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第四章・第七話:俺はこいつが許せない

自分は今日で夏休みが終わりです……早かったなあ(泣)

「キンタさん……立ち直れると思いますか?」


かぐやは誰に問いかけるつもりもなく、そう呟いた。

鬼丸から金太郎の様子を聞いたウラシマとかぐやは驚いていた。いつも口うるさいが結局は自分たちに協力してくれる金太郎が、鬼丸の言うことをすぐに信じなかったからだ。信じることを第一とする金太郎らしくなかった。

そして鬼丸はというと、この部屋に戻ってきてから一言も言葉を発していない。深く目を閉じ瞑想をしている。ウラシマもいつものように携帯を操作しているが、やはりどこか気乗りしないのか、携帯を閉じてかぐやの問いに答えることにした。


「どうだろうね~。キンちゃんだって人間なんだ。もしかしたら楓の方を選ぶかもね」

「そんな……じゃあ、鬼丸さんのやっていることはどうなるんですか! 今の仲間より過去の思い出をとるなんて酷過ぎます!」

「じゃあかぐやちゃん。もし君がキンちゃんの立場で、偽物の鬼丸君が現れたらどうするよ?」

「そ、それは……」


かぐやは言葉に詰まる。


「そういうことだよ。誰も自分を厳しく追い立てようとするストイックな奴はいないし、それは全種族共通のこと。だったらその人の判断に任せるしかないのさ」

「その通りですね、ウラシマ。私がどうかしていました」

「鬼丸君?」


今まで一言も発しなかった鬼丸がようやく動き出した。ずっと動かなかったせいで重くなったその体を慣らすようにゆっくりと立ち上がった。

そしてその顔は多少はましになったものの、いまだどんよりと沈んでいた。


「何故キンタにあんな風に言ってしまったのでしょうか……自分でも分かりません。全てを決めるのはキンタのはずなのに、私は余計な口出しをしてしまった……。私には、言う権利などないのに……」

「まっ、いいんじゃないの。それぐらい。それを聞いてキンちゃんがどんな風に動くのか、見物だね。ゆっくり寝て待とうじゃないか」

「貴方という人は……」


再び寝転がったウラシマを見てかぐやは眉をひそめる。

その様子を見て、鬼丸は少しだけ笑った。


「すみません、ウラシマ。私にはゆっくり待つ時間はないんです。後一つだけ……調べなくちゃいけない事がある……。そろそろ出ます」

「ちょっと待って、鬼丸君。この本たちはどうするんだい? 折角蓮華さんが持ってきてくれたのに」

「それなら昨日全て覚えましたよ」

「……」


ウラシマは後ろを見た。鬼ヶ島にいたときに自分が一日にこなしていた仕事の量と同じくらいの本の山だ。あの量を一日で覚えただと……?

ウラシマはしばらくの間、固まっていた。


「じゃあ、ちょっと行ってき――――」

「――――鬼丸さん!」


かぐやが心配そうな目で鬼丸を見る。いけない。かぐやはこんな表情をしてはいけない。

彼女はいつも笑っているべきなのだ。


「大丈夫です、かぐや。私は絶対帰ってきますし、金太郎だって絶対帰ってきます。私は、私たちの日常を壊させたりなんかさせません」

「鬼丸さん……」

「それじゃあ、かぐや。何か危なくなったらウラシマを身代わりにして逃げてくださいね」


そう言い残して鬼丸は屋敷のどこかに去っていった。かぐやがしばらくその去っていった方向を眺めていると不意にウラシマがその口を開いた。


「……かぐやちゃん。前言を撤回するよ。ストイックな奴は目の前にいたわ」

「鬼丸さんのことですか?」

「うん。あれはもしかしたら自分に一番厳しい種類なのかもね。誰からも頼られる能力を持ちながら、誰にも頼ることなく自分の内情は打ち明けることはない。どんどん彼の秘密は溜まっていって、自分でも分からなくなっていく……。ホントに怖い奴だよね~」

「……鬼丸さんは怖くなどありません」

「そうかな~? かぐやちゃんだって鬼丸君のことは分からないくせに。……今回のことだってそうだ。素直にキンちゃんに“帰りましょう”とでも言えば良かったのに、自分のことが言えないからこういう結果になるんだ。まあ、かわいく言えば“ツンデレ”なのかね~」


かぐやは大真面目な顔で、心配そうに呟いた。


「私ツンツンされたことないですけど……」

「……安心してよ。鬼丸君について一つだけ分かることは、ツンなんてする暇がないくらいかぐやちゃんにデレデレだってことさ」


▽      ▽        ▽


「どうすりゃいいんだよ……俺は」


そのころ一方、金太郎は自室で寝転がり、考えていた。内容はもちろん、楓と鬼丸のことだ。


「鬼丸たちを信じるって決めた……。決めたけど……」


鬼丸が渡してくれたレポートを隅々まで読み返した。自分の過去から楓の経歴まで、全てが書かれているそれは並大抵の努力ではなかっただろう。しかも竜宮城を使ってまで調べてくれたとなれば、信頼性も十分足りうる。

