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第二章・第十話:夜明け

突然ですが皆さんは40キロを歩いたことはあるでしょうか?

渡さん、渡さんぞ・・・・・


貴様ら穢れた地上の民に、絶対に姫は渡さん・・・・・


私は姫が幼少のころから、否、生まれる前から姫と共にあった。


姫が笑い、泣き、怒り、どんなときでも姫と共にあった。


そんな姫がこの月から追放されたときは、目の前が真っ暗となった。

―――――あの時、自分があんなことをしなければ・・・・・


後悔しても遅かった。


しかし姫の罪が許され、迎えの使者が派遣されると決まったときには踊りだしそうなぐらいであった。やはり姫は月の人。月にいるべきなのだ。


しかしどうだ、今の有様は?姫はここに残ると言い張り、あまつさえ私に攻撃を仕掛けてきた。絶望と虚無が私を襲った。


しかしだ、もう一度言おう。姫は渡さん。


間違っているのは姫で、それを正すのは私だ。今ならまだ間に合う、まだ・・・・今なら・・・・


渡さん。姫は絶対に渡さんぞ・・・・・



     ▽     ▽      ▽



「やった、か?・・・・・」


金太郎は息を整えるために、大きく息を吐き出す。まだ敵がどう出るか、分からない。鬼丸もかぐやもまだ警戒を解いてはいなかった。


そのお陰か、はたまたそのせいか知らないがカナモリの行動をすぐに視認することができた。


「くっ・・・・うおお・・・・・」


カナモリの体はすでにボロボロ。自慢のスーツは肩やヒザなどに大きな傷をつけられ、本人の肩からも血が噴き出ている。

それでもなお立ち上がるカナモリ。彼は呪詛のように一つの言葉を唱え続けていた。


「渡さん・・・・・姫は渡さんぞ、絶対に・・・・」

「カナモリ・・・・」


かぐやが哀れみとも同情ともとれる目でカナモリを見つめる。

自分の教育係であった彼は常に冷静沈着。どこか鬼丸と似ている部分もあったかも知れない。

そんな彼のこんな姿は見たくなかった。こんなに一つのモノに執着する彼の姿など。


―――――それは自分も同じ、か。


「カナモリ、貴方の負けです。じきに夜も明ける・・・・。もう諦めて自分のいるべき場所へと帰りなさい」

「・・・・・私のいるべき場所は姫のいる場所だ。姫のお陰で今の私はある。姫がいなければ私は存在しなかった!」


カナモリは肩で息をしながら声を荒げる。理性など感じられない、感情剥き出しの声だった。


「姫と出会い1千年・・・・・・私はいつも姫と共にあった。鬼丸童子、貴様は姫が必要といったな。残念だが我々、否、私にとっても必要な存在なのだ。姫の間違いは私が正す。姫がここに残るというのならば、私が正さなければならないのだ!」


そうカナモリが叫んだ瞬間、七つの光が彼の周りに現れる。どこか見たことのあるその光の存在に一同は驚愕した。


「コレは・・・・月光?」

「そんな!蓬莱の玉の枝は私が持っています。カナモリが使えるわけが・・・・・」

「・・・・・・魔眼?」


鬼丸が呟くと、カナモリの口端がニヤッと歪んだ。


「そうだ!よく分かったな、鬼丸童子!私には遠見と予見とそしてもう一つ、幻視の魔眼というのがある!この眼はありとあらゆるものの複製を映し出せる。火鼠の裘!」

「うお!?」


カナモリが朱色の布を振るうと、三人の周りを業火が囲む。突然の出来事にまったく反応できなかった。

たったあの一枚の布切れにどれだけの魔力が内包されているのか、鬼丸には想像もつかない。偽物とはいえコレが宝具というものの力か・・・・・。


「かつてかぐや様に言い寄った愚か者共は、我々が作った五つの難題によって退いた。貴様にこの五つの難題が解けるかな?」

「・・・・・私ですか!?」

「ゆくぞ、火鼠の裘!」


標的が自分であることにようやく気が付いた鬼丸。しかしそれではすでに遅かった。

炎で囲まれている範囲が徐々に狭まっていく。


「竜の首の珠!」


真珠のような形の深い藍色の宝具、竜の首の珠。その力は怒涛の水があらゆるものを押し流す。

鬼丸は炎と水の合間を縫って、それをかわすと目の前にはカナモリの姿があった。


「仏の御石の鉢!」


どこぞの高僧が悟りを開いたときに完成されたという宝具、仏の御石の石。その力は大地をかち割りあらゆるものを飲み込む。

飛んでかわそうとしたときには、カナモリの表情が笑っていることに気づいても遅かった。


「燕の子安貝!」


緑色に輝く貝殻の宝具、燕の子安貝。風の魔力を内包するその宝具はあらゆるものを吹き飛ばす突風を生み出す。

空中にいる鬼丸にかわす術などない。吹き飛ばされること覚悟で体を丸めるが、すぐ近くにカナモリが迫ってきていることは分からなかった。


「やばい・・・・」

「終わりだ、鬼丸童子!蓬莱の玉の枝!」

「鬼丸さん!」

「かぐや!」


かぐやの宝具、蓬莱の玉の枝。その枝についた珠たちは光を集め、それを操る。

カナモリの手が光り輝き、鬼丸に向ける。かぐやと金太郎は駆け寄るが間に合わない。

鬼丸は諦め目を瞑ると、どこからともなく声が聞こえた。


「カナモリ、貴方には失望しましたよ」

「っ!?その声は!?」


その声と共に強大な光が辺りを包み込む。

それが消えると、カナモリの光も消えており代わりに一人の女性が立っている。穏やかな目、絹のような白い肌、そして少し金髪が混じっている艶のある黒髪を腰まで伸ばしている。

