第一章・第二十六話:仲間の思惑、敵の考え、そして自分の迷い
「ウラシマ、あとどれくらいで鬼ヶ島に着くんだ?」
「もうちょっとだよ~。もうしばらく辛抱してね」
「ん」
ウラシマの返答に金太郎は短く答える。
金太郎が船の外に出ると、暗闇に包まれている海の何に、一つだけポツンと漁火が浮かんでいるように明かりが見える。
吹き付ける潮風にも負けず船の先頭に立つと、感慨深げに金太郎は呟いた。
「アレが鬼ヶ島・・・・・・。俺たち本当に来たんだな」
まさか自分がこの鬼ヶ島にくることになるなんて誰が予想できたことか。そして“最強”と謳われる桃太郎と戦うことなどもってのほか。
想像しただけで体の震えがとまらない。果たしてこの震えは恐怖によるものか、それとも武者震いなのか、金太郎には分からなかった。
「怖いですか、キンタ?」
「鬼丸・・・・・・・・」
後ろを振り向くとそこにはデザートイーグルを手入れしている鬼丸の姿があった。
金太郎は笑って見せた。
「怖いわけねえだろ!ここまで来たら焦っても仕方ねえ。いつも通りだよ、いつも通り」
「いつも通り、ですか・・・・・・。かぐやみたいに、ですか?」
「zzz・・・・・・・」
金太郎は横目でかぐやを見ると、そこには寝息をたて幸せそうに眠っているかぐやの姿が。
最近、かぐやの話題になるとため息をしないことはない。今回も例にもよって金太郎は大きくため息をついた。
「まったくこいつは・・・・・・」
「ふふ、かぐやは寝顔も可愛いですね。・・・・・・それよりキンタ、私は貴方に聞きたいことがありました」
「ん?」
いつの間にか鬼丸はデザートイーグルの手入れを終えて、まじめな眼差しで金太郎を見つめている。
ただならぬ雰囲気を汲み取って、金太郎は鬼丸と向き合った。
「・・・・・・・貴方は、桃太郎退治を終えたらどうするつもりですか?」
「えっ!?」
金太郎は思いもしなかった質問に大きく目を見開く。
「どう、いうことだ?鬼丸・・・・・。俺はお前についていくって言っただろ!?」
「・・・・・・過去、あらゆる文献を読み漁り、長老からも話を聞いて、私は色々な知識を吸収してきましたが、魔である鬼と人間が共に暮らしたという話は聞いたことがありません。桃太郎による鬼ヶ島侵略も、人間というものを知らない故に対処が遅れた、と言います」
鬼丸の眼差しがよりいっそう強く感じられた。
「そう、なのか?・・・・・・」
「ええ、そして桃太郎による人間の恐怖、というのが我々鬼の多くに刻み込まれています。鬼ヶ島についてくる、ということは人間と鬼の線引きされた中で生きていくことになります。・・・・・・・もちろん私はそのようなことはしません。しかし貴方は修行の身であり、退魔師でもあるどうしますか、と聞いているのです」
「・・・・・・・・・」
鬼丸の言うことはもっともであった。
種族による差、というものが存在しなければそもそも魔と人間の間で争うことなどない。魔と人間は敵対関係。敵同士が互いに争うことなく生活することなど、金太郎も聞いたことはない。
鬼ヶ島についていくこととなれば、鬼丸の言うことは確実であることも容易に予想がついた。
果たして、退魔師の自分を取るか、鬼丸たちを取るか、金太郎には決められない問題であった。
「・・・・・・鬼丸はどうして欲しいんだ?」
このまま黙っているわけにもいかない。話のつなぎ、そして今一番気になっていることを鬼丸に聞いた。
しかしそんな金太郎の意思を知ってか知らずか、鬼丸はあっさり答えた。
「私は、ここまで助けてくれただけでも感謝し尽くせないほど貴方たちには感謝しています。今、キンタが逃げ出しても貴方を決して責めるようなことはしません。大切なのは、貴方の意思です」
