第二章・第五話:逃げる?戦略的撤退ですよ
「・・・・・・・・」
「・・・・・・・・」
鬼丸とかぐや、互いに無言であった。ただ漠然と巨大な火柱を見ているだけである。
金髪と青髪のバカ二人は予想通り約束の時間に帰ってこなかったし、栄鬼さんは野暮用で今はここにはいない。
話しかけることもないし、話すこともない。しかし鬼丸にはこの沈黙でさえ心地よかった。ただかぐやといれるだけでよかった。
今は少し落ち込み気味だが必ずその笑顔を取り戻してみせる、そう鬼丸が決意した時辺りがざわついているのに気が付いた。
「何だ、アレ?」
「金色の光だあ」
「・・・・・・来たか」
鬼丸はそう呟くと立ち上がり、地上に降り立つ金色の光を睨みつけた。アレが今かぐやの笑顔を奪っている原因、そう思うと今すぐアレに殴りかかりたかったが何とか踏みとどまった。
金色の光が失せ、人の姿が顕になる。金色の髪、赤と青のオッドアイ、スーツ姿の端整な顔立ちの男だった。
「・・・・・貴方がカナモリ、ですか?」
「いかにも。私の名前はカナモリ、かぐや様の教育係でございます」
教育係、きっと幼いときからかぐやに仕えていたのだろう。そう思うと無性にうらやましく感じられた。
「で、その教育係さんが地上に何の用ですか?」
「おや?手紙で伝えてあったはずですが。・・・・・・まあ、いいでしょう。先に伝えようが今伝えようが関係ない。かぐや様をお迎えに上がりました」
「何故?」
鬼丸は大げさに首をかしげる。その様子にカナモリも首をかしげた。
この鬼は見るからにそこまで頭が悪そうでもない。だから自分が言ったことは理解できないわけもない。そうじゃないとすれば・・・・・・
(挑発、か?・・・・・・)
「・・・・・・かぐや様は我ら天人の姫。その姫がいなくなればお迎え上がるのは当然だと思いますが」
「姫、というのは民の団結の象徴です。直接的には姫は国政には関わりませんが、その存在は確かに国には必要ですよね」
「・・・・・・何が言いたいのです?」
カナモリの脳裏に最悪の光景が思い浮かぶ。しかし動き出したときにはすでに遅かった。
鬼丸はかぐやの手を取り、軽々しく持ち上げる。いわゆるお姫様抱っこをしてみせる。
「要するにかぐやは私たちにも必要なので渡せません、ということです!」
「・・・・・・無駄なことを」
カナモリは腰の刀を抜き、鬼丸に向ける。白銀の日本刀は触っただけで切れそうだが、鬼丸はいたって余裕の表情。それに加えて笑って見せた。
「ははっ、そんなもの向けても無駄ですよ。もはや日本刀など・・・・・時代遅れなのですから!」
まさに不意討ち、懐から愛銃デザートイーグルを取り出し魔力を纏った銃弾を放つ。
この至近距離だ。相手は天人故に致命傷は与えられないが、確実に当たり隙は作れる。そのうちに逃げるというのが鬼丸の作戦であった。だが・・・・・
「無駄である」
「―――――なっ!?」
鬼丸の顔が驚愕に変わる。
カナモリは鬼丸の銃弾を軽くそれをかわしてみせたのだ。この距離で高速で放たれる銃弾をかわすなど人間業ではない。それどころか今のがかわされれば、これから闘うこととなると全てかわされてしまう。勝機などない・・・・・・。
「残念でしたね。さあ、姫を渡しなさい」
「バカな・・・・・・」
「・・・・・・鬼丸さん離してください」
今まで口を開こうともしなかったかぐやが初めて口を開く。鬼丸が久しぶりに聞いたかぐやの声は今にも消え入りそうな声、鬼丸は今の状況よりそれが心配となった。
