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黎明記  作者: 春咲 司


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27 裏切り

「あちゃー。本当に治っちゃってるんですね、右腕。報告通りかぁ」


 駿栄は後ろ頭を掻きながら、参ったなぁ、とぼやいた。

 緊張感に欠ける物言いも、人好きのする相好も、晄黎がよく知る駿栄だ。だが今はそれがひどく不気味に感じられた。

 晄黎は香珠を背に庇うようにして立つと、剣呑な目つきで駿栄を見据えた。


「これは一体どういうことだ、駿栄」


「これって? 僕がここにいることですか? それとも矢を射かけたこと?」


 とぼけた風に駿栄が聞き返す。晄黎はその態度に苛立ちを覚えながらも一段と低い声で答えを促した。


「両方だ」


「あはは。まぁそうですよね。でももう気付いてるんじゃありません?」


 駿栄は背負った矢筒から矢を抜き取ると、晄黎に向けて弓を引き絞った。


「僕、貴方の味方じゃないです」


 その言葉と同時に矢が晄黎目掛けて真っ直ぐ飛来する。

 頭を射抜かんとする矢を剣で弾くと続けてニの矢、三の矢が飛んでくる。息つく間もなく連射される矢はいずれも頭や首、心臓を正確無比に狙ってくる。

 本気だ。本気で駿栄は殺すつもりだ。晄黎はそれを思い知って唇を噛んだ。

 しかし一対一の攻防。来ると分かっていれば避けられない攻撃ではない。晄黎は香珠を庇いつつ、迫り来る矢を危なげなく叩き斬った。


「うーん、やっぱり駄目かぁ。これじゃ貴方を殺すよりも、矢が無くなる方が早いなぁ」


「質問に答えろ駿栄! 本当にお前は……」


「敵ですよ」


 短く、それでいて受け入れがたい言葉だった。

 しかし晄黎の胸中などお構いなしに駿栄は続ける。


「劉藍は僕のこと怠け者だとかなんとか言うけど、僕以上に働き者な人間っていないと思うんですよ。だってそうでしょ? 毎日毎日、休むことなく晄黎王子の従者駿栄を演じてたんですから」


「駿栄、お前櫂琰国の手の者か」


 晄黎の問いに駿栄は邪気のない笑みを浮かべて肯定した。


 六年間ずっと側にいた。お調子者で、訓練はすぐサボる上に愚痴が多い奴だった。だがいざという時は頼りになって、空気を読むのも上手で何度も何度も助けられた。


 ──私は一体、駿栄の何を見ていたのだろう。


 共に過ごした時間の全てが嘘だったのか。上部の姿に騙されていたのか。明確に敵だと口にされた今でも信じたくはなかった。


「六年間、ずっと騙していたんだな」


「悪く思わないで下さいね。僕はただ、白凰を捕まえてこいっていう命令を遂行する為にここに来たんです。麓槙にいるってことだけは突き止めたんですけど、そこから先は手詰まりでして。だからちょーっと小細工をしてあぶり出すことにしたんです」


「小細工? ……お前、まさか」


「王様が病気になれば白凰の血を使うかもしれないって。けど当てが外れてしまって、三年間寝たきり状態。もう困っちゃいましたよ」


「駿栄、貴様ぁ!!」


 その瞬間、晄黎の中で何かがブツリと切れた。

 気付いた時には地を蹴り、駿栄の元へと駆け出していた。

 上から下へ、勢いに任せて剣を振り下ろす。

 駿栄は得意の弓をいとも容易く投げ捨てると、腰の剣を抜いて晄黎の攻撃を受けた。


「お前が笙窈を脅して毒を盛らせたんだな!?」


「それも結局失敗しちゃいましたけどねー。だから今度は貴方に怪我をしてもらうことにしたんです」


「あの村での一件もお前の仕業か」


「ああでもしないと貴方は手傷すら負わないでしょ? 手間がかかりましたよ。城内にいる笙窈に貴方を監視させてたら右腕治ってるっていうから、あぁ、これは確実に白凰は城内にいるなーって当たりをつけたんです」


