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第四章・第三話:己が道を突き進め


「どうなっているんだ……」


金太郎は倒れこむように自室の畳に寝転がった。

どうやってここまで来たかも分からない。親父とどんな会話をしたのさえ覚えていない。自分が何も持っていないということはどうやら祝いの品は渡せたのだろう。それさえもハッキリと分からなかった。


「楓……」


金太郎はその名を呟く。

何事もなかったかのように自分の目の前にいた彼女。自分のことを“キンタ”と呼ぶ彼女。あのあと姉さんにも兄さんにも親父にもみんなに確認した。何故楓は生きているのか、と。

そして返ってくる答えは皆一様に、何言っているんだという顔で、楓は死んでなどいないというものであった。

―――――そんなはずはない。

自分に刻みつけられている記憶は楓の死の有り様。確かに楓は死んだはずなのだ。……そう、自分の手によって。


「もうわけわかんねえよ……」


自分の記憶と現実が相反している。どちらが正解で、どちらかが間違いなのか、金太郎には分からない。とにかく今の自分はパニックを起こしているといことが分かった。

――――このまま起きていても仕方ない。もういい、何もかもどうでもいい……。


金太郎はそこで意識を手放した。


▽       ▽       ▽


幼い頃、自分はひどく卑屈で泣き虫であった。


「うおりゃあああああ!」

「うわああああ!」

「……一本」


父親の左腕が上げられる。それは同時に自分が負けたことを意味していた。自分は投げられ床に倒されていた。

今やっていたのは体術の訓練である。退魔師として己の体を鍛えることはもちろん重要であり、父親はよく自分たちにこの訓練をやらせていた。

この時の金太郎6歳。ずっと倒れている金太郎を見て苦笑しながら、自分より体格が良い相手―――金剛が手を差し出そうとした。


「ほら、大丈夫か。金太郎? 手を貸してやる――――」

「――――その必要はない、金剛!」


金剛の手がビクッと震える。しかしその倍震えたのは自分の体であった。

坂田公時、退魔師の名家坂田家の当主にして、自分の実の父親。そしてこの時の金太郎の一番の天敵であった。


「金剛、お前がそのように甘やかすからこんな泣き虫次男が育つのだ。少しは反省しろ、この愚か者!」

「……す、すみません。父上」


金剛はおずおずと下がる。そして父親が次に見たのは、もちろん自分である。


「ほれ、金太郎。さっさと立たんか! まだ稽古は終わりではないのだぞ!」

「……は、はい。父上……」

「それに何だ、あの戦い方は!? 逃げ腰ではないか! 悲鳴を上げている場合ではないのだぞ!」

「う、うう……」


自然と大粒の涙がこぼれそうになる。しかし、相手はあの坂田当主。泣いて許してもらえるような相手ではない事は金太郎自身も分かっていた。


「泣いても無駄だ! おい、金剛。今日の訓練は朝までやれ。休憩など取らせるな!」

「……し、しかし父上。金太郎はまだ6歳。その体では厳しい――――」

「――――黙れ!」


金剛は黙るしかなかった。


「つべこべ言わずさっさとやらんか! 金太郎は次男とは言え宗家の人間。これぐらいのことどうとでもなるわ! では始め!」


……結局その日、いや翌日の訓練が終わったのはもう日の頭が出かかっている頃であった。父親が退室した後、金太郎は我慢しきれず大粒の涙をこぼした。


「えっぐ、えぐ……」

「大丈夫か、金太郎……。どこか、痛いところはないか?」


こんなときに慰めてくれる人は二人しかいなかった。姉の蓮華と、兄の金剛。金太郎はこの二人だけが心の拠り所であった。


「まったく、父上は考えが古すぎるのだ。こんなスパルタ教育では伸びるもの伸びんぞ……。大丈夫だ、金太郎。お前のせいではない」


……しかし金太郎は知っていた。金剛は自分と同じ鍛錬を行っているのにも関わらず、怪我ひとつしてないということが。

自分の体は傷だらけ、しかも精神もボロボロであるのに、兄はというと屈することなく父親とともに鍛錬している。厳格で偉大すぎる父親、強い兄、この二人に挟まれ金太郎はいつも思っていた。