「・・・・・・お、俺は――――――」
「お~い!もうすぐ鬼ヶ島につくよ~」
金太郎の声を遮るようにウラシマの間延びした声が聞こえてくる。
鬼丸は表情を翻し、ウラシマに答えた。
「分かりました。ありがとうございます、ウラシマ。・・・・・・かぐや、もう着きましたから起きてください」
「ふわあ・・・・・。もう着いたんですか?早かったですね」
「今から岸につけるから、もうちょっと待ってってね~」
ウラシマは再び操縦席に戻り、かぐやは大きく背伸びをする。
鬼丸はいまだ突っ立っている金太郎に再び声をかけた。
「・・・・・・キンタ、とりあえず今は目の前のことに集中しましょうか。がんばりましょう」
「あ、ああ・・・・・そうだな・・・・」
「よし、鬼ヶ島に到着したよ~!」
今ではウラシマの愉快そうな声も、金太郎にとっては空しく響くだけであった。
▽ ▽ ▽
「ここが、鬼ヶ島、か?・・・・・・」
「うん、そうだよ~。どうかしたのかい?」
「いや、だって・・・・・」
金太郎は思わず言葉に詰まる。自分の想像と現実が大きくかけ離れていたからだ。
自分の今、考えていることを口に洩らした。
「ここのどこに人が住めるっていうんだよ・・・・・・・」
金太郎の眼前に広がっていたのは荒地、岩、そして廃墟・・・・・・。
鬼丸から常日頃から聞いていた“魔の楽園”といわれていた場所とは想像もつかない。人が住む場所さえ見つからず、桃太郎という一人の人間がこの島で住んでいることは想像しがたかった。
「桃さんはね、あそこに住んでいるんだって」
「あ?」
ウラシマが指した方向を見ると、鬼ヶ島中央に巨大な塔が見える。
確かに、ほぼ平らになっている地面から一本突き出しているあの塔の損傷は全壊の他の建物よりはまとも。
あそこならば人は暮らせるだろう。しかしそれ以上に気になることが現れた。
「ていうか、“桃さん”ってなんだ?ウラシマ」
「桃太郎のことに決まっているじゃないか、キンちゃん」
「キンちゃん?・・・・・いや、それよりもなんでそんな親しそうな呼び名なんだ?」
「だって僕、会ったことがあるんだもん」
空気が固まった・・・・・・。主に鬼丸の周りで。
いち早く回復した金太郎がウラシマに問う。
「どういうこと?ウラシマ」
「だってよく考えてみてよ。いくら桃さんが強くたって、他の三人は桃さんほどじゃないんだよ。だったらどうやってここに来たと思うんだい?」
「・・・・・・泳いだ?」
「そんなことできるわけないじゃないか。正解は君たちと同じように僕の船で乗ってくるしかない。だから僕は当然のように彼らを知っているんだ」
「・・・・・・嘘だろ」
金太郎は愕然とする。
こんなにも身近に桃太郎について知っている人物がいたとは・・・・・・。
それより今にもウラシマを殺してしまいそうな殺気を醸しだしている鬼丸を、いつでも止められるように準備をしなくてはいけなかった。
ウラシマは鬼丸にもかまわず話を続ける。
「だからさ、知っているんだよ。彼らも。僕たちがこの島に乗り込んでくる場所くらい」
「えっ!?それってどういう―――――――」
「――――――かぐや危ない!」
金太郎が言い終わる前に、すでに鬼丸は動いていた。
白い斬撃。それはかぐやが元いた場所の地面を抉り、その力を誇示する。
ウラシマだけが全てを知っている、余裕の笑みを浮かべる。
「これは、これは、手荒い歓迎だこと・・・・・・。お二人さん、いつまでそうやっているつもりだい?」
「鬼丸さん・・・・・・」
「かぐや・・・・・・」
「お前ら・・・・・・・」
