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第三章・第九話:それは契約ではなく約束



「魔術師、浦島竜胆が問う。汝が名を答えよ!」

「退魔師、坂田金太郎が問う。汝が名を答えろ!」


浦島は伝統的な詠唱を、金太郎はぶっきらぼうに詠唱を唱える。

同時に発せられた言霊と共に、結界を玉手箱の力が発揮された。いくら玉手箱で時間を超越できたとしても、結界を越えることは出来ない。

浦島は何もせず、ただ時間を過ぎるのを待っていると玉手箱の力がきれたようだ。それと同時に鬼丸が動き出す。


「行きます!」

「おや、鬼のくせにだるまさんごっこがご所望かい? だったらご期待に沿ってあげるよ。汝が名を答えよ!」

「させるか! 汝が名を答えろ!」


浦島の行動を、金太郎はさらに遮る。

確かにコレではだるまさんごっこだ。浦島が鬼で、自分たちがそれをタッチしようとする。しかしそんな遊びと違う点が一箇所あった。


「金太郎、君の符は後一枚。それに対して僕の玉手箱は無制限。この差をどうやって埋める気だい?」

「はっ! 瞬発力だったらこっちの方が上だぜ!」

「……」


確かに金太郎の言うとおりである。図星を突かれ浦島は思わず押し黙った。

玉手箱は大喰らいで底なしのようにも思われる。しかし、どんな生き物でも物を食べたときに消化するのと同じように、玉手箱にも再び魔力を充填して使うのに間というのができる。そこだけが金太郎たちにとっての勝機であった。

―――――玉手箱の魔力の充填が完了する。

息をつく間もなく、すぐさま浦島は玉手箱を起動させた。


「……汝が名を答えよ」

「お前の名を答えろ! 鬼丸、行け!」

「了解!」


浦島のだるまさんが転んだが終わり、鬼丸が再び駆け出す。

その距離およそ10メートル。

玉手箱の魔力の充填が早いか、それとも鬼丸の方が速いか、ギリギリの距離。普段は動くことのない鬼丸はかつてないほど息も絶え絶えながら、全力で駆けた。


「……甘いな」


浦島が短く呟く。

確かにこのままならばギリギリで、鬼丸は自分に攻撃ができるだろう。しかしそれは“このまま”の話。

彼らは知らないのだ。自分の大量の魔力を犠牲にすれば、玉手箱はいつでも起動できると言うことを。


「な、なに!?」

「魔術師、浦島竜胆が問う。汝が名を答えよ!」

――――我が名は玉手箱。全てを飲み込む大喰らい(ブラックボックス)


金太郎と鬼丸の動きが止まる。そればかりではない、浦島以外の全ての時間が止まった。ここからは自分の所有領域。誰にも犯されることない不可侵領域。

まず息を整える。こうなったら攻撃も何もされないから安心して動きを止められた。

鬼丸の周りに七つの水球を並べ、包囲する。自分の時間が終わったときに、鬼丸の悲鳴が今にも聞こえるようだった。

―――――僕の勝ちだ。


玉手箱の力がなくなり世界は再び動き出した。


「は……ハッハッハ! 見ろ、金太郎! コレが甘いお前の末路だ。今度こそ僕の勝ち――――」

『――――オメエが甘えんだよ!』


世界が動き出した瞬間、吹っ飛んだのは浦島の想像とはかけ離れたものであった。

金太郎の正拳突き、鬼丸の裏拳が同時に浦島に当たり、その軽い体は面白いように吹っ飛ばされる。

さらに、設置してあった水球は金太郎の結界によって阻まれ、鬼丸は無傷である。何が起こったというのか、浦島には理解できなかった。


「がっ……! な、何故攻撃できた?」


浦島は金太郎に問う。すると返ってきたのはなんとも簡潔で、短い答えであった。


「お前の癖」

「……はっ!?」

「お前、いつも時間を喰った時、俺たちの後ろに回るんだよ。だから鬼丸にはわざと攻めてもらって、俺の注意を外してもらったんだ。まあ、鬼丸と攻撃が揃ったのは偶然――――」

「――――偶然ではありませんよ」


鬼丸が金太郎の言葉を遮る。


「長老から注意を受けていましてね。“後ろに気をつけろ”と。だから裏拳で虚をつこうと思いました。それに金太郎の思うことなど、お見通しですよ」

「うへえ……何だかそれは嫌だな」

「とにかく、私とキンタは二人揃って無敵。貴方も敵ではありませんよ、ウラシマ」


鬼丸が銃口を浦島へ向ける。

動いたら殺される、大人しく両手を挙げ、無力であることを示すと金太郎が歩いてきた。

彼が差し出したのは紫電、ではなくその右手であった。


「ウラシマ……。俺はお前を赦すよ」

「……まだ、そんなこと言うのか。いい加減にしてくれよ」

「お前とだったらまたやり直せる。今ならまだ間に合うんだ。さあ、ウラシマ」

「……」


金太郎が浦島に手を差し出す。

おそらく、いや、絶対に金太郎は嘘をつかない。金太郎は前のように自分と接し、他の連中もゆっくりながらも元の関係に戻れる。この手を取れば、自分はあの暮らしに戻れるのだろうか。あの非常識に囲まれた、自分を常に楽しませてくれる暮らしに。

