閑話休題:栄鬼童子の祭りの楽しみ方
コレは第一章・第三十六話:逃げる?戦略的撤退ですよ、の前の話になります。覚えていらっしゃらない方はもう一度確認することをお勧めします。
今宵は祭り、皆後先を忘れ、呑み食い踊り、思い思いに楽しんでいる。こんな日に何故僕は業務外仕事をしなくちゃいけないんだろうか・・・・・。
「おお!栄鬼!あっちにりんご飴あるぞ!行こう!!」
「・・・・・幽鬼、びっくりマークが多いよ」
僕の口から思わずため息が漏れる。それも全てあのバカ四人のせいだ。後でひどい目にあわせてやろう・・・・・幽鬼はその後だ。
こんばんは、僕の名前は栄鬼童子。この鬼ヶ島の長だ。
本来、僕らは長であるから中央広場にいて祭りの進行に携わらなければならない。
しかし幽鬼含め5人の長たちは愚かにも遊びに出かけてしまった・・・・・。
幸い、というか幽鬼は見つけることはできたが未だに他の4人は見つかっていない。それを探し出して仕事をさせなければならないのだが、現在幽鬼に連れまわされこんな有様である。
本当に勘弁してくれよ・・・・・・。
「というより僕たちは長なんだよ。それなのにこんなところに来て・・・・・。もっと自覚を持ってだね――――――」
「お~い!栄鬼!遅いぞ~!」
「・・・・・・・」
ピョンピョン跳ねている僕の元へ仕方なく向かう。仕方ないこと・・・・・。
そう、コレはやむ終えないことなのだ。
もし僕が幽鬼をここで放してしまったら、迷子になり泣きじゃくり、そしてこの祭り自体を破壊するに違いない。
僕は自分にそう言い聞かせると、グッと拳を作った。
「・・・・・何してんだ、栄鬼?」
ばっちり幽鬼に見られてしまった。
・・・・少し恥ずかしい。
「と、取り敢えず幽鬼、他の4人を探そうか?」
「や!」
・・・・子供か?年齢的にはすでに大人のはずなのだが・・・・・。鬼は肉体的には年をとらない。だから幽鬼がこんなに小さくても立派な大人・・・・・おっと、どこかから視線を感じるからここでやめておこう。
さて、このまま無理に強制させれば幽鬼が暴れだすことは目に見えている。そうなっては今までの努力が水の泡だ。
僕は仕方なく最終手段を使うこととした。
「幽鬼、もし4人を見つけられたら、りんご飴買ってあげるよ」
「!」
途端幽鬼の表情が輝きだす。
彼女は単純明快、自分に不利なことは決してやらないし、自分に有利なことは必ずする。
つまり物につられやすいのだ。今こそ彼女は損得勘定で悩んでいるがコレは間違いなくつれる。
伊達に幼馴染じゃない。
「・・・・・・クレープもつけて」
「いいよ。ついでに綿飴もつけようじゃないか」
最後のダメ押し。幽鬼は何も言わずに頷いた。
そして彼女はくるっと体を回し、叫びながら駆け出していった。
「よっしゃああああああああ!!ヨッちゃああああああん、どこおおおおおお!!??」
・・・・この様子なら後5分で全員見つかるだろう。
彼女の凄いところは間違いなく仕事をやりきること、他の長もそれをわかっているから抵抗はしないだろうし・・・・・。
僕は出店のイスの背もたれに背中を預け、ようやく一息を吐いた。色んな意味で疲れた・・・・・。
と、僕がつかの間の休息を感じていると出店のおじさんが声をかけてきた。
「どうした、栄鬼さん?そんなため息ついて。らしくないよ」
「うん・・・・・公私を混合せず仕事をできる彼女はすごいな、って思って・・・・・」
「はっ?」
このまま待っていても手持ち無沙汰なので、僕は二人分のりんご飴を注文することにした。彼女と僕のために・・・・・・。
▽ ▽ ▽
事態は思ったより早く解決した。女性とは言えど軽々しく二人の鬼を持ち上げて、幽鬼が帰ってきたのだ。
相変わらずの怪力だ、と僕が捕まったバカを見ているとそのバカ共は騒ぎ出した。やかましい。
「ちょっと、栄鬼君!卑怯よ、ユウちゃんを使うなんて!」
「ふふふ・・・・・残念・・・・・」
妖鬼と怪鬼、その二人が幽鬼の手によって地面に下ろされる。
まず幽鬼に報酬のりんご飴を渡すと、僕は二人に問い詰めた。
「二人とも何してたんだ?」
「私はただ道行く鬼の髪をチェックして、問題があればその場でカット。とてもよろこばれたわ」
「私は鬼六のところに行って店を手伝っていたわ・・・・・・・。今年のお店は・・・・・・ふふっ、秘密・・・・・・」
・・・・・まったく反省していないようである。しかも二人とも自分のやりたいことしかやっていない。少しは仕事をしてくれないだろうか?
