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黎明記  作者: 春咲 司


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26 会談

 駿栄が梗月王子を連れて城に戻ったのは、まだ日の昇りきらぬ早朝のことである。梗月王子が来ることは前線からの知らせによって把握していたので、あれよあれよという間に会談が決まった。


 外廷には太宰である慧梏をはじめ、国の中枢を担う官吏が集まった。諸官は大広間の左右に分かれて腰を落ち着け、ぽっかりと空間が空いた中央には梗玥王子とその従者が膝を突いて座した。


 彼が本物の景南国王子であることは、先王の時代から政に関わり、実際に景南国の王城を訪れたこともある老臣達によって事前に確認が済んでいる。

 梗玥王子の顔立ち、そして生まれた時に授かるという国花が刻まれた品、そのどちらをとっても董照王の子に相違ないと口を揃えて断言した。


 晄黎は大広間の一段高くなった上座から梗玥を窺った。

 片道六時間の長い道程を越えて来たからだろう。顔色はあまり芳しくない。

 体調を鑑みて会談の時間を後ろ倒しにする案も浮上したが、梗玥自身がその提案を断った。

 晄黎としては櫂琰国の陰がチラついている以上、時間を無駄にしたくなかったので都合が良かった。


 大きな戦に巻き込まれるかもしれない、という不安もあるが、目先の心配事は城内に潜む間者の存在だ。

 先日、晄黎達は毒を盛った実行犯である笙窈を捕らえたが、彼が全く口を開こうとしないため仄めかされた黒幕についてはほとんど調査が進んでいない。

 結局のところ内側に入り込んだ毒を排除できずにいるので、王の回復を表沙汰にすることもできない。

 だが梗玥との対話の中で麓慎にとって利になる情報が得られれば、みなの鬱屈とした気持ちも少しは晴れるかもしれない。

 敵国の王子との対面は複雑な思いと同時に晄黎に期待を抱かせた。


 梗玥王子と従者の周りには榻鷣から彼らの監視と護衛を担ってきた武官が立ち並び、眼を光らせている。しかしその中に駿栄の姿はない。

 晄黎は隣に立つ劉藍を手招きするとヒソヒソと耳打ちした。


「駿栄は?」


「ぶっ倒れて兵舎で休んでおります」


 劉藍は身を屈めると苦虫を噛み潰したような顔で答えた。

 劉藍のことだ。馬で往復して来ただけで満足に護衛もできないのかと、内心で同輩を毒付いているに違いない。

 しかし休みなしで馬を走らせることは非常に体力を要する上に、監視対象が一緒となれば気疲れも大層なものだったに違いない。

 晄黎はまぁまぁ、と劉藍を宥めるように手を振った。


「後でよく労ってやらなければな」


 相当に疲労が溜まっている筈だから、今回ばかりは十分に休養をとらせてやらねば酷だろう。


 晄黎は広間を見渡し各々が定位置についたことを確認すると片手を挙げた。瞬間、大広間はしんと静まり返る。息をするのも躊躇われるほどの静寂の中、晄黎は朗々と声を上げた。


「お会いできて光栄です。梗玥王子」


「私もです、晄黎王子。まさかこのような形で相見えることになるとは思いませんでしたが」


 蒼白い顔は相変わらずだが、梗玥は凛とした声で答えた。

 隣国の、それも敵対関係にあったはずの王子二人がようやく話し合いの席に着くことができた。

 まだ何も解決してはいないが、大きな進歩であることは間違いない。三年間の苦労が思い出されて晄黎の胸は熱くなった。

 諸官が梗玥と従者に向ける目は決して友好的なものではないが、晄黎は威圧感を感じさせぬよう努めた。

 もちろん晄黎としても幾度も刃を交えてきた景南国に思うところがない訳ではない。しかし彼らが置かれてきた状況や櫂琰国という同じ脅威に晒されている今、互いに協力して困難に立ち向かって行きたいと思わずにはいられないのだ。


「梗玥王子。貴方と貴国に何が起こったのかは先に到着した伝令兵より聞き及んでいる。その上で聞きたい。景南国は今どのような状況に置かれているのか。そして櫂琰国の狙いや戦力など、知っていることを話してほしい」


 一呼吸の間を置いて、梗玥は口を開いた。


「話す前に、一つ頼みがある」


 梗玥の一言で場内が一気に色めき立った。

 ──なんと図々しい!

 ──自分の置かれた立場を理解していないのか!

