表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。

看病してみたい 

作者: 高島 良

 久々に熱が上がり、頭も痛い、食欲もない、医者には風邪だと診断され、仕事を休んだ。LINEに送られてくる通知を消していくと、新しいメッセージが届く。


「熱下がった?」

「まったく」


 一人には慣れたはずなのに、体調が悪いと、気持ちも引きずられて落ちていく。LINEでのメッセージでも心配してくれる子がいるのは、ありがたい。せめてあと6歳ぐらいは上なら、いやそれでも犯罪か。小学生の釣り友達に、俺はいったい何を考えている、風邪でおかしくなっているのだろうか。


「そっか、ちゃんと寝てる?」

「玄関で宅配上がって来るの待ってる。」

「そっか、ねぇねぇ、看病しに行ってもいい?」

「うれしいけど、家知らないだろう。」


 写真受信>送られてきた写真は、どうやら車検証の写真だ、ばっちり住所が映っている。


「こんなん撮ってあったのか、ちょっと怖いぞ。」

「だって、やり逃げされたらやだし。」

「幼女には手だしたりしないぞ、冤罪で犯罪者にしたいのか?」

「そんな度胸ないってわかってる。」

「ほめてるのかそれは?」

「だって、襲えないでしょ? 行ってもいい?」

「どんだけかかるとおもってんだよ、子供には遠いだろ。」


 写真受信>どうやら高校の学生証、女子高? 名前はあってるが、写真は真面目そうな高校生、いつも見る顔は小学生ぐらいにしか見えなかったはず、なんだろうこの不安。


「姉貴のか?」

「信じないと思った、確かめてみる?」


 確認の方法なんて、どうやって? 玄関のチャイムが鳴り、ドアを開けると、そこにはギャルっぽいキャバ嬢、そんな感じの女の子が立っている。わきに抱えた箱は、送り状が付いてない。熱でおかしなものでも見えたのか。スマホの画面をこちらに見せている、これにサインするタイプか? 

 いや、画面はさっきまでのLINEの会話が逆になっている、こいつはチサだ。


「確認できたら、中入れて。」


 声は確かに、チサの声だ、もともと見た目と声はギャップがあったが、しかし、背が随分違う気がする、ヒールのせいか、こんな足長かったか? そして、なんだこのミニはもうちょっとで見えそうな、いつもはジャージだったが、なんだこの脚線美は。


「足見すぎ、はいはい、入って。」

「俺の部屋なんですけど。」


 ヒールを脱ぐと、いつものサイズだが、どう見ても小学生には見えない、高校生と言われても、この格好なら迷うだろう。俺は、なにをもって小学生と判断したんだだろうか。元々小学生にしては、背が高いと最初は思ったような……。


「ほんと、釣り道具しかないね。」

「……ちょっとまって、本当にチサなの?」

「そうだよ、なんなら、自販機でナンパしてきたことを、詳細に説明しようか?」

「あれは、ナンパではない。」

「うーん確かに。私が買おうと後ろで待ってたら、師匠が買って全部売り切れになった。」

「今思うと、釣銭切れ?」

「そのあと、コンビニでお菓子とジュース買ってもらって、翌週から一緒に釣りするようになった。」

「そうだけど、そうだったけど、俺が毎週末釣りしてた子は小学生ぐらいの女の子だったような。」

「思い違いってやつだね。」

「……確かにそうなのかも……。」

「熱まだあるんでしょ、とりあえず寝て。うどん作ってあげるから、風邪薬も買ってきたらか、食べたら飲んで。」

「ありがとう、でも、あんまり食欲ないから、食べれないかも。」

「お約束で、座薬買ってきたけど、そっちのがいい?」

「笑顔怖い、なんのお約束? 今朝医者いって、解熱剤もらったから、買ってきてもらったのに悪いけど、風邪薬もあるから。」

「そっか、でも食べてから薬でしょ、ちょとでも食べて。」


 とりあえず言われるままベッドに寝て、エプロンを付けたキャバ嬢がうどんを作るのを待つ。いつもまじまじと顔を見ていたわけではないが、素朴な感じの女の子だった気がするが、いま目の前にいる子は、新地でタクシーから降りてきそう。それぐらいの差がある、先ほど送られてきた学生証の写真をもう一度確認する。先週まで会っていたのが、過去の彼女で、学生証が現在、目の前にいるのが未来の彼女ならギリギリ繋がるかもしれない。女の子は、クラブ通いからリクルートスーツに変身可能な超人ばかりだ、これぐらいの変化は誤差の範囲、なのだろうか? なんか魔法とか、SF的な話なのだろうか?


「いただきます……お、普通においしい。」

「普通にとはなんじゃ、うどんぐらい出来ます。」

「料理しないって言ってたなかった?」

「覚えてたのね、ちょっと家で練習してきた。なに、なんかメイクおかしい?」

「いや、なんで小学生に見間違えたのかなぁと。ツインテールの魔法か?」

「あれは、ちょっと目じりを下げ気味にメイクしたりしてたからね。」

「わざとやってたの?」

「そうだよ、あそこね、おばーちゃん家があるの、この格好であんなのどかな所に行ったら、びっくりするでしょ。かわいい孫のままを見せてあげるほうが、おばーちゃん喜ぶかなって。」

「そうなのか。ん、あそこに住んでるんじゃないの?」

「そうだよ、市内に住んでまーす。電車で30分ぐらい。」

「まじか、田舎の子だと思ってたよ。」

「そうだよね、なんか勘違いしてるみたいだったから、おもしろーいって、ちょっと演技してた、あそこらへんの学校にこっそり侵入して、教室とかいろんな部屋の場所覚えて、実際には市内の学校の話を、田舎の学校の話に変えて話してたの。」

「ストイックな役者なみだな、捕まらなくてなにより。」

「大丈夫、ちゃんとそこの制服着ていったから。」

「そこまでする。」

「おもしろかったよー。なんか、アニメとかに出てきそうな学校で、屋上から海見えたりして。うちの学校からは、ビルしか見えないからね。」

「確かに、海見えるのはいいねー。それだけで映画のシーンとかになりそう。」

「釣りの映画?」

「いやずっと釣りの事考えててるわけじゃないから。」

「ほとんど釣りの話しかしなかったしね。女子高生隣に乗せても、まったく口説いてこないし。」

「ひと回りも違う相手にそんな、考えもしないから。そもそも、小学生だと思ってたし、車なんて数回しか乗ってないだろ。」

「確かに、さっき足見てる時以外は、そういう目線感じなかった。コンビニとかで、綺麗なおねーさんいてもさっぱり見てなかったよね? 魚しか興味なし?」

「男はおねーさんをずっと見てると思ってるのか? ナンパするような勇気ある男は少数だと思うぞ。」

「ふーん、今更真面目アピールですか。」

「それにどんな意味があるのかわからんけど、帰らないのか。風邪うつるぞ。」

「……それは、いいよ。私のせいだし……。」

「突然テレの演技はさまれても、恐怖しかないんだけど。」

「演技じゃないし! だって、先週カッパ貸してくれたからでしょ、あんなつもりじゃなかったんだけど……。」

「……天気は、しかたない……だろ、釣り場に屋根があったら、投げれないし。」

「そうじゃない……、本当は、泣いてなかった。」

「な! なんて? つられて泣きそうなぐらい寒かったんですけど……。」

「ちょっと、アニメで看病するシーンがあって、やってみたいなぁーって。昼過ぎから雨降りそうな雲だったし、横で泣いていい? とか言えば、雨降りだしても動かないかなぁって、そうすれば、風邪ひくかなぁって。」

「ほ、ほう……。」

「一回泣き出すと止まらなくて、だから、おばーちゃん家でお風呂入って行けって言ったのに!」

「逆ギレか、どんな状況だよ、目はらした娘送って来た男が風呂入っていくって。」

「釣り友ですって。」

「まぁ、おばーちゃんならそれで通ったかもしれなかったか、親がいると思ってたからな。」

「ちょっと、お父さんに怒られてるとこ見てみたい気がするけど。……だいじょうぶ、熱出て来た?」

「熱も上がるわ。いや、たぶんこれはさっきの風邪薬、すごい効くんだけど、飲み始めはとんでもなく眠くなるから。」

「そっか、ほんじゃ寝て。わたしは、色々金目の物盗ったら帰るから。」

「病人に怖いこと言わないで。」

「アハハハハ、冗談だって。洗い物したら、帰るから。」

「いいよ、置いといてくれたら後でやるから。わざわざありがとね、ごめんちょっと眠気がやばい、カギそこにあるから、かけてポストにいれといて。」

「わかった、お休みー。」


 そう言って、ニコっと笑った顔は、確かに見慣れたチサのものだった。



 目が覚めると、だいぶ体のだるさも取れていて、かなり熟睡した気がしたが、まだ夕方だった。チサからのLINEは、玄関で見せられたところで終わっており、テーブルの上に置かれた箱と市販の風邪薬が、彼女がいた形跡を残し、夢では無いのだと逃げ道を塞ぐ。

 チサのアカウントをブロックして、ため息をつく。連絡つかなければ、わざわざまた来たりしないだろう。あそこの漁港は気に入ってたんだ、漁港内の有料駐車場しかなくて、そんなに釣れるわけじゃないので、人が少ない。なにより元気な釣り友達がいた、今ならまだ引き返せる。


 部屋の明かりを付けて、歩き出すと、ベッドの足元にチサが座って睨みつけている。


「びっくりした、まだ、帰ってなかったのか?」

「……帰ったら、もう電話してもでてくれないような気がしたから。」

「……いつもながら、頭の回転はやい。」

「ブロックしたでしょ!」

「……。」

「今更わたしが、何かされたって騒いだりすると思った?」

「……そうじゃない、けども。」

「部屋まで来て、全部話したのに、眠いから帰れって……。」

「自分で寝ろって……。」

「そうだけど、お約束でキスぐらい、続きもするでしょう。」

「……お約束のなんていうか、基準のズレを感じるよ。」

「とりあえず、座って。」

「……俺の部屋な気がするんだけど。」

「座って!」

「わかった、わかった、キャラ変わりすぎだろ。」

「待って! 正面はだめ、見えちゃう。」

「……そんな服で来るなよ。よくそんなんで、外歩けるな。」

「歩けるわけないでしょ! ドアの前で着替えたの。」

「外で着替えた……変態なのか?」

「違うし! 喜ぶと思ったの、大人の人はこんなの好きかなって。」

「……前の男に着ろって言われたのか?」

「ん!! 私話した?」

「いや、男の願望ではあるが、実際着て来たら、別れるみたいな?」

「……ほんとう、たまにするどいよね。そうよ、顔のいい大学生にドライブに誘われて、リクエスト通りにこの服で車乗ってあげたの。一分もしないうちに前の車に突っ込んだのよ! スピードもたいしてでてなかったし、ケガもしなかたけど、女子高生乗せてたらやばいから、帰れって言われたのよ。しかもその後連絡ないし。」

「そりゃ、助手席でそんなかっこされたら、事故るよね。」

「なんでよ、着てこいって言ったのに。ほんと、男なんてクズばっかり!」

「……なんだろう、俺が代表して謝るところ?」

「ちがうけど、いつも長続きしないしから。」

「……前も言ってたな、本当の所、最近は小学生でも付き合ったりするのかと思ってたけど。」

「そのつもりでアドバイスしてたわけ?」

「ごめん、ちょっと思い込みだな、ほんと、ごめん、そんで?」

「たぶん私が悪いの、告られたら嬉しいし。最初は、ドキドキして何買ってもらおうかなーとか思うんだけど。」

「中身もキャバ嬢……。」

「……友達にも言われた。プレゼントは当然として、普通にうれしかったりするんだけど。」

「当然なのか、小悪魔恐ろしい。」

「だって嬉しいでしょ、私の事考えて選んでくれたんだろうなぁって思うの。別に安いシャーペンでもいいんだけど。」

「キャバ嬢が高級品貢がせる前の決め台詞みたいなことを……。」

「……いいかげんにしないと、本気で怒るよ。」

「すでに怒ってる……ごめん、えっと長続きさせたいわけ?」

「そりゃまわりののろけ話きいたらね、でもすぐに私が冷めちゃうんだよね。返事返すのも面倒になっちゃって、二人で会っても顔にでてるらしくて。告ってきたくせに、フルのよひどくない?」

「……ん? うーん? ひどいのかな? 自分から告白した時は?」

「自分からした事ないかな、かっこいいとか、すてきですね。とか言ってたら、向こうから告ってくるし。」

「もう銀座のママレベル。自分で選べるなら、飽きたら取り換えればいいんじゃないの?」

「結果としてスピード交換してきたけど、一人も長続きしない。」

「これは外せないみたいな条件あるの?」

「私より背が高くて、助手席乗ってる時に事故しない、ぐらいかな。」

「意外と少ない。」

「……それと、話聞くの上手くて、釣り好きで、お菓子とジュース買ってくれる人かな。」

「いっきに幼女誘拐犯に……。」

「最初に会った時、誘拐されてもよかったのになぁ。」

「痴漢冤罪より怖いぞ、そんなに犯罪者にしたいのか。」

「ちょっとフラれてへこんでからね、ほんと危ない人だったら、やばかったよね。」

「安全な人って思われるのも、ちょっとへこむ。」

「今更、悪い人にあこがれるの?」

「モテそうだしね。」

「突然本音でたね、やっぱ今日はいつもと違うね、風邪のせいかな。」

「いつもと違うのは、俺じゃないと思うぞ、いきなり6歳も成長したしな。」

「かってに勘違いしただけでしょう。そりゃちょっとやりすぎかなって思うときもあったけど、気が付いてて遊んでるだけかと……。」

「ほとんど気がついてなかった……。」

「良かったでしょ、犯罪じゃない歳で。」

「いやいや、十分犯罪だろ。今だって、通報されたりしたら。」

「明日、結婚しますって言えばダイジョブ、ナニモモンダイナイネ。」

「その片言で乗り切れるか、うーん。……いやきびしい。」

「ねぇ? さっきから、ちょとづつ距離とったり、話そらしたり、冗談で誤魔化そうとしてるよね?」

「ん? そうなのか。」

「やっぱりそうだよね、それって、あの写真が原因?」


 そういって、指さした机の上には、5歳の男の子と両親の家族写真、父親役は幸せそうな過去の自分自信。


「結婚してるから、女子高生が部屋にきても手をださないと……。」

「元ね、もう離婚したから。」

「ほう、不倫に誘う単身赴任のエロ上司みたいな台詞ですな。」

「なんでそんな事知ってるのかな。……本当だよ、もう2年。」

「うん、さっき見ちゃった、戸籍謄本。なんかエログッツが出てくると、思ったんだけど、それ以上の破壊力。」

「本気で人の部屋あさるなよ。」

「私は、あの子の代わりみたいな、感じだったのかな。失敗したね、この姿みせるんじゃなかった、そしたら、ずっと変わらないままだったかな。」

「……ごめん。」

「なんだよー、エロい話にもっていけそうな時には、かわすくせに、余裕ないな。……ごめんなさい、ほんと余計な事いった。」

「……意識してなかったけど、そうだったのかもしれない。……あのままなら、一緒に釣りしに行ったり、堤防に座って話したりしたのかもって、思ってたのかもしれない。やっぱり代わりにしてたのかもしれない、ごめんな。」

「……そっか、なんか焦っちゃったな。」

「なにを?」

「いやね、だってもう朝は寒い時期でしょ、冬は釣りしないって言ってたから。」

「まぁ、月に一回ぐらいしか行かないかな。」

「月一は行くのか! そんな大事な事はちゃんと言っといてよ。」

「そんなに大事な事か?」

「そうだよ、そうしたら、風邪ひかなくて良かったのに。」

「んー? どんなふうに、そこにつながるのか、分からないんですけど。」

「それは……かくかくしかじか……。」

「適当にはしょろうとしてるんじゃねーよ。」

「……いや、先月また告られたんですよ、かわいいから。とってもかわいいから。」

「そ、そうだね、それで?」

「前に言ってたというか、好きな人いても告られたら、意外と好きな人の事、飛ぶよね、あるあるーみたいな話したじゃない。」

「そうだね。」

「いつもは、そうなんだけど、先月はけっこうイケメンのおしゃれ系の人だったのに、私まったく揺れないなぁって思ってる間に、向こうが謝って去っていったの。」

「勇気ある告白を、ほんとに悪魔だな。」

「そうそう、勇気あるなぁって、ぼーっと考えてて。後で、あぁー彼氏を看病するシーンを体験出来たのに失敗したーって。」

「その為だけに付き合う事になる、勇気ある青年が不憫。」

「いや、付き合ってないから。それで仕方なく、釣りの師匠で試す事になったの。」

「仕方なくってなに? まったく師匠に対する態度じゃないし、風邪ひかせようとしてる時点でまったく尊敬してないよね?」

「そんな事ないよ、ちょっとぐらいは尊敬してるよ。」

「尊敬にちょっとって単位はおかしくない。」

「単位なんかどうでもいいの。でもさ、泣いていいって聞いて、横座ったけど。ロリッコキャラのまま泣きまねは、難しいなって。」

「ロりって、そこまでやっといて計画ずさんだな。」

「うん、今のキャラならちょっと目薬させば、男はなんでも言うこと聞いちゃうけど。」

「本気で怖い事さらっという。」

「悩んだけど、時間もないから。なんか悲しい事思い浮かべて、がっつり泣いちゃおうって思って、悲しい事って考えたら。……来週師匠来なかったどうしよう、朝寒いし、冬釣りしないっていってたし、船釣りは連れてってくれなさそうだし、そしたら多分連絡しても返事こなくて、私は返事催促とかできなくて、もう会うことないかもって。そう思ったら、ほんとに泣き出して、雨降って来ても止まらなくて、焦っても全然他の事考えられなくて……。送ってもらって、車見えなくなって、すごい面倒な奴って思われたかもって、今日で最期かもって思って、またしばらく泣いてた。」

