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第三章・第十話:リュウオウノヒメノカミ

「……」

「すみません、乙姫……。僕の完全な負けです。


乙姫は何も言わずに、浦島を起こして鬼丸と金太郎をにらみつけた。

浦島竜胆が倒された。

あの浦島がやられた。

浦島はこの竜宮城で最強の魔術師。それが負けたとなれば、それは竜宮城が負けたということ。それだけでも、この竜宮城にとっては大きな損失である。

しかし、どんなに損失が出ても、どんなに計画が狂おうが乙姫は退かない。この計画プロジェクトは絶対に成功させないといけないのだから。


「いいわ、別に。貴方が負けても竜宮城は負けないもの……」


全てを捨ててでも、そう再認したところで見知った顔がこの社長室に入ってくる。もちろん、誰かとは言うまでもなく、鬼の長老、鬼珠童子であった。


「やあ、乙姫。久しぶりじゃの」

「鬼珠……」


今になって鬼珠が来たことはこの先の展開にどう影響するか、それは誰にも分からないことだが、少なくとも乙姫は悪くなく思っていた。自然と顔にそれが表れる。

兎にも角にも、ここでようやく互いのトップが集まった。これからはトップ同士による交渉りゃくだつの時間だ。


「今回もお主には迷惑かけられたものよ。もう子供じみた遊びはやめたらどうじゃ?」

「遊びですって? ……冗談やめてよ。コレは本気よ。今回ばかりは退かないわ。そのためにこの玉手箱も取り返したんだから!」


乙姫の手の中にある玉手箱を見せ付ける。それを見て、鬼珠はある疑問を口にした。


「何故じゃ? そこまでする理由はお主になかろう」


元々玉手箱は竜宮城と鬼ヶ島の和平の印として送られたもの。それを取り返すということは、長く続いた均衡を破ることになり、自分たちが逆襲に行くのは明らか。それ以前に、鬼ヶ島に攻め入る危険も伴う。

何故今になって奪い返したのか、鬼珠には分からなかった。


「あるわ! 貴方たち、竜神様を誘拐したでしょう!」

「……はあ!?」


ここに来てから初めて、鬼珠が素っ頓狂な声を上げる。そしてはじめて見た彼のその表情に鬼丸はギョッとした。

竜神様、とはここ一帯を治めている水神である。その力はすさまじく、鬼ヶ島付近の海流は恐ろしく渦巻いている。金太郎たちもよく知っている神様であった。

また竜宮城の祭神でもあるゆえに、竜宮城の人間の信仰はとてもあつい。そしてトップである乙姫の信仰は異常とも言えるレベルであった。


「竜神様が突然姿を消した……。それは貴方たちが誘拐したこと以外に考えられない。売られた喧嘩は買うわ!」

「ちょっと待て! どうすればそういう結論に至るんじゃ? 竜神様を誘拐するなど……そんな業が我々に赦されるとでも思っているのか? そんなことするなら手っ取り早くお主らを攻めておるがな」

「敵の言うことなんて信じると思うの? とにかく、囚われた竜神様のために私にも考えがあるわ」


乙姫は短く詠唱を唱えると、鬼珠との間に結界が張られる。いくら鬼珠が結界のエキスパートと雖も、人の結界を解くのには時間がかかる。

これでもう、乙姫を止めることは出来ない。


「この玉手箱には色んなものが入っている。魔力も、時間も、私たちの魂も、そしてここに眠る竜神様の力も……。そして今こそ、ココに開放する!」

「なっ! お主よせ! そんなことしたらここが――――」

「―――――百も承知よ!」


信仰は時に人を狂気に陥らす。我が神こそ全て、と考えている人間ならば尚更だ。

そして今の乙姫がまさにそれで、結界を張った彼女を誰にも止めることができない。鬼珠の額に冷や汗があふれ出た。


「これは……逃げたほうがよさそうかの……」

「竜神様がいなくなってしまった今、こうするしかない! もう誰にも止めることはできないわ!――――」

「――――お待ちください! 乙姫様!」


今まさに玉手箱を開けようとした乙姫を止める手が現れた。

それは浦島の手であった。


「何の真似? 浦島」

「出すぎた真似です。いいですか。今ここで玉手箱を開けてしまえば、ここが崩れるのは当然。しかしそれだけではないです! ここにいる全従業員の肉体の時間が動き出し、急激な老化の変化に耐え切れず、死に至るものもいるでしょう。なにより、貴方の魂は行き場を失い、永遠にこの地をさまよう霊に――――」