かぐやを庇った時に、鬼丸はちょうど彼女に被さるような体制となる。
そして、二人は互いの名を呼び合い、徐々に顔を近づけていきそして・・・・・・。
「―――――ってやめろおおおおお!お前たちいいいいい!!」
「・・・・・ちっ」
「こら、鬼丸、舌打ちするんじゃねえ!そしてかぐや、顔を真っ赤にすんじゃねえ!」
「・・・・・・・君たちさ、犬さんが律儀に待っているんだけど」
ウラシマが指した方向に見える人物、何事にも染まっていない白色の髪、端正な顔立ち、そして腰に挿した二本の刀が見るものの目をひきつける。
彼の名前は犬。犬は腕を組み、一連の出来事を終わると一言だけ呟いた。
「・・・・・・茶番はすんだか?」
「茶番って・・・・・・。お前が犬なのか?」
「いかにも・・・・・・。我が名は桃太郎様に呼ばれたときから犬。それ以外の何者でもない」
「なんだか面倒くさい人ですね・・・・・・」
「おい、かぐや!」
「・・・・・・ふっ」
犬が鼻で笑う。
「愉快そうだな、貴様らは。そんなもので桃太郎様を倒せると思っているのか?」
「もちろん。私たちは桃太郎を倒します。ですから貴方はそこをどいてください、今すぐに」
「・・・・・・・良いだろう」
「えっ!?」
「何!?」
「ふえ!?」
犬が道をあける。
その思いもよらない行動に金太郎ばかりか、鬼丸まで頭上に疑問詞を浮かべる。
「な、何故、止めないのですか?」
「・・・・・・・ここで止めたところで、桃太郎様が貴様らを倒すことはかわることはない。だから私はここで戦う必要などないのだ」
「それは桃太郎の部下として正しいことでしょうか?主人のためには命を張る。主人の危険を、身を持って守る。それが正しいのではないでしょうか?」
「・・・・・・・その通りだ。私たちは普通ではない」
犬の表情が一瞬曇って見えたのを金太郎は見逃さなかった。
「だが、貴様らに都合のいいことにはかわりはしないだろう。ならば良いではないか。ここで私と戦うか、それとも素直に私についてくるか、どちらか選べ」
「・・・・・・・」
犬の問いの答えは明白であった。
「分かりました。行きましょう、皆さん。桃太郎のところへ」
「おう!」
「・・・・・・・あっ!私はここに残ります」
「って、おい!」
突拍子もないことを言い放つかぐやに金太郎は身を乗り出してつっこむ。
「おいおい、この期に及んで仲間の意識を乱すような真似をするなよ、かぐや・・・・・・」
「だって、さっきの犬さんの話を聞いていたらやる気がなくなっちゃったんですもん。行くならわたし抜きで行ってくださいね」
「お前な・・・・・・」
「だったら僕も残ろうかな?もし僕が死んじゃったら君たちも向こうに戻れないだろ。僕は船を守っているよ」
「確かにそうだけどさ・・・・・・・」
ウラシマの言うことも理解が出来る分、強くはいえない。金太郎が言葉を濁しているとき、鬼丸が口を開いた。
「構いませんよ、かぐや、ウラシマ。ここに残ってもらっても」
「おい、いいのか?鬼丸」
「ええ、ウラシマの言うことも尤もですし、かぐやにいたってはか弱き少女。無理強いする必要はありません。コレは元々私一人の問題。キンタにもいった通り、私は責めるようなことはしません」
鬼丸が二人の方へ歩き、二人の前に来ると頭を下げた。
「かぐや、ウラシマ、今までありがとうございました。貴方たちお陰でここまで来ることが出来ました。本当にありがとう・・・・・・」
「うん、がんばってね、鬼丸君」
「・・・・・・鬼丸さん」
「・・・・・それでは行きましょうか、キンタ」
「あ、ああ・・・・・・」
鬼丸は金太郎と犬の元へ戻ろうと歩き出す。次第に離れている背中を見て、かぐやは叫ばずにはいられなかった。
