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第四章・第二話:灰色の髪の乙女

坂田の家はまさに武家屋敷という風柄である。

広大な敷地の周りを結界で補強した塀が囲み、現代では珍しい一階のみの和の構造。各部屋は障子で仕切られており、壁は最小限のみである。

その広大な敷地のほとんどは屋敷ではなく、むしろ庭につぎ込まれており、おそらく分家の者と思える退魔師が訓練していた。

鬼丸たちはそんな光景を目にしながら長い長い廊下を渡っていた。


「ごめんなさいね、お客様。こんな無骨な光景を見せてしまって」

「いえいえ、構いません。退魔師の本質は戦うこと。そのために己を鍛えることは当然です。私たちも退魔師によって守られているんですから」

「……あれえ? なんか違うような……」


それは鬼丸が鬼だからだ、という言葉を金太郎は飲み込んだ。もしここで鬼丸たちの正体を明かせば分家の者が襲いかかってくるだろう。そして兄さんたちも出撃して……。

考えるのをよそう。それだけで精神が擦り切れる。


「ではお客様はこちらに。客間に案内します。金太郎ちゃんは……お父様のところに」

「……はい」

「では皆さま。こちらですよ」

「は~い!」


他の三人が蓮華につれられ去っていく。これでもう誰も支えとなる人間はいなくなったというわけであった。この広い空間で何もせず突っ立っているのがひどく気味悪く思えたので、とりあえず歩くことにした。

金太郎は幼いころから、この広い屋敷というのが苦手であった。誰もいないただ長い廊下、無駄に広い部屋、そして自分を避ける分家の者ども。幼い時は、言いようもない孤独感と日々戦いながらこの屋敷で生きていた気がする。

そんな生活から自分を救ってくれたのは、そう、一人の灰色の髪の少女であった。


「楓……」


金太郎はその名を口にして少し後悔した。彼女の名前が思い出させるのは楽しい日々と、あの絶望の別れの日。全ては自分のせいだと思うと目の前が真っ暗になる……。

そんなことを思っているといつの間にか自分の部屋についたようだ。金太郎はその扉をスライドさせて入った。部屋は畳に少しの家具があるぐらいのシンプルな、もっと言うならば殺風景な部屋であった。

変わらない。何も変わっていないその部屋は誰かが管理してくれているのか、密閉された部屋の匂いや圧迫感を感じさせなかった。


「……」


何も言わずに金太郎は黙々と準備する。これから父とは雖も坂田家の当主に会うのだ。半端な格好では会うことすら許されない。

しかしそうして準備している間も考えるのはただ一人のことであった。

楓。その名前を聞かずともこの屋敷には彼女を思い出させるような場所が数多くあった。というよりは彼女との思い出がないような場所はどこにも存在しない。この部屋だって、気を許せばたちまち楓との思い出に呑まれてしまうだろう。

そんな自分に嫌気がさし、金太郎はとっとと準備を終わらす。黒い上等の布に金色の家紋が入っている装束。それが退魔師にとっての正装であった。こんなもんか、と金太郎は思い部屋の外に出た。


――――と、次の瞬間に感じたのは殺気。


「おいおい、金太郎。家の中に客人入れるとはなかなか大胆なことしたな」

「っ!」


乾いた銃声が辺りに鳴り響く。

金太郎は紙一重のところでその銃弾をかわした。もし反応が遅れていたならば、今頃金太郎のこめかみには風穴があいていただろう。

しかし金太郎はこの敵からの襲撃を受けても反撃に移ろうとはしなかった。なぜならその敵には見覚えがあったからだ。


「金剛兄さんか……。やめてくれよ、こういうこと……」

「いいじゃねえか、これぐらい。かわいい弟を鍛えようとしているんだからよ」

「……」


鍛える、という言葉に甚だの疑問を持ちながら金太郎はため息をついた。弟を鍛えるという兄の心遣いは嬉しいが、下手すれば死んでしまうというのに……。

そう、この人物こそが坂田家長男、そして金太郎の実の兄、坂田金剛さかたこんごうである。金剛は満足したような顔でその拳銃、S&Wマグナム44をホルダーにしまった。

実は、というかもうお分かりかもしれないが、退魔の名家坂田というのはかなりの変わり種である。山奥に厳重な門を閉じ、閉鎖的な伝統を守っていると思えば、また別の一面では他の退魔師にはない個性的な、新しいものも取り入れている。

