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第二章・第二話:かぐやの思いは伝わんない

「ええと、私は取り敢えずミルフィーユを十五個、モンブランを二十個お願いします」

「かしこまりました。少々お待ちください」

『・・・・・・』


甘味処、桃の木。ここは長関南の海岸に位置する、老夫婦二人で三十年以上続いている甘味処である。それゆえこの近辺の住民から人気があり、仕事の一休みに来る客も少なくない。内装も少し洒落た喫茶店のような感じになっており、最近若者にも人気だという。

かく言う鬼丸達もこのお店はたいそう気に入っており、たびたび鬼ヶ島を抜け出してはこの店に来ているのである。


先ほども言ったとおりこの店は長年老夫婦の手によって営まれており、若い女の従業員などいないのである。


「おじいさん、ミルフィーユ十五個、モンブラン二十個の注文です!」

「あいよ~!」


・・・・・・いないはずなのである。

それがどうだろう、さっき鬼丸たちの注文を聞いた従業員は?

短いが艶のある黒髪を今は一つに縛られていて俗に言うポニーテールになっている。また割烹着を着ているに加えて、その優しそうな微笑が母親っぽい雰囲気を醸し出していた。

常連客すら知らない彼女の存在、客はみな新しいバイトでも雇ったのかと思っていた。


しかし残念ながら鬼丸と金太郎は彼女のことと彼女の正体を知っている。


「何で?・・・・・」

「何でだ?・・・・・」

「ん?どうしたんです?・・・・・」

((どうしてこんなところに桃太郎がいるんだ?・・・・・・・))


彼らの宿敵、桃太郎。それが今二人の目の前で給仕の仕事をやっていた。




「おい、鬼丸!コレはどういうことだ!?」

「知りませんよ・・・・・・。確かにあの時私はヤツの心臓を撃ち抜きました。あの時銃弾にこめたのは“滅”。私の最も強い力ですよ。それにあの時の爆発で生きているとは考えられないですが・・・・・」

「そう、だよな・・・・・じゃあ、別人?」


常識的に考えて、そういう結論にたどり着く。金太郎は彼女を別人と決めつけ、自分も休息に入ろうと決めた。

そんな金太郎の努力を知ってか知らずか、ウラシマはさっきの店員を呼んだ。


「桃さ~ん!僕、チョコレートケーキ!」

『ちょっとおおおおお!!』


鬼丸と金太郎は思わず身を乗り出す。幸いにも店員は自分が呼ばれたと気づいていないようだ。

かぐやは相変わらず膨れっ面。その表情も可愛い、と鬼丸が思ってしまったのは秘密である。


「へえ~・・・・あの人が桃太郎ですか。・・・・・綺麗な人じゃないですか」

「・・・・・あの、かぐや。何故今日はそんなにも機嫌が悪いのでしょうか?・・・・私、何かしたでしょうか」

「ふんっ!」


かぐやがモンブラン一個丸ごと口に入れる。

何かをしたので怒っているのではなく、何もしないのでかぐやは怒っているということを鬼丸には分からなかった。


「何だ、桃さんじゃ通じないのかい?じゃあ、あのそっくりさんは誰だい?」

「俺たちも知らねえって。そんなに気になるのならマスターにでも聞いてみれば?」

「それもそうだね。マスター、あの人誰!?」


・・・・遠慮を知らないというのも一つの強み。ウラシマの声に従いこの店のマスター、原義之さん(58歳)が厨房から現れた。


「はいはい、何だい?ウラシマさん」

「あの人、誰?新しいバイトさん?」

「あの人?」


ウラシマがさっきの店員を指差す。マスターはどこか嬉しそうに答えた。


「ああ、“キョウ”の事ね。あの子はうちの娘だよ」

「えっ!?マスター、その年でまだお盛んで―――――」

「バカ!そういうこと言うんじゃねえ!」

「はっはっは!そうじゃないよ。あの子は拾ってきたのさ、海岸で」


ウラシマもそうだがマスターもさらりと凄いことを言い放った。

海岸で?自分の娘を拾った?意味が分からない。


「海岸で?どういうことですか?」

「・・・・・そう、アレはちょうど三週間ほど前のことだった・・・・・」


誰も聞いてないのに関わらず、マスターは語りだした。こうなってしまっては誰も止められない。マスターの悪いところはすぐに自分の世界に入ってしまうことを知っていた鬼丸たちは諦めて聞くことになった。




