第一章・第十三話:雉と決着!そして・・・・・
真っ白な空間、ここは作られた結界の中。
この空間に佇む人間は一人、この結界を作り出した張本人、天狗の血を引く男、雉。
そして・・・・・・・
「がはっ・・・・・・」
金太郎はその雉の前でヒザをつくのであった。
「なんだ~。全然弱いじゃん。もっと強いかと思ったのにな~」
「くそっ・・・・・・」
「そんなんじゃあ、旅している意味はないんじゃない?もしかしたら君は鬼丸君の“お荷物”なのかな?」
―――貴方の旅の目標は“修行”ですが私の旅の目標はあくまで“桃太郎を倒す”なんですよ
一番言われたくないことを雉に指摘され、金太郎の顔が悔しさと怒りで顔が歪む。
雉はそれを見て、さらに愉快そうに笑う。
「いいね~・・・・・いいよ、その顔!僕、人がそういう表情をしているところを見るの一番すきなんだ!ほら、人間の醜い部分が見えるからさぁ!あっはっはっはっはっはっは!!」
「ちっ!ごちゃごちゃと・・・・うるせえんだよおおおお!!」
金太郎が叫びながら雉に突っ込む。
しかし風を操れる者にとって、冷静さが欠いた者の突撃は好都合。
雉の口がニヤリと笑い、風を纏った符を取り出した。
「風よ・・・・・切り刻んでちょ~だい♪」
雉が戦いにそぐわない口調で符の力を解放すると、その符から五つの風の刃が放たれる。
風の刃の恐ろしいところは視認できないところである。普通の刃なら視認しかわすことも出来ようが、風の刃は自分の魔力の感覚だけでかわすしかない。
そのせいで金太郎の体には多くの切り傷が付いていた。
それでも金太郎は自分の感覚を極限まで研ぎ澄まして、それを避けようとする。
「・・・・・・はっ!」
体を翻し、迫り来る刃を避ける。
しかし全て避けたと思ったその瞬間、一つの刃が金太郎の腕をかする。
「くっ!・・・・・やっぱり全部は避けれねえか・・・・・」
「休んでる暇はないよぉ!それ、吹き飛んじゃえ~!」
今度雉が放ったのは風の弾丸。風の刃よりは殺傷力はないが、当たれば内臓へのダメージは大きい。もちろん、この攻撃には常人には見えない。
こうした多彩な攻撃方法も風の特徴である。
金太郎が風刃を全力で避けたので体勢が崩れる。そこに風の弾丸が迫り、避けようと思った瞬間、金太郎の体に直撃する。
「がっ・・・・・は!」
金太郎の体が九の字に折れる。肺の中の空気が全て押し出された感じがする。あまりの苦しさに思わず再びヒザをついた。
金太郎の体の外面は風刃で傷つき、内面は弾丸による圧力でボロボロになっていた。
その上、鬼丸の安否が気になり焦りが生じ、精神的にも追い込まれていた。
早くこの結界を抜け出して、鬼丸と合流したかったが・・・・・・
「どうしたの~?早くこの結界を抜け出したいんじゃないの~?早く“中心”を見つけないといけないんじゃない!?」
「くっ・・・・!」
金太郎はこの結界を破るために必要な結界の中心が見つけられなかった。
金太郎はこの結界を見たことがあった。旅好きな兄が結界に興味を持ったときに、自分も少し勉強したのだ。
そこで学んだことの中にこの結界、簡易結界を見たことがある。
だから四方を結界の符で囲んだだけのこの結界は四つの魔力が集まるある一点、すなわち中心と呼ばれるところをつけば簡単に壊れることを金太郎はもちろん知っていた。
しかしどれだけ探しても中心は見つからない。そういう点も金太郎の焦りを助長させる結果になっていた。
「くそっ!中心は見つかんねえし、攻撃は当たらねえし・・・・・・・いったいどうすりゃいいんだよ!?」
「君はいつも分からないんだね~。狼男の時も、君は鬼丸君に頼ろうとしてたもんね。一人じゃ何も出来ないのかな?」