ここに書かれている通りあの楓は“偽物”なのだろう。しかし……

―――――貴方は私の友達。


「っ……」


金太郎の顔が苦しそうに歪んだ。

楓は自分の初めての友達であり、そして自分の初恋の相手でもある。もし彼女が生きていれば、と思うことは今まで何度もあったことだ。その羨望が今、実現している。例え偽物でも彼女は今目の前で生きている。

しかし、彼女を受け入れることは、鬼丸たちを裏切るということと同義。羨望か、現実か、金太郎は何日も思い悩んでいた。


「もう、いい……。何も考えたくない……。今日は、眠ろう……」


破裂寸前の金太郎は思考をやめた。そしてまた、ここ何日か続いたように深い眠りにつこうとした、その時だった。


―――――アンタ、逃げてんじゃないわよ!

「っ!? 楓?」


金太郎は跳び起きて、周りをキョロキョロと見渡す。

確かに今のは楓の声だった。しかも、その声は自分の記憶にしっかりと刻み込まれている彼女の本当の声……。


「己が、道を、突き進め……」


金太郎は時計を見る。現在午後4時37分。日が少しだけ傾きかけていた。

彼の体は自然と動き出していた。


「ん? キンタ、どこに――――?」

「悪い、兄さん! また後で!」


廊下を歩いていた金剛を突き飛ばして、長い廊下を駆けていく。

何故自分は動こうとしなかったのだろうか。

どんなに稽古が厳しくても、どんなに天気が悪くとも、自分はあの場所には必ず行かなければならなかった。それは何が起ころうとも、その約束は変わらない。彼女が待っている限り。


「あら、金太郎ちゃん、出かけるのなら御夕飯までには帰ってきてね」

「分かっているよ、姉さん!」


坂田家の門を抜け、山を下り、川を渡り、岩を越え向かう先はただ一つ。楓と初めて出会ったあの場所に―――――。


「……はっ……ははっ……そういうことか」


楓と初めて会ったあの場所、そこには記憶の中にはない、まだ成熟しきってない木が立っていた。自分が植えたのか、彼女が植えたのは分からないが、夕日に照らされ佇むその姿を見て、金太郎はようやく悟った。


「お前はずっと待っててくれたんだな……ごめんな、楓」


金太郎は木に寄りかかる。凛として、ここに立っている様は紛れもない彼女。

そして、今来たこの女は、偽物だ。


「……久しぶり、か? なあ、魔」

「……」

「お前と会ったのはあの時……最悪が始まった日一回きりだったな」


楓は訳の分からない、と言うような顔をしている。かすかに舌打ちが聞こえた。


「何言っているの? 私は熊谷楓よ。魔なわけがないじゃない」

「そうだよ。お前は楓だよ。だけど違う。お前は、楓が必死に殺し続けていた、あの魔……楓の中に潜んで彼女を苦しめていた奴、そうだろ?」

「……」

「楓の言ってた通りだ。早まるんじゃなくて遅すぎたんだ……。彼女はお前に気づいた。でもそのころにはお前は自我を持ち、彼女とは違う生き物になっていた。そして彼女が死んだ時、お前が彼女の体を奪ったんだ」


金太郎は木に手を当てる。その木からは確かに命の脈動が感じられた。


「楓はここにいる……。ここにいて、ずっと俺を待っていてくれる」


金太郎は言い終わると、そこに立っている楓を見た。その目は酷く冷たく、彼女の灰色の髪は荒んで見えた。


「それで、私を偽物と疑う貴方は私を殺すって言うの?」

「……俺はもう誰も死ぬところなんか見たくない」


それは金太郎の信条の一つだった。誰も殺さない。それは楓が死ぬ時彼女と約束したものであり、自分を構成する一つの定義。

しかし金太郎が思い出すのは、そんなちっぽけな信念ではなく、楓との思い出であった。


――――――私の名前は熊谷楓。

「見たくない……」

――――――それじゃあ、また明日ね。キンタ。

「見たくない……」

――――――私はアンタの金髪、好きよ

「見たくない……」

――――――アンタの体って温かいのね……。

「もう楓が苦しんでいるところなんか見たくない!」


金太郎は紫電を振り下ろす。その雷光の如くの速さに反応することができず、魔の右腕がなくなった。遅れてやってくる激痛に、魔は声にならない悲鳴を上げた。


「―――――っ!」

「俺は楓と約束した。もう誰かが死ぬところなんか見たくない。だから強くなるって。……でも、ごめんな。俺は今、その約束を破る」


金太郎はゆっくりと紫電を引き戻して、魔に向けた。その目は真っ直ぐに魔を捉えていた。


「俺は、楓を犯したこいつが許せない」

―――――だから、殺す。


金太郎は紫電を構える。何回も、何年もこの場所で楓とチャンバラごっこをしたのと同じように。

しかし今は遊びじゃない。本気マジだ。自分と楓の尊厳をかけて金太郎は魔に挑む。楓が初めて魔に反転した時、動けなかった彼とは違うのだ。あの時より遥かに大きく、そして強くなった彼がそこにいた。

