第二章・第七話:金太郎、飛翔!
「くそっ・・・・肩が上がらねえ・・・・・」
鬼ヶ島北部の海岸、本土に近いそこはただでさえ誰も近づかないことに加え、現在祭りが行われている最中なので普通ならひっそりと静まり返っているはずである。
金太郎はそんな場所で必死に立ち上がろうとしていた。
「いてて・・・・・」
カナモリの戦闘により全身傷だらけに加え、関節技から抜け出すために自分で肩を外した。
戦闘の疲労もあいまって、金太郎はそこから立ち上がることもできなかった。
立ち上がろうとすれば肩が痛み、立ち上がることを諦め寝転がると砂が傷口に入る。まさに八方塞。
それに今立ち上がっても金太郎には何もできなかった。
「・・・・・どうやって本土まで行くんだよ・・・・」
金太郎はそうポツリと呟く。
この海を唯一渡れるウラシマは鬼丸たちと一緒に行ったし、この海を泳いでいくこととなれば間違いなく溺れ死ぬ。第一そんな規格外なことをできる奴は一人しか見たことない。
金太郎は肩の痛みを堪えながら何とか立ち上がり、本土の方を見た。金色の光が揺ら揺らと宙を飛び、それを見ると無性に腹立たしくなった。
「おお!デカブツ。こんなところで何をしてんだ!?」
「・・・・・何だ、ロリか・・・・」
奥歯をかみ締めていた金太郎のところに現れたのは、鬼ヶ島六頭の一人、幽鬼。現在は長である故に祭りの中心で取り仕切らなければならないはずだが、そんなことはどうでも良かった。
今は一人にしてもらいたかった。
「何だとは何だ、デカブツ!・・・・・というよりロリって何だ?」
「オメエのことだよ」
「へえ~。そーなのかー」
「・・・・・・幽鬼にあまり変な知識を入れないで欲しいな、金太郎君」
そう言って現れたのは六頭の一人、栄鬼。いたって真面目な栄鬼が祭りの執行という大事な仕事を放っておくわけがない。
大方この小さい鬼に連れられここまでやってきたのだろう。
さながら保護者と子供の関係だ。
「・・・・で、何ですか、二人して?お邪魔だったら立ち去りますけど」
「そんな怪我じゃ立ち上がることも難しいんじゃないかな?」
「・・・・・」
見破られている・・・・・・。
栄鬼は何か幽鬼に指示を出すと、幽鬼は笑顔で金太郎の元までやってきた。
「どっせい!」
「いたあああああ!!」
そして思いっきり外してある肩を叩いた。
普段から怪力の持ち主である幽鬼に叩かれたことに加え、怪我している箇所にクリーンヒット。あまりの激痛に金太郎は辺りを走り回った。
「何するんですか、栄鬼さん!?」
「肩の痛みが治ったでしょ」
「あっ・・・・・・」
金太郎は肩を回す。さっきまで上に持ち上がっていた肩が元の位置に入り、痛みも薄れている。先ほどまで立ち上がることさえ痛がっていたことが嘘のようだった。
栄鬼はニコニコ顔で、幽鬼は腰に手をあて自慢げにこちらを見ている。
「えっへん!」
「・・・・・あ、ありがとうございます・・・・・」
「どういたしまして。体の怪我も君の体だったら数日で治るだろう。さあ、鬼丸のことは鬼丸に任せて僕らは祭りを楽しもうじゃないか」
金太郎はハッとなる。そうだ、鬼丸はまだ闘っているんだ。こんなところで寝転がっている場合ではなかった。
金太郎は自然と立ち去ろうとする栄鬼を呼び止めていた。
