閑話休題:天人騒ぎの後日談
「鬼丸、いるか~?」
図書館にも鬼丸の姿はなし、か・・・・・。それどころか怪鬼さんもいない。みんなどこ行ったんだ?
俺こと坂田金太郎は現在鬼丸と鬼ごっこの途中である。鬼ごっこといってもこちらが一方的に始めたことでありあいつは俺がそんなことをしていることすら知らないだろう。
要するに単に俺が鬼丸を探しているのである。
「ここもいない、となると後はどこにいるんだろうか?部屋は見に行ったし、会議室も行った・・・・・。後はどこだ?」
それどころか長の6人の姿も見かけないとはどういうことだろうか?ウラシマは頼りにならないし、かぐやの姿もない。本当にみんなどこ行ったんだろうか?
俺がそんなふうに途方に暮れていると見知った姿を二つ見かけた。その影は床に横たわっておりまるで死人のようだ。
普段の俺ならすぐさま駆けつけるのだがその必要はない。何故ならその二人は普段床に寝るのが趣味のような鬼だからである。
「暗鬼さん、一鬼さん。そんなところに寝転がって何しているんですか?」
「き、金ちゃんか?本当に金ちゃんなんだな!?」
「き、キンタ君はまだ無事だったんだね!?」
その二人とは鬼ヶ島の六長のうち、最もバカといわれる暗鬼さんと最も臆病といわれる一鬼であった。彼らはよくバカなことをやらかし、そのたびに栄鬼さんの手によって一時的な永眠に堕ちる。今回もその類だろうな・・・・・。
それにしても何だ、その言い方は?まるで戦場にでも言ってきたかのようじゃないか。
「で、今回は何をやらかしたんですか?暗鬼さん」
「ち、違えよ!俺たちは何もやってねえ!ただ鬼丸が・・・・・」
「鬼丸?」
鬼丸が何をしたというのだろうか、と俺は暗鬼さんに聞いたが彼はそのことについて言及しようとはしない。代わりにこんなことを言ってきた。
「このままアイツを放っておいたら島中の・・・いや、全世界の男が滅ぶぞ。何とかしてとめないと・・・・」
「何言ってんですか?・・・・・とにかくこの先に鬼丸がいるんですね。俺は鬼丸に用があるんで失礼します」
「ま、待った・・・・この先には行ってはいけない。汚染されるよ!」
一鬼さんは普段は暗鬼さんの側にいて、特に悪ノリもしない。そんな彼までが俺を止めるなんて異常だ。
足に喰らいついて俺を止める一鬼さんを振り切って、俺はその先に進んだ。
▽ ▽ ▽
「何だ。ここから先って鬼丸の部屋じゃないか」
俺が、鬼丸はついにかぐやを守るために全男子を滅ぼす計画を立てているとか、鬼丸と天人が手を組んだとか、そういうどうでもいい想像を膨らましていると見知った道に行き着いた。
おかしい。俺は先ほどここを通ったはずなのだが・・・・・。
と、そこには先ほどいなかった三人の姿が見えた。俺は彼女らに声をかけようとして・・・・・やめた。何故ならというと・・・・。
「おお!」
「うふふ・・・・・・」
「鬼丸くんったら・・・・・・」
三人とも不気味に笑っていたからである。いや、一人は違うが残りの二人が不気味さを十分に補っていた。
というか怖すぎる。俺は勇気を振り絞って声をかけた。
「何やってんですか?チビ、妖鬼さん、怪鬼さん?」
その三人とは言うまでもなく、右から幽鬼、妖鬼、怪鬼の三人であった。
