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第四章・第六話:ちょっと黙ってくれないか

この日、鬼丸たちは朝早くから動き出した。


「どうです? かぐや、何か見えましたか?」

「いえ、全然……。魔は鬼丸さん以外見えませんよ」


かぐやの言葉に鬼丸は少し落胆した。かぐやに月光を通して屋敷を見てもらったが、どうやら無駄だったようだ。少し期待していたのだが……。

鬼丸たちの情報収集は思うように事が運ばなかった。客人という立場だけにあまりウロウロしていては怪しまれるし、まだ人物を把握しきれていない。まだこうやって月光を通して屋敷を調べることに留まっていた。


「今は屋敷の庭で訓練している人間が8人いますね。他の人は見当たらないですけど……」

「8人……」

「実戦形式で稽古しています。よくもまあ、こんなに戦えるもんですね」

「そりゃ退魔師のお屋敷だからね。日々の鍛錬が自分の命を守るわけだよ。退魔師って言うのは偉いもんだね~」

「……で、魔術師である貴方は何をやっているんですか?」


かぐやが呆れたような目でウラシマを見た。無理もない。何故なら彼は寝転がってお菓子を食べながら、自前の携帯電話を操作しているという如何にも何もしていないようだったからだ。


「僕は動かなくていいの。情報は自然と耳に入ってくるんだから」

「どういう意味ですか?」


ウラシマは今日初めて起き上がって、鬼丸たちと向き合った。


「僕の部署は僕を含めて四人いてさ、僕と亀吉君と、あと情報オタクの二人組がいるんだ。ほら、竜宮城で君たちをつけていた彼らさ」

「……ああ、なるほど。で、その情報は信じられるんですか?」

「オイオイ。竜宮城の力をなめないでほしいな。彼らは情報を集めることに関してはプロだよ。……まあ、少し性格に難はあるけど、それでも仕事は確実に遂行する。もうすぐ調査は終わるはずだよ」

「……しかし結局ウラシマは何もしないんですね」

「優秀な部下を持つと嬉しいよね」


ウラシマは再び寝転がって携帯を操作し始める。

まあ、欲しいのは過程ではなく結果だけだ。竜宮城が信頼ある情報が提供してくれればそれでいいし、ウラシマのこの姿勢も部下が信頼できるから敢えて動かないのかもしれない。果報は寝て待て、と言うものだし。

……しかしもう少し何とかならないだろうか、と鬼丸が思っていると、かぐやがその沈黙を破った。


「あっ……」

「どうしました、かぐや?」

「今キンタさんと楓が話しています」

「何!?」


一番に喰らいついたのはウラシマだった。先程の怠けぶりが嘘のようだ。


「あの野郎、許嫁といちゃつきやがって! どんだけ羨ましいんだ、あいつは!? 許すまじ、絶対に殺す!」

「ちょっとウラシマ、落ち着いて――――」

「―――――かぐやちゃん、僕にも見せて!」

「無理ですって!」


ウラシマとかぐやがギャーギャー騒ぎだす。そろそろ止めるか、と鬼丸が動こうとした時、客間の戸が開かれた。金太郎の姉、坂田蓮華がポカンと呆然としていた。


「お邪魔、でしたか?」

『いえいえいえいえ! 全然大丈夫です!』

「はあ……」


ウラシマとかぐやの尋常じゃない反応に、蓮華は少々頭を傾げている。返事もぎこちない。そして鬼丸の口からも“はあ”とため息が出そうであった。


「すみませんね。何もないところで。御暇でしょうに。……どうぞ、粗茶ですが」


蓮華から差し出されたお茶に口をつける。彼女のお茶はどこか上品な甘さがあり、先程まで混沌していたこの場の人間の心を落ち着けるのに一役買っていた。鬼丸は心の中で彼女に感謝していた。


