第一章・第五話:嘘の依頼? ……勘弁してくださいよ
「で、結局どうなったんだっけ?」
「あの女性の話を聞くところによると、ヨウタという男は毎朝、狼男が出たと村中に大声で伝えるそうです。最初の方はみんな信じていたのですが、最近になってくるとみんな信じなくなってきて、嘘吐き、と呼ばれるようになったそうですよ」
「ふ~ん……」
鬼丸とキンタは無事依頼人のヨウタという男がいる周の村に着くことができた。しかし村人の話を聞くと、そのヨウタは嘘をついており、狼男など存在しないという。疑問を浮かべながらもまずはその依頼人にあってみよう、ということになった。
「しかし、何で嘘なんかつくんだろ?」
「人間なんてそんなものじゃないんですか? 自分のため、享楽のため、そんな馬鹿馬鹿しい理由で嘘を平気でつくじゃないですか」
「……随分と棘がある言い方だな」
「まあ、鬼ですし……着きました。これが依頼人の家です」
鬼丸たちはいつの間にか依頼人の家に着いたようだ。キンタは一度深呼吸をして、その家のドアをノックする。
―――――コン、コン
「はい」
がちゃ。返事と共にドアが開かれると、そこには10歳くらいの少年が立っていた。この国の人間特有の黒髪、大きく開かれた茶色の目が何とも愛らしかった。
「子供ですか……」
「あの~……どちら様ですか?」
少年は明らかに警戒しているようだ。キンタはなるべく怖がらせないように、笑顔に、自分ができる最高の愛想笑いで対応する。
「この家にヨウタっていう人、いるかな?」
「ヨウタは僕だけど……」
「えっ……こんなガキが?」
「ちょっと黙ってろ、鬼丸……だったら、ヨウタ君。この依頼出したのは君かい?」
キンタがギルドの受付から貰った依頼書を見せる。するととたんに少年の顔が笑顔になっていった。
「オジサンたちが狼退治してくれるの!?」
「私がオジサン!?」
「……鬼丸、お前……だからちょっと家に入らせてもらっていいかな?」
「うん!」
少年は本当にうれしそうにうなずくと、家の中に入って行った。キンタがついていこうとすると、鬼丸がそれを止める。
「キンタ、この依頼はだめです。帰りましょう」
「はあ!? 何言ってんだ!?」
「いいですか。私は報酬がもらえるなら、依頼人が嘘つきでも構わないと思っていました。しかし相手は子供です。報酬は100万どころか一銭も貰えないかもしれませんよ」
鬼丸のいうことは尤もであった。ギルド依頼人の中には精神が異常な者もいる。特に殺し屋を雇う者は、ならず者が総じて多い。その中にはとんでもない嘘つきがいても不思議ではないだろう。
しかし報酬が貰えないとなると話は別だ。それは重大な契約違反であり、裁判にかけられることもある。もちろん面倒くさいので、そんなことはしないが、報酬が貰えないとなると鬼丸にとっては死活問題だった。
しかし、金太郎は……
「それでも十分だ!」
「はあ?」
その常識をあっさりと覆すような発言をした。
「報酬が貰えないなんて誰も言ってないだろ。誰がそんなこと決めつけた? 俺はあの子はちゃんと報酬をくれると思うぜ。それにお前には悪いが、もし報酬をくれなくても俺は満足だ。あの子が困っているところを助けられたんだからな。俺はそれで十分だ!」
鬼丸は呆然として、キンタを見ていた。なぜか後ろには後光が差している気がする。鬼丸は思わずため息をついてしまった。
「……あなたは絶対将来損しますよ……」
「よく言われる。さあ行こうぜ!」
キンタは意気揚々に、鬼丸はこれからの将来を考え、もう一度溜息をつきながら、人選間違えたかな、とか思いつつヨウタの家に入って行った。
ヨウタの家は思ったより広く、物もそこまで多くなく閑散としていた。ヨウタはキッチンに立って、小さい自分の身長をフルに使って必死にお茶を入れようとしていた。
「何故ヨウタを見た後に、私を見るのですか、キンタ?」
「イエ、ベツニ……君の親はどこにいるんだい? ヨウタ君」
「お母さんとお父さんはいないよ……」
「……?」
「お父さんはね、この町を守るハンターだったんだけどね、狼男に殺されてしまったの。お母さんも、ある日水を汲みに行っていたら、狼男にたべられちゃったんだって」
「……そうか……悪いことを「その話は本当ですか? 少年」……っておい!」
キンタがヨウタに謝ろうと思っていた時、鬼丸が言葉をかぶせる。
キンタが突っ込むが、鬼丸は関係ない、と言わんばかりにキンタを無視する。
「もう一度聞きます。その話は本当ですか?」
「う、うん。僕は嘘をつかないよ……」
「……まあ、最初から疑ってかかってもしょうがありませんか……座ってください。依頼の話をしましょう」
これじゃあどっちがこの家の主人かわからん、とキンタは言いたかったが、ぐっとこらえることにした。
ヨウタがお茶を入れることができ、3人はリビングの席についた。まず鬼丸がしゃべり始めた。
「では自己紹介しましょう。私の名前は鬼丸童子。旅人です。」
「俺の名前は坂田金太郎。今回君の依頼を受けることになった。よろしくね」
「僕の名前はヨウタ。よろしく、お願いします」
「では早速ですが、報酬のことなのですが……」
「そっからかい! まずは狼男について聞くべきだろ!?」
「冗談です。では狼男について知っていることを全て話してください」
「う、うん。ええっとねえ……」
