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黎明記  作者: 春咲 司


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17 援軍

 雲一つない夜空に満月が皓々と照っている。この日は月に負けず劣らず星も美しい夜で、空は実に賑やかな様相を呈していた。しかしそれを鑑賞する余裕など麓槙軍にある訳もなく、地響きと砂塵を巻き上げながら大地を駆け抜けた。


 国境守備の要である榻鷣が陥落すれば、王都楼蘭までの道のりに大きな障害は存在しない。故に三万の軍勢が侵攻してきた今回の戦は、麓槙にとって未曾有の危機であった。


 卑劣な策により野戦に引き摺り出された孫允を救うべく、大司馬稜雲(リョウウン)が指揮する騎馬隊一万は、六時間の道のりを休むことなく駆け続けた。その道中、周辺の城からも兵が合流し、援軍の数は一万五千まで膨れ上がっていた。


 ろくに休息も取れず兵の疲労は溜まる一方であったが、士気は非常に高かった。

 大司馬が直々に軍を率いていることが理由の一つだが、それ以上に皆が理解していたのだ。この戦に負ければ大陸地図から麓槙の名が消えることを。

 今回ばかりは駿栄の表情も自然と引き締まる。

 疲労と寝不足によっていつもより身体が重い気がするが、文句一つ口にするのも体力を使うので、今日の駿栄は実に静かなものだった。


 並走していた稜雲が、物珍しそうな顔で駿栄の横顔を眺める。稜雲は歴代最年少で大司馬の地位に上り詰め、その後三十年間国防の要を担ってきた豪傑である。

 眼光鋭い軍の最高権力者に至近距離から凝視されるのは流石に居心地が悪いもので、駿栄は口を開いた。


「な、なんですか? 大司馬」


「これは槍でも降るやもしれんな」


「わぁ……。これから戦場に行くって時に洒落になんなくて笑えないっすわぁ……」


 しみじみと呟く稜雲に駿栄は顔を引き攣らせた。

 そこはせめて雪とか雹にしてほしいもんだ。いや、雹も勘弁願いたい。


 面白がるような稜雲の態度からは、これから重要な戦に加わるという緊張感が微塵も感じられない。

 だが稜雲という人間はいつもそうだった。

 どんな戦であっても泰然と構えて、恐怖や焦りといった負の感情を兵達に悟らせない。彼の胸中は定かではないが、余裕さえ感じさせる稜雲の存在が兵の支えとなっていることは確かである。