「うるさい、うるさい、うるさい! 貴方にとやかく言われる筋合いはないわ! 貴方は私に付き従ってればいいの!」


乙姫が浦島の手を全力で振り払う。


「貴方は契約を違える人ではないはず! まだあの契約は有効よ!」

「だからこそです。僕はあの時もう一つ誓った。“貴方を守る”と。だから僕は貴方を止める、貴方を守るために」

「……貴方」


一瞬だけ、狂気に浸っていた彼女の表情が真に戻る。が、それも一瞬だけ。すぐに彼女の顔は元の狂気を取り戻した。


「それでも私はやめない。貴方が私に命をかけて仕えるように、私は命をかけて竜神様に仕える。誰にも止められないわ」

「やめ―――――」

「やめて」


再び乙姫を止めようとする声がかかる。その声はか細く、今にも消え入りそうな声で明らかに少女の声。

その声を聞いた瞬間、乙姫の動きが完全に止まった。


「……この声は」

「あっ、リュウだ」

「さあ、さあ、皆の衆、図が高いですよ! ひかえおろう!」

『――――ってかぐや!?』


現れたのは金太郎についてきた謎の少女、リュウと……何故か分からないがかぐやであった。かぐやは大げさにポーズを取り、声を張り上げた。


「ここにおられる方を誰だと心得る? このお方は竜王姫神リュウオウノヒメノカミ。即ち竜神様ですよ。さあ、控えなさい。キンタさん、鬼丸さん」

「はい!」

「鬼丸、お前……」


呆れたふうに鬼丸を見た金太郎であったが、周りを見れば鬼珠も、乙姫も、ウラシマも皆一様にひれ伏している。というわけで金太郎も取り敢えず頭を下げることにした。


リュウはポテポテと歩き出し、乙姫の前で止まった。


「……乙姫」

「は、はい。竜神様」


乙姫が一層頭を下げる。リュウはその肩に手を置くと、身内を心配するように語りかけた。


「……貴方ずっとは私のために尽くしてくれたの。だからそのことはいつも感謝しているよ」

「勿体無きお言葉」

「でも今回ばかりは頂けないの。私は自分の意思でここを出て行って、自分の意思でここに帰ってくるつもりだった。それを全部鬼のせいにしようとするのは許せないよ」

「……はい」


乙姫の頭が垂れる。リュウが次に向かった先は、鬼珠のところであった。


「鬼のおじいちゃん」

「なんでじゃろうか、竜神様」

「貴方には迷惑かけたの。でも今回のことは昔からの因果から成ったもの。もう今後こういう過ちを起こさないように、竜宮城とは仲直りして欲しいの」

「なっ!それは――――」


驚嘆の声をあげたのは乙姫であった。あまりに衝撃的で、飛び上がってしまった。が、それをリュウが目で制する。リュウが一瞥すると乙姫はおずおずと引き下がった。

鬼珠は冷静に、リュウの願いに答えた。


「もちろんですとも。竜神様の仰せられとおりに」

「……そして、浦島竜胆」

「はい……」


浦島は地に着くほど頭を下げる。命令されたとはいえ、この騒動の一連の戦犯は浦島。さらには元々竜神様の持ち物であった玉手箱を略奪し、それを無用で使った。償えるものではないと分かっていた。どんな咎めも受けるつもりでいた。