しかし今、そんなことを嘆いても仕方がない。気を取り直して幽鬼に他のバカ二人の居場所を聞こうとした、その時だった。
「あら、一ちゃん」
「びくっ!」
その必要はなくなったようだ。頭隠して尻隠さず、自分たち長の中で最も臆病、一鬼は隠れらながらこちらを見ていた。
それにしてもびくっ、って・・・・・・。行動を口にするなよ。
「隠れているつもりなら無駄だぞ、一鬼。早く出て来い」
「だ、だって、今出て行くと栄鬼君が怒るし・・・・・」
・・・・・今、自分が喋っていることが無駄になっていることが分からないのだろうか。
しかしアイツを怖がらせてはいけない。余計面倒くさいことになる。
なるべく穏やかに、僕はそれに答えた。
「そんなことはない。早く出て来い」
「本当?」
「ああ、絶対だ」
「絶対?」
「本当だ」
「本当にホン―――――」
「―――――おい、あいつ連れ出して来い」
「ラジャー!」
正直鬱陶しくなってきたので最終兵器(幽鬼)を出動させる。
あっ、とか、ちょっ、とか聞こえてくるが関係ない。有無を言わさず一鬼を引っ張りだした。
「一鬼、最バカはどこにいる?」
「さ、最バカって、アイツのこと?か、彼なら僕と一緒に金魚すくいの店をやっていたよ。ただユウちゃんが探しているって聞いて、僕だけ自首しようと思って・・・・・」
「自首とか思っているのなら始めからやるな!」
「ひゃ、ひゃい!」
一鬼はすぐに涙目になる。
・・・・・いかん、こいつと話していると自分の加虐性が刺激されるし、何より周りの目が痛い。いったん冷静になることにした。
「・・・・・まあいい。それで、最バカはどこにいる?」
「う、うん。そこに・・・・・」
『近っ!?』
一鬼以外の全員が叫んだ。
まさに灯台下暗し、そういえばあの店主、どことなくあのバカに似ている気がする。
僕がその店主に近寄ると、悪気もなく話しかけてきた。
「よう、栄鬼!こんなところで何してんだ、オメエ?」
「・・・・・それはこっちのセリフだ。何をしている、暗鬼?」
鬼ヶ島最後の長にして最大の問題児、暗鬼はそこで店主をやっていた。
彼のこの表情から察して、まさかこれから怒られることになろうなど思ってもいないだろう。
「何って・・・・・金魚すくい?」
「それは分かっている。だが長であるお前がここで何をしていると聞いているんだ」
ここでようやく“あっ、やべ”という表情になる。本気で自分の役職というのを忘れていたらしい。コレはお灸を据えてやらねば。
「貴様・・・・・いっぺん死んでみる?」
「ちょ、ちょっと待て!俺は別に死んでもいいけど、話は聞いてくれ!」
「いいんだ、死んでも・・・・・」
「こいつらだけは死なせるわけにはいかないんだ。ジョニー達を」
ジョニー、と指差したほうを向くと水槽の中を優雅に泳ぐ金魚たちの姿が。
そういえば確かこいつは・・・・・。
「あ、暗鬼君は動物が好きだもんね・・・・・」
「なるほど、その金魚がいなくなればいいのか・・・・・・幽鬼、やってくれ!」
「アイ」
「幽鬼やめてえええええええ!!」
暗鬼は泣いて幽鬼をとめようとする。ちょっとその光景には皆が引いた・・・・・・。
「じゃあ、そいつら全員鬼たちに配って来い。5分で」
「えっ!5分?ちょっと無理―――――」
「――――早く行け!」
「は、はい!」
暗鬼はそういうと脱兎の如く駆け出していった。金魚も何も持たずに。
もとより期待していない僕は皆を連れて帰ろうとした。ようやく本来の業務に戻れる、そう思っていた、が・・・・・
「じゃあ、私たちは金魚すくいやってようか。ちょうど紙もあるし」
「しかしそれでは暗鬼の邪魔になる。だからやめといた―――――」
「――――おお!やろう、やろう!」
「・・・・・・」
幽鬼の手によって僕は無理やり座らされた。
・・・・・・誰だ、そこでデレやがって、とか言った奴。断じてデレてなどいない
▽ ▽ ▽
「それじゃあ、私からやろうかな」
「おお!がんばれ!」
まず妖鬼が金魚すくいの紙を取る。水につけ、金魚の腹の方からすくおうとするとすぐに重さに負け破れてしまった。
へたくそ・・・・・。
「あら?」
「ふふふ・・・・・妖鬼、それでは金魚は捕まえれないのよ・・・・・・。男と同じでね・・・・・」