三人は俺の声に反応し、一斉にこちらを振り向いた。一種のホラーだ・・・・。
「おお!デカブツ!久しぶりだな」
「あら、キンタさん」
「うふふ・・・・・こんにちは」
「こんにちは・・・・・で、三人とも部屋の前で何やってんですか?―――ってこの部屋って鬼丸の部屋!?覗いてて大丈夫なんですか?」
人の部屋を覗くのは犯罪だ。子供でも知っている常識である。
そして鬼丸の部屋を覗くことは死だ。何が飛び出るか分からない。鬼ヶ島の皆なら誰しも知っている暗黙の了解である。
以前鬼丸の部屋を覗いたものがいたが、その鬼は全治三ヶ月に加え精神錯乱に陥ったという。何をやった、鬼丸?・・・・・
「大丈夫、大丈夫。今なら」
「今なら?」
「そうそう、キンタさん。今なら鬼丸君の部屋を覗き放題、見放題。せっかくだから覗いておいたほうがいいわよ」
「ちょっ!押さないで!」
俺は二人に押されるままに部屋を覗いてしまった。中にはかぐやと鬼丸の姿が。
ん?何だ、この甘ったるい雰囲気は・・・・・。コレが暗鬼さんが言ってたことなのか?・・・・・・
「鬼丸さん」
「何ですか、かぐや?」
「いえ、何にもです。ただ貴方の名前を呼べることが嬉しくて・・・・・」
「かぐや・・・・・」
鬼丸とかぐやは互いに見つめあう。途端に恥ずかしくなったのか、二人は顔を赤らめ互いの作業に戻る。鬼丸は本を読み、かぐやは何か手作業をしている。
アレは・・・・・編み物、か?
「鬼丸さん。コレ、もうすぐ完成しますからね」
「楽しみですよ。かぐやが作ったマフラー」
今は夏のはずなんだが・・・・。
俺はニヤニヤしながら見ている二人に現状を聞いた。聞かざるを得なかっただろう。
「何ですか?このイチャイチャバカップルは?」
「えっ?鬼丸君とかぐやちゃんだけど」
さも当然のように妖鬼さんは言う。
「俺の知っている鬼丸はもっと冷静で冷酷で血も涙もないような奴ですよ。そしてかぐやは超絶お姫様で我侭でどうしようもない奴です」
「キンタさんが二人をどう思っているかよく分かったわ・・・・・」
「で、貴方たちはずっと鬼丸の部屋を見ていたんですか?あれ?変ですね。俺さっきここを通ったけど誰も見ませんでしたよ」
「それはカイちゃんが人払いの結界を作ったからだって」
「うふふ・・・・・・」
なんて事をしてくれるんだ・・・・・・。
と、俺が今までのが徒労に終わったことを思い返していると怪鬼さんがポツリと呟いた。
「あっ、動いた・・・・・」
『マジっ!?』
動いたって・・・・・鬼丸とかぐやか?
でもあの様子じゃそこまでも進展も―――――
『おっ!キスするぞ!』
―――――何ですとおおおおおお!?
「ちょっと!俺にも見せて!」
「おい!デカブツ!見えんぞ!」
「あらあら、若いっていいわね」
勝手に言ってろ!
俺が部屋の中を覗き込むと、二人の距離はほぼ零。っておい!
「デカブツって鬼丸とぐーちゃんのお父さんだったっけ?」
「さあ?」
何か幽鬼たちが喋っているが俺の耳には入ってこない。
それよりも目の前のことに集中しろ。もしもだ。もしもここで奴らがキ、キスでもしてしまったらあいつらは・・・・・・アレ?別によくね?
