第四章・第一話:忘れてた……
今回はプロローグなので短いです。ご了承ください。
それは夏の夕立のように突然に、雷鳴のように衝撃的な出来事であった。
「郵便でーす!」
「あっ、飛脚さん。毎度ありがとうございます」
「今日のお届け物は……これ一通ですね。金太郎さん宛てですよ」
「俺?」
天狗の配達屋、飛脚から一通の封筒を受け取る。裏を見るとあて先には確かに自分の名前が、しかし差出人の名前は書いていなかった。
金太郎は不審にその封筒を眺めていると、それでは、と言って飛脚は大空へと飛び去っていった。
「相変わらず速えな。……さて、誰からだ、この手紙?」
金太郎は封を開ける。と、出てきたのは一通の手紙。丸っこい字体に書かれているそれを読んでいくと、どんどん金太郎の顔が青ざめていく。その様子を見かけた鬼丸は思わず声をかけた。
「どうしました、キンタ? 顔、真っ青ですよ」
「忘れてた……」
「何がです?」
金太郎は顔面蒼白で答えた。
「親父の誕生日、忘れてた……」
「はあ?」
退魔師の名家、坂田家。古き伝統を重んじるその家訓の内のその一つ“当主の生誕の日には、たとえ修行の身であろうと皆で祝うために帰参しなければならない。”
もし破れば、何をされようが文句は言えない。たとえ死に至るような拷問だったとしても……。
「やっべ! 帰らなきゃ!」
「ちょっ! キンタ、どこに? ……ちっ、しょうがない。かぐや、ウラシマ、出かけますよ!」
▽ ▽ ▽
「はあ……」
金太郎は大きく溜息をついた。
その右手には家族へのお土産、左手には父への祝いの品が握られている。
さて、それはいいのだが何をされるのだろうか。家には掟には人一倍厳格な父と、全身武器な兄がいる。どんな拷問が待っているのか……。
考えるだけでも憂鬱である。
ただでさえ、今日は幽鬼の機嫌が悪かったり、桃太郎が鬼ヶ島に訪れたりと、不思議と憂鬱なことが起こっているのに……。
そして残念ながら目の前にも憂鬱な存在があった。
「いやあ、今日は絶好のピクニック日和だねえ。言ってくれれば何か準備したのに……。玉手箱も忘れちゃったじゃないか」
「そうですよ。私もお握りでも何でも作ったのに……。キンタさんは本当に駄目ですね」
「――――何でオメエらがいんだよ!?」
金太郎は振り返る。
と、そこにいるのは暢気にも先ほど村で買ったお握りを頬張っているかぐやとウラシマの姿。そしてそのかぐやを嬉しそうに見ている鬼丸であった。
その大きなお握りを飲み込むと、かぐやは当然のように答えた。
「だって鬼丸さんが出かけるって言うから」
「全てはオメエが元凶か、鬼丸!」
「まあまあ、どうせ何もすることがないんですからいいじゃないですか。私もキンタの家に行くのは楽しみですよ」
「ちょっと待て。オメエら、俺んちに来る気か?」
三人は一様に頷く。
「駄目ですか?」
「駄目だろ。普通に考えて」
「む? 何故です?」
鬼丸は眉を顰める。金太郎に普通に考えて、とは言われたくなかった。
しかしそんな態度が癪に障ったのか、金太郎は大声で怒鳴りながら指で指した。
「鬼! 魔術師! 月姫! どう考えたって駄目だろうが!」
退魔師、とはその名の通り魔を退ける者である。そして鬼とは魔の代表。どう考えても相性は最悪、敵の本拠地に何故わざわざ向かうだろうか、常識的に理解できなかった。
またウラシマは魔術師である。自分のために魔力を使い、自分のために魔術を研究する。人のために魔力を用いて戦う退魔師に基本的に良くは思われていない。
かぐやは身分上は問題ない。が、自分のことを姫と、相手を愚民と言うような人間と家族と会わせていいのだろうか。いや、間違いなく良くない。
金太郎は懇願するように、三人に言った。
「本当に悪いことは言わんから、今すぐ帰れ。退魔師の家って言うのは思ったより閉鎖的なんだ。ましてや鬼なんて来ている事がばれたらどうなるか――――」
「――――って言っているうちについちゃったよ。キンちゃん」
「うそん!?」
金太郎は再び振り返ると、そこにあるのは武家屋敷のような厳かな門。広い敷地。そして門に書かれているのは間違いなく“坂田”の二文字。
そう、ここは金太郎の実家、退魔師の名家“坂田家”。人気のない山奥に堂々とそびえたつその門は訪れるものを歓迎するものではなく、拒絶するような威圧感を放っていた。
「おお、ここがキンタの実家、ですか」
「へえ~……なかなか大きいじゃないか」
「まあ、私の家よりは小さいですけどね」
「オメエら目線で語るなよ。というかやべえ……本当にまずいぜ」
金太郎の背筋を冷や汗が流れる。そしてそのまずい状況を助長させるような人物が、門の前に立っていた。