―――――ああ、自分は何でこんなにも泣き虫で、弱いのだろうか、と。


「金剛、金剛はどこにおるか?」

「は、はい! ただ今参ります! ……金太郎、お前は部屋に帰って休め。決して泣き顔を分家に見られるなよ」

「う、うん……」


金剛は呼ばれた方に駆けていった。

こんな広い道場に一人いても寂しいだけだ。金太郎は涙を拭ってこの部屋を出ることにした。


『……』

「……」


金太郎は一人でこの長い廊下を歩いていく。なるべく、弱さを気づかれないように気丈に振舞って。金太郎の行く道を邪魔するような輩はいなかった。

しかしそれは金太郎の振舞いのお陰ではない。皆金太郎のことを避けているのだ。宗家だから、恐ろしいから、そういった理由ではなく金太郎に対する拒絶――――。


「―――――異端」


金太郎は勢いよく振り返ったがそこには誰もいない。当然だ。陰口とは陰で言われるものであって、本人に特定されては意味がない。

この坂田家、いや、この国には金色の髪の人間などいない。それは特徴ではなく、遺伝的に。金色の髪の人間は西方の国にいるそうだが、少なくともこの国では見たことがない。

しかし金太郎の髪の色は紛れもない金色。家族全員黒い髪をしているのに、自分は金色。周りを見ても黒、黒、黒。自分は間違いなくこの集団の中に浮いているのだ、と金太郎は幼いころから分からせられてきた。今のが良い例だ。特異すぎる人間は集団から排除される。


「ぐ……」


金太郎は下唇を食いしばり、またあふれ出そうになる涙を必死に堪えた。そして涙が出る前に自分の部屋に急いで戻って行った。


▽        ▽        ▽


金太郎にはお気に入りの場所があった。

山頂にひっそりと佇んでいる坂田家、そこから少し下りたところにちょっとした崖があるのだ。そこから見える夕日は格別で、まさにこの崖は特等席とも言えた。金太郎は嫌なことがあるとここに良くここに逃げ込んでいた。

そしてある日のこと、金太郎はここを訪れていた。金太郎だけの秘密の隠れ家、誰にも知られていないはずであった、のだが……。


「誰か、いる……」


ここには誰も来ないはずだ。兄も姉も、もちろん父にも教えてはいない。しかし気配が感じられる。恐る恐る、木陰からそっと覗いた。

もし父上にばれていたらどう釈明しよう、と考えていた金太郎の心配事は杞憂に終わった。

そこにいたのは女の子だったからだ。


「あら、誰かしら?」


その少女が振り返る。夕日をバックに佇むその少女の姿は、凛として、少し金太郎より大人びて見えた。

そして金太郎は少女のある部分に目を奪われていた。髪の毛だ。その少女の髪の色は他の皆とも、自分とも違う灰色。夕日に照らされているその髪の色は光り輝いて見えて、差ながらそれは銀色に――――


「――――誰でもいいから早くここから立ち去りなさいよ。ここは“私の”秘密の場所なんだから」


金太郎の意識が連れ戻される。今この少女は何と言っただろうか?

……“私の”?


「何だよ、その言い方は! ここは僕の場所だぞ。僕が初めて見つけたんだ!」

「私の方が先よ! 私が初めて見つけたんだから!」


二人は睨みあった。


「おい! 僕の名前を知らないのか? 僕の名前は坂田金太郎。坂田宗家の次男だぞ!」

「へえ、あの泣き虫甘えん坊次男ってアンタのことだったんだ」

「う……」


確かに、陰で自分がそう呼ばれていることは知っていた。時期当主として素晴らしい力を発揮している金剛に対して、金太郎はまだまだ弱く泣き虫。頼れる兄とダメな弟という構図が自分でもはっきりと分かっていた。

金太郎は言い返すことができなかった。対する楓はどこか得意げな顔をしている。


「アンタこそ私のこと知らないの? 私の名前は熊谷楓。将来女性で初、熊谷の家を継ぐことになる天才退魔師よ!」


熊谷、楓? 

金太郎はどこかで聞いたことがあるその名前を、ようやく思い出した。


「ああ~、こないだお尻ペンペンされてたじゃじゃ馬イタズラっ娘って君のことだったんだ」

「きゃー! そのことは言うな!」


楓は必死に金太郎の声をかき消そうとする。しかしここには自分と金太郎と二人だけ、隠すような相手もいないのだが……。


「フフフ……よくも私に恥をかかせたわね、こののほほんとした次男坊! 私を怒らせたことを後悔させてやるわ!」

「む、言ったな! このお転婆野郎! 覚悟しとけよ!」

「私野郎じゃないもん、このおたんこナス!」

「すっとこどっこい!」

『むー』


再び睨みあいが激しくなる。さて、縄張り争いをしている二匹の猫はどう解決するのか。二匹の立場は対等、それならば取る手段は決まっている。

―――――決闘だ。


「てやあああああ!!」

「たああああああ!!」


二人は同時に走り出す。武器も、防具も何も持たずにただ自分の肉体だけで相手を打ち砕く……と言えばカッコいいのだが、流石に子供の喧嘩である。そんな激しい戦いになるわけもなく、ただ組み合ってそのままゴロゴロと転がっているだけであった。