「所詮は無駄なこと・・・・・。私が帰れば済むことだったんですよ、鬼丸さん。さあ、離して」
「いやです」
鬼丸が明確な拒絶の意を表す。鬼丸はカナモリの方をみていたので、そのときのかぐやの悲しそうな表情を気づくことができなかった。
「無駄なことなど何もない・・・・・・。私は諦めませんよ!」
「むっ!逃げるか?」
鬼丸はお姫様抱っこをしたまま駆け出す。カナモリはもちろんそれを追おうと、飛翔の準備をするが不自然な現象に気が付いた。自分の影がウニョウニョ動いているのだ。
「何?」
「鬼丸の愛の逃避行を邪魔はさせないぜ!」
「暗鬼、来ましたか!」
カナモリの影から登場したのは長の一人、暗鬼。鬼丸はこの登場を待ち望んでいたのだ。さらに空を見上げると、見知った小さな鬼の姿が目に入る。鬼丸は思わず笑った。
「どっかあああああん!」
「くっ!・・・・・・」
爆ぜる鬼の名に恥じぬ空中からの攻撃。カナモリはそれをかわすのだが、地面を砕いた衝撃が彼に襲い掛かる。そのうちに鬼丸はその場から離れていった。
「何が起こっているのだ?」
「・・・・我ら鬼ヶ島の六頭・・・・・」
カナモリは周りを見渡す。いつの間にか先ほどの鬼を含め6人の鬼に囲まれていた。他の鬼たちは明らかに違う雰囲気、少し圧倒された。
「我が名は栄鬼!」
「暗鬼!」
「ふふっ、怪鬼・・・・・」
「妖鬼です」
「い、一鬼です・・・・」
「幽鬼だあああああ!」
明らかに不利な状況、ここでこいつらを倒しても意味がないと判断しカナモリは飛び上がろうとする。
その状況を待っていたかのように栄鬼の口元がニヤリと歪んだ。
「皆の衆、よく聞け!かの者は人の形をした悪霊であるぞ!」
「なっ!?・・・・・・」
「この悪霊を放っておくわけにはいかぬ!皆の衆、奴を追い出せ!」
『うおおおおおお!!』
周りの鬼が栄鬼の声に呼応する。何という統率力、カナモリの眉間にしわが寄る。
飛び上がりこの場から立ち去ろうとするカナモリの目に何かが飛び込んできた。
「うりゃあああ、ミサイル攻撃!」
こちらに飛んできたのは何と二人の鬼。幽鬼がそこらへんにいた鬼を掴んで投げ飛ばしたのだ。
あの小さな体にどれほどの力が秘められているのだろう。カナモリには休む暇などない。
「ふふっ・・・・・・」
「うふふ」
二人の女の鬼、妖鬼と怪鬼がすぐ目の前に迫ってきていた。妖鬼は扇子を、怪鬼は爪を水平に振るう。カナモリは剣でそれを防ぐと、すぐ次の行動を取った。
「影に潜もうとしても無駄だ!」
「ありゃ、ばれた!?」
剣を自分の影に突き刺すと、暗鬼の姿が顕となる。暗鬼はそのまま重力に従って落ちていく。
「オイ、一鬼!助けてくれい!」
「うん、分かったよ」
カナモリのすぐ後ろにいた一鬼が助けに入る。もしこいつが自分に攻撃していたらどうしていただろうか、カナモリは相手のバカさに感謝した。
何はともあれコレで安全圏内に入った。そのまま姫を連れて逃げた鬼を追おうと飛び去った。
「ありゃりゃ、逃げちゃった。どうするの、栄鬼?」
「ふむ・・・・・皆の衆、皆のお陰で悪霊を追い出すことができた!これにて魂流しを果たしたぞ。それでは皆の衆、後は楽しもうぞ!」
『うおおおおおおおおおお!!!』
先ほどより大きな声で皆が呼応する。コレで鬼丸から頼まれた時間稼ぎは果たすことができた。栄鬼は今まさに逃げている途中の弟同然の鬼のことを思った。
「・・・・・がんばれよ、鬼丸」
「栄鬼、早くこっち来て飲もうぜ!」
「・・・・・はいはい」
▽ ▽ ▽
