第二章・第三話:祭の準備だ!
「で、コレが手紙ですか・・・・」
鬼ヶ島、中央塔の鬼丸の自室。鬼丸と金太郎、ウラシマの三人は月の使者からの手紙について話し合っていた。
普段は温厚、というよりそこまで暴力を振るわないはずの鬼丸が手紙を握りつぶした。
「ぶち殺したくなりますね」
ぶち殺す・・・・・そういった瞬間の鬼丸の表情は笑っているのだが、口元が笑っていない。そして周りの殺気に金太郎は圧倒されていた。
「まったく・・・・・私のかぐやを取ろうなど冗談も甚だしい。返り討ちにしてやりますよ」
「で、でもさ、相手は天人だぞ。流石にやばいんじゃないか?」
「はっ!天人だろうと何だろうと関係ありません。来るものは殺す。それに我々は一度天人を退いているではありませんか」
確かに金太郎たちは三人の天人を二人で倒してはいる。しかもそれを倒した桃太郎の部下、猿をも。
しかし金太郎には言いようもない不安が残っていた。
「だけどさ、鬼丸君。あのかぐやちゃんが引き篭もるほどの天人だよ。一筋縄ではいかないんじゃない?」
「・・・・・・」
この手紙を受け取って以来、一度もかぐやと顔を合わせていない。それどころか部屋に引き篭もってしまい、誰とも喋っていない。
いつもは自信満々のかぐやがそれほどになる相手、鬼丸にも一抹の不安が出てきた。
「やはり、対策は練っといたほうがいいかもしれませんね・・・・・とりあえずかぐやの安全が第一ですから」
「確かにな・・・・。でも対策って言ったって、相手は飛んでくるんだろ?いったいどうやって・・・・・」
「しかも相手はこちらの居場所は分かっていると見た。どうする、鬼丸君?」
鬼丸は腕を組む。
鬼ヶ島は海に囲まれている。故に逃げ場はない。相手は飛んでやってくるのでこちらのほうが圧倒的に不利。ウラシマにどうにかしてもらうか?・・・・・・
それにしてもどうにか時間を稼がなければいけない。逃げ場がないこの孤島でどうやって逃げるか・・・・・・。
「おい、栄鬼!そっち持ってくれ!」
「はいはい。今行くよ」
栄鬼と幽鬼、二人で赤と白の縞模様の何かを運んでいる。
幽鬼と栄鬼の身長差があまりに大きいので、幽鬼は両手を上げて運ばなければならない。その光景が金太郎には滑稽に思えた。
「やあ、金太郎君。久しぶりだね」
「おお!デカブツ!」
「何しているんですか、二人とも?」
「コレはね、祭りの準備しているんだよ」
栄鬼が微笑みながら答える。確かに二人が運んでいるのは祭りの道具のようなもの、その言葉も納得できた。
「祭り?鬼にも祭りって言う文化があるんですか?」
「おお!“魂流し”って言うんだ!」
幽鬼が飛び上がって答える。とても楽しそうに。
しかし金太郎に、なんとも物騒な名前のように思えた。同時に金太郎の頭上には疑問視が浮かぶ。
「ははは、何を言っているのか分からないかい?」
「ええ、全然・・・・・・」
「そうだよね。簡単に言えば、魂流しというのは死者の魂をあの世に帰してあげるお祭りなんだ」
栄鬼はいったん荷物を降ろし、金太郎に向き合う。
「僕たち鬼というのはとても霊的なものに弱くてね、よく亡霊なんかにとり憑かれるんだ。元々僕らは地獄に住んでいたから幽霊なんかには格好の餌食っていうわけ。ここまではいいかな?」
「いや、何で格好の餌食なんですか?・・・・・」
「幽霊っていうのは寂しがりやなんだ。だからどうしても声を聞いてもらい。そこで元々地獄の僕らのところによく来るんだ」
なるほど、金太郎の考えが顔に出ていたようで栄鬼はそのまま続ける。