その新しいものを取り入れている代表がこの男、坂田金剛であった。この国のほとんどが着物を主流にしているというのに、この男の服は迷彩柄のズボンにタンクトップ。武器も古臭い剣や槍を用いず、科学によって作られた拳銃がメインである。

良く言えば個性的、悪く言えば異端というこの男は新進気鋭の退魔師として注目を集めていた。


……ああ、そしてもう一つ、この男はオタクなのだ。軍事的な意味で。


「まあ、とりあえず久しぶり。兄さん。また……拳銃が増えたんだね」

「おお! 分かるか、金太郎! 流石は俺の弟。これはな、少し原点に返ってオートマチックから回転式に――――」

「――――いいよ。どうせ分かんないから」


……あっ、いじけた。この男は家族の中では一番弱いのだ。体の強さではなく、心の強さという意味で。ちなみに一番強いのは、あの楓である。


「兄さん、いじけないで……俺結構急いでいるんだ。また話は後で聞くからさ、とりあえず歩こうよ」

「……本当に後で話を聞いてくれるんだな?」

「本当だよ、俺が嘘をついたことがあったか?」

「――――うわああん! 我が弟よ!」


……そうだ。この男は人に抱きつきたがる癖があったのだ。それにしても身長180センチを超える金髪と、それをさらに上回る男が抱きあうなんておぞましいにも程がある。

そしてこの男、金剛は全身に武器を隠し持っているため抱きつかれると当然のように――――。


「――――って痛い! 痛いよ、兄さん!」

「おお。悪い、悪い」


そう言ってようやく離してくれた。

しかしこの顔を見る限りは反省なんて微塵もしていないだろう。


「それにしても、お前でかくなったな。旅出る前と今ではまるで別人のようだ。色々なことがあったのだろうな」

「そりゃあんな奴らに囲まれてたら嫌でも変わりますって……」

「ん?」

「いや、何も……。兄さんたちは? 何か変わったこととかはないの? 特に……その……親父とかは?」


金太郎が何を言いたいか分かり、金剛は笑い出した。


「ハッハッハ! 別に親父はお前のことを怒ったりはしてねえよ! ただ毎年欠かさずプレゼントを贈っていたお前のことが突然贈ってこなくなったのを心配になっただけだって。要するに寂しいんだよ」

「ははっ! 親父が寂しがるなんて、そんなタマじゃないだろ。……良かった」


金太郎が安堵の声を漏らす。この金剛がこんなにも気楽に過ごしているということは、この家は安泰ということだ。親父もそこまで怒ってないということだろう。

金剛は未だにニヤニヤした顔をやめようとはしない。


「寂しいんだよ、親父は。どんなに達観した大人だって子が旅立つときは寂しがるもんだ。だから年一回ぐらいは……顔を見せろや!」

「おわっ!?」


金太郎は金剛に無理やり部屋に入れられる。この部屋は大広間。何も準備をせずまま親父ラスボスのところに来てしまったのか。


「ハッハッハ! 頑張れ、我が弟よ。親というものの中にはなかなか子離れできない親もいるからな。せいぜい頑張れ。ハッハッハ!」


金剛の笑い声が遠くなっていく。今確信した。あの人は変わってなどいないと。金太郎はげんなりとなった。


▽       ▽        ▽


別室にて、不意に蓮華はこんなことを口にした。


「金太郎とはどのように知り合ったのですか? ……どうぞ、粗茶ですが」

「ありがとうございます」

「どうも、どうも」


差し出されたお茶をかぐやは落ちついて、ウラシマはずけずけと、鬼丸は無言で受け取った。素人目からも分かるほどの上等なお茶であった。

鬼丸は一息つくと、先程の問いに答えた。


「実は彼に助けられたのですよ」

「えっ……?」

「これはほんの数ヶ月前……そう、私が一人で旅をしていたときに起きました」


鬼丸はさらに続ける。


「私は世界各地の風景を見るのが好きで、一人旅をしていました。御伽の国、不思議の国、童話の国、また世界に名の知られてない小さな国まで。私はその暮らしが好きだったのですが、ある日盗賊に襲われてしまったのです」