・・・・そう、アレはちょうど三週間ほど前のことだった。私たちは・・・・ああ、そうだね、妻の由紀子と一緒に海岸を歩いていたんだよ。あの時の海は荒れていてね、不意に来た波のせいで由紀子が濡れてしまったんだよ。その姿を見て興奮したものだ・・・・・。


(本当にまだ現役ですね)

(コラ、ウラシマ!)


で、その散歩途中で倒れている人を見かけたんだよ。胸からは出血、顔色は青白くてもう死んでいるんじゃないかと思ったんだけど、胸の鼓動は何とかあったんだよ。

そこで由紀子に病院を頼んで、僕は見よう見真似で人工呼吸をしたんだ。人間その気になればなんでもできるもんでね、何とか意識を取り戻したんだよ。

あっ!・・・・・そういえば由紀子以外とキスしちゃったね。役得かな?


(男の人とは誰しもこんなふうですか、鬼丸さん?)

(・・・・・かぐや、やっぱり怒っているでしょう)


意識を取り戻したまではいいんだけど、その子はこの世の終わりでも見てきたかのように恐怖に震えていてね、私もなんとか話を聞くことができたんだよ。


「おい、君大丈夫かい?顔が真っ白じゃないか!」

「・・・・・・」

「ああ、早く病院に。君立てるかい?」

「・・・・ウ・・・・」

「ウ?無理して話すことはないよ。というより喋らないほうがいい」

「・・キョウ・・・・」

「キョウ?君の名前かい?・・・・・ああ、由紀子、こっちだ早く来てくれ!」

「最強・・・・・・アタシは、最強に・・・・・」


そういうと、その子は気絶しちゃってね。病院に連れて行ったんだよ。何とか一命は取り留めたんだけど、この子は前の記憶はないんだって。名前も親も・・・・・・。


(記憶喪失、っていうやつか?)

(そうらしいですね。しかしあの爆発の中で生き残るとは・・・・・。本当に規格外ですね)


そこで一週間前に退院したこの子を私たちが引き取ることにしたんだよ。コレも何かの縁と思ってね。私たちの間には子どももいないし、ちょうどいいかと思って。


あの子の名前は桃原ももはらキョウ。この店の名前と私たちの苗字とをあわせただけどね。彼女は本当にいい子だよ。器量もいいし、優しいし。こうなれば私たちの子同然だよ。

・・・・・・おっと、そろそろ仕事に戻らなきゃ。注文が溜まっているよ。それでは皆さん、ごゆっくり・・・・・。




「桃太郎が記憶喪失、ねえ~・・・・・」

「いいじゃないですか。桃太郎は桃原キョウとして彼女は第二の人生を歩んでいくでしょう。それよりも記憶喪失は完全ではありません。いつ彼女の記憶が戻るか、私たちには分からないのですから」


マスターも罪なことをしてくれたものだ、と鬼丸は心の中で思う。今こそ人畜無害そうな顔をしているが、彼女は間違いなく破壊欲求者。海岸でそのまま死んでいれば、記憶が戻ることを恐れながら生活し、多くの人の命が危険にさらされる可能性も潰えたのに。


