第二章・第九話:だって私はお姫様
七色の魔法、すなわち火、水、風、土、光、闇、そして滅の力がカナモリに襲い掛かった。凄まじい轟音と爆風が辺りに拡散し、もしコレが長関に向けて撃たれたのならば大災害になっていただろう。
当然、鬼丸もそれを放って平然としていられるはずもなく、地面にヒザをついた。
「鬼丸さん!」
すぐにかぐやが鬼丸に駆け寄る。
額には滝のような汗、顔面は蒼白。しかし彼は確実に笑っていた。
「未来が見える・・・・・。それは戦いにおいて確実に有利。敵の行動が分かり敵の攻撃が読める。単発の攻撃では当てることはほぼ不可能。しかし全体に攻撃を放てばどうでしょうか。いくら攻撃が分かっても、それをかわすことは・・・・でき、ない・・・・・」
「いいから喋らないで!今は休まないと・・・・・」
かぐやの脳裏に最悪の光景がよぎる。もしコレのせいで鬼丸が死んでしまったら・・・・・。もしそうなったら生きていても意味がない。
その心配は杞憂に終わった。だがその代わりにその嫌な予感は別の方向へ向かっていたことを知ることになった。
「マジですか・・・・・」
「確かに貴公の言うとおりだ。私はかわすことは出来ない。しかし残念ながら私は何も出来ない木偶の坊ではない」
差し出されたカナモリの腕の前には青い魔方陣が描かれている。
青色ということは水属性の、しかも防御結界であろう。鬼丸はカナモリのやったことを理解した故に、ため息をついた。
「なるほど、火の魔力を水で打ち消しましたか。派手な魔力を使ったのが間違いでしたね・・・・。困りました、もう打つ手がありません」
属性には優劣がある。炎は水で打ち消されるし、風は炎を強める。カナモリは水の防御結界によって炎の部分を打ち消し、事なきを得た。
鬼丸の魔力はほぼゼロ、自分はまだ魔眼を持っている。圧倒的にカナモリのほうが有利にも関わらず、彼の表情は堅いものだった。
「しかし諦めないのだろう?」
「ええ、もちろん」
当然のような反応。カナモリの口端は自然と釣りあがっていた。
「かぐやは私にとって必要な人。そうそう簡単に諦めるわけないじゃないですか」
「・・・・・かぐや様は我々にとっても必要なのだ」
カナモリはゆっくりと語りだす。
「かぐや様は月の姫。・・・・・しかし単なる政治のお飾りなのではない。かぐや様は天命を持っておられる」
「天命?」
「そうだ。かぐや様の天命は我らが主、ツクヨミ様と共に貴様ら地上の民を見張ること。それはとある神によって命じられた天命であり、かぐや様はそのために永久の命を与えられたのだ」
カナモリの声が次第に強みを増していく。右手に持っている片手剣をより一層強く握り締め、手の血管は今にも破裂しそうだ。
しかしそんなこともかまわずに彼は話し続けた。
「これ以上この穢れた地にいるわけにはいかない。今すぐに連れ帰り、その天命を全う――――」
「―――そんなのかぐやじゃない!」
鬼丸がカナモリの言葉を遮る。彼の眼光は様々な感情が孕みながら、カナモリをとらえ続けていた。
「・・・・・天命?永久?そんなものはかぐやの人生には関係のない!かぐやはかぐやだ!かぐやの事は彼女が決めることだ。貴方たちの道具のようのものではない!」
「道具、だと?・・・・・・」
「そうだ。貴方たちはかぐやの笑顔を見たことはあるか?怒った顔は見たことはあるか?道具なんかじゃない、かぐやは生きている。そんなことも分からない貴方たちには絶対に渡したりはしない!」
「かぐや様は我らの姫だ。重要な役割を持った大切な姫だ」
「かぐやは私の嫁です。私たちの仲間だ」
二人は対峙する。その均衡を破るかのように月の姫は歩き出した。