「まあ……」

「抵抗する力もなく必死に逃げ惑う私。体力も尽き、もうここまでか、と思っていたときに助けてくれたのがキンタ……いや、金太郎だったのです。彼はその巧みな雷術と驚異的な身体能力で私を助けてくれ、さらには敵にも気を遣う優しさ。それを見たとき私は確信したのです。彼こそが私の仲間だと、彼についていくことが私の天命だと。そう思い、現在に至るわけです」

「よくもまあ、臆面もなくそんな嘘つけますね」

「詐欺師になった方がいいんじゃないかな?」


いつになく饒舌で、さらに嘘つきというとんでもないオプションがついている鬼丸を見て、かぐや達はそう呟いた。そして蓮華はというと……。


「う、うう……。き、金太郎ちゃんが、そ、そんなに立派になっているなんて……。うう……」

「あちゃあ、信じちゃったよ」

「これでは騙すほうも悪いですが、騙される方も悪いですよね」


かぐや達は目もあてられないと、顔に手をやる。そして鬼丸はというと、随分冷静にお茶を飲んでいた。大方このお茶が欲しいのだろう。基本的に鬼丸は茶が好きだからだ。

蓮華はというまだ涙を流していた。


「うう……。これは大変お見苦しいところを……。貴方たちのような心強いお仲間がいると聞き、私は安心しました。まだまだ未熟な金太郎が一人旅なんて、あのときは心臓を掴まれる思いでしたが本当に安心しました。これからもどうぞ金太郎をよろしくお願いします」

「こちらこそ」

「こ、こちらこそ」


深々とお辞儀をする蓮華に鬼丸は丁寧に、かぐやはつられてお辞儀を返した。ウラシマはお茶を飲んでいた。

それはともかく、鬼丸たちと蓮華の距離は金太郎という共通の話題を以って少し距離が縮んだようだった。かぐやの質問にも快く答えてくれる。


「そういえば……キンタさんの昔とはどんな風だったのですか? やはり今と変わらず?」

「はい。あの子は昔から純粋で、優しくて、少し頼りないけど友達を必死に守ろうとする男の子でしたよ」

「友達? キンタさんにも友達なんていたんですか?」

「それはもちろん。金太郎ちゃんにも友達や許嫁の一人ぐらいはいます」


……おっと、聞き間違いだろうか? 蓮華の言葉から意味不明な言葉が出た。許嫁、といったのだろうか? 金太郎に許嫁―――――。


『ええ!? 許嫁!?』

「は、はい。そうですが……」


ウラシマはお茶を吹き出し、かぐやは咳き込む。鬼丸はそんな彼女の背中をさすりながらも少々ショックを受けているようだった。

三人がそんなリアクションを取るのはある意味当然、理由はあの金太郎だからだ。


「あのキンタさんに許嫁がいるなんて……。侮れませんね、キンタさん」

「畜生。キンちゃんとは非モテ同盟(非公式)を結ぶ仲だったのに……裏切ったな、あの野郎! コロス、溺れさせてからもう一回コロシてやる!」

「どんな人なのですか? ……ちょっと落ち着いて、かぐや、ウラシマ。話が聞けません」


蓮華はウラシマの気迫に押されぎみに、ようやく鬼丸の問いに答えれた。


「えっと……とても活発でいい子ですよ。灰色の髪がとてもよく似合っていて……。他の分家の子が宗家には滅多に近寄らないのに彼女だけはいつも金太郎ちゃんと遊んでくれました」

