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第四章・第八話:別に君ぐらい僕一人で倒せるんだからね

坂田金剛はかなり変わった退魔師である。

この国の最高峰、御門みかどに次ぐ退魔の家系、坂田家。伝統を重んじ守護するはずのその名家の次期当主としては不適切にも思えるほど、彼の戦い方は特異であった。

その主な戦い方とは“銃”。

最近発達しつつある科学によって生み出された拳銃などの火器。金剛はそれらを積極的に採用し、自分の魔力と組み合わせて戦うと言った前例にない退魔師である。

もちろん批判もある。実の父からは程々にしろ、と言われたこともあるし弟からは変な目で見られることもある。身内ですらそうなのだから、外部の人間からの評価は賛否両論、特に頑固な年寄りからの非難は激しい。

しかしそれを打ち消すような強さを持ち合わせ若い退魔師からカリスマ的人気を誇る彼はここ御伽の国だけにとどまらず、全世界に一目置かれる存在であった。


そしてそんな大物に追われていることなど知る由もないまま、かぐやとウラシマは逃げるばかりであった。


「待て、魔術師! これ以上逃げるのをやめ、早々に降伏しろ! 今なら罪も軽くなるぞ!」

「黙れ、この軍事オタク! 待てと言われて誰が待つか!」

「というかあの人、どんなけ武器を持っているんですか!?」


金剛は追いかけながら、正確に狙いを定めて恐ろしい数の銃弾を放っている。確かに今立ち止まったら命の保証はないだろう。現に、ウラシマの麦わら帽子は蜂の巣に、かぐやのの着物もところどころ破れていた。

しかし二人はどうすることも出来ず、延々と屋敷の周りで鬼ごっこを続けていた。


「な、何か策はないの、かぐやちゃん!?」

「このまま逃げ惑ってもやられるだけです。月光を使って出来る限り遠い場所に飛びますからそこからキンタさんと合流しましょう。キンタさんならこの軍事オタクを説得できるはずです!」

「分かった! 出来るだけ時間を作るよ!」


かぐやは蓬莱を取り出し、ウラシマは金剛と向き合う。そして二人は同時に詠唱した。


「月光・望月!」

「テトラ、四重結合!」

「むっ!?」


七つの光が集まり、一つの球体が二人を囲む。そして金剛の周りにはウラシマの十八番とも言える四つの水球が彼を取り囲んだ。

金太郎と鬼丸、この二人を苦しめたこの水球、しかしそんなことで止まるような今号ではなかった。金剛が取りだしたのはアサルトライフル、M16A4。海軍の主力火器として用いられるそれを二つ構え、乱射した。


「この水球、邪魔だああああああ!!」

「マジかよ!?」

「……大丈夫。敵の注意がない今なら飛べるはずです。月光・新月!」

「させるかあああああ!!」


金剛はM16を投げ捨てると、どこからともなく黒い筒を取り出す。それは対人戦用には決して用いられないような火力を持つ兵器―――――。


「ロ、ロケットランチャー!?」

「ッ! 逃げてください、ウラシマ!」

「Fire!」


金剛の発射と同時に、かぐやは新月を解除する。しかしこんな短い距離でロケットランチャーをかわせるわけもない。直撃は免れても着弾の時の衝撃で、かぐやは後方に吹っ飛ばされた。

辺りは土煙が立ち籠り、ウラシマの様子も分からなかった。


「けほっ……だ、大丈夫ですか、ウラシマ?」

「他人の心配をするよりも自分の心配をしたらどうだ?」


額に冷たいものが当たる。金剛はリボルバーを構え、いつでも始末できるように構えていた。

流石のかぐやも背中に冷たいものが流れた。



「降伏しろ。今ならお前たちを条件付きで解放してやる」

「……その条件とは?」

「金太郎に今後一切近づくな。あいつほど優秀な才能をこのまま埋もれさせるわけにはいかん。そのために、俺があいつを鍛える。故にお前らのような奴はもう近づくな、ということだ」


金剛の言葉はあくまで冷酷で、金太郎と喋っている時とは比べ物にならないほど無感情だった。これが退魔師の血の繋がりだと改めて思い知らされる。

だが、今のかぐやの思考は別のところに飛んでいた。

―――――私は、私たちの日常を壊させたりなんかさせません。


「……ふっ」

「む? 何を笑っている?」


鬼丸は確かに日常を壊させない、と言った。鬼丸は日常を大切にしている。ならば、妻である自分がそのことを諦めて何になるというのだろうか? 鬼丸の言うことは、絶対なのだ。

鬼丸のことを考えると、自然とかぐやの顔は笑っていた。


「はっ! 誰に口を利いているのですか、この愚民が。自分の身分をわきまえなさい。私の名前は四方院かぐや、この穢れた地上に降り立つ最後の天人ですよ。貴方の方が私の偉大さにひれ伏しなさい!」