「何か暇でも潰せるものでもあればいいのですが……。生憎ここには娯楽という娯楽がなくて、本ぐらいしかないのです」

「へえ。どのような本があるんですか?」

「そうですね……昔の兵法書や、魔についての研究。ああ、あと対人戦向けの戦い――――」

「すみません。やっぱり要りません」


かぐやは断る。そんな物騒な本見たくもない。しかしここで意外な人物が口を開いた。

鬼丸だった。


「いえ、是非貸していただきたいですね」

「鬼丸さん?」

「では、後ほど持ってこさせますね。では、失礼します」


蓮華が戸を閉めると同時に鬼丸も立ち上がった。


「かぐや、私は少し外を見てきます。……ちょっと、そんな目で私を見ないでください。直接外を見るだけですよ。何も隠したりしませんって」


それでは、と言って鬼丸もこの部屋から立ち去っていく。

彼の真意は誰にも分からない。例えそれが自分やウラシマや、金太郎であっても。それがとても寂しく感じられて、かぐやはその名を呟いていた。


「鬼丸さん……」


そんなしんみりとした気分を吹き飛ばすのは隣にいる男の着信音だった。


「おっと、ようやく来たか。ちょっとタイミングが遅かったかな……はい、こちらウラシマ」

≪もしもし。亀吉です。お疲れ様です≫

「おう、お疲れ、お疲れ。で、どうだった? 調査の方は?」

≪熊谷楓という女性についてでしたね。流石に軟体コンビも苦労したと愚痴っていましたよ。何せ相手は退魔師ですからね。何か労ってやってくださいよ≫

「分かった分かった。彼らには何か奢るよ。で、結果の方は?」


電話越しにパラパラと紙をめくる音が鮮明に聞こえる。だいぶ詳しく調べてくれたのだろう、ウラシマは本気で臨時ボーナスを考えていた。


≪えっと……楓という女性は確かに死んでいます。8年前に。魔染病という不治の病にかかって。御門の記録に残されていましたから、間違いないでしょう。流石の坂田も、御門には嘘はつけないでしょうから≫

「楓が死んでいなかった、っていう可能性はないかい?」

≪それはないと思います。魔染病の死亡率はほぼ100パーセント。今まで治療法など見つかっていません。当時楓を担当した医師のことも調べました。彼はなかなか変わった男で世界の発展のために命を捧げるような男、と書いてあります。坂田から拷問を受けたとしても、おそらく治療法が発見出来たら発表をしていたでしょう≫


なるほど、とウラシマは納得した。しかしそれは同時に金太郎には辛い結果だ、と複雑な気持ちになった。


≪以上で報告は終わりです≫

「ありがとう、亀吉君。彼らにも礼を伝えといてくれ。ああ、そうそう。何かそっちで変わったことがあったかい? 例えば社長がまたドジやったとか」

≪何期待してるんですか……。ああ、そういえば何かあったと言えば、鬼ヶ島で大規模な爆発が感知されましたね。竜宮城のシステムには異常はないですが、何があったんでしょうか?≫

「それってどういう―――――」


突然そこで会話が途切れた。電話からはツー、ツーという空しい音しか聞こえず、携帯を見るとそこには圏外の二文字。先程までは確かに使えたはずなのに……。


「どうしましたか、ウラシマ?」

「電波障害だ……どうして急に? というより鬼ヶ島で爆発って……」


携帯から流れる音が妙に無気味に聞こえた。


▽        ▽        ▽


金太郎は毎朝、一人で稽古をしている。いつから始めてかは覚えていないが、その習慣は絶えることなく続き鬼ヶ島でも人知れず稽古をしていた。

もちろん、本家に戻っても変わらずに、他の分家の者に混じって稽古を行っていた。


「はっ! はっ! はっ! 」


だがしかし金太郎の相手をしてくれる者はいない。金太郎は本家の人間、分家の者が彼とお手合わせをお願いすることなど恐れ多くも出来なかった。ただ一人は除いては……。


「相変わらず頑張るわね、キンタ」


金太郎に声をかけたのは渦中の人間、楓だった。彼女に対する不信感からか、彼女の顔を真っ直ぐ見ることが出来なかった。


「楓……お前、外に出てきても平気なのか?」

「ええ。平気よ。魔染病は治ったって言ったじゃない。昔ほど激しく動けないけど、それでも稽古するくらいなら十分。……どう、久しぶりにやる?」

「いや、だってお前……」

「あら、キンタ。私とやるのがそんなに怖いのかしら?」


安い挑発だ。だがこういう挑発も彼女の一つの方法だった気がする。

金太郎は初めて彼女と向き合った。変わらない。大人びているが、その強気な目や、自信に満ち溢れた顔。そして何より光り輝く灰色の髪、いや、灰色というよりはむしろ銀色に近かった。その顔を見ると彼女は本当に死んだのだろうか、と自分の記憶に疑いすら持ち始めてしまう。

