな間抜けな金剛君のために種明かしをするとね、あれは案外簡単なんだ。ただ光を屈折させているだけなんだよ」
ウラシマはニヤニヤしながら言葉を続ける。
「蜃気楼ってあるだろ。あれは空気の密度の差によって光が屈折されるんだ。だから地面が浮き上がって見えたり、逃げ水なんて現象が起きる。あれといっしょ。この水球の中には濃度の異なる部分が存在していて、それによって屈折させていただけなんだ。かぐやちゃんの力は“光”だからね。ちなみに屈折する角度なんかは僕が計算しているんだ。なかなか凄い“数学”でしょ」
「……なるほど、だがそれを敵に伝えていいのか?」
「うん。だって今すぐ君を倒すし。かぐやちゃん」
「了解!」
金剛の前に一つだけ水球が現れる。しかしその形はどこか歪で、嫌な予感を感じさせるには十分であった。そして、その予想は当たることとなる。
「水はレンズの役割を持つ……。集められた月光は、より一層美しい」
「七夜!」
「な……」
かぐやの光が水球を通ると、その輝きがより一層強くなる。歪な形の水球が光を一点に集中させ、その光を強くしたのであった。
集光、その光を全面に喰らった金剛はこの時初めて吹っ飛ばされた。辺りには土煙が舞っている。
「やりましたかね?」
「どうだろう……。でもだいぶ損傷は与えたから、しばらくは安心―――――」
「―――――畜生があぁぁぁぁぁ!!」
その怒声と共に漂っていた水球が全て打ち砕かれる。その光景に流石のウラシマも息をのんだ。月光によってボロボロになった体を引きずりながら、チェーンガンを起動させたその男の姿、その男の眼には確かに狂気を孕んでいた。
「まだ俺は負けん! 負けるわけにはいかない! 弟の仲間などに絶対に! まだ俺はあいつの兄でなくちゃいけないんだ!」
「……なるほど。それが君の理由か」
「レールガン、急速チャージ! 奴らを撃ち滅ぼす力となれ!」
取り出したレールガンに自分の全力を込める。この武器はまだ試作品、まだ完全に冷却しきっていないこの状態で撃てば、おそらく使いものにならなくなるだろう。
しかしどうでもいい。目の前の敵を倒せればそれで……。
金剛はレールガンの引き金を引いた。
「――――――Spark!」
金剛のレールガンは音速の三倍は優に超えている。つまり彼を中心とした半径約一キロが一秒間で到達する射程範囲なのだ。具体的に言うならばこの屋敷全体。この屋敷にいる時点で金剛の攻撃はかわすことなど出来ないのだ。
それは魔術師とて同じこと。金剛の放ったレールガンに二人は呑みこまれていく。後に残ったのは金剛唯一人だけであった。
音もなく塵となった彼らを見て、呆然としていた金剛に笑いが込み上げてきた。
「は、はは……俺は勝った。俺が勝ったんだ!」
金剛の笑いが止まらない。本当に、笑いが止まらなかった。
「――――――誰が勝ったんですって?」
「ッ!?」
金剛はその声に驚く。その方を向くと、先程倒したはずのかぐやが立っていた。
「敵を倒したことがそんなに愉快ですか……。貴方も大概戦闘狂ですよね」
「な……何故だ? 何故生きている!? お前たちはレールガンを確かに受けて……かわせるわけもない。音速の三倍は軽く超えているんだぞ。なのに何故、何故だ……」
「だからさっき言ったじゃん。蜃気楼って」
今度はウラシマが前から現れた。
「君が見ている僕たちの姿は、僕たちに反射した光の像に過ぎない。かぐやちゃんの力は光、それで霧に僕たちの姿を映し出していたのさ。さっきから霧が出ていることに気づかなかったのかい?」
そういえば先程から霧がかかっていたことは知っていた。だが、それがまさか像を映し出すスクリーンになるとは予想持つかなかった。
ウラシマはニヤニヤ笑いだす。
「君は案外完璧主義者だ。君が銃を集めるのもそれらをコンプリートしたいがため、君がレールガンを作ったのもそれを空想の物に留めておくのが許せなかったため。でも、だから君は細かいことにこだわって全体のことが見えないんだよ。そう、鬼丸君を見つめるかぐやちゃんのようにね」
「……そういえば、彼女はどこに?」
「あそこ」
ウラシマは空を指さす。
そこには空に浮かんでいるかぐやの姿、そして二人を結ぶ架け橋のように続いている水球の列……。
「……は?」
「かぐやちゃんの必殺技、陽炎は範囲が広いだけに威力が分散しやすい。だから僕の力で集光してやればどうなるかなって、言わなくても分かるよね。水球の数は26個。光は温度ん集光されていって、今概算しても……その威力はレールガンを越える」
「特製フルコースを召し上がれ☆」
かぐやの手に光が集まっていく。その光景をただ呆然に見ているほかなかった。
「月光・陽炎」
