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第四章・第五話:貴方は私を利用すればいい

「ん……」


金太郎は起き上がった。どうやら自分は寝てしまっていたらしい。となれば、あれは夢か。

久しぶりに見たこの夢は、なんとも不愉快に悲しげにさせた。


「楓……お前はあの時何て言ったんだ?」


“キンタ、アンタは私を――――”

あの言葉の続きは何だったのであろうか。今まで自分を苦しめた恨みか、何もできなかった自分への無常観か、果たして彼女は何と言ったのだろうか。

金太郎は今までずっと考え続けていた。しかし答えは一向に現れない。それがまた金太郎を縛り付けていた。

金太郎は再び寝転がり、天井を仰ぐ。するとヌッと顔が現れ、自分の顔を覗き込んだ。


「のわっ!?」

「……」


金太郎は驚いて跳ね上がる。お化け屋敷に似た感覚を覚えながら、金太郎はその無言の人物を見た。その人物は人ではなく、自分が最もよく知る鬼だった。


「な、何してんの? 鬼丸……」


金太郎の問いにも答えず鬼丸は未だに無言。鬼丸は体操座りで金太郎を見つめ、金太郎もそんな彼を苦笑いしながら見ていた。

そんな不思議な状況がしばらく続き、もう終わらないんじゃないかと思いかけたころ、唐突に鬼丸がその口を開いた。


「……キンタ。私は非常に恵まれています」

「へっ?」


突然の話題に金太郎はすぐについていけなかった。


「私には両親はいません。しかしそれは幼い時の出来事であり、あまりはっきり覚えていない。同時に今はたくさんの大切な人と暮らしています。大切な者との死別の悲しみなど、私には分かるわけもありません」


話が読めない。今は聞き役に徹するしかなかった。


「だから、貴方は私を利用すればいい」

「っ!?」


金太郎の顔が一気に険しくなる。鬼丸の言葉が度を過ぎるのはいつものことだが、この言葉だけは納得しがたかった。しかし鬼丸が最後まで結論を言わないのもいつものこと、金太郎は言葉をグッと堪えた。


「私は貴方の事情など何一つ知りません。貴方に何があったのか、貴方はどんなに悲しんだことか、想像もつきません。私は何一つ事情を知らない。だから貴方を全面的に信じるしかない。貴方は、そんな私たちを利用して真実を知ればいいのです」

「そんな……利用なんて……」


利用、という言葉は自分のために人を使うということだ。そんな利用という言葉にどうしても抵抗を覚えてしまう。

ただ自分のためだけに鬼丸たちを巻き込むなんて、金太郎には出来なかった。


「でもキンタ、貴方は答えを知りたい」

「……」


鬼丸は真っ直ぐ自分の顔を見ていた。


「貴方がそれを知りたいと望むならば、私たちは答えを導くカギになりましょう。貴方がそれを知りたくないと望むならば、私たちはその答えを塞ぐ蓋になりましょう。さあ、キンタ、選んでください。私たちを巻き込んでまでも真実を知りたいか、否かを……」


鬼丸は立ち上がり、手を差し出す。

その姿はかつてあそこで見た、夕日に照らされ凛として立っている楓の姿と重なるものがあった。しばらくその姿に見とれて呆然としていたが、ようやく動き出した金太郎の顔はかすかに笑っていた。


「……んなもん決まっているだろ。お前らを利用するなんて、俺には出来ないよ」

「……」


鬼丸の表情がかすかに沈む。その沈みかけた手を、金太郎は力いっぱい握った。


「だから鬼丸、俺はお前たちを信じるよ。俺は絶対にお前たちを利用したりしない。俺はお前たちを信じている。だから、俺の過去のこと……楓のことを今、話す。そして、楓の答えを、探してくれ……」

「―――――合点」


鬼丸も金太郎の手を強く握り返した。


▽       ▽         ▽


「――――というわけで、私たちは情報収集に徹することになりました」

『……』


かぐやとウラシマはキョトンとしている。鬼丸はその反応に不満を覚えたのか、少し顔を曇らせた。


「む? どうしたのです。二人とも。反応が薄いですよ」

「いや、だって……どこかに行ってくるってフラって消えちゃって、突然帰ってきて言い出すのがそれじゃあねえ……」

「鬼丸さん、せめて何の情報を集めればいいのかくらい教えてください」


ああ、そうだった、と鬼丸は気づく。この二人は何も知らないのだ。ウラシマはともかく、かぐやは何も知らない。最低限のことは教えなくてはいけなかった。


「金太郎は今、楓という女性が現れて困惑しています。その女性は過去に、金太郎の目の前で死んだそうで……。私たちはその謎を解明すべく、情報を集めるのです。分かりましたか?」

「ああ、なるほど。それで?」

「“それで”?」


かぐやの予想外の反応に少々驚いた。


「まさか鬼丸さん、分かっていることはこれだけじゃないですよね? 私に言ってない事もまだまだありますよね。さあ、話してください」

「いや、それは……だから、あの……」

「話してください」


言葉に詰まる鬼丸、それを追求するかぐや。それを傍から見ていたウラシマは思った。

―――――まるで浮気がばれた旦那みたいじゃないか……。

そしてそれは似たようなものか、と自分で納得していた。


「……かぐやには危険な目に合わせたくなかったんですけどね。仕方ない……。実は先程、いえ、ここに来た時から魔の気配がこの屋敷から漂っています」

「そんなバカな……。ここはキンタさんの実家といえど、御門から認められる名家、坂田家。魔の気配に気づけないはずがありませんよ」

「かぐやちゃん。どうやらこの魔は隠れん坊が得意みたいでね、気配がとっても薄いんだ。魔術師である僕や、鬼の鬼丸君がようやく気付けるぐらいのね。まあ、確かに、君の言うとおり坂田の人間が、一人も気づけないとは考えづらいね」

