第二章・第六話:カナモリの実力
「天が呼ぶ、地が呼ぶ、悪を倒せと俺を呼ぶ!・・・・・・」
目の前のヒョットコのお面をつけた男が何かのポーズを取る。カナモリにはそれが何か分からなかった。正確には分かりたくもなかった。
「ヒョットコ仮面、ここに参上!」
「・・・・・貴公は何度登場すれば気が済むのだ?」
金太郎の宣言どおりならばコレで通算二回目。それでも金太郎はそれを気にしていない様子であった。
「オメエが何といおうとかぐやは渡さないぜ!」
「・・・・・何故だ?」
「ん?」
何故、といわれてもかぐやを守るためかしか言いようがない。なのですぐには答えられなかった。
「何故貴公達は無駄なことをするのだ?我ら天人と戦おうとするその戦意、かぐや様のために奮闘するその姿、全てがまったくもって無駄である」
「んなもんやってみなくちゃわかんねえだろ!」
「その言葉さえ無駄だ・・・・・」
カナモリは金太郎の目の前に現れ金色の剣を振り下ろす。すぐさま金太郎は紫電で防ぎ、もう片方の拳でカナモリに殴りかかる。が、軽くかわされる。
「ふっ・・・・・・」
「くそっ!」
金太郎は一旦距離をとり、自分の有利な距離をとる。剣よりも斧が優れている点は範囲。近距離でのこまごました行動は剣のほうが有利だが、単純な距離と破壊力だけなら斧は負けない。
金太郎は力に任せて思いっきり水平に斬った。
「甘い!」
「何!?」
カナモリはそれを飛んでかわす。そして上空からのカウンター攻撃、重力を加えて放たれたそれを紫電で受け止めるが、それを見透かされていたように隙だらけの左横腹に蹴りを入れられた。
「―――――ごふっ」
ボディへの攻撃、内臓に直接ダメージが響くが、ここで倒れたりしてさらに隙を作ってはいけない。敵はまだ空中、この距離ならば拳は当たる。
「オラアアアアア!!」
カナモリはそれすら空中で身を翻し、金太郎の拳を受け止める。それどころか拳を絡めとられ逆に金太郎の体が宙に浮かぶ。
「まずっ!―――――」
「コレで終わり・・・・・・」
金太郎が気づいたときにはもう遅い・・・・・・。直接地面に体を叩きつけられ、さらに腕を関節で決められる。金太郎には地面にひれ伏しているしか選択肢はなかった。
「どうだ?・・・・コレが私と貴公の差なのだ。今からでも遅くない。降伏すれば命まではとらんぞ」
「う・・・・・るせんだよ!ごちゃごちゃと!」
「むっ!?」
関節を押さえられているはずの金太郎がスルリと抜け出す。
何故、と思っているカナモリに金太郎は紫電を振り下ろすが、そこにはすでにカナモリの姿がなく、すぐ後ろにいた。
「また後ろに!?」
「・・・・・なるほど、自分で肩の関節を外したか。その心意気やよし・・・・・。だが何度振ろうとも私には当たらんぞ」
「何でだあああああ!?」
カナモリは確かに強い。剣術、体術に加えおそらく魔術の類のものも持っているだろう。
しかし、その全てが突出しているわけではない。雉のように速くもなく、桃太郎のような怪力は持っていない。なのに何故か攻撃が当たらない。
金太郎は自分が持ちうる最大の力を持って紫電で薙ぎ払うが、それはカナモリに届くことはなくただ空を斬るばかり。
金太郎には次第に疲労とイライラが溜まっていった。
「無駄だぞ・・・・・貴公の攻撃は届かない。何をやろうとな」
「だったらコレでどうだああああ!」
身を屈めての下段への蹴り。それを知っていたかのように飛び上がりカナモリは回避する。
――――――金太郎はニヤッと笑った。
コレはフェイント。金太郎は蹴りだした足で踏み込み、未だに宙に浮かんでいるカナモリに拳を突き出した。
「雷拳・白牙!」
金太郎の拳が白い雷に包まれ、必殺の拳が放たれる。拳に魔力を纏わせるなどやったことなかったが、人間土壇場になれば何でもできるものだ。
魔力の充足、タイミングも共に完璧。金太郎は今度こそ勝利を確信した。だが・・・・・
「がっ・・・・・」
「・・・・・自分の体のことも忘れるとはな、戦士失格だぞ。坂田金太郎」
金太郎の拳は楽々とカナモリの手の内におさまる。それどころか攻撃したはずの金太郎のほうが痛がっていた。