「あれ、玄関先に誰かいますよ」
かぐやがその人物に気づく。その人物は、浅黄色の着物がよく似合う、長い黒髪の女性。門の前で掃除をしており、その行動一つ一つが洗練されている。大和撫子、とはまさに彼女のためにあるような言葉だろう。
金太郎以外の皆がそれに見とれていると、彼女もこちらに気づいたようだ。
「あら? もしかして……」
あらあらあらあら……と、驚いている割には素早い行動で金太郎に近づいてくる彼女。有無を言わせないようなその行動に、金太郎も何もできずにそれを見ていた。
その時信じられないことが起こった。彼女が金太郎に抱きついたのだ。
「金太郎ちゃん、本当に金太郎ちゃんなのね!」
「蓮華姉さん、離れて……みんな見ているから」
「あらあら、いけない」
そう言って彼女は金太郎から離れる。今から止めないと今すぐ飛びかかってきそうな勢いだった。
そして後ろで呆然と立っている三人に気づいた。
「お友達? 金太郎ちゃんがお友達を連れてくるなんて珍しいわね」
「友達を連れてくることすらなかったろ……」
金太郎は呆れるように呟く。
過去一度として金太郎は友達というものを家につれてきたことはない。それは金太郎に友達ができなかったわけでは無く、単純に坂田という家がそれを邪魔したのだ。
坂田直系としての立場、それが人を寄せ付けなかった。友ができたとしても坂田の名前を聞くだけで離れていく子も多かった。
ああ、そういえばそんなこともあったな、と感慨にふけている金太郎をよそに蓮華は深々と三人に挨拶をしていた。
「私は坂田金太郎の姉、坂田蓮華。よろしくお願いいたします」
「私の名前は鬼丸童子。金太郎君とは仲良くさせていただいています」
「誰? お前?」
「私の名前は四方院かぐや。気軽にかぐや様と呼んでください」
「お前はかわらねえな……」
「僕の名前は浦島竜胆。ところでお姉さん、今夜一緒に食事でも――――」
「―――――テメエは人の姉さんを口説いているんだよ、バカ!」
反射的に浦島の頭を小突く。
母親の顔を知らない金太郎にとってこの人は母親同然、それをウラシマのような奴に近づけさせてたまるか、と思う前に体がまず動いていた。それもかなり力一杯に。
ウラシマの軽い体は面白いほどよく飛んでいき、門の壁に当たってようやく止まった。
それを見ていて、蓮華がポツリと呟く。
「あら、楽しそうな人たちねえ」
「どう見たらそうなるんだよ……」
「さあ、皆さん。こちらにいらして。お客様は客間へ。そして金太郎ちゃん……お父様が待っているわ」
「……はい」
やはり来たか、と金太郎は内心で舌を出していた。
姉がここで掃除をしていたのは、半分は金太郎のため、もう半分は父親の命令。やはり怒られるのか、と金太郎がうんざりしていると視界の隅に何かが横切った。
「――――ん?」
人間の形をした何かが坂田家の塀を飛び越えていく。盗人用の結界が働かないということはこの家の者だろう。しかし金太郎は別にそこには気にしてなかった。自分も門限を破った時にはよくあの塀を越えたものだった。
問題は一つ、それが灰色の髪の毛だったということだ。金太郎の知る限り、灰色の髪の毛の退魔師は一人しかいない。
だが、それはあり得ない。なぜならそれは金太郎の手によって―――――
「キンちゃん、優しそうなお姉ちゃんじゃないか。僕が貰っちゃってもいいかな?」
「あ、ああ……」
「キンちゃん?」
ウラシマの声にハッとなる。いつの間にか呆然としていたようだ。
「あっ、いや……それは、駄目だぜ! 姉ちゃんはもう結婚を約束した人がいるんだから」
「やはり、退魔師の家系筋と?」
「いや、姉ちゃんは退魔師の才能がなくてな。普通の家の人だよ」
「じゃあ、キンタさんは許婚とかいるんですか? いても不思議じゃないですよね」
「あ、いや……俺は――――」
「――――皆さん、こちらですよ。皆さん!」
すでに門の目の前に到着していた蓮華が皆に声をかける。今回ばかりは助かったと金太郎がホッとしていると、ウラシマが真っ先に食らいついた。
「はいは~い! 綺麗なお姉さ~ん!」
「まったく、この人は……。鬼丸さん、行きましょう」
「はい」
鬼丸もかぐやの後についていく。しかしどこか心在らずの金太郎を見かけて、声をかけた。
「キンタも行きますよ」
「あ、ああ……」
金太郎もあわてて彼らについていく。
彼らが門に完全にたどりついたとき、その厳重な扉が閉まり始めた。この門は頑丈、いくら高等の魔術師とはいえど、この扉を破るには骨を折ることになるだろう。
――――そして扉は完全に閉まりきった。