第一章・第六話:四面楚歌ってこういう状況なんですね……
朝、ヨウタがいつも水を汲みに来る井戸に鬼丸とキンタは来ていた。まだ朝早いので日は完全に上っておらず、月がまだ西の空にうっすら残っていた。
「半月……」
「何やってんだ、鬼丸。早く行くぞ!」
鬼丸は若干の不安を残しながら、ヨウタについて行った。
「ここか? ヨウタ」
「うん……もうちょっとで出てくるよ……」
ヨウタの指定した場所についたキンタと鬼丸。3人が物陰に身を隠すと、獣の咆哮が聞こえてきた。
「来た……」
森の奥から現れたそれは、狼のような耳、しっぽ、満月のような金色の目、灰色の髪……誰もが想像しそうな狼男の風貌をしていた。それが2人……
キンタは奇襲をかけようと、紫電を取り出したところで鬼丸がポツリと声を漏らした。
「狼男は群れで行動するのでした……」
「はあ?」
「最も一般的な狼男は灰狼。一匹狼は黒狼です。黒狼は単体の能力は長けていますが、仲間を作りません。対する灰狼は個体値の低さを補うために群れで狩りをするんです」
「……何が言いたいんだ?」
「灰狼の狩りは単純明快。少数が敵の注意をひきつけ、残りが後ろから襲う……」
「ぐるるるるるる……」
「ん? ヨウタ、腹でも壊したか?」
ヨウタは首を思いっきり横に振る。どちらかというと獣の唸り声のような音は、後ろから聞こえている気がする。
キンタは嫌な予感がしてゆっくりと後ろを向く。するとそこには……狼男が立っていました、とさ……
「――――がああああああああ!」
『ぎゃああああああ! 出たああああああ!』
「ちっ……二人とも、走りますよ!」
鬼丸の声と同時に3人は一気に駆け出す。逃げ切れるかと思えたが、目の前にまた狼男が現れる。鬼丸が言ったとおりに待ち伏せされていたらしい。
「キンタ、ここは立ち止まらずに一気に強行突破しましょう!」
「わ、分かったぜ!」
キンタが走りながら紫電を取り出しそれを狼男に振り下ろす。しかし狼男は俊敏な動きでそれをかわし、隙間を縫ってキンタに詰めより爪で攻撃してくる。
「くそっ! こいつら、早いぞ!」
「狼男の特徴は魔力による身体強化。魔導の類は一切使えませんが、その分爪や牙での攻撃はかなり強力です。キンタ、いったん離れてください!」
「分かった!」
キンタが狼男を押し返し飛び退くと、その後ろにはデザートイーグルを構えた鬼丸が現れた。デザートイーグルに自分の魔力を満たしそれを一気に解き放つ。
「死になさい」
「グルッ!?」
狼男は突然現れた鬼丸の姿に驚くが、すぐに切り替えし体を半回転して、鬼丸の銃弾をかわす。金色の弾丸は何かに当たることなく、唯唯むなしく飛んでいく。
「おい、どうすんだ? 当たらねえぞ!」
「大丈夫です。計画通りです」
――――クイ
鬼丸が左手の人差し指を動かすと、今まで狼男の後ろに向かっていた弾丸が軌道を180度変え狼男に向かう。狼男も流石にこれには対応できないのか、気づいた時にはもう遅く、左腕に被弾してしまう。
「――――――!!」
狼男が声のならない悲鳴を上げると同時に鬼丸はヨウタを抱えて走りだす。鬼丸の顔には余裕の表情はなく、キンタにいたっては間抜けな顔が丸出しである。
「どうして戦わないんだよ!? お前ならあれぐらい倒せるだろ?」
「確かにそうですけど、今のあなたは戦えますか? そんな間抜けな表情を浮かべていながら? 絶対に無理です。それにこんなガキンチョを抱えて戦えるほど私は強くありません」
「くっ……」
「とにかく今は逃げてください!」
『グルワアアアアアアア!!』
「ぎゃあああああああ!!」
▽ ▽ ▽
「ふう~、何とか逃げ切れましたね……」
「た、助かった~……おい、ヨウタ。大丈夫かあ?」
「う、うん……何とか……」