木が少しだけ、風もないのに揺れ動いた気がした。


「……バカだね。アンタ。本当にバカだよ」

「何?」

「この世界には知らない方がいいことなんてたくさんあるのに。どうしてそれを知ろうとするのよ? アンタは楓と夢に溺れて一生遊んでいれば良かったのに。どうして、ここに来たんだい?」

「……俺の、仲間のお陰だ。仲間がいたから俺はここに来られたんだ」


ウラシマ、かぐや、そして鬼丸。この三人がいなければ今ここに自分は立ってはいなかった。金太郎は彼らに感謝しているし、同時に今まで無下に扱ったことを申し訳なく思った。帰ったら桃の木で何か奢ってやってもいいかもしれない。しかしそれだとまた煩くなるな、と金太郎の表情に笑みがこぼれた。

魔は本当に煩わしそうに金太郎を鼻で笑った。


「はっ! くだらない。そんなに楓と会いたいんだったら……さっさと逝っちゃいなよ!」


楓の手から“何か”が放たれる。その白い衝撃が金太郎を襲った。


▽        ▽         ▽


突如鳴り響いた爆発音でウラシマは跳び起きた。


「何だ!? 今の爆発音!?」


最近携帯ばかり操作していたせいか、ウラシマはだいぶゲーム脳になっておりそしてだいぶ混乱しているようだった。


「宇宙人の侵略か? 火星人? 金星人? というかどうしてこんな田舎を攻めるんだよ!?」

「落ち着いてください。宇宙人なら目の前にいますから」


かぐやは月人である。あっ、そうか、とウラシマは落ち着いた。


「……どうやら爆発は下の方で起こったようです。おそらく、キンタさんが関係あるかと」

「ふ~ん」


ウラシマはゆっくりと立ち上がる。


「だったら行かなきゃね。キンちゃんが危険な目にあっているなら、助けに行かなくちゃ」

「……仕方ないですね。じゃあ行きましょうか」


かぐやも立ち上がって部屋の障子をあけた。二人がいた客間は庭に面しており、すぐに外に出ることができた。

すぐさまここから抜け出して金太郎を助けに行こうとしたが、ウラシマはどこか違和感を感じていた。


(何だ、ここ……まるで人がいないじゃないか)

「あっ、鬼丸さんは? 鬼丸さんはどこですか!?」


鬼丸は出かけて行ったきり戻ってきていない。まさか鬼丸が坂田の人間に捕まるようなドジはしないと思うが、彼の顔を見ていないだけでかぐやには不安が訪れる。

右往左往している彼女に、一度ため息をついてからウラシマは彼女に言った。


「かぐやちゃん、落ち着いて。鬼丸君のことだ。何も考えなしに動くような軽率な奴じゃない。何か考えがあるんだ。今は彼のことを置いておこうよ」

「でも、鬼丸さんは……」

「大丈夫。鬼丸君はかぐやちゃんに何て言ったんだい?」


――――私は必ず帰ってきます。

その言葉を思い出してかぐやの顔に平常が戻る。鬼丸が一人で行動するのはいつものこと。ならば自分たちは自分たちのすべきことをやらなくてはいけないのだ。


「取り敢えず、爆発のところに行こうか。キンちゃんを助けに行って、それから―――――」

「―――――ようやく見つけたぞ。魔術師」


銃声。それも一発や二発の量ではない。まるで銃撃戦でもやっているかのような銃声音が辺りに鳴り響いた。ウラシマとかぐやはとっさに身を翻し、岩陰に隠れた。雨のような銃弾が止まると、二人は恐る恐る顔を覗かせた。

そこには金太郎の兄、坂田金剛が立っていた。


「あっ、キンタさんのお兄さん」

「おい、お前! いきなり何すんだよ! 僕たちはゲストだぞ。VIPだぞ。そこらへん分かってんのか!?」

「黙れ、魔術師。お前が今回の首謀者だってことは分かっているのだぞ」


時が止まった。はて、坂田家には相手を凍結フリーズさせるような魔術でもあるのだろうか?


「……えっ?」

「……今何と?」

「だからお前らが今回の事件の首謀者だろう」

『はああああああ!?』


ようやく動き出した二人は今度は叫びだした。


「何で僕らがそんな犯人になるんだよ? 何の根拠があって?」

「とぼけるな! お前らが怪しげな光で屋敷全体を監視したり、外部と連絡を取っていたことはすでにばれている! よくも金太郎を騙し、この家に入り込んだな、魔術師め!」

「あの時の電波障害って君のせいだったのか!?」

「勘が鋭いだけキンタさんより厄介ですね……」


金剛は当然聞く耳を持たない。彼はその名の通り、金剛の如く意思は堅く、そして頑固なのだ。一つ決めたら捻じ曲げない、それが彼の信条であった。


「我が坂田家の秩序を乱す者は即刻に排除する。退魔師・坂田金剛、参る!」

『嘘おおおお!』





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