「……住所押さえてあっただろう。」

「それは、その、しちゃった後なら押しかけてもいいかなと。」

「何もなくても、変わってませんよね?」

「その時は、既成事実を後付けで……。」

「何が後乗せって?」

「ん?」

「ん?」

「なんでよ、ここはお約束で、風邪で弱って子孫繁栄の本能が働いて、その行為を!!」

「……なに叫んでるんだよ、そのお約束ネタはどこで仕入れて来るんだよ。」

「……ねぇ?」

「は、はい?」

「若い女が、男の部屋に一人で来るって事はさ、分かるよね?」

「なぜどや顔? なに強盗?」

「そうそう、戸籍標本見つけたりね。……本気でまた泣くよ、警察が踏み込んで来るぐらいあばれるよ。」

「まてまて冷静にな、俺を攻撃したいなら他にも手があるだろう、自爆ネタはやめとけ。」

「……いつもそう、自分の事は気にしないくせに、私があぶないとすごいあわてる。あの子の代わりだから? 今日のこの格好なら、どう見えてる?」

「中身悪魔のキャバ嬢?」

「そう、来月は誕生日月だから売上トップ狙うからね! って、そんなキャラじゃないし、バイトすらしたことないし。」

「ボケには乗ってこないと気がすまないのか。」

「小学校の時に暗いって言われて、女友達と特訓したんだよー。つっこみが遅れたり、すべったら内股しっぺの罰ゲーム。」

「なんて過酷な関西人ノルマ。」

「見たい? 内股?」

「すごいな、そこにもってくための前振りだったのか?」

「幼少より鍛え磨かれた、少女の内もも。」

「すごい盛り上がってるけど、その短さだから、横からでもほとんど見えるしな。」

「……もっと見たい?」

「こらえたな、もっとって、見えてるし。目のやり場にこまるから、タオルでもかけてくれないかな?」

「うわぁぁー。もっと早く言ってよ。もう、疲れた、寝る。」

「おーい、俺のベッドなんですけど。」

「あ、この枕、師匠のにおいする。」

「やめろ、もうふざけてやってるのか分からないほどのやばい顔になってるから。」

「ちょっとよだれついちゃった。」

「お願いだからやめて。」

「いくら油断したって、可憐な乙女にまったく触れようともしないなんて、いくじなし!」

「もうキャラぶれすぎて、おかしな事になってるし。乙女が男のベッドでよだれたらしたりしないから。」

「どうですか、これ。枕抱きしめて寝てる姿、ちょっとキュンってするでしょう?」

「話きかねー気だな。キュンってなんだよ、そんな強烈な不整脈持ってる生物はいないだろう。」

「もう、なにが不満なんですか! JKですよ女子高生ですよ、だまって食べたらいいでしょうが!」

「だから、病み上がりなんだって、いや正確にはまだ治ってないし。」

「……じゃ、治ったらいいんですね?」

「……自分が何いってるか、分かってるのか?」

「分かってます、約束してくれますよね。」

「……約束って……わかった。」

「……体調不良による心身衰弱とか、言い訳しないように、合鍵ください!」

「えぇー。約束したら、それでいいだろ。」

「看病に来たかわいい女の子を、こっそりブロックする人の言うことを信じろと?」

「……わかった、わかった。たぶんこの辺に、あったような。」

「師匠、寝ている間に頂いておきました。」

「本当に強盗じゃねーか。」

「事後承諾いただいたと言うことで。ついでに、会社の名刺も一枚頂いてありますので。」

「ついでって、なんに使うんだよ。……ちょっと、疲れた、寝るからベッド空けて。」

「よいよい、添い寝してやるぞ、こっちこい。」

「なんのキャラかさっぱりわからんし、とりあえず、もっと壁に寄って。」

「あ。」

「なに、本当に来ると思わなかった?」

「いや、ちょっと、顔近くないですかね、なんて。」

「そう思うなら、もうちょっと離れて。」

「腕枕してくれたら、考えます。」

「そんな高級食材うちにはないです。」

「ん?」

「ごめん、治ったらしっぺしていいから。」

「ん? ん? ん? うでまくら? うで、馬? 牛? ウニ! ウニ枕!」

「ほんとごめん、すべったネタを深堀しないで。」

「フフフ、良かったですよ師匠。」

「なに勝手に、ピロートークにもってこうとしてるんだよ。」

「いいじゃないですか、気分だけ。」

「無駄に熱上がる。」

「お約束の、おでこくっつけて、熱はかっていい?」

「測らなくても、ずっと高いから。それって乙女ゲームネタか? 本当に風邪うつるぞ。」

「それぐらいでうつるなら、もううつってますよ。」

「確かに、ずっと同じ部屋だしな。」

「そういう意味じゃなくてですね……。」

「なに、来る前から風邪ひいてたとか?」

「いつも元気ですよ。さっき師匠が寝てる時にですね、あまりにも寝顔がかわいくてですね。」

「おっさんにかわいいとか、眼鏡作ったほうがいいぞ。」

「視力は良いですから、恋は盲目ですし。って話を切るな!」

「うん、ごめん。寝てる間に、ん?」

「フフフ、今更くちびるを守っても遅いですよ。」

「……よく今迄警察にやっかいにならなかったな、証拠があったら訴えてやるからな。」

「ありますよ、証拠。」

「逆だろ、なんでやらかした方が証拠残してるんだよ。」

「それは、約束を守らなかった場合は、私の母親に送るという脅しの為ですよ。ほらほら。」

「色々おかしいし、自分で脅しってはっきり言ってるし。」

「そう言う訳で、事後承諾も取れたことですし、合意の上で再現写真を。」

「しないから。」

「師匠、この写真と同じ角度で。」

「ほんと、ちょっと寝かして、今度は本当に帰れよ。」


 そう言って、至近距離のスマホをはらいのけて、反対側へ寝がえりをうつ。たぶん、全部が夢だ、チサがとつぜんでかくなるわけないし、もしかしたら、彼女と釣りしたのも夢かもしれない、熱でうなされただけだ、起きたら、車がデロリアンに変わってるか、つまらないサラリーマンの顔が鏡に映るだけだ。



「師匠、師匠、師匠……。」


 押し殺した小さなチサの声と、スマホのバイブ音がする。いつものように、掛布団を抱きしめて寝ているはずが、なんかあったかい、そしてやわらかい、甘い香りがするような。目を開けると、目の前にたぶんチサの頭が、これは掛布団ではなく、チサを後ろから抱きしめているような。我に返って、腕を離す。


「ごめん。」

「いえ、大丈夫です。心臓への負担がすごくて、寸止めの威力を思い知りました。」

「そうか、チサ、おまえ胸は小学生……。」

「死ね!!」

「ごめん、なんかスマホなってない?」

「そうでした、いちゃいちゃしてる場合じゃないんだった。」

「……もう、突っ込み無し、なんかやばいのか?」

「師匠、時計みて。」

「お、12時、なんだ魔法がとけて、小学生にもどるのか?」

「寝起きのわりに、しっかりしてますね。師匠、うちは10時が門限です。」

「ふーん、2時間も過ぎて、言い訳大変だねー。」

「なに勝ち誇ってるですか! 師匠、夕方寝る前に、写真送ってるんです。」

「写真? なに釣果報告?」

「一般人は、写真=魚ではないです。あの写真ですよ。」

「車検証?」

「それは送ってないです、覚えてないですか、寝る前に、約束やぶったら母親に送るって……。」

「え? あれ送ったの? 本気でか。」

「送ったのは、師匠ですよ。」

「何言って、またイタズラ?」

「私そんな余裕のある顔してますか?」

「してないね。」

「なんで嬉しそうなんですか、師匠が私のスマホに触った時に、送っちゃったんです。」

「ふーん、大変だね。」

「なんでそんな余裕なんですか、師匠の顔がばっちり映ってるんですよ。」

「ごめん、なんか困ってる顔みてるのが面白くて。お母さんって、きびしいの?」

「PTAの役員で、いまどき門限設定する人です。」

「今まで門限破った事は?」

「一回もないです。」

「ほんとに?」

「ほんとです。」

「怒らないから、本当の事をいってみ。」

「さっきから、母親のLINEにも同じこと書いてあります。怒ってないから、すぐ連絡してと。数秒毎に。」

「絶対怒ってるやつだな。」

「間違いないです。」

「……とりあえず、無事ですって、連絡したほうが……。」

「誘拐された事に……。」

「さらに大きくしてどうする。」

「このまま帰ったら、しばらく家からだしてもらえません。……いまちょっと、笑ってませんでした?」

「そんな事ないよ。」

「母親には送ってしまいましたが、印刷して会社に持っていってもいいんですからね。」

「そんなイタズラ……ごめん、わかった、とりあえず送っていくから、着替えて。」

「……着替えっていっても、ちょっとスカート長くなるだけです。これ。」

「……ごめん、俺の目にはほとんど変わらないかな。」

「違いますよ、1センチは長いです。」

「そうか、確かに違うな、他に持って来てないのか。」

「……裸エプロン用のレースのやつしか……。」

「今、それの説明必要だったかなぁ……。」

「いえ、また今度に置いていきます。」

「……まぁ、持って帰るよりかましか、エプロン二枚って、他に思いつかなかったのか。」

「いや、まさか師匠にあんな長時間抱かれるなんて思ってなかったので。」

「あれ事故だし、その言い方はやめて。とりあえず、無事だけでも知らせてあげよう。」

「無事です。だけ送りました。」

「シンプル! あとは写真か、なんか合成で作ったって事にして乗り切れない?」

「たぶん無理、うちのお母さんほんと怖い人なんで……。」

「なぜ男相手の詐欺テクを使わない。」

「詐欺とか言わないでよ、ちょっと幸せな気分を分けてあげてるだけでしょ。」

「自分すらだますか、もうプロだな。これだな、自分でもあれは、遊びでつくっただけで、無かったと信じて。」

「あれは、加工しただけで、無かった……。」

「なに涙目になってるんだよ、なんでそこだけそんな素直なんだよ。」

「無かった事なんて、悲しいし。お母さんほんとに怖いの……。」

「そりゃばれるな。……俺が話すよ。」

「だめだって! 大変な事になるから。」

「俺の会社に写真ばらまくんじゃ無かったのか?」

「ほんとにするわけない……。」

「少しだけ、変えるか。遅くなったのは、俺の症状が悪くなって付き添っていて、夕方から二人とも寝てしまったって事で、添い寝は言い訳できないからな。」

「じゃ、隔週末は一緒に釣りに行く事を許可させて、そうじゃなきゃ帰らないって。」

「それは、逆効果だと思うぞ、かわいい娘をバツイチのおっさんと会わせる約束なんて許すわけないだろ。」

「……もう、二度と会わないって言うつもりなの?」

「……なぁ、頭いいなら、ここは気が付かない振りが正解だろ。」

「もう会わないつもりなの?」

「……真面目な話、親から逃げるなよ、今日俺にしたみたいに懐に飛び込んだらいいんだって。起きてしまった過去は折り合いをつけていけばなんとかなる、親なんだから。だけど、未来は、不安があるとそこばかり目につくだろ。会わないと約束して、それを信じてもらうには。誠実に、俺達もそうするしかないだろう。」

「……誠実って、ちょっと笑える。」

「意外と余裕だな?」

「逆かな、なんかもうダメなんだなって、無茶して距離つめて壊しちゃったんだって。」

「時間の問題だったんじゃないのか、よく半年近くも通報されなかった。」

「小さい漁港だから、みんな顔見知りなのよ。親戚のお兄さんって事にしてあったから、あそこで満足してれば、春が過ぎるまで待ってればよかった。」

「そうだな、どうなってたんだろうな。」

「……私の事嫌いじゃないでしょ? 私と駆け落ちしない?」

「……どっからそんな発想になる、恋する自分に酔ってるだろ。」

「完全否定は出来ないけど、私は全部捨てられる、師匠がいれば……。」

「俺はそんな事させられない……。楽しいぞ、高校生活。数年したら、羨ましくてしょうがなくなる。普通に3年行っててもそう思うんだ、1年減らしたら、絶対後悔する。おっさんの為に、選択間違えたーって。」

「そんな事、絶対ない! ずっと変わらない。」

「……変わらない事か……あの写真、あの頃の俺もそう思ってた、ずっとこのままって。」

「そんなの、確実に変わるかどうかなんて、分らないでしょ?」

「変わらないとも言えないだろ、昨日と同じ事なんてないだろ、俺達だって昨日と随分違うだろ。」

「私の想いは……昨日より、強くなった……。」

「……それを受け止めらるほど、純粋か、勘違い出来るほど若い頃だったら、駆け落ちしてたかもな。」

「私じゃだめ……ですか?」

「ごめん……そうじゃない。人の気持ちを受け止められるほど、余裕ないんだ。俺がどれだけダメ人間か話しただろ、そんな奴を想ってくれるやつなんて、いないだろ。いたとして何日続く、自信が無いと何を選んでも、壊れていく未来しか見えないんだ。……俺には無理だ、正直、結構つらい……もう、本当に勘弁してくれ……。」

「……ごめんなさい。」

「だから、そうじゃないって……帰ろう。」


 それからタクシーで彼女の家に向かい、冷静な母親にこの半年と、今日の事を説明する。娘が迷惑をおかけしたと、大人の対応を受けて、振り返らずに帰った。


 翌日母親が部屋を訪ねて来て、引っ越して娘があとを追えないようにと頼まれた。引っ越しの足しにと、金を出されたが、やめましょうと断った。上司に、どこでもいいので転勤したいと申し出ると、数日で年明けからの勤務先が決まった。

 引っ越し先も決まり、部屋に戻ると、まだ彼女がいるような気がして、静かな部屋に心臓の鼓動がひびく。もう、チャイムが鳴るたびに動揺しなくていい、俺は何が不満なんだろう。



 年末になり転勤先に挨拶の為に顔をだす、小さな事務所は俺が入っても4人とのどかな仕事場のようだ。部屋に戻ると、ポストにかわいい魚のスタンプの押された封筒が入っており、裏にチサと差出人の名前が書いてあった。



親愛なる、お師匠様へ


 あれからさらに寒くなりましたが、また風邪などひかれていませんでしょうか。


 私は、あの日から一週間ほど風邪と失恋で、生まれて初めて、食事も喉を通らない、を体験する事ができました。感謝しています、いやみでなくほんとにですよ。


 遅れた勉強と監視の為、大学生の家庭教師が常に部屋にいて、回復した今も続いています。心配かもしれませんが、先生は女性です。すこし窮屈ですが、初めて学年トップとなり、お母さんをすこし喜ばせる事が出来たかな。学校の行きかえりは、送迎付きとなり、私は箱入り娘に育てられるようです。


 でも悪い事ばかりではないですよ、お母さんと過ごす時間が増えて、会話も増えました。いっしょにおばあちゃんの家に行って、師匠と初めて会った場所や、堤防でずぶ濡れにした事なんか話して、その後、屋内釣り堀に行きました。釣り堀は師匠に教わらなかったので、二人で調べながらも色々と釣れて、お母さんも釣りに興味持ったみたいで、また行こうって言ってくれました。


 帰りに、ほんとに何も無かったの? って聞かれたから、風邪で寝てる師匠の横に添い寝してたら間違って抱きしめてくれたけど、目が覚めたら、すぐに離されちゃったって、ばらしちゃった。怒られるかと思ったけど、車止めて、ごめんねって泣き出して、たぶん泣いてるの初めて見たかも、すごいびっくりしたけど、それからは買い物一緒にいったり、仲良しの母娘になれました。師匠に言われたとおり、飛び込んでよかったです。


 それで、ちゃんとお母さんに相談して、連絡しないって約束したけど。手紙一通だけ、中身も相談して書くって条件でこれを書いてます。それと、絶対に会え無いって思ったら、余計に考えちゃうから、期限付きに緩和してもらいました。

 5年半ぐらい、これ以上は減刑になりませんでした。初めて会った日付は覚えてないけど、たぶんGW中でしたよね。後5回5月1日が来たら、あの自販機の前で待ってます。

 この手紙がちゃんと転送されて届くのか分からないし、そんな未来には、私の事なんて忘れてしまうかもしれない、それでも私には支えが必要なの。もしかしたら会えるかもでも、私には十分、贅沢。欲を言えば、健康で、誰からも好かれて幸せでいてほしいけど、本音は、師匠の凍り付いた心が溶けて、今度はちゃんと抱きしめてほしいかな。


 あの堤防での週末は、色々と荒れた心が落ち着く大事な時間でした、本当に感謝しています。5年経って、今度は私が支えられるほど大人になってるかどうか、すこし自信ないけど、それまでどうかご元気で。


かわいい、かわいい弟子より。


 

 流石にちょっと泣けた、もう十分俺より大人だ。まだ入社したての変な自信のあった頃なら、こんないい女手放さない。5年で自分が変れるなんて思えない、これから5月1日が来るたびに思うんだろう、もしあの日に行ってたら、彼女が待っていたのかもしれないと。


  

 