「鬼丸さん!」
「何ですか、かぐや?」
「あの・・・・・・えっと・・・・・・」
いつもははっきりモノを言うかぐやが言葉を濁す。いつもならこのような間は耐えられるものなのだが、この状況では煩わしいものに感じられてしまう。
「必ず帰ってきてくださいね」
しかしそんな気持ちもすっかりどこかへ消えてしまった。
鬼丸は笑って答えて見せた。
「ええ、もちろん。待っていてくださいね」
「・・・・・・はい!」
「二人、か。それでは案内しよう、桃太郎様のところへ」
鬼丸と金太郎は歩き出す。宿敵、桃太郎を倒すために・・・・・・
▽ ▽ ▽
「行ってしまわれましたね・・・・・・・」
かぐやはそう呟いて、先ほどまでのやり取りを思い出していた。
――――――必ず帰ってきてくださいね
――――――ええ、もちろん
・・・・・・いつから自分はこんな弱い人間になってしまったのだろうか?他人に縋るなんて今までの自分らしくもない。
それに、鬼丸さんに庇われたときもそうだ。あの時のことを思い返すと、自分の顔が熱くなっているのが自分でも分かる。
もしかしたら、自分は鬼丸さんのことが・・・・・・・
「どうしたの~?そんなに顔を真っ赤にさせて~」
「・・・・・・そのニヤニヤ顔が癪に障ります。私の視界から一刻も早く消えてください」
「はいはい、分かりました~」
ウラシマは大げさに後ろに一歩退く。
・・・・・・この見た目十歳のオッサンには絶対に気づかれてはいけない。気づかれたら最後、なんて言われるか分からない。
「で、お姫様はこの後、どうされるのかな?」
「そうですね・・・・・。私はこのままここで待ちたいのですけど、それではあの人が納得しないでしょうね・・・・・・」
「あの人?」
ウラシマは振り返ると赤い服に金髪の男、手には真っ赤な棒が握られていた。だいたい予想はつくが、ウラシマは一応聞いた。
「“猿”?」
「ええ・・・・・。どうやら指名が入ったので、行ってきますね」
「うん、せいぜいがんばってね」
「・・・・・・・・」
まるで他人事のような口ぶりにかぐやは顔をしかめる。
「・・・貴方はどうするのですか?ウラシマさん」
「う~ん・・・・・・僕は“宝探し”かな?」
「宝探し、ですか・・・・・・。まあ、貴方が何をしようと勝手ですが、もし鬼丸さんを邪魔しようとするのであれば―――――」
――――――殺す。
かぐやは明確に自分の意思をウラシマに告げる。しかしウラシマはへらへら笑い、何も気にしていないように振舞う。
本当にこのガキは苦手、というより生理的に無理な男である。
「まるで道化師みたい・・・・・・。せいぜいがんばってくださいね、お宝探し」
「そっちこそ、死なないようにね」
ウラシマはどんな魔術を使ったのか、霧のように消え去っていく。
かぐやはそれを見届けると、一息つき、猿のほうに向かった。
「お久しぶりですね。機嫌はいかがですか、お猿さ―――――」
「孫悟空や」
「・・・・・・?」
「わいの名前は孫悟空。御託はいいから、はよはじめようや!こないだみたいにはいかへんで!」
猿が如意棒を構えると、かぐやも月光を取り出す。
敵に自分の本名を言うということ、それは自分の全身全霊をかけて戦うということ。その決意を無碍にするほど、かぐやも無粋ではなかった。
「月光・七夜・・・・・・。孫悟空よ、私の名前をその脳裏に刻み付けなさい。私の名前は四方院かぐや。私が相手にしてあげるのですから光栄に思いなさい、愚民が!」
「上等やで、かぐや!ここで死んでもらうでええええ!!」
いよいよ次回、桃太郎の登場です。長かった~(泣)
今後ともよろしくお願いします!