しかしそれは自分の都合、彼らには関係がないことだ。このまま記憶が戻らず、一生を終えればすむことなのだ。


「そういえばさ、記憶喪失ってショックをうけると思い出すらしいよ」

「ショック、って?・・・・・」

「ん~。例えば頭を強く打つとか、記憶を失う以前に会っていた人に会うとか。案外簡単に思い出すらしいよ」

「記憶を失う以前に会っていた人?」


・・・・それは自分たちのことである。何せ彼女を殺そうとしたのだから。


「・・・・・でましょうか」

「そうだな・・・・・。ほら、かぐやここ出るぞ!」

「む~」



     ▽      ▽     ▽



「で、キンタ。貴方の用事とは一体?」

「ああ、そろそろ坂田のほうに手紙送ろうと思ってな。また飛脚さんに頼もうかと」


飛脚、というのは役職の名前ではない。彼らが話しているのは配達屋の鴉天狗の名前である。空を飛んで送ってくれるので、鬼丸も利用し馴染み深い。


「そうだな~・・・・僕もせっかく本土に来たんだから用事を済まそうかな?ちょっと仕事も終わらせないといけないし」

「じゃあ、ウラシマさんとキンタさんで用事を済ませてはいかがですか?その間私たちは買い物していますので!」


かぐやはいきなり息を吹き返したかのように表情をきらめかせる。もともとこの目的のためにここに来たのだ。このチャンスを逃すはずなどない。

ウラシマは申し訳ないように口を開いた。


「でも僕の行くところ、キンちゃんの行くところと正反対だよ」

「えっ・・・・・・」


計画通り・・・・・にはならなかった。それどころか事態は悪化、極めて合理主義の鬼丸が次言うこともかぐやには容易に想像できた。


「では、二手に分かれましょう。かぐや、じゃんけんして勝ったほうがキンタに、負けたほうがウラシマについていきましょう」


予想通り・・・・・。当たって欲しくない予測が当たってしまった。かぐやの目的は鬼丸とのデートのみ。鬼丸の提案では勝とうが負けようが、どちらにせよ目的は果たせない。

かぐやは半ば絶望した表情で、どうでもよさそうに手を出した。


「じゃんけんポン・・・・・あらら、負けてしまいました。では一時間後、中央広場で会いましょう」


ああ・・・・・鬼丸の背中が自分を残して遠のいていく・・・・・



     ▽     ▽     ▽



「かぐや・・・・・あの、なんだかごめん・・・・」

「・・・・・ごめんと思うならついてこなければよかったじゃないですか・・・・・」


長関中央広場、金太郎たちは鬼丸たちよりも早く用事が終わったのでここで待っているのである。流石は長関、あと一時間でも経てば日が沈むのに、この広場には人が溢れかえっていた。