 翌日、宅配と思ってドアを開けると、久しぶり! と手を上げ、スーツケースを引いたチサが部屋に入って来る。固まった俺を放置して、広いねーと部屋を歩きまわっている。


「どしたの、大丈夫?」

「体調は問題ないと思うんだけど、なんだろう、なんだろうなぁ、昨日の夜読んだ手紙では5年って書いてたような……。」

「そこは、前倒しで、まきでいきます!」

「そっかー、前倒しね、うんうん、そうだよね、今日出来る事は、今日のうちにっていうもんね。」

「そうそう、とりあえず、午後にダブルベッド来るから、このベッドは廃棄。」

「結構気にいってたんだけどな。」

「二人で住むんだから、このベッドじゃ小さいでしょ、あとソファーもくるから。」

「そっか、ソファーか、二人で住むのか……。」

「師匠……、ほんとうに大丈夫?」

「……大丈夫なわけあるかぁー!」

「おぉ、やっと起きた。」

「いや、起きてたけど、色々とまだ整理できなくて。」

「何が?」

「色々と、多すぎる。」

「大丈夫、時間はいっぱいあるから、ゆっくりでいいよー。」

「こんな遠くまで転勤したのは、なんだったんだ。」

「海の近くに住みたかっただけでしょ?」

「いや、場所の希望は言ってないから。」

「まぁ、そういう事にしといてあげます。」

「何その余裕、今度はなに仕掛けてきたん?」

「人を悪徳軍師みたいに言わないでくださいよ。」

「詐欺師のさらに上をいくか、とりあえず親にはなんて?」

「もちろん、家出のお約束。……探さないでください、と置手紙。」

「シンプル! でも、絶対探すよね。」

「大丈夫、身ごもったら帰って来ますって書いてきたから。」

「あおってどうする、手紙ではすごい仲良しって書いてあったよね。」

「ほんとに仲良しですよ、半分は本当の目的の為ですけどね、もう愛の為なら悪魔とだって契約しますよ。」

「悪魔は、おまえじゃ。……てか、どうやって来たの? 始発でもまだ、着かないよね?」

「駅前のホテルから歩いて、昨日の昼についたけど、メイクとか髪とか気合いれたかったから、手紙入れて、夕方に会社に挨拶に行っただけで我慢した。」

「手紙って、持って来たのね。待って、会社挨拶って、こっちで就職したの?」

「まだ高校生だし、どうこの格好、かわいい新妻っぽいでしょ?」

「まぁ、落ち着いた感じだし、大学生のお嬢様ってかんじかな? 髪切ったのか?」

「だって失恋したら、髪を切るのがお約束じゃないですか。」

「また、お約束。」

「それに、これならツインテールを思い出さないですむでしょ?」

「問題はそこだけじゃない気がしますけど。」

「全て大丈夫です、師匠の気持ちや考えは全て却下です!」

「本人前にそんな事言う?」

「心身衰弱にともなう判断力低下の為、私が良いと思案したものを全て採用とします。」

「なんて暴君!」

「緊急時の超法規的措置です。」

「歯向かっても無駄っぽいけど、若い女の子が一人暮らしのおっさんの部屋に来るのは、まずいんじゃないの?」

「はい、却下!」

「まじか、会話できんやんけ!」

「知らなかったんですか、この国ではかわいいが正義です、イケメン以外は、えん罪でも痴漢やセクハラで痕跡なく消し飛ぶんですよ。自分をおっさんと呼ぶ師匠が、かわいい女子高生に勝てるわけないでしょうが!」

「ひどいな、それだけ聞いたら終わってる国だぞ。実際、最強の部類に入る方が、超ロースペックの俺なんかの所へ押しかけて来て何がしたい? なんかの記録とかに残ったら、将来めんどうな事になるんだぞ?」

「それも、却下です。師匠、人の心配してる場合ですか?」

「……なんだろう、やばい展開になりそうなのに、ちょっとワクワクしてる。ってそこまで、壊れてないから、なにしたん?」

「昨日、会社に、挨拶に、行って、きました。」

「え……。ん? 会社って俺の勤務先に行ったの?」

「ちゃんと菓子折り持って、妻ですって挨拶してきたよ、所長さんにしっかりしたかわいい嫁さんがいて羨ましいって褒められちゃった。」

「所長なら言いそう、まだ2回しか会ってないけど。」

「結婚の申請は年明けに、交通費と一緒でいいって、扶養手当つくって。」

「そっかー、扶養手当復活かぁ、やったーって! お願いだから、冗談だって言って。」

「今更、なに言ってるのよ、さっさとこれ書いてハンコ押して。」

「え? なに、婚姻届け!」

「二回目だから、どこ書けばいいかわかるよね。」

「目怖いから、さらっと痛いとこついてくるな、本気なのか? 生命保険かけられるほうが、まだ楽なんですけど。」

「前にも言ったでしょ、結婚してしまえば合法なのよ、今見つかったら家に連れ戻されて、たぶん一生家から出られない。」

「一生はないだろ。……そもそも、なんでここ分かったの?」

「合鍵くれたでしょ?」

「もしかして、あの後部屋に入ったの?」

「風邪が治ってからは、ほぼ毎日。部屋綺麗だったでしょ?」

「まじか、確かにここ最近掃除してなかったのに、綺麗だったかも。……家庭教師と母親の監視付きじゃなかったの。」

「家庭教師は泣き落としで、学校の帰りに寄ってもらって、お母さんは、師匠がいない間ならOKって。」

「まぁ居ない間だけならね、うーん、同性と実の母親を篭絡するって、さらにレベルアップしてるな。」

「家のパソコンも、ちゃんとパスワードかけないとだめだよ。」

「え! あ、はい。」

「ほら、こーやってソフト入れれば、メールとかネットの履歴とか、毎日送信するように出来るんだから。」

「普通にウィルス仕込むなよ。」

「いけない日もあったら、必要だったの。そんな事より、早く、書いて!」

「……前にも言ったけど、俺は……。」

「うるさい!!!!!」

「な、なに?」

「私が支えるって書いたでしょ!」

「手紙、あれって5年後の話じゃないの?」

「約束した日に、来る気あったの?」

「そ、それは、かなり先だし、それまでに、宝くじ当たったり、なにか超人的な力を手に……。」

「来なかったよね? 私を一日待たせておくつもりだったでしょ!!!」

「……そこまで、俺がへたれだって分かってるなら……。」

「だから、来たんでしょ! 支えてなかったら、5年も、もたない……不安でしょうがなかったの。」

「……なぁ、俺の為にこんな事するなら……。」

「自分の為に決まってるでしょ、私には師匠が……早く書いてよ!」

「……わかった、書くから。」

「なんで、女子高生の嫁もらえるのにため息つくのよ。」

「本当にわかってるのか? 親とか親戚とか反対されたままで、式はどうする、ドレスも、あこがれとかないのか?」

「まったく無いって事もないけど、クラブでかわいいって注目されるのと同じかな。もう十分味見したけど、私は注目されて幸せ感じられる子じゃないって分かったから。ドレス着てるより、師匠と一緒にご飯食べたり、一緒に歩いてる姿想像するほうが、あったかくなるの。」

「確かに、胸を強調したドレスおおいからな。」

「そこだけじゃないから! 詰めれば形にはなるんだから、話そらしてないで、書いて。」

「……書いてしまった、俺は頭おかしいのか?」

「ハンコは、白のカラーボックスね。」

「……なぜそこまで、知ってる。」

「もういいでしょ、これから二人の部屋に……。」

「なに自分で言って照れてる。」

「うるさい、うるさい。ハンコ押したら、かして、出してくるから。」

「ちょっと待って。」

「なによ、ハンコまで押したのに、まだ抵抗する?」

「いや、ハンコの場所まで覚えてるってことは、すでに使ったんじゃないかと。」

「……。」

「それに、未成年の結婚って、保護者の許可てきなものが必要だったような……。もしかして、もう出してきた?」

「……もしかしたら、書いてくれないかもしれないし、なにか事故的にみつかってしまう事もあるから、早目にだしたほうが、いいし。」

「ふーん、日付がズレてても気が付かないと。」

「一日なんて誤差ですよ、誤差。」

「そんなに信用できないか、しかたないけど。なぁ、他になにか、隠してる事ないのか?」

「……隠してるというか、お願いというか。その、師匠が無神論者なのは、知ってるんだけど、出来れば神父さんに……だめですか?」

「さっきまでの、勢いはどうした?」

「結婚してくれる、自信なかったので……。」

「……押しかけて来て、今更そんなこと言う。」

「いくら私がかわいいからって、いきなり婚姻届け書けって言われて、素直に書くなんて、ただの頭おかしい変態やん。」

「そうそう、俺って変態……そんなやつと結婚してどうしたいねん!」

「それは、ほら……。」

「変態に反応して喜ぶなよ。」

「そこにじゃないから! それで、その、教会には、一緒にいっていただけるんでしょうか?」

「一緒に?」

「一人でいってどうするのよ!」

「いや、教会って、神聖な場所だから、君みたいな邪悪な悪魔が入ったら、天に召されてしまうんじゃ?」

「確かに、どうしても受け取ってほしいって言うから、色々もらったけど。サラ金やマグロ船乗せるほど貢がせてないから!」

「まだあるのかなマグロ船で返済って、まぁ、行ってみればわかるか、灰になったら、海にかえしてやるからな。」

「そんな悪い事してない……から。」

「まず罪の告白してからのがいんじゃないのか?」

「……自分はどうなのよ、貢がせてた事、一回もないの?」

「俺はみつぐ側の人間だからな。」

「なんでドヤ顔なのよ、私には何もくれないくせに、誰に何貢いだのよ?」

「そうだな、小学生が海の神に新品のリールと竿を奉納するのを手助けしたかな。」

「……あれは、しょうがないでしょ、ドラグ緩めるの忘れて。……ごめんなさい。」

「ひ、姫が初めて謝罪を!」

「初めてって! ……たまには、謝るでしょ。これからは、ちゃんと怒ってくれないと、ふ、夫婦なんだから。」

「ふーん。」

「なんか反応してよ、ほんとうに恥ずかしいじゃない!」

「冗談はいいから、行こうか。連絡してあるんでしょ?」

「……なんで、そこまでわかるのよ。ほんとう、その余裕のある態度が……。」

「行かないの?」

「行きます!」


 海岸線を走ると、気持ちのいい潮風が入ってくる。砂浜には、若いカップルが寄り添って散歩している。しかし、海をみて思うことは……。


「師匠、遠投用の竿がいりますね。」

「……そうだな、俺も思った。」

「早くも、夫婦の想いが一つになったんですね。」

「ただの釣りバカ回路がつながっただけだろ、随分楽しそうだな。」

「楽しい! やっぱり、落ち着きますね師匠の助手席。何度家まで送って~って言ってしまいそうなったことか。」

「それは、眠かっただけだろう。」

「それもありますけど、起きたらベッドの上で、もうあんな事や、ピー音でまくりな感じに。」

「おーい、帰ってこい。なんでそこまで余裕なんだよ。」

「緊張してるんですか? いがいとかわいいですね。」

「おっさんに、かわいいって……。今から一生に一度の大事な事をするんだし、緊張しないのかなって。」

「師匠は、二回目ですよね。」

「そうそう、何回やってもいいよねって。……いや、教会は行って無いから。」

「神前式ですか?」

「いや、披露宴もしてない。」

「えぇ! さっきドレスがどうのこうのと、上から目線で説教したのに?」

「上からじゃないだろ。面倒だし、はずかしいだろ、腹でかいのに。」

「ゲスですね。だから離婚したんですか?」

「とことん人の傷をえぐってくるな、若気の至りだよ、そんな大事な事だって分かってなかったんだよ。」

「そんな言い訳ですむか!」

「今更いいだろうが、今は、お前の為に向かってるだろ。」

「……そういう不意打ちは、ちょっとずるいじゃないですか。」

「なに自爆してるんだよ、それで、俺は言われた通りにすればいいのか?」

「結婚式出た事ないんですか?」

「地元じゃないからな、友達いないし親戚とかも遠いからな、一回出たけど、興味なかったし。」

「まぁ、男の人はそんなもんなんですかね。」

「あ、指輪は?」

「もちろん用意してありますよ、昨日会社いったときちょっと付けたけど、まだ新品ですよ。」

「俺の勤務先ね、次行く時は相談してな。」

「行ってもいいの?」

「喜びすぎだろ、来るなって言ったら突然くるだろ?」

「……まぁ、そうですけど。」

「嘘でもいいから、否定して、俺を一時でも安心させてくれ。」

「なんのサプライズも無かったら、つまんないでしょ。とりあえず、神父さんの言う通りにしてればいいんですよ、指輪交換して……。」

「何? 腹でも痛いのか?」

「ちがうし!」

「なんだ、我慢はよくないぞ。」

「ちがうって。指輪を交換して、誓いの言葉にイエーーース! って答えて。」

「神父様をおちょくって大丈夫なのか?」

「あ、日本人だから、はい、で大丈夫。」

「俺が間違えたみたいになってるけど、今はいいや、それで?」

「そんなの、誓いの……キスを。」

「……そこは、省略で、次は?」

「そんなわけあるか!」

「無理か。二回目がいきなり人前でって、それで緊張しだしたのか?」

「……二回目じゃ……ない。」

「な! 人が寝てる間に、舌まで……。」

「入れてないし、そもそも……まだしてない。」

「……ん? ちょっと車止めよう。」

「……説明を、させていただく時間を頂戴してもよろしいでしょうか?」

「……ぜひ、お願いします。」

「では、ご説明させていただきます。看病しに行ったとき、師匠が数秒で寝てしまったので、寝顔の写真をとりまくったのです。」

「何してるんだよ。」

「それで、ちょっとだけならバレないかなーって。私のキス顔のアップ写真撮って、その写真にキスさせたりして遊んでたんです。」

「……病人で遊んでんじゃねーよ……。」

「私も、そのスマホの画面に師匠の寝顔映してキスしたりしてたわけですよ。普通するでしょ!」

「……普通は人それぞれだしな、そこの議論は長くなりそうだから、続きを。」

「もう、間接キスだし、これは本当にしちゃっても、師匠にはバレない、そう確信したわけですよ。」

「まぁ、検証はね大事だよね、そろそろ、結論的な所の話を聞きたいかな。」

「でも、よく考えたら、私って自分から男の人にキスしたことないんですよ! あーくるなって、思ったらちょっと目をつぶるんです、でも師匠は目をつぶって待ってても、全然動かないんですよ!」

「寝てるからな。」

「それで、自分からしようと思ったんですが、すごい緊張するし。流石にこれは師匠が本気で怒るかも、最初は俺からしたかったのに! とか言うかもしれないじゃないですか。」

「俺って、そんなキャラ?。」

「それで、いきなりは無理だなって、わかったんで、小さい目標からきざんで行くことにしたんですよ。」

「なんかプロのコーチみたいだな。」

「それそれ、まず枕で練習して、その次に師匠の腕に、しようと思ったんですが、まだレベルが足りなかったので、イメージトレーニングしてみたんですけど。これもうまくいかなかったんです。イメージトレーニングする為には、そのシーンを思い浮かべて、その匂いを感じるほどまでに集中することが大事なんです。匂いはしますから、あとは鮮明に絵が描けるように、そんな写真があればいいわけですよ。」

「まぁ、オチがわかったけど、聞こうか。」

「何度も写真を撮るうち、ベストな一枚が撮れたので、母親に送るとLINEの画面にセットして脅せば、あきらめて師匠からしてくれると思ったんですよ。」

「そうかぁ、色々と間違えたわけだな俺は、ありすぎてしょうがないよ。」

「ネタはあるので、後はどうやって話をもっていこうかと、ベッドの足元の所に座って考えたわけですよ。そしたら、突然起き上がるから、びっくりして隠れちゃって。しかも、私に気付かずに、スマホ触りだして、もしかしてって確認してみたら、ブロックされてるし。ちょっとだけ怒ってしまって、本音がでてしまって。」

「あれでちょっとかぁ、そうかぁ、そうなんだぁ。」

「それで、師匠が2回目に寝ようとした時に、私が用意してあった証拠写真を、師匠が! 送ってしまったんです。しかもまた数秒で寝て、師匠が私の方に寝がえりをうってきて、腕が私の肩に乗ったんですよ! しかも、向かい合わせのまま、抱きしめてくれたんです! もう師匠の首筋の匂いが、クラクラするぐらいいい匂いで、もう全部どうでもいいやって思ったんです。なのに、抱き心地が悪かったみたいで、私をくるくる回して、後ろから抱きしめたんです。しかも、片手は胸にあたって、心臓が壊れるかと思うほどバクバク言ってて、このままでもいいかなって思ってたけど、このままでは、心臓が持たないし、スマホにはお母さんからどんどんメッセージくるけど、手が届かないしで、師匠~ってずっと呼んでいたわけですよ!」

「うん、わかった、わかったし、寝てたとはいえ、抱きついたのは本当にすまない。でもね、確か合成写真って事にしようって言った時、母親に嘘つけないみたいなこといってなかった。」

「……お母さん弁護士なの、追及モードに入ったら、相手が子供でも容赦ない人で、あの時はまだ、私は門限ギリギリに派手な格好で帰ってくる問題児だったから。師匠に会ってからは、クラブ遊びはしなかったけど、家にいたくなくて、友達の家で時間つぶしてたんだけど、そんな事お母さんは知らないから。あんな写真送ったら、逃げるしかないのに、師匠は聞いてくれないし。お母さんは、師匠の事を本気でつぶしにかかると思ったの、だから近くでいい子にして、怒りの矛先が師匠に向かない様にするしかないって。」

「……分かった、苦労かけさせてごめんな。もう、俺が勘違いしてそうな事は無い? 俺は良く察しろって言われるほうだから、言ってもらわないと、分からないやつだし。」

「大丈夫、不満は、優しすぎる事とと、苦手な事は顔に出すぎる事だけかな。」

「そっか、それじゃ行こうか?」

「うん。」


 しばらく、海岸線を走っていたが、意識してしまい、沈黙が続く。目線は、横に座る少女の唇にいってしまう、聞かなければよかったと思うが、ある大事な問題を確認する必要がある。