「そこで、この時期にやるのが魂流し。僕らにとり憑こうとしている幽霊さんたちにはあの世に帰ってもらうっていうわけ。この島の鬼、全員が集まって飲んで、食って、騒いで、そうして幽霊たちには満足してもらって帰ってもらう。まっ、今では騒ぐほうが主になっているけどね」
「アタイも大好きだぞ、魂流し!」
「・・・・・幽鬼、お前は長の一人なんだから厳粛な態度で臨みなさい」
栄鬼が幽鬼を諭すと、幽鬼の表情がこの世の絶望でも見たかのような表情になる。そして次の瞬間、彼女の目には涙が溜まって今にも爆発しそうになる。
そしてそのまた次の瞬間には、爆発した。
「うわあああああん!お母さんのばかあああああ!」
「―――――ぐぼっ!腹にヒット!」
「ああ、悪い、金太郎君!後でちゃんと謝らせにいくから!・・・・・・・コラ幽鬼、待ちなさい!それと僕はお前のお母さんではない!」
栄鬼がちょこまか動く幽鬼を追いかけていく。まるで猫と鼠、ウラシマはその光景を見て満足したようにニヤニヤしていた。
「相変わらず面白い人、いや鬼たちだったね~」
「あいつと会うたびに何で俺は腹が痛くならなきゃいけねえんだよ・・・・・・」
「分かった!」
突然鬼丸が手を叩く。その顔は晴れ晴れとしていて、どこかすっきりとしている。しかし金太郎たちには何が分かったのかすら分からなかった。
「何が分かったの~?キンちゃんの腹痛の原因?」
「明らかじゃねえか!」
「そんなことはどうでもいいです。かぐやを守る方法です」
金太郎の目が驚きで見開かれる。
「マジで!?どうやって!?」
「木を隠すなら森の中・・・・・・ならば人を隠すときは人ごみ、いや鬼ごみの中に隠せばいいんです!」
「・・・・・・ああ、言わんとしていることは分かったよ。じゃあ、僕も準備してこようかな」
何を察したのか、ウラシマは妙に納得した顔で出て行った。ウラシマのほうは大丈夫、こいつは何をすべきか分かる人間だから。問題は金太郎のほう、見事に右往左往していた。
「えっ!?俺は何をすればいいの?」
「・・・・・後で教えますよ、キンタ」
「あ、ああ・・・・・・」
金太郎は知っていた。鬼丸がこういう挑発的な目をしているときは何かが起こることを。そして必ず自分にも何かが起こることを。
金太郎は人知れず、ため息を吐いた。
▽ ▽ ▽
「えー、それでは次の週末の魂流しの件ですが・・・・・・」
中央塔会議室、栄鬼はそこの壇上に立って鬼ヶ島唯一のお祭り、魂流しについて説明していた。魂流しは鬼ヶ島唯一のお祭り、皆が浮かれるのも栄鬼には理解できる。理解はできるのだが・・・・・・
「オイ、一鬼!そこのお面とってくれ!」
「う、うん。分かったよ」
「ふふふ・・・・・・楽しみ・・・・・」
「はいはい、ユウちゃん泣かないの」
「えぐっ・・・・・だってえ、りんご飴食べたかったの」
コレはあんまりである。そもそも鬼たちを率いるはずの長が一番浮かれていてどうするのか。というより皆精神年齢低過ぎないだろうか、栄鬼は鬼ヶ島の将来に言いようもない不安を感じた。
「栄鬼!そんな堅苦しいのをやめて、遊ぼうぜ!ほら、綿飴もあるぞ!」
「いらないよ・・・・・・暗鬼、祭りは来週だぞ。それなのに何も決まってないのに何故遊べるんだい?」
「いいじゃん、今までと一緒で!かわんねえよ、そこまで!」
「・・・・・・ここ12年間の記録もないのに変わるも変わらないもあるか!」
桃太郎にここを奪われて12年、もちろん山でお祭りを行えるはずもなくコレが実質、栄鬼たちが取り仕切る祭りとしては初めてなのである。その前の祭りも表面上の祭りしか知らず、前から取り仕切っている長老はただ今不在。
栄鬼が鎮痛剤を取り出したとき、会議室の扉が勢いよく開かれた。
「栄鬼さん、どうやらお困りのようですね」