「うるせええええ!!俺だってやれば出来るわああああああ!!」
金太郎が魔力を一気に放出し、辺りに電撃が走る。狼男の事件の時にやった電撃、かわす隙もなかった。
しかしそれは初見だった話。狼男の事件ももちろん見ていた雉にとって、その攻撃は単調そのもの。
雉は大きなため息を吐き、金太郎の耳に届かないほど小さく一言呟いた。
「・・・・・・風塵」
直後、金太郎の電撃が轟音をあげ、土ぼこりが辺りに立ち込める。
雉の姿を見えないところを見るとやったか、金太郎の顔に達成感が満ちた。
だが・・・・・・
「そんな達成感に満ちたところに悪いけど、僕はまだ生きてるからね~!」
「なっ!?・・・・・どうして・・・・・」
いつの間にか雉が金太郎の後ろに立っている。
「風塵の符、これは対象者を限界まで速くする符。これを使えば君の攻撃なんてお茶の子さいさいさ!」
「糞がああああああ!!」
金太郎が叫びながら紫電を振るう。それはさっき放出した金太郎の魔力を纏った雷の刃になっていた。
しかしそれを雉は軽くかわしてみせた。
「あっはっは!その程度じゃ僕を倒せないよ!」
「てめえ!いい加減に―――――ん?」
金太郎はもう一度魔力を充足させようとすると、ある一点に気が付いた。
今、紫電は雷の魔力によって金色に光り輝いている。よって光源は自分。あらゆる方向に光が発せられている。
だから雉の後ろには黒い影があるはず。しかしそこには・・・・・・・
「影がない?・・・・・・」
金太郎は一度距離をとり、息を落ち着けようとする。
(ちょっと待てよ・・・・・なんであいつには影がないんだ?あいつは今、宙を浮いている。だけどそれは影のあるのとないのは関係ないはずだ・・・・・)
「ほ~れ!そろそろ決着つけちゃうよ!鎌鼬!」
「くっ・・・・・・」
再び雉が風の刃を作り出し、撃ちだす。金太郎は体が切り刻まれながらも、考えることを続行する。
(影がない物はもはやこの世に実態がない幽霊。幽霊なら俺は攻撃することも出来ないまま、終わる。だけどももう一つ可能性がある。それは・・・・・・・)
「うおおおおおお!!」
「おや?気づいたのかな・・・・・・・」
金太郎は叫びながら雉に突っ込む。当然雉は攻撃の手をやめない。むしろ風の弾幕をより激しくしている、が、金太郎は紫電を振りかぶって走る。
まるで痛みなど感じていないように。
「はあああああああ!!」
「君も学習しない人だね。僕は君より速く動けるんだよ。風塵!」
雉が再び高速で動き始め、一瞬にして金太郎の視界から消える。所詮は人間、人間が風を見切れるはずはない。雉は勝利を確信した。
雉が高速移動を終えたところで―――――金太郎と目が合った。
「っ!」
「オメエこそ学習能力がねえんだよ!喰らいやがれえええええええ!!」
金太郎は思いっきり雉に向かって紫電を振り下ろす。
雉は驚いた表情をしながら、紫電が当たった瞬間霧のように四散した。それと同時に今まで白かった風景にヒビが入り、ついには雉の結界は崩壊した。
「やっぱりあいつ自身が結界の中心だったのか・・・・・・」
金太郎がそう呟くと、次の瞬間には山に戻っていることに気が付いた。
見渡すばかりの木、木、木・・・・・そして目に前には雉がいた。
「やあ!金太郎君!お疲れ様だね~!」
「・・・・・雉・・・・・」
「まさか君が結界から出てくるとは思わなかったよ。そのままのたれ死ぬかと思っていたのにね~。あっはっはっは!」
「・・・・・そうだな。俺も分からなかったよ。まさかテメエが“幻”を使っているとはな!」
金太郎が一指し指で雉を指す。その様子に雉は愉快そうに笑う。