「……チサ、もしかして男性恐怖症?」

「……そんな事は無いと思いますよ、もしそうなら車の助手席に座ったりできないんじゃないかな。」

「でも、男の人に触れないんだろ?」

「……そんな事ないよ、下半身は無理だけど、肩ぐらいなら誰でも叩けるよ。」

「……痴漢じゃ……そっか、じゃ、手つなげる?」


 そう言って、手をだす。目線は道路の先を見ているが、左手はそのまま、なんの感触もない。


「俺は、肩を叩かれた事もない気がするけど。」

「……師匠だって、寝ぼけて抱き着いた時以外、触ってくれないし。」

「手も握れない相手と、一生寄り添うって神父様にいっちゃうの?」

「……もうちょっと待って、着くまでには、落ち着くから。」


 時間がほしいと思うほど、その期限はせまってくる、窓を開けたり、目をつぶって深呼吸したりと、努力しているが効果はあまりないようだ。照れてこちらを見ないので、そんなかわいい仕草をじっくりと見れる、もう教会の駐車場に入ってからずいぶん経つが、いくら見ていても飽きない。


「……その余裕は、私の成長を期待してるのですか? それとも面白がってるだけ?」

「気が付いてたのね、両方かな。いくら不安で胸を痛めても、おおきくは……。」

「……子供できたら、大きくな……。」

「……今日は一段と自爆回数がおおいな。」

「うぅ、もう時間ないから、とりあえず行ってきます!」


 そう言って、勢いよく走って教会の中に消えていく。若い行動力ってすばらしい、あの歳ぐらいの時、俺は何してたんだろう、毎日が楽しすぎてあっと言う間に過ぎていって、それが続くと思い込んでいた、大きな決断は先送りにすれば、それでよかった。今も変わってない……いや、今なら基本は逃げるか……。彼女の行動力と決断力を羨ましいと思うし、尊敬できるとさえ思う。しかし、俺もそうなりたいとは思えないし、変わりたいとも思えない。俺には眩しすぎる、釣り合わないと分かっているのに、彼女を置いて逃げだして、傷つける勇気もない、こんな男はとことんまで好きじゃない。

 しばらくすると、教会の入口から、チサが小さく手招きして俺を呼ぶ。

 

「準備完了まで、あと5分……です。」

「そっか。なぁ……。」

「やめない! ですよ。」

「いや、そうじゃなくて。」

「あ、ごめんなさい。」

「気が付いたんだよ、俺は教会なんて来るのまだ数回目だし、神父様と話すのはたぶん初めて。だから、質問には答えられるけど、指示されても動けないと思うんだ。」

「……それは、やめるってこと?」

「いや、他にいるだろう、むちゃな事させられても、俺が素直に指示に従う人間が、手招きして犬みたいな呼ぶやつが。」

「犬って……私が、お願いしたら、してくれるってこと?」

「なんでもとはいかないけど、フリスビーぐらいなら取ってくる。」

「それは、ちょっと見てみたいけど。……じゃ、手を……。」

「いきなり、胸はちょっと……。」

「そんな事頼まないし!」

「物理的に存在しない物を触るのは、仮想空間上に存在する異次元の……。」

「ちゃんとあるから! まだ成長中なの、背だって伸びてるんだから。」

「背はのびてるのか、背はねぇ。」

「うっさい、うっさい。……ありがとう、ちょと落ち着いた。」

「そうなのか、良かった。ほんじゃ、行くか。」

「待って、まだ……。」

「本番に強いんだろ、大丈夫だって。」


 教会から出ると、空は赤く染まり始め、指輪が恥ずかしいほど光っている。


「……なに笑ってるんですか?」

「いや、あんなアホ面のまま固まるなんて、神父様もあきれてたぞ。」

「……思い出させないで……。」

「ちょっと白目むいてたしな。写真とっとけばよかった。」

「ほんとに、もうやめてー。」

「でも、病める時もって、出だしから二人とも病んでてもいいのかなぁ。」

「いいんですよ、その後すこやかなら。」

「病んでる自覚はあるのね。」

「フフフ、恋と言う病ですよ。」

「そんな台詞は、恥ずかしくないの?」

「聞かれると、ちょっとは、恥ずかしいかも。」

「ちょっとね。」

「それで……だん……師匠、お願いは一日一回までですか?」

「言い直したな。焼きそばパンとか、土地勘無いと厳しいのは、配送依頼するので、お時間を頂くことをあらかじめご了承ください。」

「そうやって、ふざけて、誤魔化さないで。」

「そっちもだろう……いくらでも聞きますよ、力づくでもだろ?」

「そんなことないですよ。聞いてくれるって分かってても、私が口に出せない事だって……。」

「なんだ? 肩車か? ノーパンでは無理だぞ。」

「いきなりそんな事頼みませんよ。……ギュってして……。」

「ギュ?」

「あぁ、わかった、ちゃんと言います。抱きしめて、正面から、三十秒ね、離すときはゆっくり。でお願いします。」

「打ち込んだコマンドは取り消せないぞ。」

「はやくー。」

「わかったって……。」

「もっと強く……。」

「わかった、華奢だな……。」

「……もう30秒経ったよ。」

「ごめん、もう少しだけ。」

「……好きなだけ……。」


 どれだけそうしていただろう、泣きそうなの誤魔化す為、しばらく細い体を抱きしめていた。


「そんなに指輪がうれしいのか? 自分で買ったやつだろう?」

「誰のお金かなんて関係ないんですよ、教会で師匠につけてもらったんですよ、幸せ幸せ。」

「それって、ヒモの男に金渡して、自分にプレゼント買わせるのと一緒なんじゃ?」

「人をダメ男製造機みたいに言わないでいくださいよ。」

「でもさ、結婚指輪を高校生の嫁に買ってもらうって。」

「自分で買いたかったですか? 首輪みたいに自分のものって、感じしますもんね。」

「そういう理由で買ってきたのか?」

「そんなわけじゃないじゃないですか、何回も展開を予想して、師匠の拒絶できる所を極限まで削る作業で、指輪無いし今日はやめよう、を回避する為に泣きながら選んだんですよ。」

「迷惑な客だなぁー。」

「高いんだから、立派な客……。」

「ん? そんなに高いのかこれ?」

「そんな事、ないですよ。」

「おれの給料何か月分?」

「それは、だって、男の人は年収を知られるの嫌がるみたいだし……。」

「調べたんでしょ?」

「私じゃ……。」

「え? 母親?」

「私が、どんな人がタイプか調べる為だったぁーとか言い訳してたけど、前科とか事故歴も無しで、どこがいいのよ! ってお酒飲みながら尋問されてね、その時に書類置いていってね、見たというか見えちゃっただけだから。」

「そうなのか、ってことはお母さん、俺の勤め先知ってるんだよね? すぐに追いかけてくるんじゃないのか?」

「大丈夫ですよ、私は今、友達と千葉にある東京で遊んでる事になってますから。」

「なんかすごい置手紙おいてきたって。」

「あれは、明日届くはず。」

「時間差かぁ、なにそれアリバイ作り?」

「明日になれば、会社も冬休みでしょ、連絡取れない探せない。電源切って、スマホも置いてきたから、追跡不可能ですよ。」

「スマホ置いてくるって、友達とかも連絡つかんやん、大丈夫なのか?」

「……本当の事言えば、メンタル的に大丈夫ではないけど、そこは師匠がうめてくれればいいわけで。持ってたら連絡しちゃうし、そうしたらすぐバレちゃうし。」

「ほとんど、駆け落ちだな。」

「そうなんだけど、今回はお母さん気付いてたと思う、結婚したら連れ戻せないって、ぼかしておしえてくれたし。指輪も、5年後に会ったら、そのまま教会行けるように、今から買っといたらって、選ぶのも付き合ってくれて、結局お金もだしてくれたし。もし駆け落ちしたら、これが最後のプレゼントになっちゃうねって、言ってたし。」

「それは、ばれてるというか、背中押してるな。」

「そう、だからお母さんは味方だと思う。」

「……もしくは、止められないとわかって、誰かに託したか……。」

「あー、そっちかな。」

「それって、俺やん。俺なら止めれると信じたから、みないふりして送り出したんじゃないのか?」

「まぁ、そうかな。」

「それ、わかってて黙ってたのか? 隠し事はないって、言ってなかった?」

「私のは無いよ、これはお母さんの話だから。」

「ぐ、さすが弁護士の娘。でもさ、もらいっぱなしってのもな。何か俺が買うのはどうなん?」

「どういう?」

「例えば、婚約指輪とか、服とか。」

「ひっそり逃亡生活するのに、派手な指輪すると事ないとおもうし。服はSのゴアテックスぐらいしか、ほしいのないし。」

「女子高生が、服をシマノとダイワの2択からえらぶなよ、とりあえず気に入ったのあったら買えるように、指輪のサイズと、スリーサイズ……。」

「なんでよ!」

「うーん、トップとアンダーとかは気にしなくてもいいだろ?」

「なに下着買おうとしてるんですか……確かにあんまり考えなくててもいいけど。買ってくれるなら、なんでも着るけど……。」

「なんでもかぁー。」

「なんかすごい嫌な予感しかしないけど、なに着せようとしてます?」

「特には思いつかないな、持って来たエプロン以上のインパクトのあるものなんて、そうそうないだろうし。」

「……覚えてたんだ。」

「自分で持って来たんだろ?」

「あれは、もしかしたら、あんなのが好きかなって、たためばちっこくなるし。」

「嫌いな男はいないだろうけど、初めて部屋に来ては無いと思うな。」

「そうなんだ、良かった着なくて。ちょっとドアの外で迷ったんだよね、スカートかエプロンのみにするか。」

「選択を間違えなくてよかったな、たぶん意地でも部屋に入れなかったと思う。」

「それで、自分で持って行きましたが……、もしかしたら、あれで今夜の晩御飯の用意をしてほしい?」

「男のロマンがわかってないなぁ。ウニ丼たのんで、もしご飯の上にちょっとしかウニ乗ってなかったら、悲しくなるだろ。」

「それはもう、本泣き確定ですね。」

「もしこぼれるほど、山盛りだったら感動するだろう。」

「うんうん。」

「そういうことだよ。」

「……うん、わかった、ごめんねつるぺたで、ごめんねまないたで。……いつか、土下座してあれを着てくださいって言わせてみせるから!!」

「冗談だから、人にはそれぞれ似あう服があるだろう。」

「そうですね、私には何がにあいます? ロリ服以外で!」

「運転中にまじギレするなって。……うーん、猫耳?」

「服じゃないし! 似合わない子なんていないし。」

「あんまり服にはくわしくないんだよ、それに男は着てるものはさほど関心がない。」

「実際にそうだったとしても、口にださないで。」

「あんまり種類みたわけじゃないけど、今日みたいな服がいいかな。」

「……そっか、よかった。」

「機嫌が治ってなにより。」

「今、チョロいなって心の声が聞こえたきがしたー。」

「思って無いから。……そろそろ着くよ、靴はいて。」

「どこ行くの?」

「夕飯。」

「私の手料理と、裸エプロンじゃ不満ですか?」

「そんなに着たいの?」

「いいえ、むしろ今夜中にこっそり捨てたい。」

「手料理はまた明日でも、今日ぐらいは二人で贅沢してもいいだろう。いままで外で食事したことなんて、無いんだし。」

「たしかに、コンビニのパンぐらいでしたね。ご飯は、釣りの合間にするものでしたもんね。」

「立派な釣りキチになってくれてうれしいけど、一緒の食事がパンとうどんだけってのはさみしいだろ。」

「師匠このお店は、ちょっと贅沢ってのをかなり超えてそうですけど、なんでこんな高そうなお店知ってるんですか? キャバ嬢落とす為に、下調べですか?」

「なぜ戦闘モードに入る。引っ越し先の事を色々調べてて目に入ったんだ。……もしあの日に母親に謝りに行くような事がなかったら、チサとこんな店で食事したりしたのかなって。ウニを使ったコース料理が有名なんだって。」

「……またそうやって不意打ちする、メイクくずれるやん。ウニ好きって、覚えてくれてたんだ。」

「釣りたい魚はウニって言われたからな、どっから説明していいか迷ったしな、あれは忘れないよ。」

「魚じゃないし、あの時はウニも釣れるって本気で思ってたからね。」

「教会で待ってる時に電話して、予約入れてあるから。」

「当日予約とは受けてくれなさそうだけど。」

「そこは、今日結婚したので、どうしてもって頼んだ。」

「無茶しますね。」

「朝起きた時は、そんな予定なかったんだけどね。」

「あぁー、そうですよね、教会の緊張で、ちょっと忘れてました。」

「うん俺も、なんかすんなり受け入れてて、ちょっとやばいなって思う。駆け落ち同然でも、少しぐらい祝福してくれる人がいたほうがいいだろ。」

「そうだね……ウニのケーキにロウソクかな?」

「それを食べたいのか?」

「見るだけでいいかな。」


 自分には縁のないレストランで、窓際の席に案内される、事前にウニが好きだと伝えてはいたが、ひたすら出てくるウニ料理に不安になるが、チサは嬉しそうに運ばれてくる料理の説明を聞いて目を輝かせている。お店からと言われ、シャンパンとスタッフからの祝いの言葉に、彼女の笑顔もはじける。眩しすぎる笑顔は、これが続くと勘違いしてしまいそうになる。そんなわけないとブレーキもかかるが、もう、手放せないかもしれない。

 

「ご馳走様でした、ウフフフ、一年分はウニ食べた。」

「そかそか、冷蔵庫がウニのみだとつらいからな。」

「もうちょっとで、年かわりますけどね。」

「正月にリセットされるシステムなの?」

「大丈夫ですよ、当分食べなくても。しょっちゅう食べたら、今日の感動が薄まるじゃないですか。せっかくの初めてですよ、二人で外食も、本当のキスも、絶対忘れないけど、写真も動画もないし、キラキラのまま記憶しておきたいからね。ありがとね。」

「飲んじゃったから、歩いて帰るよ……なにしてるの。」

「いや、お酒も飲んだし、勢いで抱き着くぐらいはできるかと思ったけど、まだ無理だった。」

「未成年が堂々と酒飲むなよ。なんでそこだけ乙女なわけ、そんなんでよく男から金巻き上げてたな。」

「カツアゲみたいに言わないで。あんなお財布達には緊張しませんから、腕に抱きつくぐらいできますよ。」

「金かぁ、キャバ嬢につぎ込む楽しさは、俺にはわからないなぁ。」

「私もわかりませんねぇー。」

「他人事だな。しかし、なんでそんなに緊張するかな。」

「そんなの、私にもわかりませんよ。抱きつこうとしたら、心臓止まりそうなほどバクバクするんですから。」

「大丈夫かそれ、そんなん聞いたら不用意に触れないな。」

「べ、べ、別にいつでも、好きな時に触っていいですよ。」

「……無理だろ、はい、お手。」

「……うぅぅぅぅぅ。」

「なぜ、そんな歯をくいしばる……。」

「それぐらい気合が必要なのです。」

「なんか、俺がこれから殴るみたいになってない? 言ってから触るのは大丈夫なのか?」

「……いきなり外では、もうすこし慣れてからで。」

「なんでだよ。いや、手とかならいけるのかなって。……なんでそんな不満そうなの。」

「期待を裏切られた感じがしたんで。すでに散々裏切られてますけど、あんな格好で部屋いったのに何もしないとか。……手ぐらいいつでも握ったら……。」

「おい、無理なら離せって。」

「だ、大丈夫です、ちょっといきなりだったから。」

「そうなのか、だいぶやばい顔になってるぞ。枕によだれたたらしときと同じ顔になってるって。……教会でキスした時も、ちょっと上向きだったからきずかなかったけど、この顔だったのか?」

「ちょっと油断しただけです、ちゃんと戻せます。」

「う、うん、すこし戻ったかな。職質かけられるレベルだったぞ。」

「いきなり恋人むすびは、ずるいじゃないですか。」

「あぁ、これか。めっちゃ手開いてるし。いやなら、離せよ、意外と力あるな。」

「大物とも戦えるように、握力鍛えてありますから。こんな時に役立つとは、もう少し鍛えれば師匠を抑え込めますね。」

「なにを目指してるんだよ。そんなに強く握らなくても、逃げないから。」

「よくそんな事言えますね。片道7時間ですよ、東京行くより時間かかるんですよ。」

「サラリーマンには転勤はつきものだから。」

「自分で転勤願い出したのにですか!」

「……人のメールをすみまで読むなよ、俺が大阪にいると気まずい人がいたんだよ。」

「お母さんに言われたぐらいで、断ればよかったやん。」

「そこまで聞いてるのか。……俺もいちょう親だからな、親子関係壊しそうな事は避けたかったんだよ。そうでなくても逃げ癖がついてるからな。」

「それは、なんとなく分かってたかな、クラスに似た子いたし。」

「そっか、がんばってネガトークしないように気をつけてたんだけどな。」

「ほんとうに小学生だったら、引くような大人の話してたもんね。」

「女子高生って知ってたら言わなかったかなぁ。」

「……私、学校では話してたよりいい子なのよ、ちょと派手目の委員長タイプ。」

「そんなわかりにくいキャラなのか?」

「わかりにくいかな? 元気なヒロインが、暗い主人公の少年をぐいぐい外につれだすみたいな、よくいる元気な女の子ね。」

「……見た目だけで、中身は……。」

「うっさい! 自分では少なくともそう思ってたの。でもね、なんか私の事を少し避けてるのかなぁーって子が、気づいたらクラスで孤立しててね。すぐにどっかのグループに入るかなって、思ってたけど、転校したって聞いた時は、しばらく学校来てないことも気付いてなかった。」