そして何故かかぐやとカナモリはヒザをついていた。


「・・・・誰?」

「キンタの馬鹿!かぐややカナモリが頭を下げる相手といえば一人しかしないでしょう!」

「・・・・話が見えん」

「はじめまして、金髪君。私の名前は“ツクヨミ”です。気軽にツっちゃんとでも呼んでくださいね」


金太郎の表情が固まる。いくら彼でも、いやこの国の人間なら誰でもその名前は知っている。

月詠尊ツクヨミノミコト。この国の三貴神が一柱にして月の神。人間とは程遠いその存在が自分の目の前にいた。


――――私のことは姫様とお呼びなさい!

今度は本当に気軽に言えそうもない。


「ツクヨミ様!このような者共に―――――」

「―――――黙ってね、カナモリ」


ツクヨミが微笑みながらカナモリを諭す。カナモリの顔は真っ青になっていた。


「おお!すげえな!あのカナモリが黙っているぞ」

「キンタ、それぐらいにしないと大変な目に遭いますよ。ツクヨミ様は月の王であり神。今ここに現れてなさっているだけでも大変光栄なのですから」


いつの間にか鬼丸も地面にヒザをついていることに気が付き、慌てて金太郎もそれ従った。

人間が太陽を信仰するように、魔は自分たちの力の源である月を信仰する。故に太陽神よりも月神を信仰する魔は多い。

鬼丸もその例に漏れずに月の信仰者であった。


「あらいやだ。そんなに畏まらなくてもいいのに」

「いえいえ、そんなわけにはいきません。ツクヨミ様は我ら魔にとって主神同然。崇めないわけにはいきません」

「うふふ。いい子ね」


ツクヨミが鬼丸の頭を撫でる。ツクヨミの見えないところでかぐやが鬼丸を睨みつけていたのは内緒である。

その後、穏やかな表情から一転、ツクヨミはカナモリを睨み付けた。感情が感じられない冷たい目で。


「カナモリ、貴方には失望しましたよ。かぐやに当たったならばどうするつもりでしたか?・・・・・帰ったらお仕置きですね」

「・・・・・はい」


どんな理由があろうと、彼女の言うことは絶対。カナモリには頷くことしかできなかった。

ツクヨミは、今度はかぐやを見た。我が子を愛でるような目で。


「かぐや・・・・・。貴方は、本当にここに残りたいですか?」

「・・・・・・はい」

「どうしても?」

「私はここに残ります。私はここに残って、この人たちと共に生きます。たとえその先に絶望が待っていようとも、気が遠くなるほどの孤独が待っていようとも、私は彼らと生きますよ」


かぐやは意志の強い目でそれに答える。迷いなど一切感じられないその透き通った目。

ツクヨミは少し微笑むとかぐやの頭を撫でた。


「・・・・・結構。それではカナモリ、帰りましょうか」

「はい」


じき夜も明ける。

ツクヨミとカナモリはゆっくりと天に昇っていった。不意にツクヨミが何かを思い出したかのように口を開いた。


「あっ!かぐや。たまには月に帰ってきてくださいね。お喋りをする相手がいなくて最近つまらないんです。もちろん、彼らも一緒にね」

「・・・・・はい!ツクヨミ様!」


彼らは一瞬にして消えた。

永い夜の物語の幕切れはあっけないもの。鬼丸は小さくため息をついた。


「さて、私たちも帰りましょうか。私たちの帰るべき場所に」

「ええ~!俺来たばかりなのにか?ちょっと休もう・・・・ぜ?」


どこかから音が聞こえる。誰かの叫び声と何かの破壊音が。

振り返りたくないが振り返らなければならない。ゆっくりと振り返ると、予想通りの人間がこちらに向かってきていた。


「オラアアアアア!鬼っ子!勝負しやがれ!」

「やっぱり帰ろう。今すぐ帰ろうか」

「分かりました。月光・新月」

「あっ!待ちやがれ!」


桃太郎は手を伸ばすが月食のスピードのは間に合わない。

彼女がそこについたときはすでに鬼丸たちは消えていた。


「ちっ!消えやがったか・・・・・」

「おや、キョウ。こんなところで何しているんだい?」

「・・・・爺さんか」


記憶を取り戻した後もこの人間は覚えている。自分を介抱してくれ、面倒も見てくれた。最近は早朝にジョギングしていると話してくれたことも覚えている。

だがそれも今日で終わりしなければならない。


「ん?雰囲気変わったね~」

「ああ・・・・あたしゃ、記憶を取り戻したんだ。元はこんな女だよ」

「へえ。そーなのかー」


桃太郎は空を見上げた。雲一つない、夜明け前の空。旅を始めるにはもってこいだ。


「爺さん、世話になったな。アタシはここにはいられない。じゃあ、達者でな」

「おや?どうしてここにいられないんだい?」

「そりゃ・・・・アタシは記憶を取り戻した。だから私はここにいられない。爺さんも聞いたことあるだろ、最狂の桃太郎って。アンタにも迷惑かかるし、アタシは消えたほうがいいんだ」