彼の放った拳は右手、すなわち自分で肩の関節を外したほうだ。敵に攻撃することを考えるあまりそのことは眼中になかった。
ギリギリと受け止められた右手を締め付けられ、さらに苦悶の表情を浮かべる。そんな彼を塵でも扱うかのように、カナモリは投げ捨てた。
「・・・・・」
もうここには用はない。カナモリが立ち去ろうとすると、何かに足を引っ張られた。
「・・・・・・」
「いかせねえ、ぞ・・・・・」
虫のように地面を這いずりながら尚足に喰らいついてくる金太郎。カナモリはそれを軽くあしらうと、月の姫がいるであろう方向へ飛び去った。
「畜生・・・・・畜生があああああ!!」
敗者に口なし、戦いに負けた彼には止める術などなくただ喚くしかなかった。
▽ ▽ ▽
夜、この海域には普段絶対に船は入らない。昼はこの海域の事情を知らない愚か者が興味本位で入ったりはするが、そのような者でさえ夜にはこの海には近づかない。
海面に妖しく映る月の影、生き物のようにうねる波、海の深い闇、その全てが人間に近づいてはいけないと、本能的に訴えるのだ。まるでここに住むといわれる竜神が語りかけてくるように。
今宵、そんな海域をエンジン付のモーターボートで突っ切る一台の船があった。
「ひゃっはあああああ!!このエンジンは当りだぜ!!」
「このままじゃ、船が吹っ飛んでしまいますよ!」
「はあ!?天人なんて屁でもないわ!!」
その船の乗客は鬼丸、かぐや、そしてウラシマの三名。現在絶賛夜逃げ中である。
「いいねえ、鬼丸君!今日の僕はテンション高いよ!」
「ええ、キャラが崩壊する程度にね」
「このまま突っ切れば後5分で本土につく。そこまで行けば逃げるのは成功かな?」
「ええ、とりあえず夜明けまで逃げれば奴は月に帰らざるを得ない。私は鬼ごっこなら負けませんよ」
カナモリは天人。夜が明け、月が沈めば彼は月には帰られなくなる。もし夜が明けても地上にいることとなれば彼は地上に縛られることとなり、月からの使者が来ない限り一生帰ることはできなくなる。
あと少し、そう思っていた鬼丸に果報が訪れた。
「おっ!本土が見えたぞ!」
「本当ですか!?」
「うん。これから少し減速をするよ。このまま陸に乗り上げちゃあ、大事故―――」
―――――らららららん、らららららん――――――
「おっと、電話か・・・・・・」
鬼丸は盛大にずっこけた・・・・・・。何故こういうときは電話を切っておかないのだろうか・・・・・・。
ウラシマは平然と電話に出た。
「はい、もしもし。・・・・・あっ社長・・・・・いえ、特には・・・・・へっ?今から会議ですか?・・・・いえいえ、滅相もない。今から行かさせていただきます。・・・・・はい・・・・はい。分かりました。それでは失礼しま~す」
―――――ピッ!――――――
「・・・・・・」
「・・・・・・」
互いに何を思っているか分かっている沈黙。ウラシマは親指を立て、笑った。
「鬼丸君、あとヨロシクネ!」
「―――ってマテマテマテマテ!」
海の方へ飛び込もうとするウラシマの襟を掴む。先ほどの電話は十中八九竜宮城からの電話。ここで海に逃げられたら誰が船を操縦するのか。
「放してくれ、鬼丸君!男には行かなくちゃいけない時があるんだ!」
「ではせめて私たちを陸に上げるまで待ちなさい!」
「無理!社長にあと1分で来いって言われたから」
ウラシマはジタバタと船の上で暴れまわる。余程その社長が怖いのか、ウラシマは必死の形相で鬼丸の腕を振り払った。
「あっ・・・・・・」
「それじゃあ鬼丸君、がんばってね~!」
何という穏やかな笑顔、ウラシマはそんな笑顔を浮かべ夜の海に消えていった。
そして鬼丸は半ば絶望して操縦席に向かった。
「がんばってねって・・・・・・」
鬼丸は操縦桿を握り正面を向く。目の前に見えるのは本土の浜辺。本当なら喜ぶべきなのだろうが、如何せん距離に問題が・・・・・・。
「もうすでに目の前じゃないですかああああ!」
「・・・・・・」
――――――ドッカアアアアアアアン!!――――――