「あ、あの!栄鬼さん!」
「ん?なんだい?」
「鬼ヶ島から本土に行く方法ってまだありますか?早く鬼丸のところに行かないとあいつがやられちまう。だから――――――」
栄鬼は複雑そうな表情になる。そして言い難そうに口を開いた。
「・・・・・無理だよ」
「えっ?」
「無理なんだよ。ここから船なしで行くことは・・・・・。諦めなさい」
諦めなさい、その言葉が金太郎の脳裏にリフレインする。
そんな彼に情け容赦なく、栄鬼の言葉が襲い掛かる。
「神の力を超えることは不可能。それすなわち竜神の土地を踏むことも無理ということ。正直、鬼ヶ島に来た桃太郎やウラシマ君たちを見たときは驚いた。彼らは余程神の扱いに長けているんだね。でも僕らだけではこの海は越えられないんだよ」
「そんな・・・・・。じゃあ、桃太郎にここを追われたあと貴方たちはどうやってこの海を越えたというんですか?」
「・・・・・・それは我が父、鬼珠がうまくやってのけてね・・・・・。その方法も今ではもう使えない」
思い出したくもないその方法。そのせいで彼は老人の姿となってしまった。栄鬼は人知れず唇をかみ締める。
そのことを隠すように栄鬼は再び語りだした。
「第一、鬼丸の作戦ではここまで計画通りでしょうに。君にはこの鬼ヶ島でこのゲームから退場してもらう。自分のために君を犠牲にしたくないって、彼は言っていたよ」
「それでも俺はあいつらのところに行かなくちゃいけないんです!」
「・・・・・理由を聞こうか」
金太郎は俯きながら小さな声で、しかし感情のこもった声で喋りだした。
「俺は悔しい・・・・・。天人に一度勝っただけであいつら全員に勝てるといい気になっていた。でも違った。俺はあの時も鬼丸と一緒じゃなくちゃ勝てなかった。それはあいつも同じこと、あいつと一緒に闘わなくちゃいけないんだ」
「・・・・・・」
「それに・・・・・それにあいつらと俺は仲間だから!仲間だから俺はあいつを助けなきゃいけないんだ!」
金太郎は栄鬼を見つめる。こんなに強い目をした人間は見たことがあっただろうか?・・・・・
そういえば一人いた。人ではないが自分の一番近くにいた、内に秘める感情が今にも爆発しそうな鬼の娘が。
幽鬼はしゃがみこみ、ジィッと金太郎を見つめる。
「・・・・・・・」
「何だよ、幽鬼?」
「・・・・・・本当に行きたいのか?」
いつも笑っていそうな幽鬼がいつになく真剣な眼差しで金太郎を見ている。突然のことで反応に遅れるがそんなことで折れるようなものではない。
「あ、ああ。当然だ!」
「死んでもかまわないか?」
「・・・・・ああ!」
幽鬼は小さく笑うと立ち上がり、首をひねった。
「栄鬼、“アレ”をやるぞ。力を貸せ」
「・・・・・はっ?何を言っている、幽鬼?いくらお前でも言っていい我儘と悪い――――――」
「いいから貸せって言ってんだ!」
こうなった幽鬼は誰も止められない。栄鬼は渋々幽鬼に近づいていった。
幽鬼と栄鬼の身長差はあまりに激しい。それこそ大人と子供の差である。その距離を埋めるかのように栄鬼はしゃがみ、二人の影が重なった。
「ちょっ!?・・・・・・」
突然の出来事に金太郎はうろたえる。彼は年頃にも関わらずこういう話題には疎いのだ。
それにしても長い・・・・・長すぎる。コレは所謂大人のキスという奴では?