……思わず、自然と手が伸びてしまった。しかし、そんな自分を止めてくれる存在がそこに立っていた。


「―――――負けることは赦さないよ、浦島」

『っ!?』


いつの間にか立っていたその存在に二人は驚く。

そこに立っていたのは金太郎と同じくらい年端もいかない女の子。赤く長い髪をその指で遊ばせ、倒れている浦島に歩いていく。

その様子があまりに自然で、そして優美で、鬼丸たちはただ見るばかりしかなかった。


「乙姫……何故こんなところに?」

「アレが……乙姫」

「ちっちゃい……」


そう呟いた金太郎の横腹を小突く。鬼丸の前ではいかなる相手でも身長の話は禁句である。


「私との契約、忘れたわけじゃないよね。貴方は一生、永遠という時間をもって私に仕えなければならない。私が危険にさらされるようなことは赦さないよ」

「……でも、僕は負けました……」

「では、勝つまで立ち上がって」


乙姫が浦島の前に立った。自分を見下しているその脆くて空しい眼に、何度自分は狂ったことだろうか。


「この会社にはたくさんの人が私に仕えてくれる。でも私の本当の部下は貴方一人しかいないの。だってそう契約したよね。“私が死ぬまでずっとそばにいてくれる”って」


それは契約ではなく“約束”。その約束があるから、自分は……


「……そうだね。僕はずっと貴方のそばにいるよ。ずっとね」

「浦島……」

「ごめんね、キンちゃん。僕は、もうそっちには戻れないんだ」


浦島がこちらを見る。

その顔は憂いを帯びている、が先ほどまでと違い妙にすっきりとしていた。その表情を見て、金太郎も安堵の声を漏らす。


「決着がついたみたいだな、ウラシマ」

「……ああ、そうだね。じゃあ、僕達の決着もつけようか」

「――――行くぜ」

「――――行くよ」


自分との決着はついた。さあ、今こそ金太郎との決着をつけるときだ。浦島は躊躇なく詠唱を唱えた。


「Χ(カイ)、幾何学結合!」


浦島の言霊と共に無数の水球が金太郎たちを囲む。それも10や20の話ではない。コレが浦島の本当の本気。螺旋を描き、向かう水球を二人は紙一重でかわしていく。


「鬼丸、俺がまっすぐ突っ込むから、援護頼むぜ」

「……相も変わらない無茶振りですね。良いでしょう、やってあげますよ」


金太郎は知っている。この攻撃はまだ決定打ではないことを。

その予測を裏付けるように、浦島は次の術の準備をしていた。


「――――我に宿りしは水、其れ即ち自然が与えし恵み」

「――――我に宿りしは水、其れ即ち自然が行う破壊」

「――――我に宿りしは水、其れ即ち……我が魂」


魔術は当然、詠唱が長いほどその威力は高まる。しかしその分、隙も大きくなり一対一の勝負では好まれない。

しかし、浦島にとってはその隙もないに等しい。彼には時間を操る術があるからだ。そして彼が打ち出すのは700年かけて作り上げた最強の術。彼は声高らかにその詠唱を締めくくった。


「さあ、答えよ、我が魂! 全てを飲み込む水竜となれ! 重合、流々螺旋りゅうりゅうらせん!」


幾重にも重なった水球が交じり合い、一つの大きな水流となる。渦を巻きながら、それはまるで竜のように金太郎たちを飲み込もうと襲い掛かる。

金太郎は怯むことなく、それに全力で立ち向かった。


「はっ! 上等じゃねえか! 雷鳴、怒涛おおおおおお!」


青い螺旋と金色の雷撃がぶつかり合う。

それは均衡しているように見えて、実は違う。圧倒的な水流に金太郎は次第に押され、体ごと後ろに押し潰されていく。


「グッ……」

「無駄だよ、キンちゃん。この水は君の大嫌いな純水。そして君の魔力ではコレを超えることは出来ない。このまま終われえええええ!!」


浦島は心からそう願った。このまま終わってくれればどんなに楽なことか。しかし勝負とは、特にこの二人との戦いは思い通りにはいかないもの。

それを証明するかのように金太郎はニヤリと笑った。


「確かに、俺一人では超えることは出来ねえよ。俺よりオメエの方が遥かに強え」

「――――しかしそれはキンタだけの話。私とキンタは二人で無敵です!」


鬼丸が金太郎の隣に立った。その手にはデザートイーグルが握られ、圧倒的不利な状況にも関わらず、金太郎同様笑っていた。


「この戦い、私の能力は魔術師の貴方には劣る。しかし、私の能力はこんなことが出来るのですよ。変成・劣」

「……!?」

「“劣”とは貴方の知っているとおり、物事を劣化させる魔力。肉体は腐り始め、金属はさび始める。そして貴方の完璧な純水は、完璧を失い始める」

「なっ!?」

「貴方の水も魔力、つまりは私の管轄化にあります。故に――――」

「――――鬼丸の能力が通用するってことだよな!」


黒い一滴の染み、ただそれだけの欠陥が浦島の勝利を崩した。純粋さを失った水はただの水、電気分解され始めた浦島の術は、脆くも崩れ去っていった。


「ば、ばかなっ!」

「ウラシマここに敗れたり! 振り切りやがれええええええ!」


完全に分解された水流は消え去り、残ったのは雷撃のみ。自分に迫り来る雷光を見て、浦島は少し微笑んで、呟いた。


「―――――僕の、負けか」

「でやあああああああ!!」


ついに金色の雷光が浦島を包み込んだ。


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