「――――オワタァァァァァァァ!!」
▽ ▽ ▽
「さて、これどうしようかな?」
「取り敢えずウラシマの流々螺旋を喰らわせて……」
「かぐやちゃんはこの様を見てまだ攻撃を続けるのかい?」
この様、とは金剛の姿のことだった。服は焼かれ、自慢のコレクションの一部は焦げている。もうこれ以上底がないような姿の金剛に、まだ追撃を喰らわそうとしているかぐやに少しばかり恐怖を覚えた。
「ああ、そうだ。蓮華さんを呼んでこよう。あの人だったら治療を―――――」
「――――その必要はない」
今まで倒れていた金剛がムクッと起き上がる。どうやらもう戦意はないようだった。ウラシマは胸を撫で下ろす。
「やあ、おはよう、金剛君。起きるの早かったね。ところで僕たちが悪い魔法使いじゃないってことは信じてもらえたかな?」
「……これでどうやって信じろと言うのだ?」
確かに……。見知らぬ人にボッコボコにされて、その人はいい人ですよー、というバカはいないはずだ。
とにかく信じる信じないは別として、今の金剛の思いを閉めるのは別の思いだった。
「ついに金太郎に負けた、か……」
「ん? どういうことですか?」
「……俺は昔からあいつに嫉妬していたのだ」
金剛はしんみりと自分の胸の内を明かした。
「あいつは誰よりも才能に溢れていた。魔術師並みに雷を操る力、魔と対峙しても引けを取らない怪力……。おそらくまだあいつが気が付いていない才能など山のようにあるだろう。そんなあいつを見て、俺は自分の力の弱さを嘆いていたのだ。俺にあるのは、オタク的な知識と、武器の扱いだけだ」
「オタクって自覚あったんですね」
「それでもあいつは俺を兄として慕ってくれた。こんな力のない奴を兄として慕ってくれていたのだ。だから俺は誓った。せめてあいつが旅を終えるまではあいつには負けないと、強い兄としての姿を見せると。……まさか、あいつと戦う前にその仲間に負けるとはな……。本当に情けない……」
項垂れる金剛を見て、ため息をついたのはウラシマであった。その肩に手を置くと、真面目な顔で金剛に語りかけた。
「バカだね、君は。キンちゃんが力だけ見て君を慕っていると思っているのかい? 君が彼の兄でいるのは、もっと違う何かのはずだ。力でも歳でもない、キンちゃんより優れている何かを見ているんだよ、彼は」
「ほんっと野性的な勘だけは備わってますもんね、キンタさんは」
「……そうだったな。ありがとう」
この時初めてウラシマたちのことが分かった気がした。
金剛は正座をし、彼らと向き合う。
「浦島竜胆殿、四方院かぐや殿」
「はい、何でしょう?」
「何だい?」
「まだまだ未熟な弟で色々と無茶をするかもしれんがその時は、よろしく頼む」
金剛は頭を伏してウラシマとかぐやに頼んだ。彼らなら、金太郎と共に歩んでくれるはずだと……。
ウラシマはニカッと笑って親指を立てた。
「OK!」
「まあ、その願い、聞いておきますよ」
「……ありがとう。門は開けておこう。おそらく金太郎はここから少し下ったところにいるはずだ。おそらく楓と一緒に―――――」
金剛の言葉は壁の破壊音に遮られた。三人はその音に驚き見ると、そこには黒い影が……。
長い爪、黒い体、明らかに人間とは思えないその体の持ち主の名前は――――。
「――――魔!? 何故こんなところに?」
異形の魔は声に言い表せれないような声を上げ威嚇する。それも一体や二体の話ではない。計八体の魔が三人を取り囲んだ。
「こんなときに魔か……。タイミング悪いね」
「……違う。あれはうちの退魔師だ」
「えっ……!?」
かぐやが驚きの声を上げる。ウラシマも声には出さないが、その驚嘆は顔に現れていた。
「確かにあの顔見覚えがある……。最近熱心に訓練していると思って見ていた奴だから覚えている」
「でも人間が魔に変わるなんて……」
「はっ! 父上!」
金剛の目つきが変わった。
「父上はどこにおられる!? この異常事態早く知らせなければ!」
「ちょ、ちょっと……」
「うおおおおおおおお!! どけえええええええ!!」
金剛は道行く魔を蹴散らし屋敷に向かう。なるほど、退魔師は家族のつながりが強いと聞いたがこれほどとは、とウラシマは呆然とその様を見ていた。
「まだまだ全然元気じゃん……」
「だからトドメを刺そうと言ったじゃないですか……」
「ていうか囲まれちゃった。かぐやちゃん、月光は?」
「……すみません。陽炎で全部使っちゃいました。もうヘトヘトです」
ウラシマとかぐやは顔を見合わせる。辺りは魔ばかりで四面楚歌。自分たちには戦えるだけの力はない。となれば選択肢は一つだけであった。かぐやとウラシマは同時に叫んだ。
『逃げろおおおおぉぉぉぉ!!』