違う。彼女は死んだのだ。目の前の彼女は偽物で――――。


「――――どうしたの、キンタ? まさか本当にビビってるの?」

「あ……い、いや! そんなことはないぜ! 後で泣いても知らないぞ」

「フン! アンタとの成績、勝率上げさせてもらうわよ」


楓から木刀が投げられる。木刀でのチャンバラ、それは自分たちが最も多く戦った遊びであった。ルールは簡単、ただ相手を殴ればいいだけ。そんな単純明快だからこそ、自分たちが一番好きだったかもしれない。

始まりの間も決まっている。双方が準備し終えてから、約5秒後にその遊びは始まる。


「いざ尋常に……」

「勝負……」


その言葉が終わると同時に彼らは駆けだした。


「たああああああ!」

「てやあああああ!」


初手は金太郎だった。男という体格的にも有利な金太郎が初撃を取るのは分かり切ったこと。だからこそ楓は最初木刀を構えなかった。


「フン! そんな単純な攻撃じゃ当たらないわよ!」


金太郎の下薙ぎ払いを跳んでかわす楓。金太郎の追撃も空中で、体をひねってかわす。

体操選手並みに柔軟に、そして派手に動くこの彼女の特質はもちろんこの遊びの中で培われたもので、このお陰で男ばかりの退魔の世界でも渡り合って行けた。柔能く剛を制す。これが彼女の基本だった。