そしてその一時間後、ついに勝負は決した。


「はあ……はあ……」

「ひい……疲れた……」


当然のように引き分けである。決定打の何もない戦いの終わりなど、金太郎には分かり切っていることであった。

しかしやめられない。いや、やめたくなかった。こんなに楽しかったのはいつ以来であろうか。特訓ばかりの日には楽しみなど感じれない。それが今はこの少女と組み合うことがとても楽しかったのだ。

……とは言いつつも体の方は限界だ。おそらく、相手もそうなのだろう。


「と、とりあえず休戦にしようか……もう、日も暮れるし」

「この戦い、6:4で私の判定勝ちね」

「勝手に言ってろよ……」

「でもこの私とここまで戦えるなんて十分よ。貴方……えっと、名前なんだっけ?」


さっき名乗ったばかりではないか、という言葉を金太郎はグッと堪えた。


「坂田金太郎。宗家の人間の名前ぐらい覚えていてよ……」

「だってそんなもの関係ないじゃない。貴方がどんな人間でも私と話していたら対等。身分とか分からないわ」

「……」

「まっ、アンタの場合私より低いけどね」

「なんだと、お前! どういう意味だ!?」

「そのまんまの意味よ」


言い返そうとした金太郎は辺りが暗くなり始めていることに気づいた。

日が落ちてきたのだ。だんだんと暗くなっていく空を見て、金太郎は悲しくなった。

楓とはこれでお別れなのだ。


「何辛気臭い顔をしてるのよ。また明日会えるじゃない」

「また、明日……?」

「そうよ。私は毎日ここに来てるの。貴方も明日来るでしょ」


当然のように言う楓。

しかしそれは金太郎にとってみれば当然ではないのだ。一度も友達と遊んだことがないのだから。

また明日会えるというのならば、また会いたい。金太郎は自然と頷いていた。それを見て楓は満足したように破顔した。


「それじゃあ、またね。キンタ」


手を振って去っていく楓。金太郎はその姿を見える限り見送りながら、一言呟いた。


「誰がキンタだ……」


そう言いつつも顔が緩んでいることは金太郎自身にも分かった。

そういや手を振り返してない、とようやく気付き、慌てて金太郎は手を振り返した。


▽       ▽         ▽


楓と遊ぶようになってから一カ月が過ぎた。会う時間は日が落ちる前から日が落ちるまで。

そのほんの一瞬のような時間のために、金太郎は午前と午後の稽古を早く済ましていた。どんなに辛い稽古でも、これから楓と会えると思うと頑張れた。夜の稽古も明日になれば楓と会えると思えば我慢できた。すっかり彼女中心の生活になっている、と思いながらもそれでいい、とも思っていた。

