虫けらのいたスケートリンク
その娘の後姿、そして彼女の左手にバイオリンを見た。
常時、学年トップを勝ち取る右手には、弦。
正直敵わないなあ。敵わないなどと思うことも恐れ多い。
僕のような虚弱な運動音痴で全教科赤点の男が、
近くに存在したことが間違い。
それでも、彼女は声をかけてきた。
そして。
僕の秘めたただ一つの趣味、隠れて努力するスケートリンクに、
聞くはずのない声が聞こえた。
しかも、声をかけて来るのか。
そうだ、彼女は僕を見かけると声をかけてくれる。
そうだ、彼女は誰にでも声をかけてくれる。
それゆえ、こんな僕さえ
少しばかり生きることを許されたような気がした。
だから
僕は夢見た。
今日、少しは元気よく返答をしてみようと
少しは授業を理解できるよう努力しようと、
5メートルは走ってみようと、
4段ほどは駆け上ってみようと、
そして
彼女は彼女の親友とスケートに来たという
僕はたちまちバランスを崩す。
何もできなくなっている。
声すら出なくなっている。
しまいに、呼吸まで。
やはり僕はここにもいてはいけないんだ。
いや、どこにもいてはいけないんだ。
そうか
眼を向けると彼女は真っ直ぐに僕を見る
なぜ、僕を見るのか
友愛であることは知っている。
でも友人にはなれない。
なぜなら、友人とは理解し合う存在。
彼女が僕を理解するということは、
その途端に彼女が僕を離れることになる。
そして、僕は悟った。
近くに存在した僕がいけなかったんだ。
これは、そんな僕に与えられた拷問なんだ
初めから生まれてはいけなかったんだ。
愚かな、虚弱な、とりえのない男。
分かったのは、存在価値のないこと。
でも、ひとつだけいえる。
僕に存在価値が無くても、
ここに存在することを許されている。
憐みだけが僕を生かしてくれている。
それで虫けらの僕には十分だ。