ところ変わってここは鬼ヶ島北部の田んぼ地帯。鬼丸は畦道をかぐやを抱えながら走っていた。彼は鬼とは言えども明らかに力仕事をするような鬼ではない。流石に息が上がっていた。
「はあ・・・・・はあ・・・・・」
「・・・・・鬼丸さん、つらいでしょうに・・・・・。早く諦めたらどうですか?」
かぐやの声が悪魔の誘惑に聞こえる。この悪魔の声には負けてはいけない。鬼丸は無理に笑って答えた。
「馬鹿言わないでください。貴方のことで私がつらいことなどない。絶対に逃げ切ってみせますよ」
鬼丸のその声を聞いて、かぐやの表情は一層悲しそうになる。それはかぐやの未来を嘆いているのか、はたまた自分のことか、鬼丸には分からなかった。
そうして無我夢中で走っているとようやく浜辺に着いた。
「ついた、か・・・・・・」
予定ではここでウラシマが船を準備しているはずだ。
しかしそこにはウラシマの姿はなく、いるのはヒョットコのお面をかぶった変態・・・・・・。
「やあ、鬼丸君。こっちだ、こっち!」
「・・・・・誰ですか、この変態?」
・・・・・はて?自分には仮面を被っている変態の知り合いなどいないはずだが。
「ひどいね~。僕だよ、ウラシマだよ!」
「・・・・・ああ、あの人の約束を守れないばかりか、犯罪にまで手を出したあの馬鹿ですか・・・・・」
ウラシマともう一人の馬鹿のやっていたことは祭りの運営に関わっていた鬼丸の耳にも入っていた。しかしそんなこともまったく気にしてないかのようにウラシマは仮面を取って笑っていた。
「まあまあ、そう言わずに。天人が来る前に――――――って、来たわ」
「何ですって!?」
上空を見上げると確かに金色の光が。金色の光が地上に降り立つと、鬼丸は軽く舌打ちしカナモリと対峙した。
「・・・・地上の鬼よ、今度こそ姫は返してもらうぞ・・・・・」
「どうでしょうか、私にはまだ切り札があるかもしれませんよ」
「何を世迷い事―――――――」
「――――――オラアアアアア!!」
カナモリが咄嗟に反応し剣を振りぬくと、ヒョットコの仮面をつけた変態が斧を振り下ろしていた。そしてポーズを取って一言。
「ヒョットコ仮面、ここに推・参!」
「後は頼みましたよ、変態」
「言い様がひでえええええ!」
今は仮面を被った金髪の変態のことなど気にしていられない。鬼丸はかぐやと共に船に飛び込んだ。
「さあ、6人の長の相手の次はこの俺だ、天人!」
「・・・・・・無駄なことを。切り捨ててくれる!」
今度はカナモリが剣を振るう。金太郎はそれをアクロバティックに大げさにかわすとバクテンで距離をとる。気分はまさにヒーロー、金太郎は完全に調子に乗っていた。
とにかく今の金太郎なら簡単にやられることはない。自分のやることはとにかく逃げることだ。
「ウラシマ、船の準備は出来ているでしょうね」
ウラシマは親指をグッと立てた。
「モチのロンだよ、鬼丸君!この日のためにエンジンを特注したんだ。この“KBT-01-MOMA”をね!」
「ではその実力を見せてもらいましょうか」
「OK!しっかり掴まってなよ、お二人さん!行くよおおおお!!」
ウラシマはエンジンを起動させる。
並みのエンジンではありえない起動音、ウラシマがアクセルをいれると船首が持ち上がり、恐ろしいスピードで波を掻き分けていった。
「ちょっ・・・・コレ速すぎじゃ・・・・・」
「ひゃっはああああああ!!今の僕だったら音速だって超えられるぜ!!」
こうして鬼丸の愛の(?)逃避行が始まった。
すみません。最近のお話にパロディネタが結構多いです。
しかも自分はちょっと趣味が古いので、わからないかも・・・・・。