 ──大事な大事な鳥が、どうなっても知らないぞ。

 外廷で聞いた男の言葉が脳裏に蘇る。


「つまり私は、まんまとお前をここに案内してしまった間抜けということか」


「おかげで僕は目的のものを見つけることができたので、貴方には感謝してます」


 駿栄は香珠を指差すと、笑って首を傾げた。


「そういうわけであの鳥、僕にください」


「断る!」


 晄黎は言葉と共に思い切り剣を前に押し出して駿栄の剣を弾いた。一度間合いを取ると、横薙ぎに剣を走らせる。

 しかしこれは躱されて、逆に駿栄が攻め手に回る。右、左、下から上へ、流れるように振るわれる刃が襲い掛かってくる。

 いつも鍛錬をしていた時の駿栄とは全く違う、まるで舞でも踊るかのような太刀筋に晄黎は翻弄された。


「驚きました? 普段近接戦ではあまり活躍してませんでしたからね。でも残念。僕、弓より剣の方が得意なんです」


 不規則かつ予測がつかない動きに反応が遅れる。その隙を駿栄は見逃さなかった。しまった、と思った時には素早い突きが晄黎の肩口に刺さっていた。

 鎧も鎖帷子(くさりかたびら)も着けていないので、剣は深々と肩に突き立てられた。鋭い痛みが肩から伝わってきて晄黎は苦悶の表情を浮かべる。しかし背後で戦闘を見守る香珠に心労を掛けさせたくない一心で声だけは上げなかった。

 再び互いに距離を取る。構えを解かない晄黎とは対照的に、駿栄は剣を肩の上に乗せた。


「せっかくだし、ちょっとお喋りでもします? 僕悪事のネタバラシをするのって大好きなんですよね。だって驚いた顔とか、声も出なくなる様を見るのがもう最高に傑作で」


 剣で肩をトントンと叩きながら駿栄は上機嫌に言った。

 提案に乗るのは癪だが、少しでも多く情報を得る為にはやむを得ない。苦々しく思いながらも晄黎は口を開いた。


「お前は白凰を得るために陛下や母上を害したと言っていたが、景南国の乗っ取りもお前の策略だったのか」


「えー、違う違う。違いますよー。それはまた別件。というか、ここまで事が大きくなったのは貴方のせいなんですよ、太子」


「なに?」


「あれ? まさか知らなかったんですか?」


 晄黎が眉を顰めると、駿栄は意外そうに目を丸くした。


「そうですよね。じゃなきゃあんな生き急いだりしませんよね。劉藍にも口酸っぱく言われていたじゃありませんか。自分を第一に考えろって。あいつとは色々意見が合わないことが多かったけれど、これに関しては賛成でしたね。あなたは本当の意味で代えがきかない存在だったんですよ」


「一体どういう意味だ」


「貴方の存在そのものが、櫂琰国にとっては許容できない罪ってことです」


 言い終わるや否や、唐突に駿栄が斬りかかる。

 晄黎はその刃を正面から受け止めると、鍔迫り合いに持ち込んだ。


「話をするんじゃなかったのか」


「やっぱりやめました! 何も知らないならいいんです。僕はただ自分の任務を遂行するだけですから」


 駿栄は剣を弾いて一度下がると、飛び上がって上段から思い切り剣を叩き付けてきた。晄黎は剣を横に倒して攻撃を受けるが、体重の乗った重い一撃に腕がビリビリと痺れた。

 駿栄相手の稽古では一度たりとも力負けしたことはない。だというのに晄黎は今、駿栄の一撃を防ぐのに手一杯で押し返すことすらできずにいた。


「もしかして不思議に思ってます? 稽古でいつも圧倒していた相手に実戦で押されてるなんて。別に驚くことじゃないと思うんですよ。だって普段から全力の太子と違って、僕は常に五割の力でしか戦ってないですもん」


「五割だと? 随分と舐められたものだな!」


 晄黎は力勝負に見切りをつけて膝を折った。支えを失って駿栄がつんのめると、晄黎は手首を返して斬り上げた。

 しかし渾身の一撃も駿栄は体を横に傾けて紙一重で躱す。一拍遅れて揺れる髪が、僅かに数本地面に落ちただけである。


 これも避けられるのか! 晄黎は卓越した体捌きに目を瞠った。

 元々優秀な武人であるとは思っていたが、駿栄の強さは将軍位にも匹敵するだろう。もし櫂琰国にこれほどの猛者が他にもいたらと思うとゾッとする。


 晄黎は身を翻すと振り向き様に剣を薙いだ。剣速には自信があるが、駿栄相手ならばもはや攻撃を防がれても驚きはない。考えるべきは防がれた後どう次の攻撃に繋げるか、だ。

 だがその見通しは甘かったというほかない。


 駿栄は右手で掴んだ剣で晄黎の攻撃を受けた。そこまでは想定内。想定外だったのは、駿栄が左手にも剣を握っていたことである。

 一体どこにもう一本剣を隠し持っていたというのか。

 いつの間に、と言葉を声に出す暇もない。

 駿栄が左手に持った剣を振り下ろす。避けることもできずに晄黎は正面からまともに斬撃をくらった。

 胸から腹にかけてを袈裟斬りにされる。

 焼けるような痛みが体に走り、次の瞬間にはボタボタと血が地面に流れ落ちた。

 激痛に視界が霞み、晄黎は剣を地面に突き立て片膝を突いた。

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