「鬼丸・・・・・・」
逆行の光に包まれ映るその影は6人の長たちがよく見知ったもの。僅か15歳にしてこの島の統治に関する仕事を手伝っている鬼、鬼丸であった。
「私がその仕事、手伝いましょう」
「・・・・・鬼丸、お前の申し出は嬉しいが、コレは僕たちの問題。鬼丸の手を借りることはできないよ」
「栄鬼さん!残念ですがコレは私の問題でもあるんです!」
鬼気迫る形相で栄鬼に迫る。こうなってしまった鬼丸を止める術はない。彼は自分の道をとことん突き進む鬼だから。栄鬼は苦笑した。
「鬼丸、オメエどうすんだ?」
長の一人暗鬼がニヤニヤしながら鬼丸に問う。栄鬼を除いた5人の長に共通するもの、それは“面白そうなものがあれば迷わずそれについていくこと”。どこか楽しそうに鬼丸の顔を見ていた。
「とりあえず祭りの日程を次の満月の日にします」
「なっ!・・・・・」
栄鬼が驚きの声を上げる。何故なら次の満月の宵といえば・・・・・
「そんな無茶苦茶な・・・・・。後三日後じゃないか・・・・・」
「・・・・・すみません、栄鬼さん。その日じゃないとダメなんです。お願いします」
鬼丸が頭を下げる。はて、鬼丸がここまで必死になることとはどんなことか、栄鬼の思いを代弁するように怪鬼が口を開いた。
「ふふふ・・・・・で、鬼っ子ちゃんは何をやるのかしら・・・・・」
「・・・・・・皆さん、その宵、天人がこの島に攻めてきます。それを是非とも歓迎してやってください」
途端、皆の表情が変わる。幽鬼は泣くのをやめ、妖鬼は目を輝かせる。暗鬼と一鬼は互いに顔を見合わせ、怪鬼は怪しげに笑い出した。
「ふふふ・・・・・面白そうね・・・・・」
「へえ、天人さんがねえ・・・」
「こ、怖いけど、見てみたいかも・・・・・」
「やってやろうじゃねえの!」
「おお!もちろんやるよな、栄鬼!」
「・・・・・しょうがないね、やろうか。みんな!」
『おう!』
▽ ▽ ▽
―――――――コン、コン―――――――
夜、鬼丸はとある部屋を訪ねていた。その部屋とはかぐやの部屋、今までこんな時間には来ることも憚られたが、今は躊躇はしていられない。鬼丸は扉ごしに話し始めた。
「かぐや、起きていますか?」
「・・・・・・」
そこには誰もいないかのように、返ってくるのは沈黙だけ。それにも構わず鬼丸は話を続けた。
「かぐや、貴方が何を恐れているかは分かりませんが大丈夫です。私が貴方を守ります」
「・・・・・・・」
「貴方がこの地上に降りてきてくれて本当に良かった・・・・・。貴方と出会っていなければ私はこんな気持ちは抱くことはなかったでしょう。だから貴方を天人などに渡したりしません」
鬼丸の正直な気持ち。それを喋った後に鬼丸はハッとなる。
「・・・・・すみません。そういえばかぐやは月の民でしたね。貴方の本心も分からないままこんなことを言ってしまい申し訳ない」
「・・・・・・」
「でも私には貴方にここにいてもらいたいんです。コレは私の我侭ですが、皆も同じ気持ちだと思います。かぐや、気持ちに整理がついたらまた返事をくださいね。・・・・・・もうこんな時間か。それではお休みなさい、かぐや・・・・・・」
鬼丸の去っていく足音が聞こえる。かぐやはそれをもうすぐ満月になろうとしている月を見ながら、それを聞いていた。
彼女の表情は明るくもなく、暗くもなくただ無表情。感情を失ったように無機質的な声で彼女は呟いた。
「・・・・・・無駄なのに・・・・・」
彼女本心の呟き、残念ながらそれは人知れず宙に消えていった。
「何で無駄なのに、こんなことばかりするんでしょうね・・・・・・本当に馬鹿な人たち・・・・・」