金太郎の顔に血が昇り、顔が真っ赤になった時、ようやくその行為が終わった。
終わってもなお二人の間を渡す透明のものが・・・・エロかった。
「ななななな何やってんすか、二人とも!?今はそれどころかないでしょ!」
「煩い・・・・・。コレくらいでいいだろう。おい、デカブツ。着地には気をつけろよ」
「はっ?えっ・・・・・意味わかんないんだけど・・・・・」
幽鬼は袖で口周りを拭き取ると、目を見開く。
鬼の目は一部の例外を除いて赤く染まっている。コレは鬼一族に共通する特徴である。
しかし今の彼女の目は違う。違う色になっているとかではなく、よりいっそう赤く、まるで血みどろのように紅かった。
「デカブツ、鬼丸に会ったらよろしくな!!」
「な、何を?」
幽鬼は軽々しく金太郎を持ち上げると、ニヤッと笑った。
「吹っ飛べ!」
「――――――ってうわあああああああ!?」
常人ではありえない怪力、それを用いて金太郎を投げ飛ばす。しかしスピードが半端ではない。すぐに闇夜に消えていき、まさにお星様となった。
幽鬼はけだるそうに首を回した。
「・・・・・ふう、疲れた」
「お疲れだね、幽鬼。久しぶりに見たよ、君の力を」
「まあ、使う機会もなかったしね・・・・・・。ああ、腹減った!栄鬼、何かおごって!」
幽鬼は手首をコキコキ鳴らしながら祭りのほうへ歩いていった。
・・・・・さて、うら若き男女がキスをした後にそのまま平然としていられるだろうか?栄鬼はポツリと呟いた。
「生殺しだね・・・・・・」
「何をやってるんだ、栄鬼?早く、早く!」
「はいはい・・・・・・」
▽ ▽ ▽
「いたた・・・・。かぐや、大丈夫ですか?」
鬼丸は頭をさする。ぶつかる瞬間にどこかのアクション映画のように陸に飛び移ったのだが、痛いものは痛い。とはいえ、あのまま船の上にいたらそれこそただでは済まなかったのだが。
かぐやは鬼丸の腕の中で無事である。それでもかぐやの表情は変わることなく、無表情である。
「かぐや、立てますか?」
「・・・・・・」
かぐやは無言で、一人で立ち上がる。鬼丸はフッと笑いかけるとかぐやの手を引いた。
「では、行きましょうか。まだキンタが頑張ってくれているはずですし」
「・・・・・もう諦めましょうよ」
「えっ!?」
鬼丸とかぐやの手が離れる。かぐやがその場に踏みとどまり、鬼丸の手を払ったからだ。
鬼丸はその手の距離が遥か彼方のように思われた。
「鬼丸さん。もう諦めましょう。今まで言っていませんでしたが彼からは逃げることはできない。どこまで行こうと彼の目からは逃れませんよ」
「へえ・・・・・何かあるんですか、彼の目には?」
かぐやは重々しく口を開いた。
「其の紅き眼は未来を、其の蒼き眼は地上を見据える・・・・・・。彼はね、あらゆる場所を見通す遠見と未来を見る先見の魔眼の持ち主なんですよ」
鬼丸は思わず感嘆の声を漏らす。
今この状況でどこでも見える眼と未来が見える眼はどれだけ有効か。言うまでもない、圧倒的に有利だ。
どこに逃げても遠見で見られ、そもそもどこに逃げるかという未来まで見られる。どこにも逃げる場所などない。
先ほどから諦めろ、としきりに言うかぐやの真意がようやく理解できた。
「なるほど・・・・それじゃあ、逃げても追いかけられますね。だったら他の鬼を巻き込んでも向かい討てば良かったんですね。なるほど、なるほど・・・・・・」
「聡明な貴方なら分かるでしょう。これ以上逃げても無駄ということが。だから早く諦めて――――」
「――――でも諦めませんよ」
かぐやの表情が悲しみから怒りへと変わっていく。何故こうもかたくなに諦めないのか、かぐやには理解できなかった。
「・・・・何故です。何故なんですか?」
「・・・・・」
「今から夜明けまではまだまだ時間はあります。これ以上逃げるというのならばその時間は永遠のように感じるでしょう」
「かぐやと永遠に一緒にいられるのならば本望です」
「それにカナモリに追い詰められたらどうするのですか?あの人は見た目以上に冷酷、間違いなく殺されますよ」
「愛する人のために死ねるなんてカッコいいじゃないですか」
「私は死ぬところなど見たくありません」
「心配してくれるのですか?嬉しいですね」