「いつものお前なら疲れただの帰りたいだの文句ばっかり垂れているだろうに、今日はどういう風の吹き回しだ?」


「いやぁ、国家存亡の危機にそんなことも言ってられないかなぁって」


「ほう? お前がそんな殊勝な奴とは知らなかった」


「酷いなぁ。実はけっこう働き者なんですよ?」


 信用ないな、と駿栄は苦笑した。


「今回は活躍してくるって約束までしちゃいましたから。そんでこの一件が落ち着いたら褒美として休暇をもらおうかと。その為ならやる気だって湧いて出るってもんですよ!」


 駿栄がグッと拳を握り込んで高らかに宣言すると、稜雲は僅かに呆れたような表情をして頷いた。


「なるほど、実にお前らしくて良い」


「え、本当にそう思ってます?」


「ああ、お前が変にやる気を出していると調子が狂う。何か悪いことでも起こりそうな気がするのだ」


「えぇ!? そりゃないですよ!」


 怠ければ劉藍に怒鳴られ、やる気を出すと気味悪がられる。身から出た錆とはいえ、あんまりだ。

 駿栄が抗議すると、稜雲は小気味良い笑い声を上げた。


「そんなやる気に満ち溢れたお前に、言わねばならぬことがある」 


 稜雲は笑いを引っ込めると急に真剣な表情で駿栄を見据えた。一瞬にして空気が変わり緊張が走る。駿栄は固唾を呑んで次の言葉を待った。


「出立前にお前が太子から託された策、もしかすると使えぬかもしれん」


「えっ、なんでですか!?」


 もうすぐ榻鷣が見えて来るという場面での作戦変更に、駿栄は驚愕の声を上げた。


 ちなみに駿栄が晄黎より託された作戦では、地下通路を利用して孫允を取り囲んでいるであろう景南国兵の背後を突き、孫允および人質を解放するというものだった。


「地下通路を使えば数の不利を覆して戦えますよ!」


「その地下通路が敵に利用されている可能性があるのさ」


 稜雲は渋い顔をして言った。


「我々は周辺の城からも援軍を要請し、その数は一万五千になった。敵は三万とのことだったが、孫允率いる駐屯軍に幾らか数を減らされている筈だ。つまり、正面突破でも充分に戦えるというわけだ」


 正面突破。駿栄が嫌いな言葉の一つである。

 力と力のぶつかり合いは単純であるが故に、双方に多大な犠牲を生む。


「なんで出立の時に教えてくれなかったんですか!?」


「珍しくお前がやる気を出している時に不安を煽るようなことを言って集中力が途切れたら困るかと思ってな。だが、六時間経ってもやる気が持続している今なら話しても平気かと思ってだな」


「いやいや! そういうことは早く言ってくださいよ!!心の準備ってもんがあるでしょう!? あーー! 混乱した景南国の奴らを安全地帯から弓で狙い撃ちするくらいの仕事しかないと思ってたのにー!!」


「活躍するって約束はどこに行った」


 ギャアギャアと喚く駿栄に稜雲は嘆息を漏らした。


「とにかく、地下通路の件はその可能性があるってだけで確証はない。まぁそれもすぐにわかるだろうがな。ほら、見えてきたぞ、榻鷣だ」


 稜雲の言葉に促されて駿栄は目を凝らした。月明かりの下、地平線上に篝火がいくつも浮かんでいる。

 遠目からは黒い塊にしか見えなかった姿が、ここまで来ると焼き煉瓦を積み上げた巨大な石壁に変わっていた。

 やがて現れた巨大な城砦に駿栄は圧倒された。


 王都楼蘭の周囲にも侵入者を防ぐ為の防壁が築かれてはいるものの、これはその比ではない。

 高さ四十メートルを超える塀は上に向かうにつれて外側に張り出し、外部からの侵入者を拒んでいる。

 たとえ梯子を掛けて登ってこれたとしても、反り返しの部分に阻まれて砦内部への侵入は容易ではないだろう。

 その城砦の廓部分には高々と麓槙の旗が掲げられている。


 見慣れた麓槙の旗に駿栄達は安堵した。

 まだ、榻鷣は落ちていない。


 しかし気掛かりなことが一つあった。


「あの、大司馬?」


 駿栄は恐る恐る稜雲の顔色を伺う。

 稜雲の鋭い眼光は、榻鷣を見据えていた。


「ああ、……静か過ぎる」


 兵達の叫び声や剣戟の音、甲冑がぶつかり合う金属音さえも、何一つ聞こえない。

 静寂の中に佇む榻鷣が得体の知れないものに見えて、駿栄は不安に駆られた。

 軍が足を緩め城門に近付くと、榻鷣の門が重厚な音を立てて持ち上がる。駿栄達は武器を構えると、警戒しつつその様子を眺めた。


 やがて門が完全に開ききると、中から騎乗した壮年の男が一人進み出てきた。稜雲に負けず劣らずの大男で、着込んだ甲冑はへこみ、血がこびり付いている。


「遅かったではないか、稜雲」


 嗄れた声が稜雲に向けて掛けられる。

 篝火に照らし出されたその顔は、駿栄達もよく知る人物のものだった。

 稜雲は口の端をあげると、大男に向けて手を差し出した。


「無事でなによりだ、孫允」


「俺が景南国のヒヨッコども相手に、くたばる訳がないではないか」


 孫允は不敵な笑みを浮かべると、稜雲の手を強く握り返した。

 瞬間、その場に張り詰めていた緊張の糸が切れ、麓槙軍は沸き上がった。

 ひとまず榻鷣は、防衛に成功していたのである。

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