「アンタは昔からトロいわね。そんなんじゃ私の攻撃はかわせないよ」


空中の不安定な体勢から、予想外の攻撃を繰り出すのも彼女の特徴だった。まるで曲芸師のような彼女の戦い方は、金太郎は昔から嫌いだった。しかし金太郎も負けてはいない。


「鬱陶しいな、オイ! なめてんじゃ……ねえ!」


楓が柔とすれば、金太郎は剛。それも柔に簡単に制されないような強き剛。

金太郎は手当たり次第に木刀をふるう。もちろんそれは楓にあたることはないが、それでいい。その木刀によって巻き起こる風圧が狙いだからだ。

その生じた風圧によって、微妙なバランスを保っていた楓の体勢が崩れる。それを見逃すほど、金太郎は甘くはなかった。


「もらった!」

「甘い!」


当然、楓も甘くはない。空中ですぐさま体勢を立て直すと、一旦着地し自分と距離を取った。どうやって空中で体勢を変えるんだ、と長年の金太郎に疑問である。


「ふう、なかなかやるじゃない。キンタ。強くなったのね」

「伊達に修行を積んできたわけじゃないぜ!」

「そう……なら、ちょっと本気を見せないと、ね」


楓がこちらに向かってくる。その動きはユラユラと、まるで幽霊のように捉えづらい動きだった。狙いは右か、左か……、と金太郎が考えている予想とは裏切る結果となった。


「う、上!?」


楓は跳躍する。わざと重心を左右へ移動させながら、フェイントをかけていたのだ。もちろん、それを迎撃出来ぬ程金太郎は弱くない。しかし楓は二重に自分を裏切った。


「てい!」

「っ!?」


空中にいる楓を叩き落とすつもりだった金太郎の刀は宙を切った。楓は自分の木刀を踏み台にしてさらに跳躍したのだ。

後ろを取られた金太郎はすぐさま身構えた。しかし……


「飛んでけえええええ!」


楓の蹴りが自分の背中を捉えた。その衝撃が直に頭に伝わる。

出来うるガードはした。それでも数メートルは吹っ飛ばされた。もしガードしていなければどうなっていただろうか。

楓はガードされたことに不満を持っているようだった。


「あら、ガードされちゃった……案外器用なのね」

「それにオマケつきだぜ」


少々よろめきながらも立ち上がった金太郎の手には二本の木刀があった。倒れる直前に拾っておいたのだった。

金太郎はそれを楓に投げ返した。


「……随分と優しいのね」

「そりゃ女の子には優しくしねえといけねえからな」


昔から、楓は女の子扱いされるのが嫌だった。それは今も共通で、楓の顔は笑ってはいるが口元は笑っていなかった。

もちろん金太郎はそのことを忘れるはずもない。これは挑発だ。


「アンタ……今言ったことを後悔させてやるわ。この木偶の坊」

「じゃじゃ馬め」


双方が再びぶつかり合う。彼らの顔は笑っていた。

金太郎にとって久しぶりのその遊びは、彼女が偽物かどうかなんて関係ないと思わせるには十分であり、彼は目の前の遊びを楽しんでいた。

屋敷から覗く、その視線に気づくこともないまま……。


▽       ▽       ▽


金太郎が自室に帰ると、そこには体操座りをして部屋の隅で待っている鬼丸の姿があった。


「キンタ……随分と楽しそうでしたね」


その雰囲気は重く、部屋に明かりがついていないので暗いのは当然だが、彼の周りだけより一層暗くみえた。


「お、鬼丸さん。またそんな場所で何をやっていらっしゃるのでしょうか?」

「別に……それよりも机の上。見てください」


鬼丸の指さした方向には紙の束があった。その一枚目には“熊谷楓の調査”と書かれていた。


「これは……」

「文字通り熊谷楓についての調査です。ウラシマがまとめてくれました」


金太郎は表紙をめくる。そこには現在坂田家が置かれている状況、楓の経歴、魔染病についてなど事細かに書かれていた。そして最後にはこんな言葉で締めくくられていた。

――――熊谷楓は魔、またはそれに準ずるものである。


「ショックでしたか、キンタ?」

「いや……別に。最初から思っていたことだったしな」


そうは言う金太郎の顔は明らかに動揺しているものだった。鬼丸は少し考えてから、その口を開いた。


「どのような経緯で彼女がここにいるのかは分かりませんでしたが、ここ坂田家にはどうもきな臭い部分がいくつもあります。熊谷楓の偽物、魔の蔓延り、稽古場以外で見かけない人の姿。ですからここは一旦この家を出て――――」

「――――悪い、鬼丸。ちょっと黙ってくれないか」


自分の口から出た言葉は思ったより強い言葉だった。鬼丸は唇を噛み締めてこちらを見ている。いかにも悲しそうな目で。金太郎はその目を見て、ハッとなった。

―――――何で鬼丸がそんな目をしなくちゃいけないんだ……?


鬼丸は立ち上がって部屋から出ようとした時に、金太郎を見て言った。


「……キンタ。前にも言いましたが、私たちは貴方のために動きます。貴方が知りたいならば鍵となり、知りたくないなら蓋を閉めます。全ては、貴方次第です。しかし……真実から逃げるということは、貴方はこれから何にも向き合うことは出来なくなりますよ」


そう言って鬼丸はこの部屋から出て行った。後に残されたのは金太郎のみ。金太郎はその顔を歪ませて机を思いっきり叩いた。


「畜生……どうすりゃいいんだよ……」


その問いの答えを教えてくれる人はここにはいなかった。


▽       ▽        ▽


「く……」


部屋から出て行った鬼丸も顔を歪ませていた。まさか金太郎からあんな風に言われるとは思ってなかった。そしてそれ以上に自分がそのことでこんなに動揺するとは思っていなかった。

鬼丸の気持ちが沈みきって行く時、前を見ていなかったせいか人とぶつかった。鬼丸はすぐさま顔を作って対応しようとした。


「おっと失礼。少し考え事を――――」

「――――御客人。このような時間に、何用ですかな?」


鬼丸の表情が一転、先程まで作っていた顔が壊れて驚きの表情になる。その人物は鬼丸自身が気になると言っていた坂田家当主にして、金太郎の父親―――――。


「――――坂田、公時……」

「あまりウロウロされては困りますな。貴方は金太郎の友人というから彼に会いたいという気持ちもあるでしょうが、彼は坂田直系。彼にあまりにも親しくすると、威厳が失せる」


鬼丸は、先程の動揺もあってか彼の雰囲気に呑まれていた。なるほど、この威圧感が魔が恐れる退魔師の当主の威厳なのか……。

彼は少しだけ笑うと空を見上げた。今夜は陰りもない、光り輝く満月だった。


「今夜の月は麗しい。怪しいほどにな……。こんな夜には、魔が蔓延りそうだ。そうは思いませんかな?」

「……同感です。月は魔を狂わせるといいますからね」


ようやく絞り出せた鬼丸の反応に満足したのか、公時は微笑した。その笑い方が、なんともいえぬ気味悪さを醸し出していた。


「それでは、御客人。ごゆるりと……」


軽く会釈をして鬼丸を通り過ぎる。そして長い長い廊下の闇へと消えていった……。




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