<かぐや・・・・・>
<鬼丸さん・・・・・>
二人の距離はどんどんと近づいていく。コレはもうとめるものなどいないだろう。余程の空気を読まない奴がいない限り・・・・・・。
「鬼丸?いるかい?」
『ひゃい!』
・・・・いたよ。予想外の存在が・・・・・。
栄鬼さんは俺たちとは逆の方向の扉から入ってきた。おそらく仕事関連だろう。真面目な人だ。
しかしそのせいで仕事の同僚から攻められることになるとは思っても見なかっただろう。
『栄鬼!』
「うわ!?なんだ、お前たちは!?」
「せっかく鬼丸とぐーちゃんのファーストキスだったのに!・・・・栄鬼なんて嫌い!」
「ちょ!ちょっと待ってくれ、幽鬼!話が見えない」
「ふん!」
「――――っていうより貴方たち、もしや覗き見していたわけじゃないでしょうね!」
「ま、まさか~・・・・・」
「待ちなさい、貴様ら!」
デザートイーグルの発砲音、それを皮切りに犯罪者の3人は部屋から飛び出してくる。その後を追うように死刑執行人は飛び出してきた。そして俺の存在に気づいた。
「キンタ!貴様もか!」
「ええ~!?俺も!?」
・・・・・・その後、俺は全治1ヶ月の怪我を負った。3ヶ月じゃなくて本当に良かったと思う。
▽ ▽ ▽
「うっ・・・・・」
ここはどこだ?浜辺・・・・・ということは長関の浜か。運よく生き残れたようだな。
私の名前は・・・・・といっても皆様には分からないだろうから分かるほうで説明させていただく。
私は犬である。
「何?分からないだと?・・・・・困った、私のことを一番指し示す一番の言葉なのだが・・・・・」
ふむ、仕方あるまい。自己紹介をさせていただこう。
私の名前は犬。もちろんコレは本名ではないのだが、今の私にはこの名しかない。
得物は日本刀。コレは我が主を真似たものだ。
そして我が主の名は、今は亡き桃太郎様・・・・・・・。
「オメエ、こんなところで何してんだ、犬?」
そう、桃太郎様はもういない。鬼との戦いに負けたからこそ、島を爆破したのだろう。
だからこんなふうに私に話しかけてくれることもない・・・・・。
――――って、えっ!?
「桃太郎様?・・・・・」
「何だ、テメエ。主のことを忘れちまったのか?」
「桃太郎様!」
忘れもしない、その姿。女性にしては鋭い目と凛とした顔立ち。言葉遣いも相まって男と勘違いするものも少なくない。
その乱雑に切られた髪は漆黒、白い着物を好む彼女にとってその黒はいっそう際立ち、見るものを魅了する。
私の唯一の主、桃太郎様は確かにそこに立っていた。
「良かった!ご無事なんですね、桃太郎様!どう・・・・・されて、いましたか?」
・・・・・はて?桃太郎様の得物は黒き日本刀、桃花であったはずだ。
それが今もっているのは右手にはボウル、左手には泡だて器・・・・・・。
本当に桃太郎様の身に何が起こったのだ!?
「ああ!?見りゃ分かんだろ!?菓子づくりだよ、菓子づくり。ちょうど良かった、オメエちょっと手伝え!」
「えっ!?」
――――翌日
「いやあ、良かったですよ。キンタの怪我が早く治って。恐ろしい回復力ですね」
「恐ろしいのはお前だよ・・・・・・」
金太郎はポツリと呟く。
この怪我をさせたのは鬼丸なのに・・・・・。そう言ってやりたがったが自分にも非があるので強くは言えない。
しかしそれでも全治一ヶ月の怪我が2週間で治ってよかった。そこだけは僥倖といえよう。
「まあまあ、そういわずに。回復祝いに今日は奢りますから」
「・・・・・前から思ってたんだけどさ、お前のお金ってどこから出てるの?
「以前、依頼を受けたじゃないですか。それのお金が未だに残っていまして、そこから引き出しているのですよ。キンタも使っていいですよ」
以前の依頼、とは狼男退治の話だろう。金太郎はそのとき会ったヨウタのことを思い出して懐かしく思った。彼は元気にやっているだろうか?
さて金の心配はない。気を使う相手もいない。となれば選択はひとつであった。
「じゃあ、今日は甘味処で食いまくるか!マスターいるか!?」
「いらっしゃいませだ」
『!?』
「ご注文は何なのだ?」
「オラ、犬!テメエ客に何言ってやがる!?」
奥からは桃太郎の怒声が響く。ついこないだ完全に復活した彼女はお菓子作りにはまったようだ。それはかぐやの話から聞いていた。
しかしこの男がいるとは聞いていない。目の前のこの男は桃太郎の手によって殺されたはずだ。
それが自分たちの目の前で、しかも甘味処で働いている。金太郎と鬼丸はどうしようもなくこの店の将来が不安になった。
―――――犬、復活。