「違います。私は他の誰でもない私です」
『!?』
「そうですね。鬼丸さんの言うとおりです。私のことは私が決める・・・・・・。当然ですよね。だって私はお姫様なのですから」
かぐやはけだるそうに首を回す。何かから開放されたように、彼女の表情は生き生きと、鬼丸の知っているモノに変わっていた。
「だいたい永遠に月で見張ってろって、貴方たちは私を何と思っているのですか?今ここではっきり言いましょう。私はここに残ります。私の自由は私が勝ち取ります」
「かぐや様・・・・・」
「鬼丸さん、いや鬼丸童子。私が私であるために、力を貸しなさい!」
鬼丸は彼女の言葉を聞くや否や、地にヒザをついた。
「喜んで、我らが姫のためならば」
先ほどまでの冷静さを装っていた表情はどこへやら、カナモリの表情は怒りに包まれていった。
「地上の鬼・・・・・姫をたぶらかしたこの罪は重いぞ!」
「カナモリ、私が許可したことです。貴方が口出しできる問題ではありません。もし私に逆らうのならば・・・・・覚悟はできていますね」
「くっ!・・・・・」
姫の言うことには逆らうことはできない。しかしここで諦めては天人の名が廃る。諦めるつもりは毛頭なかった。
「鬼丸童子、貴様だけでも――――」
「月光・七夜」
一筋の光がカナモリの頬をかすめ、血が垂れる。
かぐやの教育係であったカナモリはもちろんこの攻撃が何かを知っている。振り向くと、かぐやが蓬莱の玉の枝をこちらに向けている姿があった。
「いきますよ、鬼丸さん」
「はい、かぐや」
かぐやの声と共に二人は駆け出す。かぐやは蓬莱の枝を、鬼丸はデザートイーグルを持って。
鬼丸が高速で術を唱えると、先ほどの七色の魔方陣が描かれた。
「全門開放、放てええええ!」
「七夜、穿て!」
七色の光の閃光と、七色の玉、それら全てがカナモリに襲い掛かる。もちろんカナモリには未来が見えている。しかしその見える光景には依然として光の弾幕に覆いつくされている。かわす余地もない。
カナモリは疑問を口にした。
「貴様、どこからそんな力が?・・・・」
「愛故に」
・・・・・こんな馬鹿な答えでも現実は現実。何か対策をとらねばならない。
「未来が見えるのに追いつかん。青の防御円、我をまも―――――」
「―――させるかあああ!1st Drive Create!」
何かの声が空から迫ってくる。何かと上を見上げてみれば、自分の防御円が崩れていく。
カナモリの目は大きく見開かれ、開いた口は塞がらなかった。
「何、だと!?」
「坂田金太郎、再び推・参!」
金太郎は多少よろけながらも着地し、ポーズを取る。ふざけている、そう思ったが今の彼の目は先ほどとは違う、本気の目をしていた。
カナモリは納得することはできなかった。確かに、雷属性ならば青の防御円を簡単に打ち消せられるだろう。しかし奴は鬼ヶ島にいるはずだ。何故、ここにいるのか?
その答えを導きだせることもないまま、三人は
「キンタさん、鬼丸さん、終わらせましょうか」
「おう!」
「分かりました」
三人はそれぞれの武器をとって、構える。おそらく彼らの必殺の一撃だろう。そんなことは火の目を見るほど明らか。
そんなことよりカナモリの脳裏に映っている映像は・・・・・自分の敗北。
「馬鹿な・・・・」
「我に宿りしは滅・・・・・」
「雷鳴・・・・」
「月光・・・・」
かぐやは上空に、鬼丸は右に、金太郎は左に。カナモリの視界の隅にはそう見える。
もしかしたら違うのかも知れない。しかし今はそんなことどうでもいい。かすかな嗚咽を漏らしている彼に、三人の光が襲い掛かった。
「放てええええ!」
「怒涛おおおおお!」
「陽炎!」