「……交渉は決裂。ならば取る手段は一つ、か」


金剛がリボルバーを回転させる。


「……悪いな、姫様。俺は良い意味でも悪い意味でも男女平等が主義なんだ。故に、死ね――――」

「間欠泉!」


かぐやと金剛の間から熱水が湧き出る。その衝撃で金剛の銃は弾き飛ばされ、その熱で右手がマヒした。金剛は声のした方向に銃を向けた。

かぐやは知っていた。こんな大掛かりで、派手なことが出来る魔術師など一人しかいない。あのいつもニヤニヤして麦わら帽子の少年の姿をしている、オッサンだ。


「だめじゃないか、かぐやちゃん。お姫様が戦前に立っちゃいけないよ。もしかぐやちゃんに傷でも付いたら殺されるのは僕の方なんだから」

「ウラシマ!」


土煙から現れた彼の姿は少々違っていた。ボロボロの短パンからオーダーメイドしたスーツに、金剛と鬼ごっこをしているときに失くしたその麦わら帽子もちゃんとかぶっていた。

いつの間に着替えたのだろう、という疑問は残るがそれは敢えてスルーである。

なぜなら彼はいつもと同じようにニヤニヤしていたからである。


「くっ! まだ生きていたか!」

「おお、おお、甘い、甘い。そんな単調な攻撃、僕には当たらないよ~。じゃあ、お姫様は返してもらおうかな」


ウラシマの指が鳴らされると同時に、3つの水球が金剛に襲いかかる。金剛の右手は現在は痺れて使えない。直撃を避けるために後退したその隙に、ウラシマはかぐやの前に立った。


「さて、お姫様。君には戦線離脱してもらおうかな?」

「なっ!? どういうことですか?」

「だって二人であれを倒しても何の意味もないんだもん。僕たちの目的はこの戦いを終わらせること。だから倒さなくてもいいんだよ。幸いにもかぐやちゃんならすぐにキンちゃんを探せるし、僕が囮になるからそのうちに探しに行ってくれよ」

「でもそれだとウラシマが……」


ウラシマはかぐやの肩に手を置き、真面目な顔で重々しく口を開いた。


「かぐやちゃん……もし君が傷ついたときに、もっと傷つくのは僕と言うことを察してくれよ……」

「あっ……」


かぐやの脳裏に何故か黒と赤の情景がよぎった。しかもその中央にはウラシマが倒れていて、そして鬼丸は笑っていた。怖い、笑顔だった。


「な、なるほど……で、では行ってきます。ご武運を」

「は~い。ありがとねん」


かぐやの体が黒い球体に囲まれ、消えていく。ウラシマはその光景を見送ると、ニヤニヤと振り返った。どうやら相手の右手はもう完治したらしかった。


「優しいのだな。女の子を守るが故に、自分を犠牲にするとは。見た目以上の紳士と見える」

「……か、勘違いしないでよね。別にかぐやちゃんのためにやったわけじゃないんだから!」

「ツンデレ?」

「別に君ぐらい僕一人でも倒せるんだからね」


その言葉とともに、周りの空気が凍った。主に金剛の周りで。

彼のプライドもまた、かなり強いものだった。


「……面白い。この坂田金剛を一人で倒す気か?」

「君の全力なんてたかが知れてるね」

「いいだろう。そこまで言うと言うならば、全力でお相手いたそう。……参る」

「はっ、来いよ。軍事オタク」


▽      ▽       ▽


「ふん! 消え失せろ!」


金剛は再びアサルトライフルを構える。今度はM16A4とは違う型、AK-47。先程投げ捨てたものを含めるとこれで四丁目。まさに動く武器庫と言える戦い方だった。


「甘い甘い。僕に“かがく”で挑もうなんて百年早い。まっ、僕の専門は“化学”の方なんですけど」


その弾幕をウラシマは軽々しくかわす。飛んだり跳ねたり……まるでピエロのような動きでかわし、そして着地すると同時に少し趣の違う詠唱をした。


「ゼロ、氷結合」


ウラシマの魔術は主に水、しかし今地面から現れたのは巨大なつらら。まるで氷山のようなそれは、地面から次々と現れ金剛は追い詰めていった。


「鬱陶しい……。めんどくさいから消え失せろ!」


マシンガンの次に現れたのは火炎放射器。迫りくる氷柱をすさまじい火力で溶かし始める。

しかしここで予想外の出来事が起きた。


「なっ、霧だと……」

「水には三つの形態がある」


どこからかウラシマの声が聞こえる。魔術の力だろうか、どこから声が発せられているのか分からないような仕組みになっていた。


「すなわち気体の水蒸気、液体の水、固体の氷だ。僕の専門は水じゃないんだけどね、それぐらい十分に操れる。さて、君は今僕がどこにいるか分かるかな?」

「……索敵開始」

「レーダー!?」


そう、金剛の力(兵器)の前では敵が視認できないなど関係ない。熱、呼吸、気配、その全てを読み取り、正確に敵に攻撃を加える。

敵は、すぐそばにいる……。


「そこか!」


金剛がサバイバルナイフを振るう先にはちょうどウラシマの腕があった。この距離ではかわしきれない。自分に触るよりもまず刃物が彼の腕を叩き切る。金剛はやった、と確信した。