「よくある事だろ、静かないじめなんて、苦手な相手に話しかけるなんて、本音では大人も避けるし。」

「そうかもしれないけど、声かけるのは、私の役だったかなって。……その時思ったの、私って見た目も性格もかわいいヒロインじゃないんだって、見ないふりできちゃうんだなぁって。」

「その子への償いで、俺の更生に付き合ってくれてるのか?」

「そんなわけない。担任のパソコン調べて、その子の学校まで見に行ったの。楽しそうに笑ってた、どうしようもないなら逃げるのも有りだなって、思いかけてたのに! 師匠は逃げ癖のお手本みたいじゃないですか、私が再教育してあげますから。」

「すごい行動力だな。……自分でもやってみたよ、とりあえず実行するとか、ポジティブな言葉を使うとか。それでも、良くなるのは仕事だけだけ、会社を出たら……。」

「……大丈夫ですよ、こんなかわいい奥さんがいるんですから。」

「さっき自分で腹黒って……。」

「言ってないでしょ、もうずっとこの手は離しませんからね。」

「ちょと決め台詞っぽいねそれ。」

「ですね、ですね。」

「……なんていうか、すごいバカップルぽいな。」

「まぁ、いんじゃないですか、二人ともだいぶ病んでますし。」

「それで、全部片づけるのは、どうかと思うぞ。」


 マンションの部屋までもどっても、手を離そうとしない。ポケットのカギを取れ無いとあきらめて、やっと離す。ドアにはベッドを持って帰るとメモが挟んであり、愛のダブルベッドがぁーと叫んでいたが、明日また来るそうなので、今日はセミダブルで妥協してもらう。


「師匠……、まさかとは思いますが、このまま寝るつもりですか。」

「そうだよ。」

「えぇー、だって初夜ですよ、添い寝だけっておかしくないですか?」

「そうなのか?」

「そうですよ。」

「……私が頼んだら、何でもしてくれるんですよね?」

「整形はちょっと、流石に親にもらった顔を変えるのは……。」

「とりえず、こっち向いてください。」

「めずらしく、のってこなかったな。」

「師匠……。」

「ずっとその呼び方なの?」

「な! わかってますけど、今わざわざ言わなくてもいいじゃないですか。」

「たしかに、それで肩でも揉むか?」

「そんなわけないでしょ! 私が隣に寝てても、なんとも思わないんですか?」

「抱き枕にして寝たら、ねごごちよさそうだなと。」

「それは、前にしましたし、ほっといても勝手にするでしょ。私じゃ性的な魅力に欠けますか?」

「ストレートに来たな……俺、経験ないから。」

「はぁ!! 子供いるでしょうが!」

「あれは、養子で。」

「あんなそっくりな顔の養子がたまたまいるわけないでしょう!!」

「無理か。」

「……ずっと冗談で乗り切る気ですか。」

「言葉に出来る?」

「全部言わないとだめですか?」

「そうだな、指の角度とかつかむ握力とか。」

「……もしかして、肩もみの話?」

「違うけど。……顔真っ赤だぞ。」

「誘導尋問ですよ、激しく抗議します。」

「急ぎすぎじゃないか?」

「知り合ってから、もう半年もたつじゃないですか。」

「釣り友達としてはそうかもしれないけど、関係が進んでから、2回しか会ってない。」

「……仮の話として、町でかわいい女子高生に逆ナンされたら、断ります?」

「いや、するだろうな。」

「ここは、断るって言ってくださいよ。」

「そんなやついないだろ。」

「そうだと思いますけども、その仮の女子高生と私との差はなんですか?」

「胸の大きさかな。」

「そんなの、設問の条件に書いてないから。」

「法律の話みたいだな、大事にする度合みたいのじゃないかな、一人を助ける為に三人犠牲にできるか? みたいなのと一緒じゃない。」

「電車の切り替えポイントの話?」

「そうそう、大事な人の為なら、桁が違っても同じ事するだろってやつ。」

「師匠、ちょっと酔ってますね。」

「すこしな、軽そうな女の子なら気にしないけど、真剣に想ってくれるならそれに答える。」

「じゃ、私が一人のほうで、ポイントの切り替えが出来なかったら、どうしますか?」

「一緒にひかれるかな。」

「そんな事、即答しないでくださいよ。……ちなみになんでですか?」

「かばえば、もしかしたら助かるかもしれないし、二人とも死ぬにしても、一人で逝くよりいいだろう。」

「ちょっとハードボイルドすぎじゃないですか。」

「お前無しで生きてもしょうがないさ、みたいのか。……ちょっと、なに恥ずかしいセリフで置き去りにしてんの。」

「……ちょっと、もうおなかいっぱいかな。抱き枕にしていいですよ。」

「そかそか、ではでは……あったかい。」

「よっぱらいめ、明日こそ覚えてなさいよ。」


 深夜に目が覚めると、チサを後ろから抱きしめたまま、腕をはずしてそっと頭を枕にのせる。綺麗な髪と、かわいい寝顔は、目の前にあるのに、画面の向こう側を見ているような、空想の世界に思える。そう思い込む事で、手放した時のダメージを減らそうとしているのかもしれない。


 翌朝目がさめると、サチは隣にすわって、見下ろしている。


「おはよ、怒ってる?」

「本当になにもしないとか、どうなってるんですか。治ったらって言ってたじゃないですか。初夜に何もしなかった亭主に罪を問えるように、法改正してもらう必要があります。」

「朝から元気だな。一日前に出してるから、初夜じゃないんじゃないのか?」

「それは、教会で式上げた日でカウントです。」

「そんなざっくりでいいのか?」

「いいんですよ。だからまだ、初夜の最中だとも言えます。」

「もううっすら明るくなってるやん。」

「そうですよ、朝マズメですよ、食いつきの時間です。」

「確かにね。……何を焦ってる?」

「……私、遊んでそうな匂いがしますか?」

「どんな匂いだよ、甘いイチゴジャムの…。」

「ちゃんと聞いてよ。」

「わかった。」

「遊んでそうですか?」

「こないだの格好ならな、男のあしらい慣れてそうだなとは。」

「遊んでる女はいや? 他の男に抱かれた女はいや? 処女じゃなきゃだめ?」

「……答えにこまる質問をよく思いつくな。……初めての相手だったら嬉しいかもしれないけど、俺にはそんなに重要じゃないかな。」

「ほんとに?」

「実際は、前の男のが上手かった、っていうダメージの大きいセリフを回避したいってのが、男の本音じゃないかな。」

「そんなに重要?」

「そんな質問されたら、益々手だせないから。」

「なんでよ、絶対言わないから。」

「……言葉に説得力を持たせるのって、大変だよね。」

「言われたって信じなきゃいいでしょ。」

「男心というものがわかってないな。この人痴漢ですの呪文に、とっても下手ですって付け加えるだけで、どれだけ破壊力が増すかわかってないんだよ。」

「なんで涙目なんですか? 師匠、大丈夫です私一回も……。」

「なに?」

「……なんでもないです。」

「一回も? も?」

「……一人で……。」

「ひっぱりすぎじゃね?」

「うぐ。一人でしたときしかいけないんです!」

「朝から下ネタか。」

「自分が言わせたんでしょうーが!!」

「でも、それって婚約前に通知する義務があるよな?」

「そ、そうなんですか?」

「成田離婚の本当の原因はそれらしいし。」

「……どうしよう。」

「大丈夫だ、確認しなければわからない、しなければいいって事だよ。」

「あぁ、そうか、よかった。……師匠、嘘だったら……。」

「ごめん嘘です。」

「なんでそんな嘘つくんですかぁー。」

「ごめん、反応が面白くて。」

「反応って……。それって、私がマグロって事ですか?」

「誰かに言われたのか? まだ食べた事のない魚の味を聞かれてもなぁ、分かりませんとしか……。」

「私がマグロだったら、離婚ですか?」

「落ち着けって、逆に俺がとんでもなく下手だったら、離婚するか?」

「……ちょっと考えるかも。」

「おい、とことんまでハードル上げるな。」

「優しければ、いいかな。」

「曖昧だな。」

「全部ね全部、べつに夜がすべてじゃないから、ノット結んでくれればOK。」

「自分で結べよ、俺だって夜がすべてじゃないぞ。抱き心地のいい抱き枕があれば十分。」

「それは、なんかやだ。……抱き枕以上を、い、今から試してみます?」

「スタートにもどってるし、この流れで、どうしてほしいか、事細かく俺に指示できるのか?」

「えぇー、それは無理!」

「なら、もう少し寝かせて。それと昼から会社行くから。」

「私も付いてって手伝います。」

「今日から休日監視入って、カメラチェックあるから無理。それに、荷物来るでしょ?」

「そうですけど。新妻を家に一人で置いて行って、不安じゃないの?」

「配送3回目の人に会うほうが、気まずいかな。」

「それは、確かに。」


 朝ご飯を食べ、散歩とスーパーに食料の買い出しにいく。


「師匠、師匠!」

「あ、ごめん。」

「見すぎですよ。……家族連れに反応しすぎ。」

「ごめん……。」

「へこみすぎですって、息子さんとはそんなに会ってないんですか?」

「そうだな。」

「電話とかは?」

「してない、たまにLINEでほしい物の画像がくるだけ。」

「完全にお財布じゃないですか。」

「……あなたが言う?」

「……すいません。」

「子供すきじゃなかったんだけどな。」

「それは、自分の?」

「含めてだな、笑うようになってからかな、かわいいって思うようになったのは。」

「会いたいですか?」

「今更だな、月一で会うって言ってたのに、来月にしようって、先延ばしにして。時間が経って余計に会いづらくなって、もう会うことないのかなって。」

「……そんな悲しそうな顔しないでくださいよ。それがあったから、漁港で会った女の子に優しくできたんでしょ? 二人で挨拶に行きます?」

「それはきびしいな、最後に会った時は、両親がちょっと喧嘩してるぐらいの認識で、すぐ元通りになるもんだと思ってたから。」

「私は、恨まれちゃいますかね。」

「もう、興味ないんじゃないかな。たぶん、俺はいない人だろ。」

「私が家族ですよ、もう忘れたんですか。」

「だいじょうぶ、握った手に指輪あたるし。」

「そうですよ、子供が欲しいならまた作……。」

「さらっと言えばいいのに、そんな真っ赤になってたら、こっちが恥ずかしいし。」

「ごめんなさい、慣れないとね。」

「俺もだな、家族連れを見るとつらいから、昼は出来るだけ出歩かないようにしてたから。」

「そうだったんだ。なんかいいですね、師匠のまだ知らない事いっぱいあるって思うと、嬉しい。」

「知らない部分がいい事とは限らないんだけど。」

「それぐらい分かってますよ、隠し子とかでてくるかもしれないし。」

「無い……と思う。」

「自信ないんだ、でも過去は過去ですからね。今が楽しければ、大丈夫。」

「寛大だなぁ。」

「そうですよ、私はやさしいですから。それに、ほんとに楽しいですよ。二人で手を繋いで歩くなんて、一回あきらめちゃったし。」

「楽しいか。俺は二回目だからな、この後が見える気がするよ、冷めて、楽しかった思い出も、可愛いと思った記憶も薄れていくんだ、かっこいいと思った記憶もだぞ。」

「それは、ないかな。」

「そうか?」

「師匠、とくにかっこよくはないから。」

「……そうなの?」

「ん? 師匠は自分のどの変がかっこいいと思ってるんですか?」

「うん、ごめん、ほんとすいませんでした、二度と勘違いしません。」

「よしよし。」

「いや、じゃなんで、押しかけてきたの?」

「うーん、かっこいいというか、かわいい。」

「……そうなんだ、自分ではまったく思わないけどな。」

「それに、全部受け止めてくれてるって感じがして、すっごい落ち着く。」

「ほう、寝てる時は、すごい鼻息だけどな。」

「それは、抱き枕ににして、寸止めするからじゃないですか。いつでもいいって言ったのに。」

「いつでも……。」

「うぅ、せめて屋内でお願いします。」

「大丈夫、頼まれるまでしないから。」

「えぇーー、ちょっとぼかしてとかはだめですか?」

「朝まで一緒にいたのに、怖くて拒めなかったって訴えられる事もあるらしいからな。」

「確かにそんな事例もありますけど、自分から部屋を訪ねてる時点で、民事でもひっくり返らないんじゃないですかね。」

「詳しいな。」

「師匠がいいそうな事は、調べてあるんですよ。もう観念してください。」

「抵抗できる奴なら、こんな事態にはなってないだろ。しかし、周りから見たら、どう見えるんだろうな俺達。」

「それは、新婚さんですよ。」

「そのわりには、ちょっと距離空きすぎだと思うんだけど。」

「だって、よろけたら、触っちゃいそうで。」

「ほうほう、ちょっとほっぺ触ってもいい?」

「あ、あの、倒れてもいいように、地面がやらかい場所でお願いします。」

「うん、やめとく。」

「なんでですか!」

「本気で言ってる?」

「いえ、すこしづつでお願いします。」

「そだね。」

「チサ。」

「はい。」

「俺が、説教じみた事いえた義理じゃないけど、高校は行ったほうがいいんじゃないか。」

「……うん。」

「ちょっと素直過ぎて怖いんだけど。」

「多分言われるかなって、やめたり転校したりは、師匠は許してくれないかなって。」

「なになに、俺にいい子アピール?」

「そうじゃない、だってもし行かなかったら、師匠自分の責任にしちゃうでしょ? それに、辞めたくないし。」

「こっから通うのか?」

「毎日は無理だから、週末は終電で帰ってきて、日曜に行くときは、車で大阪まで送ってほしいかな。離れる時電車だと、泣いちゃいそうだし。」

「それはいいけど、平日は家に帰るのか?」

「ううん、学校近くの友達の家に下宿させてもらう、もう実家には頼れないから。」

「何ていうかすごい行動力というか覚悟だな。」

「……それに、こたえてくれたんでしょ。」

「俺なんかに、こたえられるんかな。」

「師匠じゃなきゃ、だめなんです。」

「……なに笑ってるの?」

「師匠だって笑ってるじゃないですか。」

「つられて笑っただけだろ。」

「いや、ちょっとくさいセリフだなぁって。でも、なんか二人で笑ってるって、すごい幸せ。」

「そうだな。」


 実際にそう思ったが、現実的に考えればありえない。仕事に行くと部屋をでる、ベランダから手をふるチサの姿は、数年前と記憶がだぶる。人の気持ちは、変わって行く。冬休みの会社に用事など、本当はない。電話をかけると、相手は駅近くの喫茶店にいるらしいので、向かうと伝える。

 久しぶりに会ったチサの母は、娘が家出したと言うのに、前に会った時より元気そうだ。予想通り、家出には気が付いていて、俺が電話してくることもよんでいたらしい、親子だが母のが上手のようだ。

 母親が言うには、チサが出した婚姻届けは不備が多量に仕込んであるので、無効にできる。せっかく娘と普通に話せるようになったので、出来るだけ手荒な真似はしたくない。しかし、最悪の場合、親の同意で精神病院に数年閉じ込めるという。父親はそれもやむなしと考えているそうだ。なんとか家に戻るように、説得するか、諦めさせてほしい、無理なら最悪の事態となると。

 自分の娘を人質にして脅してくるとか、チサが仲良くなったと勘違いして、全て話すようにいい母親を演じていただけなのではないのか? チサもどこまで本気かしらないが、同じような事をしてるので、どちらが悪いとも言えない、この親子はとことんまでやってしまうたちなのだろう。

 成功したら、それなりの報酬がまっているらしいが、最悪の場合、は避けなければならない。チサと一緒に考えても、この母親に知識でも財力でも勝ち目はないだろう、素直に従うしかない。チサに飽きられて捨てられるのが、すこし早くなるだけだろう、気にしない、そう思うしかない。

 あなたの性格だと冷たくしたりできないかもしれませんから、今は優しくして、学校が始まり大阪まで送って来た時に裏切れば、あの子も諦める。落ち込んでるあの子を、私が慰めてあげるのと。看病に来るチサと同じ思考回路な気がしなくもないが、一週間近く同じ部屋で俺が寝泊まりして不安じゃのかと聞くと、あなたならちゃんと避妊してくれそうだからと。もう、いくら話し合ってもこの親子と意見の相違が解消されることが無いとわかったので、また連絡しますと言って喫茶店をでた。


 会社のメールは自宅のパソコンで見れないように設定した、とはいえチサに隠せるとも思えない。会社に行っていないことは、すでにバレているからもしれない。……いくら考えても、何も浮かばない、歩いていると洒落た花屋さんを発見。小学生にも見える女子高生の新妻ぶってる子が、隠し事も許してくれそうな花束、なんてむちゃなオーダーをしてみたが、バラ一本という良心的な店員さんだった。女なんて花を送ればすべて解決といっている人がいたが、渡して喜んでくれた経験が今までない、とりあえず数分は話題をそらせるだろう。