「うふふ、煩いわよ」
妖鬼と怪鬼は互いににらみ合う。おいおい、そこらへんでやめておけ。
怪鬼は紙を手に取ると、いったん水に濡らした。このほうが紙は強くなるからだ。そして静かに紙を金魚の下に持って行った。
「金魚をすくうときはこうやって・・・・・・端を使うように・・・・・・」
その瞬間、金魚が突然暴れだし紙を突き破る。怪鬼はしばらくその格好のまま固まっていた。
余程悔しかったのだろう。肩をフルフルと震わせ、それを見て妖鬼は笑い声を抑えるように息を漏らす。だからやめとけって・・・・・。
「おお!私の出番だな!」
ついに幽鬼の出番か。・・・・・別に楽しみにしていたわけじゃないぞ。
紙を受け取ると幽鬼は金魚を眺める。
ターゲットはあの出目金、それ目掛けて幽鬼は乱暴に水の中に手を突っ込んだ。
「ふん!」
おおよそ女の子が出すことのない声と共に、幽鬼はすくい上げた。
・・・・・・うん、確かに幽鬼はすくったよ。大量の水を。5人に水が降りかかり、大雨でも降られたかのようにびしょぬれとなる。
しかも幽鬼の取った紙は柄から折れてしまった。
「折れちゃった・・・・・・」
「何で棒の部分が折れるのかしら?」
「幽鬼、力任せにやってはだめだよ。もうちょっと慎重にだね――――――」
「―――――じゃあ栄鬼がやって!」
「・・・・・・へっ?」
・・・・・仕方ない、自分だけやらないというのも締りが悪い。幽鬼に頼まれたからというわけではない、断じて!
僕が水槽の前に座ると何故か皆が集まってきた。
「・・・・・・何でみんな集まるんだい?」
「だって」
「栄鬼君が」
「金魚すくいをやることなんて」
「もう見れないかもしれないし・・・・・・」
貴様らは僕のことをなんだと思っているんだ?・・・・・
とにかく僕は一番上手そうだった怪鬼の見よう見真似で金魚すくいを始めた。
――――狙いはあの出目金だ。
僕はその出目金の腹部を紙で見事にとらえた。
「おお!」
「早くお皿を!」
「怪鬼!これからどうすればいい?」
正直、そのときの僕は珍しく焦っていたのだろう。いつもは頼るはずのない怪鬼に頼ってしまった。後で何を要求されるか分からないぞ・・・・・。
その不安を助長させるかのように、怪鬼は不適に笑いながら適切な助言を僕にくれた。
「ふふふ・・・・・手首をひっくり返してみて・・・・・」
駄目で元々・・・・・。僕は目をつむって言うとおりにやった。
辺りは静か。僕がゆっくり目を開けると出目金は皿の中を元気よく泳いでいた。その瞬間、幽鬼が爆ぜた。
「おお!凄いぞ、栄鬼!!」
幽鬼の笑った顔を見て、ようやく僕はこの祭りを楽しんでいたということを自覚することができた。
▽ ▽ ▽
・・・・・僕がとった金魚の総計は一匹。つまりあの後すぐに紙が破れたのである。僕たちは未だに金魚を配っているであろうバカを放っておいて、中央広場へ続く道を歩いていた。
「ふっふ~ん!」
「ご機嫌ね、ユウちゃん。そんなに金魚が好きだったっけ?」
妖鬼が、僕がとった一匹の金魚を眺め続けている幽鬼に尋ねる。本当に今の幽鬼はご機嫌だ。
はて、そんなに彼女は金魚というものが好きだっただろうか?
「いや、栄鬼が取ったから嬉しいの!」
「ぶっ!・・・・・・」
僕は思わず食べていたりんご飴をふきだした。
「どうした、栄鬼?」
「いや、何でも――――――ん?何だ、この光は?」
夜にしては不自然な金色の光。まさかこれは、と思う僕の心を代弁するかのように怪鬼が呟いた。
「ふふっ、どうやら天人さんがお出ましのようね・・・・・・・」
やはり、か。
怪鬼の言葉を聞くと同時に皆の口端がニヤリと歪む。おそらく僕だってなっているだろう。
「ようやく、か・・・・・」
「こ、怖いねえ・・・・」
「やっと暴れられるんだね?」
「そうよ、ユウちゃん。思う存分やっちゃっていいのよ」
「お~い!みんな、仕事か?」
暗鬼も来た。
コレでようやく役者は揃ったよ。鬼丸は僕たちに足止めでいいと言ったけど、そんなことできるはずもない。
――――やるからには全力で。それが、僕たち長が初めて決めた掟だ。
「・・・・・行こうか、みんな」
「う、うん!」
「ふふっ・・・・・・」
「ええ」
「任せろ!」
「おお!」