 口々に騒ぎ立てる諸官を慧梏が宥めようとするが、一度火が付いてしまうと収拾をつけるのは困難だった。

 目の前で発せられる罵声の嵐に、晄黎は苦々しい顔をした。

 非難するだけならいつでもできる。晄黎達は話をする為に向かい合っている訳で、今すべきは相手を責め立てることではない。

 晄黎は息を吸い込むと腹に力を込めた。


「やめよ! 今は私が話をしている!」


 晄黎が一喝すると、諸官はピタリと口を閉ざした。広間が水を打ったようになると晄黎は真っ直ぐに梗玥王子を見据えた。


「頼みとは?」


「たとえ怪しい薬に侵され櫂琰国の口車に乗せられていたのだとしても、我が父董照による貴国への行為を正当化することはできない。それは重々承知している。だが、それでも国に残してきた民を救う為に、どうか力を貸してはくれないだろうか」


 梗玥は床に両手をつくと、深々と頭を下げた。


「……頼む」


 恥も外聞もかなぐり捨てて、梗玥は床に額をつけて協力を請うた。その様子からは祖国を守りたいという彼の切実な想いが伝わってきた。


 この大陸において魂は頭に宿ると言われている。魂とは人の根幹であり、矜持であり、己そのもの。王族が他国の人間に頭を下げることは、最大限の敬意を表すと同時に本人にとっては最も屈辱的な行いである。


 かつてとある国の王は自ら指揮を執った戦において敵国の王を捕らえた際、「叩頭し許しを請うのであれば、そなたも兵も助けてやろう」と言った。しかし敵国の王は自身が殺されてしまうという状況下にあっても決して叩頭することはなかった。

 はたから見ればくだらない自尊心の為に救える命を取りこぼした愚かな選択に映るだろう。だがそれほどまでに、王族が他者に対して地に頭をつける行為というのは、難しいことなのだ。


 だが梗玥はそれをやった。国の為に自らの矜持すら捨て去ることができるその姿は、人の心を動かすには十分な行いだった。

 その証拠に梗玥を見る諸官の顔つきが最初よりも柔らかいものに変わっていた。


「もちろん、最初からそのつもりです」


「お待ち下さい王太子殿下!」


 晄黎の言葉に事の成り行きを見守っていた官吏が噛み付いた。


「つい先日まで殺し合いをしていた者同士が簡単に手を結ぶなどと、到底納得できません!」


「簡単に受け入れることができないことはわかっている。麓槙の民が受けた傷は小さくはない。景南国と手を組むとあらば国民感情を逆撫ですることになるかもしれないことも」


「ならば!」


「それでも私は景南国との協力を是とする」


 確固たる決意を持って宣言すると、官吏は顔を歪めた。

 もちろん彼が反対する気持ちもわかる。

 どのような事情があろうとも大切な人や住む家を失った人々がなんの怨恨もなくその原因となった人間と手を取り合うのは難しいことだろう。

 だが過去に囚われて救えるかもしれない命を見殺しにすることだけは絶対にしたくなかった。


「私は心身ともに傷付いた麓槙の民を蔑ろにするつもりは毛頭ない。陛下に代わり三年間麓槙の統治を行った者として、彼らを救えなかったことを悔やまぬ日はない。だが、だからこそ私は民が安心して暮らせる未来を作りたい」


 外廷に居並ぶ諸官の中には晄黎を快く思わない者が大勢いる。それでも、彼らは晄黎の言葉に耳を傾けた。

 燿蟬やその取り巻き達も例外ではない。内心では何を考えているかは分かったものではないが、少なくともあからさまに小馬鹿にするような態度はなかった。


「今この時も罪なき景南国の民が虐げられ、明日は我が麓槙の民が同じような状況に陥るかもしれない。景南国と協力することで民を守ることができるなら、私は迷う必要はないと思っている」


 晄黎は立ち上がると階段を降りて梗玥の前に歩み寄った。


「顔を上げてください梗玥王子。共に櫂琰国に立ち向かいましょう」


 片膝を突いて手を差し出す。梗玥は面を上げると、しっかりと晄黎の手を取った。


「ありがとう。貴方とはもっと早くに出会いたかった」


 そう言って微笑む梗玥は、何故か泣いているようにも映った。

 晄黎が僅かな表情の違和感に内心戸惑っていると、掠れた声が梗玥の口から漏れた。


「──すまない」


「え……」


 刹那、それまで梗玥の隣でみじろぎ一つしなかった従者が立ち上がった。流れるように袖から短刀を取り出すと、梗玥の背中に刃を突き立てた。


「梗玥王子!!」


 突然の凶行に外廷は混乱と悲鳴に包まれた。

 晄黎はよろめく梗玥を抱き止めた。背中には短刀が深々と突き刺さっている。下手に引き抜けば出血多量で確実に死ぬ。

 すぐに医官に診せなくては取り返しのつかないことになるかもしれない。


「誰か! 梗玥王子を……!」


 言いかけて晄黎は言葉を切った。両手が塞がり動けずにいる体に影が落ちる。見上げると例の従者が袖から短刀をもう一本取り出し、晄黎に向かって振り翳していた。


 強烈に村での光景が蘇る。


 ──間に合わない。斬られる……!