「ただいま……なにしてるの?」

「……おかえりなさい……どうかな?」

「どうって、なんでそうなったのか、経過が気になるかな?」

「やってみて、わかったんだけど。裸エプロンって、ほとんど裸だから……バスタオルを巻いてみました。」

「……うん、とっても斬新。なんていうか、それぞれの破壊力は高いのに、足すと残念な感じかな。」

「ひどい、寒い中がんばったのに……。」

「かなり暖房効いてるけど。」

「……師匠、そのお花私に? 私に? あ! 後ろ向いて!」

「……なにがしたいんだよ。」

「不意打ちするからですよ、巻いてるだけなんですから、パジャマ着るので、もうちょっとお待ちを。OKです!」

「はやいな……お土産ということで……。」

「師匠ー、絶対にしなさそうな人がこういう事すると、破壊力満点ですね。」

「ひどいな、でもまぁ、そんな嬉しそうな顔されたら、恥ずかしい思いしても買う意味あるな。」

「……女はね、大変なんですよ。プレゼントが嬉しくても、派手に喜ぶとチョロいなって思われるし、反応しないと餌まいてもらえないし。並みの釣りより難しいんですよ!」

「そういう話は女子会でやって。」

「師匠には駆け引きなしですよ、もう夫婦なんですから、なんかいいですね、素直に喜べるのって、すごい新鮮です。」

「うん、順番逆ならなお良かったのに。」

「えっと、なにの?」

「花によろこんで、リクエストした格好してくれるとか。」

「なるほど! もっかい、エプロンにしますか?」

「……見てていい?」

「ななな、なにをですか? 着替えをですか?」

「それを、着替えというのか?」

「そうですよ、ほんとに見るんですか?」

「着た先の心配は、しないの? こんどにしとく。」

「またこんどで、お願いします!」

「わかった。」

「……すごい敗北を味わった気がします。」

「なんでだよ。」

「なに作ってるの。」

「もちろん、肉じゃがです!」

「……すごいどや顔……。」



「師匠……。」

「おいしかったよ、肉じゃが。」

「うん、何回も聞いた、さすがにもう、ちょっと怒りすら感じます。」

「……そうか、すまん。」

「師匠、遠くないですか?」

「いや、だってこのソファー三人掛けだし。」

「そうです、たしかに失敗しましたよ、だって、ソファーでゴロゴロするの夢だったんです。家でやったら怒られるから。」

「厳しい家だったんだな、その反動でこんな悪魔に。」

「本当に悪魔だったら、師匠はどうなってるんでしょうねー。」

「ごめん、悪かった。」

「そういえば、ベッドは?」

「大きすぎたので……。」

「なんか、むっつりすぎる男子みたいな反応になってるぞ。」

「むっつりじゃないし、もうフルオープンだし。」

「それが、対になる言葉なんだね、勉強になるよ。」

「そして、遠いです。」

「いや、広く使ったらいいやん。」

「おかしいでしょ、二人でテレビ見るのに、距離空きすぎですよ。」

「わがままだな。」

「普通肩に手を回したり、膝枕したり……。」

「なぜそこで照れる? 膝枕ってそんなにレベル高いのか?」

「いや、だって、膝枕してる時に、振り返ったら……。」

「むっつり確定だな。」

「違いますってば。……師匠、お願いが……あります。」

「粘るな。」

「肩に手を。」

「こうかな。」

「どんだけ手抜き、ちょっと手を乗せてるだけじゃないですか。」

「俺には刺激が強すぎて、これ以上は無理かな。」

「……なに今更童貞君みたいな事言ってるんですか、ちゃんと肩組んでくださいよ。」

「あのなぁ、見た目ほど楽しい行為ではないんだぞ。特にあなたみたいに、足が長い人だと、座った時の身長差が際立って、差が……。だから、小学生に見えたのかな?」

「もう二度とツインテールはしないから、はやく肩組んで。いいかげんにしないと、ソファーをベッド代わりに……。」

「目が怖いって。ほい、これで満足?」

「……うん。」

「なんか、バイブレーション引いてるような感覚なんですけど。大丈夫か?」

「ダイジョウブ、ダイジョウブ、モンダイナイ、モンダイナイ。」

「いや、無理だろ。」

「なんでやめちゃうんですか!」

「恐怖に震える女の子を拉致してる絵にしか思えないので。」

「……いいじゃないですか、そこは魔王ロープレで縛り上げていっきに……。」

「自分で言って真っ赤になるなよ。」

「ちょっと、まだレベル不足でした。」

「……まぁ、納得できたならいいけど。」

「というわけで、次のお願い。」

「まだくるか。」

「もちろん、元はとらないと。」

「食べ放題行ったみたいに言うな。」

「膝枕して、耳掃除したいです。」

「……君のその声が聞こえなくなったら、とても悲しい……。」

「鼓膜破ろうとしてるわけじゃない!」

「そうなのか、ごめん、ほんとにやってもらった事ないし、男がなぜ膝枕してほしいか、わかってるのか?」

「えっと、安心したいから? 太ももにすりすりしたいから?」

「そうなのか、知らなかった。」

「普通に聞いただけだったんだ、だったらやってみましょうよ。」

「まぁ、そうかな。」

「師匠、その、微妙に太ももにつかない所でこらえるの、しんどくないんですか。」

「かなり、しんどい。」

「うりゃ、素直に枕にしてください。」

「これで、安心できるのか……下から顔見る事なかったけど、かなりの悪人ずらだな。」

「角度の問題でしょ、さぁ耳掃除しますよ。」

「ちょっとまって、手震えてるし、顔怖いって。」

「なんで起きちゃうんですか!」

「断頭台に首置かれた気分を味わえたので、もういいです。というか勘弁してください。」

「そんなに私の事信用できないんですか?」

「あの顔で信用しろって言われてもな、手震えてただろ。」

「それは、ちょっと頭なでながらしようと思ったら、緊張しただけです。」

「ワンコか俺は。」

「……確かに、可愛いところはワンコっぽいですね。」

「いつか首輪付けられそう……。」

「何色がいいですか?」

「定番の赤かな。……なに嬉しそうな顔してるの? 冗談だからね。」

「そうですよね、冗談ですよね。テレビ見ましょう。」



「師匠、正月休みは、ネットフィリックスで全部埋めるつもりだったんですか?」

「全部ではないけど、98%ぐらいはそうかな。」

「マイリスト貯めすぎですって。」

「しかたないだろ、釣り場に現れる小学生のアニメノルマがきつかったんだよ。」

「小学生……まぁいいや。」

「納得した。……言われて加入したけど、面白そうなのが多くて、貯まるんだよね。」

「素直に見てくれたのは嬉しいけど、なんかもっかい見るに、かわいい女の子がいっぱいいる気がする。」

「逆にかわいい女の子のでてこない作品なんて、めったにないだろう。……今、声にだせないのはBLだろう。」

「なんで分かるんですか!」

「ちょっと顔がやばい事になってたからな。」

「あれは、もう文化ですよ。たまに見たくなるんですよ。」

「真面目に見た事ないけど、あれってかなりの美少年ばっかりでてくるよね。俺と対局じゃないの?」

「真逆ですね。」

「容赦ないな、だったらなぜそっちに特攻かけないのかなって。」

「うーん、見て楽しむのとは違うかな。師匠だって、女の子の服破ったりしたいけど、実際にはしないでしょ?」

「例えが直球すぎ。」

「……師匠は、どんな女の子が好みなんですか?」

「そうだな、おしとやかで、押しかけてきて、ハンコ付けとか脅さない子かな。」

「人を借金取りみたいに言わないでくださいよ、そうやってすぐ誤魔化す。アニメのキャラなら誰がいいんですか。」

「すやりす姫かな。」

「私より、無茶苦茶するじゃないですか、しかも私より若いし! ロリっこはいやじゃなかったんですか?」

「無茶な自覚はあるのね……かわいいやん猫みたいだし。」

「猫って、そうじゃなくて、女としてですよ。アイドルとか女優さんかとか、役限定はなしで。」

「うーん、ジェシカ・アルバかな。」

「……えーっと、調べます。」

「チサ来てから、自分のパソコンなのに触ってない気がする。」

「おー、これならいけるかも。」

「なにが?」



「できましたよ、どうですか?」

「どおって、たしかに目は似てるかもしれないけど、1時間かけた成果が? いや静かな時間を堪能できたけど。」

「ひどい、がんばったのに。」

「ごめん、褒めるとさらにやるかと思って。それに鏡に向かって、その映画のポーズしてみ。」

「……うぅ、わかった気がする。男は顔なんて見てないってことですね。」

「いや、ほんの少しはみてるぞ。」

「最低最低!」

「女だって、顔より先に海パンの中心に目がいくだろう?」

「いくかアホ!」

「じゃどこ見るの。」

「首筋かな。」

「首……一緒じゃない?」

「違いますよ、その後顔もみます。」

「も、とか言ってる時点で、俺よりひどいよね。」

「なんか納得いかない。着てるものなんて、気にしないっていってましたもんね。見た目以外では、なにが重要ですか?」

「コンパか?」

「師匠は友達いないから、行った事ないでしょ?」

「確かに、ほとんどないな。行ったら、怪しげなビジネスの勧誘だったり、みんな保険の販売員だったりするやつだけだな。」

「可愛そうに、それは当たりが居なかったから女性陣が言い訳に言っただけなんですよ。」

「そうだったのか……わざわざ言うなよ。」

「そんなお約束の展開はいいんですよ、中身はどんな子がタイプですか?」

「目が怖いって、誘導尋問じゃなくて、ほとんど脅迫やん。」

「それは健康なほうがいいだろ、ヘモグロビンa1cの値が……。」

「まだそんな歳じゃないでしょ、性格の話です。」

「うーん、俺を好きになってくれる人なら、それでいいかな。」

「おー、それでそれで。」

「食いついてくるな、うーん、自分からはいけないから、ぐいぐいくるタイプが合うと思う。」

「ですよね、ですよね、それでそれで。」

「うーん、ベッドで積極的なタイプがいいかな。……大丈夫か? 面白いぐらい顔真っ赤だぞ。」

「いや、だって、縛り方とかよく知らないし。」

「ごめん、ちょっと方向ちがう。」

「そうなんだ、女教師ですか? 眼鏡買ってきますか?」

「ドンキまではかなりあるからな、とりあえず、別に教師キャラが好きなわけじゃないから。」

「他に強気キャラって……。」

「格好から入るタイプか?」

「なれるキャラなら、寄せてみたら勢いつくかなって。」

「……そのままで十分だよ。」

「ありがと。……本音は、むちゃするなって思ってるよね。」

「すこしは、でも本当に今のままでいいよ、面白いしな、すこしづつ変わって行くチサを見せてほしいかな。」

「……真顔で何てこと言うかな。そばにいてもいいんだよね?」

「好きなだけ、いてくれていいよ。」

「ありがとう、どういう風に変わってほしい?」

「なんでも言ってほしいかな。少しぐらいがまんすればいい、それが積み重なって、壊れるからな。」

「……さすがに、経験者の言葉は重いね……。今の私に、不満はないの?」

「……聞きたい?」

「優しく言ってよ、胸の話はダメ。」

「いやそこは冗談だから。ちょっと強引だけど、俺にはそれぐらいでちょうどいいのかもしれないしな。思いつかないかな。」

「そっか、ちょっとか。」

「まった、だいぶ強引だからな、相手が俺だからいいのであって、平均をそこに持っていくのは、おすすめしませんよ。」

「師匠にはちょとなのね、そうか、まだいけるかぁ。」

「おい、帰ってこい、またやばい悪役ずらになってるから。その顔で近くにいるのはやめて。」

「永遠にいていいって言ったでしょ。」

「なんか、微妙に違う気がするけど。とりあえず、ほどほどにな。」

「わかってますよ、ぎりぎりのところを攻めていきますから。」

「楽しそうだなぁ……。」



「いちょう聞きますけど。」

「どうしたん?」

「寝ようとしてますよね?」

「そうだな、会話が止まったら寝ると思う。」

「おかしいでしょ! こんな若くて可愛い子が横で寝てるのに、無意識に抱き枕にするだけって。」

「毎晩このネタするの?」

「ネタではないです。」

「初夜の危機を乗り切ったわけだし、もういいのでは? 肩組んだだけで、低周波治療器みたいになるのに、むりなんじゃない?」

「そこは、師匠が、強引に……。」

「俺がそんな事出来ない、ヘタレだと知っているんだろ?」

「なぜそこでどや顔なんですか、確かにわかってますけど……。」

「では、お休みなさい。」

「まって!」

「いま、ちょっと寝た気がする。」

「どんだけ寝るの早いんですか、流石にこれでは、まったく進歩がないので……せめてお休みのキスを……。」

「足にか?」

「そんな女王様じゃないし、せめてほっぺに……ってはやいですよ、なんで……いきなりなんですか。」

「ごめん、もう寝落ちしそうで。」

「……明日から、ビール無しですからね。」

「別に、飲まなくても、すぐ寝るよ。」

「うぅ……抱き枕にするなら、せめて正面からにしてください。」

「それはちょっと、抱きごごちが、鼻息荒いし。」

「……わかりました、今日はあきらめます。明日こそ覚えてなさいよ。」

「なんか、捨て台詞聞いて寝るって、新鮮……。」

「もう、早くねて。」

「お休みー。」




「おはよ。今日も、機嫌わるいな……。」

「このままでは、ずっと変わらない気がするのですが……。」

「そんな、朝起きたら、突然胸が……。」

「私から触ったりできませんが、枕より硬い物で叩いたりはできるんですからね。」

「……暴力反対。少しづつでいいんじゃないのか? 焦っても終わりが早くなるだけだろ。」

「なに言ってるんですか、死がふたりを分かつまでですよ。来世までも追っかけていきますからね。」

「朝から物騒だな。そこまで思い詰めてるなら、口にだせるのん?」

「だせますよ……おて! ……なんで頭なんですか!」

「なぜ、そんなに嬉しそうなの?」

「だって、初めて頭なでられた。」

「それぐらいは、言葉に出来るだろ。」

「そ、それは……無理かな。」

「大変だなぁー。」

「そう思うなら、協力してくださいよ。」

「どんなん?」

「私が、エッチなお願いできるように、エッチな気分にさせるとか。」

「ほう。……女の人がエッチな気分になる事……それを俺が熟知しているとおもうわけ?」

「ないですね。」

「……即答かよ、俺の気分を下げる効果は十分にあったよ。それで、どんなときそんな気分になるわけ?」

「師匠といる時は、常にですよ。」

「発情期か……。そんな事ストレートに言えるのに、ややこしいなぁ。」

「自分でも、わかんないですよ。なんか、抱きついたりしたら、もう、歯止めが利かなくなって、ドン引きされそうだし。」

「引くほどって、それは怖いかも。」

「なんでよ、すこしは喜んでよ。ほんと協力的じゃない。」

「喜べるか、何されるか、考えるだけでも恐ろしい。……目が、怖いって。」

「ちょと別世界にいってました。とりあえず、今日はどこ行きます?」

「家でゴロゴロと年末休みを……だめなのか。」

「そんな落ち込んだ顔しないでくださいよ、一日私といちゃいちゃしたいのはわかりますけど、外でましょうよ。」

「外って、今は何も釣れないと思うぞ。」

「知ってましたか? カップルや新婚さんが出かける場所は、釣り場以外にもあるんですよ?」

「そうなのか?」

「あたりまえじゃないですか、釣りするにしても、もう少し狙う魚増やしてくださいよ。」

「……俺は、一途な男だからな。」

「なにどや顔してるんですか、ジグ以外の勉強するのがめんどくさいだけでしょ。」

「しかたないだろ、浮き見てると寝ちゃうんだから、あのゆらゆらしてるのに弱いんだよ。」

「手抜きの言い訳しない、ジギングだって、変えるの面倒だから、カラーチェンジもしないでしょうが!」

「そのうちくるかもしれないだろう、変えるとき爪われたらやだし。」

「乙女か! 師匠、ほんとに釣り好きなんですか?」

「……好きだよ、ほどほどには。」

「そんな気合だから、弟子にあっさり抜かれるですよ。」

「べつに競争じゃないから、そんなに差は出てない、ような。」

「じゃ、今日はボウリングで勝負しましょう、勝ったら、なんでも好きな事を命令できる。」

「……なにも進展がない確認をしたいのか?」

「なんでそうなるのよ!」


「師匠……ずるいじゃないですか、平均200超えるとか、運動苦手っていってじゃないですかー、嘘つき!」

「自分で選んだんだろうが。親が好きでよく行ってたからな、厳しかったから、まったく楽しくなかったけど。」

「なら、言ってくれたらよかったのに、なんでも言うって約束したやん。」

「子供の時だけだよ、今日は楽しかったよ、高校の時とかは遊びでたまにやってたしな。」

「そっか、ならよかった。」

「いや、あなたは全然楽しそうじゃ無かったけど。」

「勝負事は、なんでも勝ちにこだわらないと面白くないじゃないですか。」

「確かに、手加減されたら面白くないかもな。しかしさ、ボール持ち上がらなくなるまでやるのは、やりすぎじゃない?」

「そうだけど、なんでもしてもらえる権利が。」

「覚えてたんだ。」

「忘れてたの? あぁー余計な事言った。」

「策士のわりに、真面目だよな。」

「なんかトゲあるなぁ。」

「勝ったら、なにさせるつもりだったの?」

「それは……お姫様抱っことか?」

「なんで疑問? もしかして、俺にそれを選べと?」

「そんなわけないでしょ、勝利を勝ち取ってこそのご褒美に意味があるんですよ。」

「ほう、まだなんか勝負するのか?」

「もう、手に力入らないです。あ、今なら抵抗できない子にイタズラごっこできますよ。」

「どんな遊びだよ、変なもんに目覚めたらどうするんだよ。」

「ずっと寝てるようなもんでしょ。そうだ、師匠はどんなときに、やり捨てゲージが上がります。」