最狂、どれだけ物を壊そうが満たされない欲求の持ち主。いつ道を誤ってその欲求が現れるかどうかも分からないし、そうなれば爺さんも危ない。

甘味処という創造の場に自分のような人間は必要ない。


桃太郎がこの場から去ろうとしたとき、呼び止める声が彼女に届いた。


「そんな悲しいこと言わないでおくれよ、キョウ。お前はもはやワシの娘同然。それが最狂や最強とはいえども変わらないことさ」


爺さんの真剣な眼差し、どこか見覚えのあるその目から桃太郎は目をそらすことができなかった。


「お前が物を壊したいのならば、ワシはその倍の物を作ろう。そしてお前に破壊以外のものを教えてやろうじゃないか」

「爺さん・・・・・」

「さあ、帰ろうじゃないか、キョウ」


桃太郎に手が差し伸べられる。

そういえば手を差し伸べられるなど何年ぶりだろうか。始めはその意味が分からなかったが、ようやくその意味が分かり嬉しくなった。


「ああ!帰ろうか、爺さん!」


差し出された手を壊さないようにそっと握り返す。そして手をつないだまま彼らは自分の家へと帰っていった。

最狂、桃太郎はこの日、桃原キョウとしての創造の旅の一歩を踏み出した。


    ▽    ▽    ▽



「ツクヨミ様・・・・・私は間違っていたのでしょうか?」


カナモリが不意に口を開く。この坊やはまだ分かっていないのか・・・・・。

ツクヨミは苦笑いを浮かべた。


「カナモリ、貴方は間違ってなどいませんよ。だから私はコレまで貴方にかぐやを任せてきたのです」

「では何故!?何故かぐや様はこのような無駄なことをなさるのですか!?かぐや様は月の姫。こんなところにいるべきじゃないのに・・・・・」


彼の言っていることは尤もだ。


「確かに。私たちのような永遠の存在にとって見れば今彼女がしていることは無駄でしょうね」

「・・・・・・」

「しかし、彼女は私たちが無駄と思っていることの中に、何かを見つけたのでしょう」

「それは、何でしょうか?」


全てを見通す月の神、ツクヨミならばそれも分かるだろう。しかし返ってきた答えは求めるそれとは正反対のものであった。


「さあ?」

「ツクヨミ様!?貴方は全てを見通せるでしょう!何故分からないのですか!?」

「まあまあ。いいじゃないですか。とにかく彼女がこの道を選ぶと言ったのです。いつものように生意気に偉そうに我侭に・・・・・。彼女が一度決めたことを変えないことは私たちが良く知っているでしょう」

「まあ、それはそうですか・・・・・」


カナモリは妙に納得した顔になる。幼いときから彼女を見ていた彼なら分かるだろう。


「だったら私たちは諦めるほかないのですよ。彼女が永遠に彼らと生きるのならば、我々はそれを永遠に待ちましょう」

「・・・・・かしこまりました」

「うふふ、いいこ。では帰りましょうか」


カナモリの頭を撫でると彼は頬を紅潮させる。自分にとって見れば彼は息子同然。

そうしていると自然に地上にいる娘のことが思い出された。


「ふふっ・・・・・・」


思わず笑い声が漏れてしまった。何故ならあんな彼女の一面を見ることはなかったからだ。

鬼丸という少年が危機にさらされている時、彼女は彼を庇うように走った。そして彼女を庇うかのように金髪の少年がさらにその先を走っていた。

そして事が終わったときの彼女の表情。とても穏やかで、美しかった。


よき仲間に恵まれたものだ。彼らに感謝すべきかもしれない。


「ツクヨミ様。何を笑っておられるのですか?」

「いえいえ。何もですよ。さあ、お仕置きは何にしましょうね~」

「うっ・・・・・・」


彼らも彼らの帰るべき場所に帰っていく。そして彼らが霞のように消えたとき、永き夜ようやくも明けていた。





前書きの話ですが・・・・・

実は僕が通っている高校の伝統行事として男子40キロを歩いたり走ったりする行事がありまして、昨日まさにそれだったんです。

9時から始まり終わったのは2時、その後部活で帰ってきたのは7時。疲れきって

昨日更新するはずの分ができませんでした・・・・・。すみません、言い訳ですね。自重します。


今回でかぐや編はオマケを除いて終了です。そして何とこの小説のPVが一万人を超えました。本当にありがとうございます。まさかこれほどまでの人に読まれるとは思ってもみませんでした。

今後ともよろしくお願いいたします



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