 しかし兇刃は晄黎に届く前に、一本の大刀によって防がれていた。


「遅れて申し訳ありません、太子」


「劉藍!」


「あんなこと、二度と起こってたまるか」


 劉藍は低い声で独り言ちると、鋭い眼光を男に向けた。

 刃と刃の間でギギギギギ、と金属が擦れる不快な音が鳴る。力自慢の劉藍は短刀を弾き返すと切先を切り上げた。しかし男は素早い身のこなしで後ろに下がる。


「何をしている衛兵! その男を捕えろ!!」


 劉藍が怒鳴ると梗玥と従者を取り囲むように控えていた武官が動き出す。しかし彼らが剣を向けたのは従者の男ではなく、晄黎や劉藍、そして逃げ惑う官吏達だった。


「なっ!? どういうことだ、これは!!」


 困惑と苛立ちが混ざった声で劉藍が叫ぶ。

 従者の男に呼応するように暴れ出した武官を止めるべく外廷に配備された兵達が集まり応戦した。しかし自分達と同じ麓槙の兵がなぜ刃を向けるのかと、誰も彼も戸惑いを隠せずにいた。


「太子! ご無事ですか!?」


 敵味方入り乱れる混乱の中、慧梏が護衛を連れて駆け寄って来た。全く戦うことのできない慧梏は顔を真っ青にしていたが、いちいち気遣いの言葉を掛ける余裕もない。


「慧梏! 梗玥王子を頼む。このままでは危険だ」


「太子はどうなさるのです!」


「私はこいつらを捕える!」


 晄黎は重傷を負った梗玥を引き渡すと、慧梏の返事を待たず鞘から剣を抜き放った。

 敵の数は少ないが誰も彼も手練れである。精鋭揃いの外廷警備が押されている。

 中でも一人だけ別格なのは劉藍と相対している従者の男だ。剣の太刀筋、ぶれない体幹、足運び。他とは一線を画する動きをしている。


 下手に割って入れば劉藍の邪魔をする。

 晄黎はそう判断すると、外廷に散った他の者達に狙いをつけた。

 一人、二人。容赦なく続けざまに斬り伏せる。敵は確かに強いが晄黎が手こずる相手ではない。三人目に向かって走り出した時、低く地を這うような声が外廷に響いた。


「おいおい、いいのか? こんなところで油を売っていて」


 従者の男だった。劉藍を相手取りながらもドスの効いた声で、挑発的な言葉を投げかける。


「大事な大事な鳥が、どうなっても知らないぞ」


 悪寒が背中から首筋にかけて一直線に走る。


「とり?」


 怪訝な顔をする劉藍とは対照的に、晄黎は男の言わんとしていることが一瞬にして理解できた。


「劉藍! ここは任せる!!」


 晄黎は一目散に香珠の元まで走った。浩佑と蓂抄の寝所は常に多くの護衛に守られている。だが存在自体を秘匿されている香珠を守る者は一人もいない。


 ──無事でいてくれ……!


 祈るような気持ちで晄黎は離れに繋がる木戸を開いた。姿を探すまでもなく、香珠は桃の木の根元で膝を抱えて小さくなっていた。


「香珠!!」


 必死に呼び掛けると、目に涙を溜めた香珠がのろのろと顔を上げる。


「……晄黎様…………」


 消え入りそうな声で名を呼ぶ香珠を晄黎は駆け寄り抱き竦めた。


「無事で良かった」


「晄黎様、私……、城内から悲鳴や剣戟が聞こえてきて……。恐ろしくて、耳を塞ぎたいのに……晄黎様がご無事なのかが心配で、それで、私……」


「この通り私はなんともない。城内の騒ぎも時期に収まる。大丈夫、大丈夫だ」


 震える背をさすってやると、体の強張りが徐々になくなる。


「落ち着いたか?」


「……はい。取り乱したりして、申し訳ありません」


 安心したのも束の間、背中に殺気を感じて肌が粟立つ。

 晄黎は振り向き様に剣を振るい飛来する矢を叩き落とした。

 兇賊がこんなところにまで来るとは! しかし救援を見込めぬ状況で香珠を守れるのは自分しかいない。

 敵は何人いるのか、確認しようと立ち上がった晄黎は戸口に立つ人物を見て目を疑った。


「なん、で。お前がここに……」


 癖のある薄茶の髪に人好きのする笑顔。六年もの間、苦楽を共にしてきた見慣れた青年。


「……駿栄」


 晄黎は呆然と呟いた。

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