「残念でした~。僕いやらしい手つきには定評があるんだ」

「なっ……!?」


満員電車で痴漢をする男のように、またはベテランのスリ師のような手つきで金剛のナイフをかわし、彼の体に触った。

右腕に触られただけで何の外傷もない。しかしウラシマのその顔は満足げに、一層ニヤニヤしながら後退した。


「……?」

「何をやったか分からないって顔だね。じゃあ見せてあげよう。……君の水を圧縮する」


突如金剛の右腕に激痛が走る。まるで筋肉自体を鷲掴みされているような、通常の銭湯ではありえない感覚。あまりの激痛に、金剛はサバイバルナイフを地に落とした。


「くっ……お前、何をやった?」

「人間の体の60~70パーセントは水だ。君の体に触れた時、僕は君の水を把握した。それを操ってやれば、君の筋肉を圧迫することなんて造作でもない事なんだよ。ほら、痛くて銃も持てないだろ?」

「……確かにな。しかし、俺はここであきらめるわけにはいかんのだよ」


金剛の右腕はダランと、力なくぶら下がっている。そんな腕になってもまだホルダーを握ろうとする彼の姿に、少しだけ畏怖を覚えた。


「弟の仲間と言うことは、弟が認めた相手と言うわけだ。その相手に兄が負けるわけにはいかんからな」

「どちらかと言うと僕が認めたんだけどね……」

「まだ俺はあいつの兄でいたいんだ」


さて、忘れてはいけないのが金剛は坂田の人間であるということだ。坂田の力は雷、そして今金剛が取りだしたのはモーターなどの動力源でボルトなどに連結したチェーンを駆動させて連射する、航空機用兵器――――。


「30mm M230」

「そ、それってヘリとかに積まれているチェーンガンじゃ……」

「ご名答」


まるで何かの悲鳴のような重低音を響かせ、その兵器は稼働する。ウラシマはとっさに岩に身を隠し、その弾幕を防ごうとした。

まるで塵一つ残さないようなその弾幕を見て、流石のウラシマの顔も硬直しつつあった。


「くっそ、あの野郎、無茶苦茶だぞ! どっからあんな兵器を平気に取り出せるんだよ、“へいき”だけにね!」

「別にうまくも何ともないぞ! ほら、次の手だ」


コロン、と何かがウラシマの足もとに転がる。円形のゴツゴツした、見覚えのあるそれを見てウラシマはその名を絶叫した。


「て、手榴弾――――――!」


爆発とともにウラシマは飛び上がる。派手な見た目ほど、威力はないようで軽いやけどですんでいるようだった。

問題は次、今自分の目の前にいる全身兵器野郎の攻撃だ。


「次の一手で、決めるぞ……」

「はっ、やってみろよ。言っとくけど僕は降参なんてしないからな」

「……時に浦島竜胆。“レールガン”というのをご存知かな?」


レールガン?

少し考え、ウラシマは考えうる最適な答えを口にした。


「ああ、知ってる知ってる。学園都市第三位の――――」

「――――違う。そのネタは色々と危険だからやめろ」


ウラシマは不満げに口を尖らせた。


「純粋な兵器としてのレールガンだ。磁力を利用して弾丸を超高速で飛ばす。極めて破壊力の高い、殺戮兵器だ」

「でもそれってまだこの世界の科学では完成されてないんじゃ……」

「俺が作った」

「オタクスゲ――――――!」


ついにオタクは科学を越えたらしい。

そして金剛はまたどこからともなく今までの兵器より少し近未来的な兵器を取りだした。


「しかしまだ試作品プロトタイプの段階だ。一発撃つとしばらく熱暴走で使えなくなるし、チャージにも時間がかかる。というわけで、俺はこの戦いの始めからレールガンをチャージしていた」

「っ!?」

「現在92パーセント。お前なら、100パーセントの威力を想像できるよな?」


金剛の口元が歪む。その笑みにウラシマは恐怖を感じた。

―――――あれは、やばい……。

ウラシマの口からは自然と詠唱が唱えられていた。今玉手箱がない故にウラシマの術は完全ではない。しかし、そんなことを言っている暇ではない。とにかくあの攻撃をどうにかしないと自分は―――――。


「我に宿りしは水、其れ即ち自然が与えし恵み」

「―――94パーセント……」

「我に宿りしは水、其れ即ち自然が行う破壊」

「―――98パーセント……」

「我に宿りしは水、其れ即ち我が魂!」

「―――100パーセント」

「重合・流々螺旋!」

「――――Spark!」


金剛の砲身から超高速で弾丸が射出される。それは今のウラシマの全力とぶつかり合うと、均衡する余地すら与えることなく打ち破った。


「なっ……バカな……」

「我が意志は金剛の如く、堅く強きもの也……お別れだ、浦島竜胆」


音速を遥かに超える弾丸、その衝撃にウラシマは呑みこまれていった。




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