無邪気な子どもたちの声、その母親たちの談笑。周りがこんなにもにぎやかなのにも関わらず金太郎とかぐや、二人の間には沈黙が漂っていた。正直、気まずい・・・・・・。


「まったく・・・・今日こそ鬼丸さんと過ごそうと思っていたのに・・・・・。貴方は何か恨みでもあるのですか?」

「うっ・・・・・ごめん・・・・・」


二人の気持ちと性格を知っているだけに金太郎に対する責任は重い。しかし金太郎だけに非があるわけではない。ちゃんと金太郎にも言い分はあった。


「いや、でもさ。かぐや、何であの時余計なことを喋ったんだよ?」

「余計なこと?」

「ああ。お前が俺たちを二人まとめようとしなければ、鬼丸は“では二人とも自分の用事を済ませてきてください。私たちは二人で待っていますから”とでも言ったのに」

「あっ・・・・・」


かぐやは情けなく声を上げると、しばらくそのまま口をあけてポカンとしていた。

そして金太郎が鬼丸の気持ちを理解できることに少しむっとなった。もしかしたら自分の最大のライバルは金太郎かも知れない、そういう無駄なことも考えたりした。


「鬼丸もお前のことが好きなのは確かなんだからさ、そんなにも焦る必要はないって。お前はあいつのことを待っていればいいんだよ」

「む~・・・・・」


膨れっ面のまま金太郎を睨みつける。金太郎のほうが圧倒的に背が高いので、かぐやは見上げる形となってしまう。不本意ながらかわいいと思ってしまったのは内緒だ。


「・・・・・ふんっ!まあ、認めてあげますよ!」

「何をだ?・・・・・なあ、鬼丸がお前のことを好きっていうことは分かるんだけどさ、お前の方はどうなの?鬼丸のこと好きなの?」

「と、当然じゃないですか!私と鬼丸さんが惹かれあうのは自明の理。冗談を言うのも大概にしてくださいよ」

「でもな~・・・・・お前の行動を見ているとどうもそうは思えないんだよな~・・・・」


――――そんなわけない!そうかぐやは叫びたかった。

しかしその声はのどを通らなかった。何故ならかぐやにはそう断言できる経験がないのだから。

かぐやは天人たちの姫。天人のやることと言えば、そこまでおいしくもないご飯を食べて、地上を見てそして・・・・・特にやることはないのであった。

だから今までこんな経験はない。今みたいに誰かと買い物を楽しんだり、同性の友とお喋りしたりすることもない。もちろん誰かのことを好くことも・・・・・・。

初めて何かをするときは胸のドキドキが止まらない。幽鬼たちと喋っているときは楽しいし、今でさえ少し高揚感を抱いている。

それが鬼丸といるときの感じと一緒なのか、違うのかかぐやには判断する経験がなかったのである。


「・・・・・どう、何でしょうね・・・・」

「まあ、いいんじゃねえの、それも分かるまで待っていれば。俺たちまだ時間はあるんだからさ、焦ることないって」

「・・・・・キンタさん。考え方が老人ですよ」

「う、うるせえよ!」


金太郎は顔を真っ赤にして、怒鳴る。こういうふうに笑いながら怒られるのも新鮮だ。少し楽になった気がした。


「ふふっ・・・・鬼丸さん早く帰ってきませんかね~」

「そうだな。ちょっと遅刻――――――何だ、アレ?」


金太郎は空を見上げ、かぐやもそれに続く。雲ひとつない空に何かの影が。それはこちらを見たかと思うと、一気にこちらに急降下してきた。

舞い降りたのは青年、赤いかばんをぶら下げた黒髪の天狗であった。


「こんちゃーす!毎度おなじみ、鴉天狗の飛脚です!」


飛脚と名乗った男はかぶっている帽子を取ってお辞儀をした。金太郎たちもつられてお辞儀をする。


「何かありましたか、飛脚さん?さっき出した手紙に何か問題でも・・・・・」

「いえいえ、全然そんなことはありませんでしたよ!今さっき届け終わったところです!」


はやっ・・・・・。金太郎が手紙を出したのは30分ほど前。自分だったら二日はかかる距離をたった30分で・・・・。

やはり飛べるというのは便利だな、と金太郎は再認識した。


「はい、お手紙です。かぐやさん!」

「えっ!?・・・・・私に、ですか?」

「はい。ちゃんと貴方宛ですよ!受け取ってください!」


かぐやはソレを受け取る。真っ白な便箋、差出人はなし。そもそも自分に手紙を送ってくる人間はいないはずだった。


「あ、ありがとうございます」

「それでは、私はコレで!良い一日を!」


そういうと再び飛脚は飛び上がる。凄まじい風が舞い上がり、砂埃が立ち込める。同時に女性の通行人のスカートも舞い上がり・・・・・。


「どこ見てんですか!?」

「いてっ!すまん、つい条件反射で・・・・・」

「まったく、男とは本当にバカですね!あの配達屋もこんな人間が多いところに来ていいんですか!?」

「まあ、天狗と人間は結構仲良しだし・・・・・・。ところで、その手紙なんだよ?誰から?」

「さあ・・・・・差出人はなし。それに私には地上で知り合いなど・・・・・。あけてみますか」


便箋の封を開けると、一枚の手紙と押し花が落ちる。

単なる押し花、しかしかぐやはそれを見た瞬間、驚愕の表情に変わる。その花は決して地上では咲かない花、月にしか存在しないのだから。

かぐやは恐る恐るその手紙を見た。


――――次の満月の宵、お迎えにあがります。カナモリ――――――――


「お、おい!大丈夫か、かぐや!」


かぐやが地面に倒れこむ。顔面は蒼白、さっきまで笑いあっていたのが嘘のようだ。

金太郎には何が起こっているのかわからなかった。

そしてかぐやは先ほどまでの些細な感情の変化がバカらしく思えるほどの絶望に襲われた。





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