ヨウタが話す狼男の話をまとめると、以下のようになった。
ヨウタが毎朝6時に水を汲みに行くと、森の中で何かが動いたようだった。ヨウタは気になりそれを追っていくと、2,3人、人が集まっていた。その人たちは全員灰色の髪をしていた。ここまでは普通の人間なのだが彼らの頭部には、犬の耳のような物があり、なんと後ろには尻尾まである。
ヨウタは彼らが狼男であることを直感して逃げようとするが、小枝を踏みつけてしまった。狼男の一人がそれに気づき、獣のような金色の目でヨウタのいた方向を見た。
ヨウタは恐怖で失禁してしまいそうだったが、なんとか逃げ出して村中に知らせて回ったという・・・・
「……それが一週間前に起こったことだよ。それから毎朝そこにいた狼男の中の1人は見かけるんだけど、誰も信じてくれなくて……」
鬼丸とキンタは黙ってその話を聞いていた。しかし同じ反応をとっていても、鬼丸とキンタは違うことを考えていた。
「俺は信じるよ」
「っ! ほんと!? お兄ちゃん」
「キンタはお兄ちゃんで、私はおじちゃんですか……」
「ちょっと黙ってろや……俺は君を信じるよ。信じられなきゃ、何も始まんないもんな。明日の朝、俺達もついて行くよ。そこで狼男を退治してやる!」
「ありがとう! お兄ちゃん!」
ヨウタが初めて年相応の笑顔を見せる。しかし依然として鬼丸の表情は、何かを考えているようだった。
「鬼丸も行くよな!」
「あっ……ええ、まあ……」
「よし、じゃあ明日終わらせよう。ヨウタ、この村にどっか泊まれる所あるか? 俺らこの村に来たばっかだから分からんのよ。」
「じゃあ僕の家に泊まっていってよ。僕以外に誰もいないし」
「ほんとか? ありがとな」
「うん。僕布団用意してくるね!」
パタパタと音を立てながらヨウタは部屋から出て行った。こころなしかとてもうれしそうに見えた。
キンタは隣の鬼丸に話しかける。
「……まだあの子の事、疑っているのか?」
「半分です」
「はあ?」
「ですから半分です。あの子の話が信じられるのは」
「……どういうことだよ? あの子は狼男を見てないって思っているのか?」
鬼丸はカップに注がれたお茶に一回口をつけるとそれをテーブルに置いた。そのあとキンタの方に向いた。
「まず、あの子が狼男を見たということは事実です。灰色の髪、狼のような耳と尻尾、すべては狼男の特徴をとらえています。よってこの話は白」
「でも狼男と言えば、そんな風に考えないか? 俺だってそうやって説明するぞ」
「はあ~……あなたはどちらの味方なのですか?」
鬼丸が人差し指をキンタの顔の目の前で立てる。
「確証はもう一つあります。その狼男たちが全員金色の目をしていたということです。彼らは“灰狼”と“黒狼”という二つの種族がありますが、共通するのは金色の目を持っていることです。満月のような金色の目、純粋な金色の目を持っているのは彼らだけですよ」
「でもそれを知っていたとしたら? 知っていなくても図書館とかで調べれば、わかることじゃないのか?」
「ではお聞きします。キンタ、退魔師であるあなたはこのことを知っていましたか?」
「あっ……」
金太郎の口から間抜けな声が漏れだした。
退魔師は魔に関するプロである。まだまだ未熟だとは言え、キンタも退魔師の一族のひとり。キンタですら知らないことをあの10歳足らずの少年が知っているはずがない。
調べようにも、この村には図書館すらない。それらから鬼丸は“推測”したのだ。
「なるほどな……じゃああと半分はなんだよ?」
「彼の両親のことです」
「?」
「あの子の両親が死んだというのなら間違いなく“実害”が出ています。なのに何故みんな信じないのでしょう?そこだけが確証がなくて、信じることができない」
「確かにな……最近は何も被害の報告がなかった。退魔師っていうのはどんなに小さな被害でも一応報告が入るようになっているんだけどな」
鬼丸たちが頭を抱えていると、ヨウタが部屋に入ってきた。
「お兄ちゃん達。蒲団が用意できたよ!」
「ま、明日狼男を倒してしまえば、すべてが終わるのですけどね」
「そうだな。あ~……なんか腹減った。今何時だ?」
あんなに日が高く上っていたのに、いつの間にか日は傾き始めていた。あまりの時間が早くたつのでキンタは驚いてしまった。
「よし、ヨウタ。今日は俺が飯を作ってやんぜ!」
「ほんと? おにいちゃん?」
「へえ~……あなた料理なんかできるんですか? 似合わないですね~」
「ほっとけ!」
「お兄ちゃん。僕も手伝うよ!」
キンタとヨウタはともにキッチンに立ち、仲良く料理を作り始めた。その様子はさながら兄弟のようにも見えとても微笑ましかった。
鬼丸は一人になってしまったリビングで、あるお話を思い出していた。
ある村に何人かの人が仲良く住んでいました。
ある時、その村に狼が人に紛れ込んでしまいました。
さあ、大変だ。毎朝一人、また一人と食い殺されてしまう。
人間は考えた。「毎日一人ずつみんなで選んだ狼と思う人間を殺してしまおう。」
人間は紛れ込んでいる狼を殺すことはできるのか?
それとも狼が生き残り、全員食べられてしまうのか?
結末は……
「……忘れてしまいました」
そんなことを呟きながら鬼丸は窓を見た。
「まあ結末はどっちでもいいですけどね」
今日の月は半分に欠けていた。