しかしリュウが浦島に向けたのは咎めの言葉でも、怒りの言葉でもなくたった一つの箱であった。


「コレは貴方のもの」

「えっ……これは玉手箱、何故?」


リュウから手渡されたものは玉手箱。予想外の出来事に、リュウの顔を見上げた。


「これでいつまでも乙姫を守って欲しいの。それに、貴方なら任せられると思ったから」


乙姫が竜神を信仰するのは代々続くシャーマンの血ゆえ。しかしそれ以上に乙姫は竜宮城で一人眠るリュウのことを慕っていた。まるで家族のように。

だからリュウにとっても乙姫は家族同然だと思っているし、その乙姫を守ってくれる浦島もまた然り。浦島は竜神から認められたのであった。


「有難うございます!」

「うん。……久しぶりに動いたから眠くなったの。そろそろ私は眠るよ……。あっ、鬼の子と、金太郎と、かぐやも有難うね。貴方たちのお陰だよ。じゃあね、バイバイ……」


そう言ってリュウは目を閉じると、その体は光に包まれ消え入っていく。皆その光景に見とれていたが、いち早く鬼珠が動き出した。


「……さて、儂らも帰るとするか」

「えっ……玉手箱のことはいいのですか?」

「竜神様に言われてしまっては逆らうわけにもいかんしの。アレはウラシマ君のものじゃ。乙姫、また後日話し合いといこうか」

「……そうね。鬼と続くこの因果にも決着をつけましょうか」

「ホッホッホ! そうじゃの。では皆、帰ろうかの」


乙姫との睨み合いを断ち切ると、鬼珠は出口に向かった。それにかぐやと鬼丸はついていくが、たった一人だけ未だに歩き出していないものがいた。


「キンちゃん……」

「ウラシマ……」


ウラシマは決着をつけた。自分の迷いを断ち切り、竜宮城の人間として生きていくことを決めたのだ。

しかし金太郎自身に決着はついているとはいえ、はい、そうですか、さようなら、と割り切れるほど彼には人間はできていなかった。本当に苦しそうに、顔をしかめていた。


「僕はもうそっちは戻れないからさ、鬼ヶ島には帰れないんだよ」

「そう、か……そうだよ、な……」

「でもさ」


ウラシマは笑って、金太郎を見た。


「いつかまた会えるさ。そう遠くない未来に。……そう、僕は信じているよ」


鬼ヶ島と竜宮城は長く続いたこの因果を切り、いつか分かり合える日が来る。ウラシマがそう口にすると、金太郎もその顔を綻ばせた。


「おう! また、いつか会おうな! ウラシマ」

「そうだね。じゃあまた会おう!」

『じゃあな!』



       ▽        ▽        ▽



「―――――って言ったものはいいんだけどさ」


数日後の鬼ヶ島。

鬼丸の自室で金太郎は……だれていた。


「やっぱり別れるのはつらいよな……。はあ……」

「ほらほら、キンタ。そこ邪魔ですよ」


鬼丸は本を読みながら、金太郎を足でどける。金太郎はそんな様子の鬼丸を見て、ポツリと疑問を漏らした。


「……お前は寂しくないのかよ、鬼丸?」

「別に」


鬼丸は簡潔に答える。


「むしろかぐやを脅かす愚か者がいなくなって清々しています」

「……時々お前のそういう利己主義が羨ましくなるよ」

「まあまあ、キンタさん」


そんな光景を見て、珍しく機嫌の良いかぐやが金太郎をたしなめた。


「別れは新しい出会いのきっかけというじゃないですか。そうクヨクヨしていると新しい風も吹いてきませんよ」

「そう、だよな……」

「はいはい。シャキッとして、シャキッと。胸を張って、背筋を伸ばさないとかっこ悪いですよ」

「―――――でもかぐやちゃんが胸を張っても、とても誇れるようなものじゃないよね」

「うるさい! そこの下賤!」


反射的に右足が出る。誰かは知らないがそれは明らかなセクハラ。とどめをさそうと、蓬莱の玉の枝を取り出したところで、何かに気が付いた。この声には聞き覚えがある。


「―――ってこの声って……」

「いたた……。流石かぐやちゃん。ナイス蹴り」

『ウラシマ!?』


壁にめり込んでも、なお親指を立てているのは見た目十歳ばかりの少年。忘れるはずもない。その青い髪と、ニヤニヤ笑っているその顔はまさしくウラシマそのもの。

彼はいつもどおりのニヤニヤ顔を一層顔に広げていた。


「やあ、お久しぶり、皆さん。元気にしてたかな?」

「お前……どうしてココにいるんだよ!?」

「う~ん、話すと長くなるんだけどね……」

「幸いにも時間はたっぷりありますよ」


部屋の扉に鍵をかけられた。


「ありゃりゃ、逃げれないや……。簡単に言うと、僕は人質ってところかな?」

「はあ? どういうことだよ?」


金太郎がウラシマに問う。するとやれやれと、大きく息を吐き出し長い説明を始めた。


「つい先週に乙姫様と鬼の長老が話し合ってね、取り敢えずの休戦と相なったわけだよ。でも何年も続くいがみ合いがそう簡単に終わるわけもない。上は理解しても、下が理解しなくて反乱、と言うこともあるからね。だから建前上、もう少しがまんしなくちゃいけないんだ」

「だから、人質……ですか?」

「そう。僕が鬼ヶ島で働いて、長老の息子……そうそう、栄鬼さんが竜宮城に派遣されることになったんだ。まあ、人質というより交流かな? 鬼ヶ島と竜宮城、お互い仲良くやっていきましょうね、っていう第一歩だよ」


分かった? とウラシマは大げさにジェスチャーを取る。三人はしばらく呆然としていたが、金太郎が確認するためにいち早く動き出す。


「ウラシマ、じゃあお前……」

「そうだよ。僕は帰ってきたよ、キンちゃん。またよろしくね、みんな」

「……まあ、仕方ないですか。長老の意向に逆らえませんもんね」

「鬼丸さんがそう言うなら仕方ないです」


鬼丸とかぐやもそうはいいながらも顔は笑っている。ウラシマも少しホッとして、安堵の笑みを浮かべた。


「……ウラシマ」

「ん? なんだい、キンちゃん」

「おかえり」


金太郎は破顔してウラシマに言う。一瞬キョトンと呆気にとられるが、ウラシマはすぐに反応した。


「ただいま。これからまたよろしくね」


ウラシマも笑ってそれに答える。ようやく、彼は鬼ヶ島の日常に戻ってこれた。


「それではウラシマ……貴方には栄鬼さんなみの仕事をやってもらいましょうか?」

「ひょっ?」

「はい、この書類の整理……一日でやってくださいね」


―――――ズドンッ!

山のように築かれたその書類の束。その山の向こうから聞こえる鬼丸の声が妙に恐ろしく聞こえる。ウラシマはその恐怖を振り払うために、全力で……


「う、嘘だアアアアア!」

「逃げるな! 待て、ウラシマ!」


逃げ出した。こうして、鬼丸とウラシマの鬼ごっこが始まり、四人にいつも通りの日常が戻ってきましたとさ。めでたし、めでたし……。


「めでたくねえ! うわああん!」





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