「……他に言い方なかったのか? 胸の谷間に汗が流れていくときとか?」

「力が入るようになったら、本気で殴ってやる。」

「いや、冗談だから。そうだなぁ、告られたときかな。」

「乙女の勇気ある行動を、やり捨てるのですか。」

「そっちか、いやエロゲージの話かと。」

「あ、そうでした。他には?」

「部屋行っていい? とか言われた時とか?」

「なんでそんな、どストレート。てか、私部屋行きましたよね?」

「行ってもいいかな? って聞かれるのと、押しかけてくるのは一緒ではない。」

「なんでよ、ほとんど一緒でしょ?」

「アジとサバぐらい違う。」

「それは、だいぶ違いますね。」

「魚で言わないと通じないのか?」

「いや、わかりやすいだけです。」

「そうか、とりあえずゲージが上がるネタではないな。」

「なんかもっと、自然な感じでグッときてドーンみたいのないんですか。」

「わかるけど、関西のおばちゃんやな。」

「あめちゃんは、もってないです。ないんですか、そういうの、ネタ帳に書き溜めてないんですか?」

「そこ開けても、車検証しかないから。……そもそも、俺からそれ聞いて、俺に使おうとしてるの?」

「だめですか?」

「うーん、だめって言うか。俺が、ナンパ指南みたいなサイトみてメモして、それ見ながら口説いてきたら、どうする?」

「メモとってる時点で、指折るかも。」

「……いや、例え話な。まだやってないから、指をみるなって。」

「口説かれてみたいけど、師匠が真顔で愛の言葉とか呟いたら、腹筋崩壊するほど笑うかも。」

「……わかるけど、わかってしまう自分が悲しい。……じゃ、なにか言ってほしい台詞はないわけ?」

「そ、それは。」

「ごめん、今のなし。」

「なんでですか!」

「一瞬、魔王が地上に降臨されたような顔してたから。」

「そんな悪い事考えてないから。」

「ほう、じゃ何を思いついたん?」

「いや、それは。」

「隠し事はしないんじゃーなかったっけ?」

「そ、それは。師匠が、ぬげ、って言ってくれたら、関係が変わるかなって。」

「……それは、パス。次お願いします。」

「がんばって言ったのに、あっさり無かった事にしないで!」

「男が女の服を脱がすのがどれだけ楽しいか、わかってない、わかってないなぁ。」

「師匠に、服を……。」

「どうしてだろう、お巡りさんに警告なしで撃たれる未来が見える。」

「それは、ツインテールの時でしょ、今なら大丈夫ですよ。」

「微妙だとおもうなぁ、外では。」

「……なぜいきなり屋外?」

「恥ずかしがるところが見てみたいから?」

「屋内でも、十分にはずかしいですから!」

「そっかー。」

「まったく、実行に移す気ないですよね?」

「機嫌悪くなるまえに、お姫様だっこで手を打つぞ、腕だけじゃななく、足もふらふらだったろ。」

「……師匠が勝ったのに、たまに女の扱い上手くてちょっと腹立つ。」

「どんな時だよ。」

「師匠のそんな細い腕で、持ち上げられるんですか?」

「駐車場から、部屋までならなんとかなると思うぞ、何キロ?」

「……ほんと、差が激しいんですよ!」

「なにが?」

「ボケなのかわかんないし、お姫様抱っこの前にシャワー浴びていいですか?」

「うーん、部屋まで歩けるなら、歩いてほしいんですけど。」

「じゃ、鼻ふさいでいい。」

「俺って、そんなに臭い?」

「師匠は、いい匂いだよ、ずっと嗅いでられる。」

「うーん、喜んでいいとこなんだろうか。あれ、俺の鼻を塞ぐって事?」

「そう、だって、ちょっと汗かいたし。密着したら、師匠が屋外で野獣化するかもしれないし。」

「汗に反応するって、あなたの汗にはなにかやばい物が含まれるの?」

「だって、女子高生の汗の匂いですよ、それはもう、どんな高価な香水よりも効果抜群ですよ。」

「うーん、たぶんそれは汗じゃなくて、濡れた髪の香りの方が男には魅力的かな。」

「そうなんですか、じゃ、お風呂上り……ってもう嗅がれてるじゃないですか。」

「いや、のぞき見したみたいに言われても、普通に部屋歩いてたし。」

「なんで野獣化しないんですか!」

「それは、確かにちょっとは動揺したけど、すぐ慣れたかな。」

「失敗した、その時に誘惑してれば。」

「……誘惑って、どんなの?」

「それは……あー、どうせ出来ませんよ! やったとしても、師匠には効かない気がする。」

「そうなのか、された事ないし、ちょっとされてみたい気もするけど。」

「師匠、それは、今まで無いんじゃなくて、気がついてないだけです!」

「そんなもんかな?」

「……二ヵ月前に、ミニの女子高生が部屋に来ましたよね?」

「そういえば、そうだな……。」

「今まで、そうやって女の子が勇気出して誘ったのに、気付かずに諦めさせて泣かせて来たんです!」

「……そうなのか、なんてもったいな……いや申し訳ないことを。」

「いや、言い直してもゲス認定は外れませんよ。」

「手を出してないんだから、善人なんじゃないの?」

「泣かせた時点で、罪は確定です。」

「それは、そうなのかな、いやでも俺がどうこうで泣く人なんて……。」

「モテると自信持ってる人もこまるけど、師匠みたいに自覚ない人のが重罪かも。」

「身に覚えのない罪で裁かれるのは、悲しいなぁ。」

「私は、この二ヵ月ほぼ毎日師匠の部屋で泣いてましたけどね。」

「……そこは自分の部屋でやってほしかったかな、若い女の子が加害者になる場合もあるって、もっと世間に知ってもらわないといけないよね。」

「そうですね、セクハラ申告するだけで、男の先生は跡形も無く消えますからね。」

「怖! いちょう聞くけど、脅迫すれすれの事してる自覚はあるの?」

「……それは、ありますよ。だから、いつ追い出されるか、すごい不安で、それでまた空回りしちゃって、師匠に嫌われたどうしようって……。」

「俺をいきなりいじめっ子にしないで……前に独身だった時より、長い休みを一人で過ごすのは辛いからな、にぎやかで助かってるよ。」

「ほんとに?」

「あぁ。」

「そっか、よかった。」



「横抱きがこれほどしんどいとは、知らんかった。」

「ごめんなさい、本当は私がもっと師匠の首に抱き着かないといけなかったんだけど、力入らなくて。……顔近くて。」

「……すこし体鍛えないといけないかも。」

「失敗ですね、これじゃ妊活につながりません。」

「つなげるつもりだったのね。」

「子供、ほしくないんですか?」

「かわいいとは思うけど、大変なんだぞ。…あなたは、その行為を早くしたいだけなのでは? ……ちょっとここで放置されると、ただのセクハラ親父なんですけど。」

「そんなストレートに聞かれると思わなかったので。師匠が家族連れみて、あんな悲しい顔しなくなるには、私が産んだらいいんじゃないかなって……。」

「……今じゃなくても、もうすこし先でもいいんじゃないのか? そうなったら、引き返せないぞ。」

「師匠!!!」

「な、なに?」

「今更引き返すとか、そんな選択ないですからね!」

「はいはい、わかった、わかった。でもさ、俺といて、楽しいか? 賭け事も、タバコもやらない、ベッドの上の若い女の子に手をだす勇気もない、本気でつまらない男だろ?」

「真面目でいいじゃないですか、手をださないのは、私の魅力が足りないし……。私が……。」

「冷静にな、胸に何かいれても、必ず魅力が増すわけではないのだぞ。」

「ちがう! そうじゃない……。師匠、ごめんなさい、嘘つきました。私、男性恐怖症です。」

「まぁ、そうだよね、男性の店員さんとかだと、ちょっと表情硬いし。」

「わかってたのに、見ないふりしてくれたんだ。」

「チサが違うって否定したんだから、そうなるよう努力してるのかなって。」

「ちょっと、重い話してもいいですか?」

「俺の特技は、話聞くだけなんだろ、いくらでも聞くぞ。」

「……中学の頃ね、お母さんの気を引きたくて、私も弁護士になるって、事務所行って資料みたりしてたのね。お母さんは特に、男の人に指示されて、詐欺の手助けしたり、売春したりした女の人の弁護がおおかったの。ある事件で指示する方の男は、ホストみたいなイケメンで、女の人はみんな、自分が一番大事にされてるから、それに答えなきゃいけないって、必死だった。その男は、友達と何人の女性を駒にできるか、どれだけ稼げるか、ゲームみたいに競い合ってた。女の人達の何人かは、指示されてない、男の人は悪くないと、捕まった後もしばらくかばってた。なのにね、男の人は女の人の名前すら、ちゃんと覚えてなくて、使い捨ての道具だって、私と同じ歳の子もいたのに……。」

「大丈夫きいてるよ。」

「それから、男の人には恐怖と嫌悪感しか感じなくなって、お父さんと挨拶することも出来なくなって、病院に通ったりもしてた。それでも、完治するまでにはいかなくて、告白してくれた男の子を傘で何回も叩いてケガさせた。それが中学3年の冬、学校には行けないから、家で課題してなんとか卒業できたけど、卒業式にもでられなかった。中高一貫の共学だったのに、高校は別の女子高に入って、恐怖症を克服するために、クラブ通いしたり、他の学校の男子と付き合ったりした。」

「今でもそうだがすごい行動力だな、けっこうつらいんだろ、それでも治したかったのか?」

「好きだったアニメとか、本みたいな恋愛してみたかったの、でもね、同じキャラなのに、気持ちが入っていかなくて。友達と、男の子の話してても、前みたいに楽しくなかった。友達も無くして、しばらくそれでもいいやって思ってたけど、やっぱり諦めきれなくて。高校入ってからは、男の子を好きな普通の女の子を演じてた、でもやっぱり演技で、体をあずけても本気で好きになったりはしなかった。それでもね、タイプだからって、付き合ってくれてる人がいたんだけど、やっぱり無理ってフラれた。アニメとか映画なら、振り返ってくれるまで何年もずっと待ってくれるけど、現実はそんなロマンチックな結末にはならないんだなぁーって。それで、無視されるたびにダメージを受けるお父さんと、私の治療もかねて、GWをおばあちゃんの家で過ごす事になったのです。」

「聞いてるだけだったけど、ここから俺につながるのね。」

「そうですよ、よりによって、攻略難易度の高いターゲットを選んでしまったわけですよ。」

「もうすこし歳近い人とか、真面目に生きてるやつとかいただろうに。」

「でも、師匠に会わなかったら、ほんとに危ない事してたかもしれない。物みたいな扱いされてた女の人達は、ちゃんと人を好きになれてたから。私もそれぐらいの刺激があれば、勘違いでも人を好きになれるのかなって思いかけてた。その人達のせいで、恐怖症になったのにね。」

「極端だなぁ。」

「すぐにはしなかったと思うけど、あのままだったらほんとに危なかったかも。」

「……むちゃしなかったのは、良かったけど、制服で歩いてれば選び放題なんじゃないの?」

「見た目だけ好きになってもらっても、私の気持ちは傾かないから、結局長続きしないんですよ。後から気が付いたんですけど、私を女として見ない師匠なら、好きになれるのかもしれないと思ったのかも。」

「頑張って好きになるって、金持ちか王子に嫁ぐ話っぽいな。そもそも、小学生相手に手はださないだろ。」

「そうなんですよ。しばらくして、もし好きになっても、私に全く興味ない可能性もあるなって、でもそんな人がいいんですよ。」

「矛盾……ではないのか、体目当ての男はお断りだが、恋愛はしたいと。」

「そうです、それそれ。片思いでも、学生時代の思い出になるかなぁーって、なにより治療になるし。」

「プロにまかせたほうが、いい気がしますが?」

「ちゃんと先生にも相談しましたよ。」

「そんで、プロの回答は?」

「だいぶ治ってはきてるけど、片思いって気が付いたら辛い思いするから、その時はちゃんと相談しなさいと。」

「微妙な助言だな。」

「そうだよね。小学校や中学の時の失恋とは、ダメージが全然違ったからね。師匠に捨てられたって思った時は、泣くことも出来なかったし。」

「……なんだろう、子猫置いて逃げるような罪悪感は……。今まで女性をふったことなんて無い気がするんだけど。」

「もう会うことも無い、この気持ちも忘れていくんだって思ったら。……全部体から抜けていく感じでした、なにもない無の境地を見た気がします。」

「修行僧か?」

「でも、よく考えたら、片思いでもいいんじゃないかなって気づいたんですよ、師匠は特に押しに弱いから、私が支配する側でもいいかなって。」

「発想の転換だね、すばらしい。……いや、そうじゃない、もう、ほとんど治ってるんだし、無理に攻略しなくてもいんじゃないの?」

「なんでですか、イケメンぎらいな美少女ですよ、超レアキャラじゃないですか、見た目だけはブリ級じゃないですか。」

「そうだね、たしかに出世魚の最上級。……そもそも、俺に触られるのは、いやじゃないのか?」

「大丈夫ですよ、いつでも待ってますから。……こ、こまでいったのに、頭なでるだけなんですか?」

「簡単に攻略できないほうが、面白んだろ。……ちょと、またやばい顔になってる。」

「難易度設定間違えたゲームは、すぐに終わるんですよ。」

「男は、やれなかった女の方が記憶にのこるらしいぞ。」

「女は逆らしいですけど?」

「また、なぞなぞみたいな話に。」

「師匠以上に病んでても、追い出されたりしないって分かってはいるんですけど、不安なんですよ。ですから、チャチャっと。」

「なんだか、俺がやり捨てされる側な気がする……。こいつチャラいわー、朝になったら消えてそう、って女の子だったら思うとこでしょ。」

「私が師匠を捨てたりするわけないじゃないですか、地獄の底まで連れていきますよ。」

「どこ連れてく気だよ。まったく、誘うにしても雑すぎじゃないか?」

「しょうがないでしょ、めちゃくちゃ緊張するんですよ。分かってるんですよ、こんな事してても変わらないって。今のままでいいやって、思ってしまいそうで怖いんですよ。」

「今日はもう、寝るしかないだろ。腕も上がらない子に、乱暴したって罪を俺に背負わせたいのか?」

「また、先延ばしにしようとする、風邪が治ったらって、前に言ったじゃないですか。」

「まだちょとと、微熱が……。」

「師匠!!」

「ごめん、たぶん平熱です。」

「期限の無い約束は、もう約束ではないのです。」

「……五年以上も前倒しされた気が……。」

「早くするのは、双方の合意があれば大丈夫です。」

「俺の意見……いや、なんでもないです。」

「いつにしますか?」

「決めるの?」

「そうですよ、このままでは、先延ばしになってしまいます。」

「うーん、じゃ2月31日。」

「そんな日ないですよね?」

「するどいな。」

「即答するからでしょ。」

「それじゃ、クリスマスとか?」

「過ぎたばっかりじゃないですか。」

「一年なんてすぐだって。」

「記念日なら、バレンタインデーでもいですよね?」

「近いな。心の準備が、エステで脱毛したり、脂肪吸引してもらったり……。」

「乙女か! 5月1日で、師匠が私を捨てようとした日です。」

「それは、未来の日付だし、確定ではなかったわけで……。」

「まだ、5ヶ月ありますからね、前倒しはいつでもOKですよ、ジムかよってムキムキになってきてもいいです。」

「またハードル上げる……。」

「私の趣味だけじゃないですよ、師匠の健康の為です。」

「マッチョ好きなの?」

「師匠に押さえつけられるのは、ちょっとあこがれますね。」

「また、やばい顔になってるから。来年の目標は、ジムに通う事にするかなぁ。」

「師匠、行くだけじゃだめですよ、片手でお姫様抱っこできるぐらいになってください。」

「それはもう、筋肉どうこうのレベルではない。」


 

 この提案は、以外にも平和な日常をもたらした、チサも真っ赤になったり、落ち込んだりがなくなった。毎朝砂浜を散歩するなど、本物の夫婦のようだ。他には、初詣にいったぐらいしか、覚えていない。自分に笑いかけてくれる人がいる、そんな事にも慣れてしまう、そのありがたみを忘れるのだから、チサもすぐ忘れてくれるはずだ。









 車を止めて、チサが起きるのを待つ、かわいい寝息をたてて眠る姿は、アニメのヒロインのように完璧だ。二度目に来るこのマンションは、落ち着いた空気が余計に近寄りがたい。

 前日から続く喧嘩で、ほとんど会話していない、夜もベッドの隅に分かれて眠った。

 ささいな事だった、正月休みの開けた小さな釣具屋に行ったのだが、チサが欲しいと選んだ装備は、かなり高額なモデルだった。手が出ないほどではなかったし、小さな釣具屋には、おもちゃのような安物と高いモデルの2択しかなく、当然そっちを選ぶのは分かっていた。俺の稼ぎでそんな高いの買えるわけがない、金銭感覚についていけないと言い、そんな言い方はないと口論となり、そのまま会話が途切れた。

 冗談で、笑って断れる事だったのに、明日で終わりだと隠した言葉のせいで、きつい言い方になった。そんな事しても、今日の痛みが和らぐわけでもないのに。



「ここ……家……なんで?。お母さんか、電話……じゃないね、会社行くっていって、会ってたんだね。すごいな、しばらく浮かれさせておいて、一番ダメージ大きいとこで、ほんと娘にも容赦ない……。なんでだまってるの、お金……じゃないよね、私の為……。」

「……そう、だな。」

「……大人になって、高校の時にしておけば良かったって後悔してる事ないですか?」

「あるよ。」

「それは、大人の目線からみたら、しないほうがよかった事ですか?」

「……自分の事と、子供の事では、基準が違うから。」

「……私は、師匠の子供じゃないでしょ……お嫁さんにしてくれたんじゃなかったの? なんで、そんな簡単に手放せるのよ。私が嫌いになって、自分で帰るって言い出すようにあんな態度だったわけ、中途半端なのよ、やるならちゃんと嫌いになるように、ひどい事してくれたらよかったのに。」