「鬼丸さん!」
かぐやがついに怒りを顕にする。こんなに悪気もなく言われると怒りを通り越して呆れに変わる。
しかしそんなことに流されてはいけない。かぐやは鬼丸を責めたてた。
「いい加減にしてください!私は真面目に話しているんですよ」
「・・・・・・」
鬼丸は黙っていてかぐやを見ている。そして大きくため息をつき話し出そうとした時、不意に誰かの気配を感じた。
「むっ?誰です?」
もしやカナモリが、そんな嫌な予感が脳裏をよぎる。流石にここで追いつかれたら逃げ切ることはできない。
瞬時にデザートイーグルを取り出そうとした鬼丸だが、それは杞憂に終わった。
「あら、鬼丸さん。こんばんは」
「・・・・・・も、桃太郎!?」
岩陰から現れたのは黒髪長身の女、桃太郎であった。かつての宿敵の突然の登場に、目玉が飛び出すほど驚くが、どうも殺気は感じられない。
鬼丸はデザートイーグルを一旦懐にしまった。
「あら、桃太郎とは誰のことですか?私の名前は桃原キョウですよ。忘れてしまわれましたか?」
「ああ、そうだった。今は桃原キョウでしたね。・・・・・やあ、桃原さん。こんな時間になんでこんなところに?」
今の彼女は記憶を失い、桃原キョウとして生きている。気をつけなければ忘れてしまう。うっかり記憶を取り戻されたら厄介なこととなる。
彼女はそんなことも気にしないように、以前の桃太郎とは思えない柔らかい口調で答えた。
「私はいつもこの辺りをこの時間に散歩していまして、あの島を眺めているのですよ」
「へえ~・・・・そうですか・・・・」
「ええ。何故かあの島を見ると懐かしい気分になるんですよ。今日はあの島は賑やかですね。お祭りでもやっているのでしょうか?」
「そうじゃないですかね・・・・・」
今ここから鬼ヶ島を見れば、大きな火柱が天に向かっている。今まさに最高潮の盛り上がりを見せているときであろう。
しかし今はそんなことはどうでもいい。適当に話を区切りをつけようとしたそのとき、ある天人の登場で強制的に幕切れた。
「カナモリ!」
「ようやく追いついたぞ、地上の鬼よ。さあ、かぐや様を返したまえ」
「あらあら、人が飛んでいらっしゃる」
カナモリは地上を見下ろす。数は姫を合わせて3人、さっき見たときは2人だったはずだ。
その状況を見て、愚痴をこぼすかのように呟いた。
「・・・・・また、増えたか」
「いえ、コレは私にとっても想定外でありまして・・・・・」
「こんばんは、見知らぬ誰かさん。私の名前は桃原キョウ。貴方の名前は?」
「・・・・・カナモリだ」
・・・・・この黒髪女性と話をしていると、その雰囲気に呑まれる。ほんわかとした空気が自分を強制させる。
カナモリは何とか自分のペースを取り戻すかのように、声を張った。
「と、とにかくかぐや様を返してもらうぞ、鬼丸童子」
「はっ!今易々と手放すようならば鬼ヶ島からわざわざ逃げてきたりしないですよ。貴方こそ諦めたらどうですか?」
「鬼丸童子?・・・・・鬼ヶ島?・・・・・いたっ、頭が!・・・・」
桃太郎は頭を抱える。しかし3人はそのことに気が付かない。
「かぐや様から聞いておられるだろう、私の魔眼のことを。もうこれ以上逃げても無駄だぞ。いかなる手を使おうともな」
「分かりませんよ。私のデザートイーグルにはまだまだ弾は残っていますから。弾切れまで私は諦めませんよ。あっ、私の弾切れしないんですけどね」
「無駄なことを・・・・・」
「デザート・・・・イーグル?・・・・う、うわあああああ!頭があああああ!!」
桃太郎が頭を抱える。キョウの脳裏に様々な光景が駆け巡る。しかし、それが何かは分からない。その分からないイライラが彼女に積もっていく。
――――――分からないのなら壊してしまえばいい!
その瞬間、浜辺の砂が舞い上がった。
「・・・・・な、何が起こった?・・・・」
「まさか・・・・・」
「うふふ・・・・・・ふっはっはっはっは!あっはっはっはっはっはっは!!」
桃原キョウは笑い出す。いや、もはや彼女は別人か。それとも元に戻ったというべきか。
どちらにせよ、鬼丸にとっても、カナモリにとっても最悪の展開であった。
「思い出したぞおおおおおお!アタシは、桃太郎だあああああ!」