「あっはっはっは!どうして分かったんだい?」
「テメエには影がなかった。影がないのは幽霊か、もしくは実体のない幻だけだ。幽霊だったら俺は何もできねえ、だけど幻だったら俺でも何とかなる。幻は一度斬っちまえば消えちまうからな!」
「・・・・・・・影がないのは他にもいるんだけどね」
「あれ?そうだったっけ・・・・・」
雉の指摘に金太郎が首をかしげる。雉がため息を吐くと、金太郎は無性に恥ずかしくなった。
「と、とにかくお前は幻だった。それに風の魔法、あれも幻覚だろ!風の魔法に見せかけて、実は痛覚を与える魔法。その証拠に俺の体には痛みはあるが、傷は一つも付いてないからな!」
「ほう~・・・・・じゃあ、最後の質問。何で風塵を使ったとき、僕の位置が分かったの?」
金太郎は雉の質問に堂々と答えた。
「“勘”だ!」
「ふ・・・・・ふはっは!あっはっはっはっは!!」
「ん?何でそこで笑うの?」
突然笑い出した雉。金太郎は首をかしげる。
雉は笑いながら金太郎の質問に答えた。
「いや、思ったより君は優秀だなあ、と思ってね~。いいね、金太郎君、“合格”だよ!」
「・・・・・・いやいやいや、だから何の合格?」
「僕のお友達と戦うことの試験」
「・・・・・・はあ?最初から思っていたけどお前のお友達ってだれだよ?」
雉は再び笑う。しかし、その笑いは今までの愉快そうな笑いとは違う。何か子供が悪戯を仕掛けているような含み笑い。金太郎はその様子に、首をかしげるどころかどこか恐怖さえ感じた。
「・・・・・・早く鬼丸君を迎えに行ったほうがいいんじゃない?あの子も今頃大変なことになっているだろうから・・・・」
「あっ!鬼丸の事、すっかり忘れてた!」
「だったら早く行ったほうがいいよ!僕もそろそろ帰るからさ!それじゃあ、バイバ~イ!」
「ああ・・・・・って待たんかい!どこに敵を目の前にして逃がす奴がいるんじゃ!」
「君」
「アホかあああ!俺だってそこまで甘くはないわあああ!」
「でもボロボロな君の体で僕を捕まえられるかな?」
「うっ・・・・・・」
痛いところを突かれた・・・・・傷こそついてはいないが、金太郎の体は痛覚を無理やり刺激され、体中が文字通りボロボロである。
今鬼ごっこをすれば確実に逃げられるだろう。
「無理でしょ!それじゃあ、またね~!」
「“またね~”って?」
「桃太郎にも君の事言っておくからね~!」
そういって雉はあっという間に金太郎の目の前からいなくなる。まるで嵐のような奴だった、と、金太郎は呆然とした。
しかしそれ以上に気になること言葉を雉は残していった。
「ももたろう?・・・・・・桃太郎って鬼丸が倒す敵・・・・・雉ってもしかして・・・・・」
金太郎がやっと気づいたところで、爆音が辺りに響き渡った。
「な、何だ!?まさか鬼丸に何かあったのか?急がなきゃ!」
▽ ▽ ▽
―――――襲ってくる敵は一人・・・・・・
「うおりゃああああ!!!」
後ろから剣を持って襲ってくる敵。振り向き際に敵の顔を掴み、地面に・・・・
―――――叩きつける。
辺りに血が飛び散るが、今はそんなこと気にしてはいられない。尤も、普通のときでも気にしないが。
―――――次は二人。空中から襲い掛かってくる。
「はああああああ!!」
「きええええええ!!」
デザートイーグルを使って一人を撃ち殺し、力が抜け切ったその屍に横蹴りを放つ。もう一人は仲間の屍に押しつぶされ、気を失う。
―――――今度は8人が自分を囲んでいる。
「我が変成する力は風。その力は全てを切り刻む・・・・吹き飛べ!」