「何故退魔師の本拠地に魔の気配がするのか、そして魔になりかけて現在生きている女性、楓……。なんらかの関係はあると思います」


鬼丸は続ける。


「私たちはそれを調査します。ウラシマ、貴方は楓という人間について調べてください。竜宮城の力をもってすれば簡単でしょう」

「僕、仕事と私情は分別するタイプなんだけど……」

「乙姫にここ数日間の貴方の仕事ぶりを告発しますよ」

「――――よーし、僕がんばっちゃうぞ!」


ウラシマは早速準備に取り掛かる。その目に光るものが見えて、何故か自暴自棄気味になっていたのは気のせいではないだろう。


「かぐやは月光を使ってこの屋敷を調べてください。もしかしたら魔の正体が分かるかも」

「分かりました。で、鬼丸さんはどうするんですか?」


かぐやの問いにすぐに答えられなかった。何故か答えるのが怖かったからだ。


「……私は、少し気になることが……」

「何です? 気になることって?」

「う……」


再び言葉に詰まる鬼丸を追求するかぐや。それを見て、ウラシマは納得した。

―――――鬼丸君もこっち側の人間だったんだ。

“こっち側”とはもちろん女性に虐げられる男のことである。


「さ、坂田家当主、坂田公時のことです」

「……誰です?」

「金太郎君のお父さんだね。彼がどうかしたのかい?」


鬼丸はウラシマに向けて答えた。


「いえ……ただ、御門に直接仕えている者がこの異常事態に気づけないのはおかしいと……。現に私は何も言われていませんしね」

「あっ、そうか。鬼丸さんも魔でしたね」

「退魔師が魔に気づけないのはおかしい……というわけで、私は彼を調べます。……これでいいですか、かぐや?」


鬼丸は恐る恐るかぐやに尋ねる。どこかぎこちない彼の行動は見ていて滑稽であった。


「まあ、いいでしょう。……鬼丸さん。秘密を隠しても無駄です。女の勘というのをなめない方がいいですよ」

「……っ!」


鬼丸の顔が一瞬だけ恐怖に染まる。その表情は、桃太郎と戦った時も、天人を退けたときも、もちろんウラシマを倒した時にも見たことがなく新鮮だった。

やっぱり僕たちの裏のリーダーはかぐやちゃんなんだなあ、と呑気に考えているウラシマ。対するかぐやはこの状況をちょっぴり楽しんでいた。


「で、では皆さん。各自の調査を始めてください」

「はい!」

「OK!」


かぐやは優雅に、ウラシマは元気よく部屋を飛び出していく。それを見届けた後、鬼丸も自分のすべきことに取り掛かった。


▽       ▽        ▽


「頼むぜ、みんな……」


そのころ金太郎は自室で黒に染まりきった空を見ていた。

自分ももちろん何かは調べるつもりだ。だが、彼らと違い自分は坂田の人間。下手に出歩けば目撃者が出る。今日は何も動かず、鬼丸たちを信じることにしていた。

若干の眠気を感じてきたころに、部屋の戸が叩かれた。


「どうぞ」

「オッス! 金太郎。元気にしてる?」

「兄さん……」


ノックしたのは金太郎の兄、金剛であった。妙に顔がにやけていて、金太郎は疑問に思った。


「どうしてこんな夜遅くに? 何か用?」

「金太郎……お前……」


金剛の表情が一転、信じられない、とでも言いそうな顔で金太郎を見ている。何か自分はやっただろうか、と金太郎が考えていると、その何かを思い出した瞬間に金剛が泣き叫び始めた。


「俺のコレクションについて聞いてくれるって約束したじゃんかよ~!」

「うわあ! 忘れてたあああ!」

「嘘つき! 金太郎の嘘つき! もう金太郎なんか信じないからな!」

「ちょ、ちょっと待って、兄さん。聞くから。今聞くから!」


……果たしてなぜこの人はここまで子供っぽいのか。自分の夢の中ではもう少し大人な、カッコいいお兄さんだったはずなのに、と思いながら金太郎は金剛を抑えつけていた。

と、ここでいきなり金剛の顔が笑顔に変わった。


「冗談だよ。冗談。俺もそこまで子供じゃねえって」

「ははっ……冗談、ねえ……」


今ではただの愉快なお兄ちゃんだ。金剛はハッハッハと高笑いしていた。


「何しに来たんだ……ホントに……」

「いや何。お前が何やら浮かない顔をしているから心配しに来てやったのさ。久しぶりに会う許嫁に緊張するのも分かるが、気楽に構えた方がいいと思うぞ。……時に金太郎。あの客人たちは、お前の友人か?」


はて、なぜそんなことを聞くのだろうか。少々疑問に思いながら金剛の問いに答えた。


「はい。旅で知り合った仲間ですが……何か?」

「いやいや、いいんだ。別にいい。ただお前に友達がいるとは聞いてなかったものでな。いやあ、良きこと。良きこと。めでたいことよ。……うむ、残念ながら眠くなってきた。また話は明日にしよう。じゃあな、金太郎」

「あ、ああ。お休み、兄さん……」


金剛は部屋を出て行った。戸が閉められ時、金剛の顔が一転した。その顔は、金太郎が夢に見たカッコいいお兄さんのような顔ではなく、愉快なお兄ちゃんの笑顔でもなく、金太郎の知らない表情。坂田家次期当主としての退魔師の顔であった。


そして暗い暗い夜を見上げていた。




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