さて二人の遊びとは一体何なのか? それはもちろん、戦いである。


「はあ……はあ……」

「今日は僕の勝ちでいいよね、楓?」


金太郎は得意げに楓を見る。彼女は本当に悔しそうに、金太郎を見ていた。


「……フン、でもまだ私は49勝38敗13分けで勝ち越しているからね! アンタの方がまだ弱いんだから」

「誰が今日こそ50勝にしてやるって言ったっけ?」

「うぐ……」


楓の顔が歪む。よっぽど悔しかったのか、彼女の足回りが削れていた。地団駄だけで穴を掘るとは、彼女も相当の負けず嫌いである。

この戦いは楓との決闘、第100回目。彼らはこのような決闘から、ご飯早食い対決のような小さなものまで全てを競い合ってきた。

結果は彼女言ったとおり、まだ楓の方が勝ち越している。しかし最近勝ち続きの金太郎は得意満面であった。


「はあ、とりあえず休憩しましょ。アンタと戦っていると疲れちゃうわ」

「誰が先に仕掛けてきたんだよ……」


金太郎はため息をつきながら楓の隣に座った。ムスッとして、如何にも不機嫌そうな楓を金太郎はジッと見つめていた。


「……何よ。なんか私の顔についてる?」

「い、いや……楓はさ、自分の髪の毛のことを気にしたりはしないの?」


とっさに出た言い訳なのに、妙にリアルな質問であった。

楓の髪の色は灰色、もちろん灰色なんて髪は他で見たこともないし聞いたこともない。自分と同じ境遇にある彼女はどうしているのか、金太郎は最初から疑問に思っていた。


「別に。何も気にしないわ」

「……そう、か」

「何よ、気持ち悪いわね。そんな塞ぎこんじゃって、何かあったの?」


楓になら話せるかもしれない、金太郎はその重い口を開いた。


「……僕の髪の毛ってさ、他の人とは違うじゃん。お兄ちゃんもお姉ちゃんも皆、黒い髪の毛で、僕だけ金色……。周りの大人からはさ、“異端”や“化け物”とか言われたりしてんだ……」

「そういえば聞いたことあるわね。“宗家の次男坊は金色の有るまじき者”って。確かに金色の髪の毛は見かけないわね」

「そうだろ。……僕だけ皆と違う。皆の輪の中に入れない。僕だけ拒絶されてる。……いつかお兄ちゃんやお姉ちゃんにも拒絶されるんじゃないか、と思うと怖くて……そうなったら僕は―――――」


――――コワレテシマウ……

最後まで口に出せなかった。その言葉を言ってしまったら、絶対に泣きだしてしまいそうだった。

何とかして堪えようと必死に唇を噛んでいる金太郎。そんな彼に楓は……拳骨をお見舞いした。


「アイタ! 何すんだよ、楓」

「……アンタ鬱陶しい」

「はあ?」


金太郎は素っ頓狂な声を上げた。そして同時に怒りがフツフツと湧いてきた。人が真面目に相談しているというのに、と怒りが込み上げてきた。

しかしそれは楓の顔を見たら掻き消されてしまった。彼女の顔はおふざけでも、茶化しているわけでもなく真剣そのもの。逆に自分が怯えてしまって、金太郎は息をのんだ。


「真面目に自分の不幸自慢をされてもこっちが困る。いい? 私はアンタと遊んでいるのが楽しいの。そんな在りもしない仮定の話よりも今遊ぶ方がよっぽど楽しいわ」

「……」

「アンタのあのお兄さんとお姉さんがアンタを裏切ると思う? そんな結論、出すまでもないわ。分かっているでしょ、あんただって」


――――優しい姉と、強い兄。彼らは絶対に自分を裏切らない。

楓に言われてからハッとなった。そして楓は続ける。


「それに私だってこの髪のことを言われないわけじゃないし」

「えっ……?」

「灰色狼とか、石頭とか、アンタと変わらないくらいね。でも私はそんなこと全然気にしてないわ。何でだと思う?」

「……全然」

「私は私のことが好きだからよ。好きだから自分のことを否定する気にもなれないし、自信が持てる。“自分を信じる”って書いて自信でしょ。私は自分をとことん信じているもの」

「……自意識過剰の間違いじゃ――――」

「―――うっさいわね! とにかく、私はこの灰色の髪のことも好きなの。他人と違ってカッコいいじゃない! ……アンタさ、もしかして他の誰よりも自分のことが嫌いなんじゃないの?」


――――泣き虫で弱い自分。僕はそんな自分が嫌いだった。

全て、楓の言うとおりだ……。


「私はね、アンタの金髪好きよ」

「はあ!?」

「だってカッコいいじゃない! そんな奇麗な髪の色、他にいないわ。アンタはもっと自信を持つべきよ。“己が道を突き進め”他人からなんて言われようが気にしないわ。……さあ、もう一戦やりましょうか、キンタ。今度は負けないわよ」


そう言って立ち上がった彼女は真っ直ぐで、やはり金太郎より大人びて見えた。

そして金太郎はそんな彼女を見て気づいたことがある。

―――――楓のことが好きだ。

そう自覚した瞬間、自然と口が動いていた。


「あ、あのさ、楓……」

「何?」

「ぼ、僕も、楓の髪、す、好きだよ……」


金太郎の顔が紅潮しする。言ってしまったという後悔や、遂に言ったという達成感、様々ん感情が金太郎の中を交錯していた。そしてその楓の返答は……。


「そ。ありがとう」


……なんともあっさりしたものだった。構わず準備運動をしている彼女を見て、金太郎は呆然としていた。


「キンタ、あんたも準備運動しときなさいよ! 怪我でもしたら大変なんだから」

「……お、おう!」


慌てて金太郎も準備運動を始める。

そして準備運動しながら、この日がいつまでも続けばいいな、と金太郎は思っていた。





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