自分の中心から突如として風が巻き上がり、その風は小さな竜巻になり、敵を巻き込む。嵐のような竜巻が晴れると、そこには一人を残して誰もいなくなった。
その竜巻の中心に残っている人物、鬼丸が倒した人間の数はすでに40人にのぼっていた。
「もう諦めたらどうですか?もう貴方達も残り僅かでしょう」
「へっへっへ・・・・残り僅かだって?」
ボスが合図をすると、木陰からまだまだ手下が現れる。
鬼丸はそれを見ると、眉をひそめた。
「・・・・・おかしいですね。貴方達をいくら倒しても減っている気配がしない。むしろ増えている気が・・・・・」
「おらあああ!!野郎共、やっちまえ!」
「・・・・・ちっ」
鬼丸が小さく舌打ちをすると、デザートイーグルを手に再び敵に突っ込んでいく。金太郎とは違う全て計算どおりの無駄のない動き。
しかしその表情には明らかに疲労の色が見えていた。
「ひゃっはあああああ!」
「っ!いつの間にそこに!?」
木陰から新たに現れた敵の奇襲に鬼丸は反応できなかった。デザートイーグルを向けようにも、間に合わない・・・・・
――――ザシュッ―――――
「ぐっ・・・・・・」
初めて鬼丸の体に傷がつく。それは浅いものだったが人間に斬られたのは初めて、鬼丸のプライドを傷つけるのには十分であった。
「この人間風情がっ!」
鬼丸の爪によってその人間は横に引き裂かれる。しかし一人殺したところで状況は変わりはしない。殺せど殺せど人数は減りそうもなかった。
「おいおい、40人程度でかすり傷かよ!?これじゃあ、後100人来たらどうなるか分かんねえな!」
「100・・・・人?バカな・・・・・どこにそんな人数が!?」
鬼丸が驚愕の表情をする。その様を見てボスは笑い出す。
「後から来るんだよ、残り100人が。それだけじゃねえ、日が昇れば他の盗賊団もやってくる。オメエも終わりだな!ハッハッハッハ!」
「どこにそんな財源があるんですか?私を殺しても何の得にもならないと思うんですけど・・・・・・」
「それがそうでもねえんだよ!」
「?」
ボスの言葉に鬼丸の頭には疑問しか浮かばない
「実はオメエを殺してほしいって言う依頼があったんだよ!」
「っ!?・・・・・いったい誰がそんなことを・・・・」
「さあな?だけどその報酬はバカでけえもんだったから、こいつらに払う報酬ぐらいはあるわけだ!それに加えてオメエの首をどっかの退魔師に引き渡せば、また多額の報酬がもらえる。ずばり、大儲けだってことだ!ハッハッハッハ!」
「下衆が・・・・・」
鬼丸が軽蔑のまなざしで睨みつける。その様子を見てボスが鬼丸にとって衝撃的な一言を口にする。
「へっへ・・・・にしても鬼って言うのもたいしたことねえな」
「・・・・・・・・・はっ!?」
「だってそうだろ。魔の中でも最上位の鬼だから念には念を入れて他の盗賊団にも依頼したんだぜ。それがどうよ?俺らだけでも倒せそうじゃない?なあ、野郎共!」
「・・・・・・」
盗賊達は下衆な笑い声を上げている。鬼丸は俯いていて表情は分からない。
しかし鬼丸に纏わりついている空気の雰囲気が微妙に変わってきている。どす黒い殺気・・・・・しかし当然のように盗賊達はそれに気づかない。
「それに鬼は桃太郎に倒されちまってから山に引き篭もっているって言うじゃねえか。そんな臆病な奴らが人里におりてきても無駄無駄。早く山に帰っちまえよ!」
「・・・・・・・・けるなよ」
「ああ?」
鬼丸がぽつりと小さく呟く。しかしボスの耳にはそれは届かない。
少し風が出てきた。木々は揺れ、不気味な音を立てている。盗賊共はようやくその変化に気づいたが、もう遅かった。
「ふざけるなああああああああ!!!」
鬼丸の怒りがついに頂点に達した。