狼男に追いかけられること30分。命からがら逃げることのできた3人は近くの木陰で休んでいた。出発した時は日が昇り始めたばかりだったのが今では完全に昇り切り、あんなにも高く昇っている。
朝の陽ざしによってより強い疲労感をキンタは感じたが、なんとか体を起き上がらせ立ち上がる。
「よし! 今から村の人に抗議するぞ! 俺らが見た、っていえば流石にみんなも信じるだろ!」
「よくそんな元気がありますね……」
先ほどまでの疲労感を感じさせないほどのやる気を見せるキンタ。対して鬼丸は一層疲労感を感じているようだった。ヨウタにいたってはそこらへんに転がっている。
……返事がない、ただの屍のようだ。
「まだ、僕は、死んでないよ……」
「そんなに簡単にいきますかね? それだったら彼はここまで苦労しなくとも済んだのではないですか?」
「やってみなくちゃ分かんないだろ! 俺、この村の村長のところに行ってくる!」
「あっ! 村長!」
「嘘!?」
キンタが振り返るとそこにはたくさんの人々がそこに立っていた。皆、明らかに友好的ではない目をしており、中には農具を持って威嚇する者までいた。その集団の先頭に立つ人間、おそらく村長であろう、が一歩前に出てキンタの前に立ちふさがった。
「お主がヨウタに雇われたという退魔師か? 悪いことは言わん、早くその坊から縁を切るのじゃ」
「何でだよ!? 俺はこの目でちゃんと狼男を見たんだぞ!何でてめえらは信じないんだよ?」
「お主のようなよそ者の言葉など信じぬわ。それにその坊はうそつき少年。誰が信じるものか!」
「で、でもこいつの親さんは狼男に殺されたっていうんだろ? 実害まで出ているのにどうして……」
村長は大きくため息をつく。キンタのことはもう諦めたように。ため息によって沈みきった顔をもう一度上げ、キンタの顔を見据える。
「それも嘘なのじゃよ。旅人……」
「なっ!?」
「その子の両親は病によって死んだ。それからじゃよ、その子が嘘をつき始めたのは。おそらく親がいない寂しさを紛らわすためにかまってほしかったんじゃろうて。初めの方はよかった。単なる子供の遊びだからな。しかしわしらにも限度というものがある。単なる嘘とはいえども……」
「嘘じゃない!!」
「ヨウタ……」
「嘘じゃない……お父さんとお母さんは本当に殺されたんだ!!」
今まで村長の話を黙って聞いていたヨウタが声を荒げる。今まで我慢してきた感情が爆発したせいか、彼の目にはうっすらと涙が浮かんでいる。しかしそんなヨウタの様子に対して、村長の様子はひどく冷静だった。
「ふう……とにかくこの村には狼男などいない。そう村の者たちで決めたのだ。ここは争いも喧噪もない田舎町。もしこの町に争い事が来たのならば、それはあなたのせいですぞ。旅人。」
「何、だと? もういっぺん言ってみろや」
「じゃからお主のせいで争い事が起きるのじゃ。頼むからこの町から出て行ってくれんかの?」
人間という生き物は影響されやすい生き物。他人が言った言葉が自分にとって都合のいいものならすぐ便乗する。
その法則どおりに周りに村人からポツリ、ポツリと声が出始めた。
「そうだよ。出てけよ……お前」
「はあ?」
「お前みたいなお人好しがいるから嘘つきが出てくるんだろ! だったら出で行けよ、おまえ」
「そうだ! 俺たちの村は俺たちが守るんだ。お前みたいな退魔師は必要ない!」
人一人に言葉はとても小さい。しかしその反面、他人に与える影響はとてつもなく大きい。とても小さい言葉たちが集まり、大きな罵声となってキンタに襲いかかっていた。
「危険な目にあわせないでちょうだい!」
「帰れよ! 退魔師なんか!!」
「帰れ!」
「「帰れ!」」
「「「カエレ!!」」」
「「「「カエレ!!」」」」
「「「「「カエレ、カエレ、カエレ、カエレ、カエレ、カエレ、カエレ、カエレ、カエレ、カエレ、カエレ、カエレ、カエレ、カエレ」」」」」」
「くそっ……」
金太郎になす術はなかった。