「……えっ? 分家って血が繋がっていますよね。それって近親相姦……」

「義妹フラグか!?」

「煩い……。元より純血を重んじる退魔師にとって従兄同士の結婚なんてさほど珍しいものでもありません。それに分家といえども血が繋がっていたのは何代も前。遺伝的にも問題ないレベルでしょう。で、その子は今どこに?」


……鬼丸の様子が少々変である。いつもは他人のことはあまり追求しようとはしないのに、かぐやは首をかしげた。


「今も屋敷の中にいますよ。おそらく会えると思います。……では私はこのへんで。どうぞ、ごゆるりと」

「ああ、ちょっと待ってください。最後に一つだけいいですか?」


部屋を出て行こうとした蓮華を呼びとめる鬼丸。はい、と快く受け答えをしてくれた蓮華にさらに追及を続ける。


「……金太郎は退魔師の仕事をしたことはありますか?」

「? いえ、ないと思いますけど……」

「そうですか。……失礼、もう結構です」


蓮華は軽く今度こそ軽く会釈をしながら部屋から去って行った。彼女の気配が完全に消えたのち、かぐやは鬼丸に尋ねた。


「どうしたんです、鬼丸さん? そんなに質問をして」

「……キンタは殺しを極端に嫌っています」


鬼丸は続ける。


「私が以前、とある盗賊を殺しにかかったことがあるのですが、キンタはそれを必死に止めようとしていました。それはもう懇願する勢いで。だから過去に何かあったと思ったんですが……」

「キンちゃんは優しいからね。殺しはいけないっていう妙な正義感があったんじゃない?」

「……私もそう思ったんですが、あの時の目はむしろトラウマに近いものがあった気が……。それにウラシマ。気づいていますか? この家の異様さに」

「もちろんだね。入った時から薄気味悪かったよ、この屋敷」

「ん? 何の話です?」


かぐやは気づいてないようだった。気づいてないならばそれでいい、鬼丸は少しホッとした。


「……ちょっと調べてきます。かぐやは絶対にウラシマから離れないように」

「えっ? ちょっと、鬼丸さん……ああ、行っちゃった。……ウラシマさん、何の話だったんですか?」


ウラシマは顎に手を当てる。これはかぐやに対する心配か、はたまた金太郎に対する配慮なのか。その結論は思いのほか早く出された。

――――両方だな。

ウラシマはフッと笑った。


「気づかない方がいいこともあるんだよ、かぐやちゃん。……ところで、僕の君に対する思いは気づいてくれたかな?」

「近寄るな、変態!」


この広い屋敷にとてつもない衝撃音が響いた。


▽       ▽       ▽


「イタタ……相変わらず無茶する人だな……金剛兄さんは」

「金太郎、騒がしいぞ。お前」


その声がした瞬間、金太郎はすぐさま頭を下げた。

金太郎はその声の主を知っている。そしてこの人物の恐ろしさも。


「さ、坂田宗家次男、坂田金太郎ただいま参上いたしました。ち、父上」

「うむ……」


威厳と重みあるこの声の主こそ、今代の坂田家当主坂田公時さかたきんときである。家族だからと言って頭を上げることは許されない。いや、上げようとしても上げられないのだ。その言葉の重みによって。

金太郎のできることはただただ、頭を下げることだけであった。


「顔をあげよ、金太郎。そしてお前の成長したその顔を見せよ」

「は、はい。父上。おひさしぶ―――――」


金太郎の時間が止まった。自分の父に控えている人物、それが信じられなくて金太郎の頭はフリーズした。


「久しぶりね、キンタ」


親しみと、挑発的な口ぶりが混ざったような挨拶をするその少女。その少女は大人びているがかつての面影が確かに残っていた。髪もあの頃と一緒の灰色。自分の一番好きな髪の色――――。

ようやく動き出した金太郎の口がその少女の名前を発した。


「……か、楓?」


その少女はここにいることはあり得ない。

―――――だって俺が楓を殺したんだから……。




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