 どれくらい、彼女の泣き声を聞いていたんだろう。助手席までの距離は近いはずなのに、もう手の届かない所にいる気がした、泣き止んだら。画面の向こうのヒロインは、休み明けの学校にもどって友人達と教室で楽しくおしゃべりする、それが望む未来なのだから、俺はいなくてもいい。


 

「電話貸して、貸して! ……もしもし、私、今から結婚の報告に行きます。……はい、もちろん旦那様もいっしょにです。……行きますよ。」

「何を言って……。」

「実家に来たんだから、結婚の報告と両親への挨拶ですよ。」

「それは、ちょっと、予定にないかな……。」

「仕事以外予定なんて、何も無いでしょう、いきますよ!」


 家まで送り届けるとは言ったが、これは違う。沢山の分岐がある母親のプランにもこんなのは無かったはず。リビングで両親と向かい合い、チサが淡々と俺との出会いや今の住まいなど説明しているが、母親は父親の様子をうかがい、ゴルフでもいきそうなおしゃれな格好の父親は腕を組み、チサを睨みつけている。親への挨拶なんて、相手がだれでも恐怖だが、この父親はたしか大きな会社の偉い人って話だった気がする。怒ってるようだが、なにを素直に話を聞いているんだ、認めん! とか言って、ばっさり切ったらいいのでは? 話を最後まで聞いてから、娘を傷のもにしやがってとか言って殴られるんだろうか。

 母親があの婚姻届けは無効にできる等々、追い詰めていくが、チサはすでに本人直筆の届があるなど、反論していく。それはまるで、裁判所のよう、本物相手にこれだけ反論できるとは、かなりの勉強量と頭の回転の良さが良くわかる。

 完全にリングの外で試合が終わるのを待っていた男性陣だが、チサが新宮から学校に通うことと、子供を授かっていると宣言し、場が固まる。無言で同じ試合を観戦し、どちらにもつけない一体感からか、すこし距離が縮まった気がした父親も、拳を握りしめる。否定しても殴られる回数が増えるだけだし、気がすむまで殴っていただくしかない。

 しばらく沈黙の時間が経過したが、チサが俺に会社を辞めて大阪で別の仕事をさがし、ここに一緒に住んでくれないかと、新たなプランを提案し、さらに場が氷つく。


 沈黙が続き、だれか動いてくれと思っていると、ついに父親が立ち上がり、俺の前にたつ。ついにサンドバックなみに殴られるか、それでもいい、この空気には耐えられない、終わるならあばらの数本覚悟する。

 しかし、父親は額を床にこすりつけるほどの土下座をして、私からもお願いします! と渋い声で叫んだ。いや、違うだろと、心の中でつっこみをいれていると、母親も私からもお願いしますと、頭を下げる。いやいや、あなたは違うだろ、こんなのプランになかったし、いや全部は覚えてないけど、こんなのは一回みれば覚えていたはず。さらに、チサも俺の左手を両手でにぎり、旦那様お願いしますと頭を下げる。初めてチサから握られた手は、すこし汗ばんで震えていた。


「どうですか、女子高生の部屋ですよ、テンションあがりませんか?」

「……すいません、今はそのような状態ではございません。」

「うーん、私の制服姿見ますか? 生着替えつきですよ。」

「いらない……なんでここに制服がある?」

「あ。」

「あってなんだ、あって。友達の家から通う予定って……。あれ嘘なのか?」

「まぁまぁ、細かい事はいいじゃないですか。」

「昨日からの喧嘩も、わざとなのか?」

「まぁ、どっかで罪悪感が増すイベントがあればいいなぁとは思ってはいましたけど、あんないいパスが来るなんて。でも、ちょっとやりすぎましたね。夜の砂浜で泣くなんて……。」

「起きてたのか……。」

「もうちょっと泣いてたら、全部ばらしちゃうとこでしたよ、ほんとあぶなかった。部屋に戻って来てから飛びつきたい衝動を抑えるのに苦労しました。」

「猫か。ちょっと悪質だぞ。」

「ちゃんと謝ってくれたら、話すつもりだったんですよ。これから裏切るのに、謝るとは思ってなかったですけどね。」

「それは、連れてこないと病院に入れるって……、あ、それも芝居か。」

「そんなへこまないでくださいよ、あれはお母さんの案ですよ。ほんとに大事してもらえるか、試したんですよ、旦那様。」

「その呼び方も、今日まで温存してたのか。」

「なんかひどいな、好きな男を手に入れる為なら、手段を選ぶなっていってたじゃないですか。」

「ちょっとニュアンスが違う気もするし、俺に向けてなんて思って無かったから。」

「だいぶ手加減したじゃないですか、ボディタッチだってしなかったし、核心的な気持ちは言わないとか。でも旦那様には、逆に効いてたけど。」

「なにがしたいの、俺なんか恨まれるような事した?」

「そんなの、大好きだからに決まってるじゃないですか。」

「やけに、さらっと言うね。」

「これ以上やって、旦那様に嫌われたら、元も子もないし。」

「すでに、やり過ぎだと思うんだけど。ここまでしなくても、手のひらで転がせたんじゃないのか?」

「旦那様って、草食系の振りして嬉しいとか楽しいって反応はほとんどしないから、全部見透かされてる気がするんで、ゴリゴリいけなかったんですよ。下手にボディタッチしたら、なんかモテテクって見抜かれそうだし。かっこよくないって言ったのも嘘ですよ、ほんとうはめちゃめちゃかっこいいです。」

「近い、近い。」

「旦那様、ここ私の部屋ですから、いつもより戦闘力3倍です。」

「常に俺より強いだろうが。」

「そうかも、とりあえず、いつもより強気なので、こうやって私から抱きついたりもできるのです。」

「……すぐそこに親いるのに、無茶するな。」

「子供出来たって言ったんだし、気にしなくても大丈夫ですよ。」

「とりあえず、それだけは修正しといたほうがいいんじゃないのか?」

「本当に作っちゃえばいいんですよ。」

「何言って。」

「もう言い訳できませんし、逃げれませんよ。」

「……まだ俺の両親に紹介してないし、こういうのはちゃんとしたほうが……。なにその余裕の笑顔は?」

「電話貸して? 旦那様。」


 スピーカーから流れる両親の声と、チサの会話は、すでに顔見知りで、挨拶がすんでいることがわかる。どうやら、来週行く約束になっているらしい。


「ほら。」

「ほらじゃないし、いつ行ったんだよ。」

「新宮行く前の日ですね。」

「まだ、届も出してないし、俺まだ何も聞いてない時じゃない?」

「あたりまえじゃないですか、大事な息子さんもらうのに、事後承諾じゃだめでしょう。」

「……よく言う。」

「さぁ、まだ何かありますか?」

「なんでそんなに嬉しそうなんだよ。……友人に紹介とか?」

「旦那様、友達いないでしょ?」

「……そ、そうだね。」

「数少ない友達になら、Facebookで報告済ですから。」

「えぇ!」

「釣果報告以外ものせないと、教会の写真と、夜の食事と散歩の写真でいいかんじに上げときましたから。」

「え、写真ってなに?」

「カメラマンを雇って盗撮してもらったのです。」

「まじかぁー、きずかなかったって、あのシーンを世間に広めてどうしたいわけ。」

「結構、お祝いのコメントきてましたので、嫁名義で返信しときました。」

「う、うん、もう俺のアカウントでは無い気がする。」

「そろそろ観念しましたか。」

「観念というか、飽きれたかな。なんでそこまでするかなと。」

「自信があるからです、旦那様がどう思おうと、私はずっとずーーっと好きなままだし、嫌われたって好きにさせる、何年かかってもね。釣れなかったら、釣れるまでやればいいんですよ。」

「……すごいな、これで俺が女性恐怖症じゃなかったら……。」

「……もう変な言い訳は受付ません、やっと二回目のキスですね、旦那様。」

「もしかして、一回目のあれも演技だったのか?」

「そんなわけないじゃないですか、一回目を自分からは無理。まさか頼めって言われるとは思わなかったけど。私が言えないと直前まで思ってたんでしょ? もう完敗って顔してキスしてくれるなんて、色々と目覚めちゃいましたね。」

「顔がデレデレだぞ。」

「もういいじゃないですか、一週間以上も新婚さんごっこしたんですから。いまさら、すっぴんはだめとか言わないでしょ?」

「メイクじゃなくて、すっぴんでも……かわいいから。」

「旦那様今、かわいいって言った? 言った?」

「言ったよ。」

「言いそうで、言ってくれないから。私の事、好きですか?」

「……そうじゃなかったら、どうするんだよこの状況で。」

「ごまかさないのー、冗談とかで逃げすぎですって。」

「そっちがのってくるからだろ。」

「ちゃんと、言葉にしてください。……ため息つかない。」

「深呼吸!」

「じゃ、そういうことに。」

「……俺を選んでくれてありがとう、チサ大好きだよ。」

「……ちょっと予想と違う。」

「ほんと、よく泣くな。」

「泣かすな。……ごめん、私も逃げちゃった。ありがとう、すごくうれしい。よかった……届いた……諦めないでよかった……。」

「ごめんな、最初からやりなおそうか。」

「……どこから?」

「看病しに来るとこかな。」

「それって、あの格好が見たいだけなんじゃ?」

「確かに、あの足は衝撃的だった。」

「でも、すぐに慣れたよね。」

「普通に風邪ひいてたしな。それに、照れてる顔のが破壊力あったし。」

「それは、頼まれても出来ないから、服だけにしといて。」

「あの格好は、一緒に歩けないな。」

「制服は?」

「もっと無理でしょ……ほんとうに高校生なんだな。」

「そうですよ、釣り部の部長ですよ。」

「え、もしかして作ったの?」

「そうですよ、部員3人だけだけど。外部顧問として招集してあげましょうか? 堂々と女子高に入れますよ。」

「呼ばれて何するんだよ? ネットみたほうが詳しい動画いっぱいあるだろ。」

「そんなの、無駄に重い荷物持ってもらったり、無駄に忘れたお弁当届けてもらったりするんですよ。」

「アニメの再現したいのは、わかるけど。夏祭りとか、学校の外のイベントにしない?」

「顧問なら大丈夫!」

「いや、旦那を学校に呼ぶ時点でやばいだろう。そもそも結婚しても、通学できんの?」

「出来るみたいですよ、ニ個上の先輩に子供産んでから、もっかい3年やった人いたいし。」

「すごいな、アニメにはないイベント。」

「レアですね。」

「あなたもですよ。」

「そうだね。」

「友達は、知ってるの?」

「まさか、新宮まで男追いかけるなんて言えないし。」

「ふーん、下宿の話は?」

「……もういいやんその話は、よし私もFacebookで報告します。腰抱いて、ほっぺにキスして。」

「……こんな写真で報告するのか?」

「教会の前で抱きしめてるとこでもいいですけど。」

「どっちも変わらない。」

「これでよし、ん? どしたの?」

「いや、どのへんから、仕組まれてたのかなって、聞いても本当かどうかなんてわからないし、細かいことはいいんだけど。」

「そんな、やだなぁー、お母さんは味方だって言ったじゃないですか。旦那様が、一緒に住むって言わなかったら、全てお母さんの言う通りにするって条件でね。」

「すごいギャンブラーだな、新宮まで会いに来たのも?」

「二人で一緒に行ったんだよ、途中温泉よったりしながら。」

「まじでか、知らんかったのは、お父さんだけか。……え、なに知ってたの?」

「全部は言ってないけど、私の話が終わったら、いっしょに説得してねって言ったんだけど。まさか土下座するとは、やりすぎだよね。」

「……家族が特殊なのか、あなたが人を篭絡する能力が高いのか。……もしかして、あの自販機壊したのも?」

「それは、流石に無理。だけど気になったから、後つけてたけどね。」

「気になったって、あの日から?」

「そうだね、おばあちゃんち行くのに、スマホ忘れたから、何もする事なくて。堤防で座ってたら、旦那様が来てひたすら投げ続けてて、私と一緒で暇なんだなって。」

「確かに暇だったけど、まだ釣果出てない時期だったからな、シーズン初めの筋トレみたいなもんだったし。」

「でも、ツバス釣ったじゃないですか、浮き釣りしか知らなかったから、すごいびっくりして。どんな人なんだろうって帽子で顔よく見えなかったけど、声かけてもらおうと、近く歩いても全然反応しないし、帰っちゃいそうだったから、ちょっと後付けただけです。」

「立派なストーカーやん。」

「いいでしょ、行動しなければ、何も変わらない。」

「うん、チサが言うとすごい説得力あるよ。」

「あの時、女子高生っぽい格好だったら、車乗せてくれた?」

「……乗せないかな、買ったポカリ渡して逃げたかな。」

「そうなんだ、最初から素で会ってたら、どうなってたのかなって。」

「いまだに、あなたの素がどんなだか、わからない。」

「相手にあわせちゃうからね、好みじゃないのあったら言ってね。あのスカートは、もう外では着ないから。」

「家の中でも控えてほしいんだけど……。」

「そ、そうします。二人で住むなら、別に気にしなくても、いいんじゃ?」

「気になるから。そうだ、このマンションでもう一部屋買うって、あれ本当なのかな?」

「すぐには無理だろうけど、本気だと思う、うち両方とも実家が資産家だから、金銭感覚がちょっとね、私にも理解できなくて。」

「そうなんだ、一人娘なのに婿じゃなくて良かったの?」

「うちの親は長男長女じゃないから、大丈夫。それに、新しい苗字気にいってるし……。」

「そか、あとは、仕事か……。なにやらされるんだろう。」

「無理に探さなくても、家にいて主夫してくれてもいいよ。」

「いや、女子高生の夫が主夫って、なぞなぞみたいになってるし。」

「じゃ、絵を描いてるとか、曲書いてるとか言っとけばいんじゃない。」

「ヒモ状態やん。」

「実家のおじさんは、ずっと絵描いてるらしいよ。」

「それは本物でしょ、お父さんが紹介してくれる仕事って、どんなのか見当つく? なに笑ってるの?」

「いや、なんかもう、さらっとお父さんって呼んでるから。先に希望言っとけば、いんじゃない、娘には甘いから、頑張ってさがしてくれるよ。」

「娘の旦那にやさしいとは限らないだろ。希望って言ってもな、どんな感じで?」

「うーん、若い女の子部下いっぱいとか。」

「……それは、昼ドラごっこしたいわけ?」

「いや、私の仕事先も確保する為。」

「弁護士めざすんじゃないの?」

「そうだけど、席だけおいといて給料もらわないといけないから、稼げるようになるのは大分先だし。」

「うすうす分かってたけど、あなたの金銭感覚も俺には別世界かな。しかし、俺部下なんていたことないからな。」

「大丈夫、会議室に呼び出してちょっと脅せばすぐよ。そこに私が入っていって、この泥棒猫めーって言うの。」

「やっぱり、昼ドラごっこしたいだけやん。」

「一緒に大学行くとか?」

「仕事ですら無くなってきたし。」

「わがままだなぁ。」

「う、うん、そうなのか? なんか異世界転生した気分だけど、なんでもやるよ。」

「ありがとう、がんばってね。」

「じゃ、帰るね、お休み。」

「お休みって! どこ行くのよ!」

「いや、いろいろ決まったし、そろそろ帰ろうかなって。」

「旦那様、いまさら逃がすわけないでしょ、一週間ですよ、毎日抱き枕にされるだけで我慢してたんですよ。私だって抱き着きたかったのに!」

「声でかいって、分ったって、泊まっていくから。可愛く無かったら、ホラーだぞ。……露骨に喜ぶなよ。」

「ちなみに、泊まるんじゃなくて、住むんですからね。……これで、また看病できますね。」

「それが、目的じゃないよね。」

「旦那様だからって、全部教えてあげるわけじゃないですよ。」

「俺は、聞き上手なんじゃなかったの?」

「そうだった……。なんでも話すから、少し長いキスして。」

「……いつから、意識してた?」

「うーん、イケメンの告白で揺れなかった時かな、一瞬、師匠の横顔がよぎった、かな、もっと前からだったかも。あー、だめだめ、絶対に私に興味ないし、落とせる気がしないから、やめやめって。でも、気が付いたら、もうダメだよね、おばーちゃんち向かってる時から、ドキドキしてて、釣りしてても当たりに気が付かないくらいに緊張してて、ばれるんじゃないかって、怖かった。恋する乙女ぽいって、最初は嬉しかったけど、馬鹿みたいって、届かない片思いがこんなに辛いなら、治らなくてもよかったのにって。」

「……それで、俺は恨まれる事に。」

「確かにちょっとは恨んだかな、でも横で泣いてからは涙腺崩壊して大変、失恋ソングとか、別れの物語とか、教室でも突然きちゃうから。すごく辛かったけど、嬉しかった、私もちゃんと好きになれるんだって。もう大泣きしちゃたし、そうでなくてもおかしな行動してたから、もう隠せないかなって……だから、想いを伝えて、フラれたら、ちゃんとありがとうって言って、次に進めるって思ったのに。私って予想よりかなりのヘタレで、会ったら言えなかったし、中途半端にせまるぐらいしか出来なかった。」

「……そんな雰囲気じゃなかったし、俺が……。」

「それは、まぁ、予想とはだいぶ違ったね。もう完全崩壊ってぐらいだったのに、会いたくてしょうがなくて、お母さんにお別れも言えなかったって泣きついて、それで、引っ越してってお願いに行ってくれたの、私も、あの時はそのほうがいいって思ってた。届かなければ、時間が解決してくれるって。それなのに、風邪で寝込んでる間、大丈夫かー、とか言って部屋に来るかもって勝手に浮かれて、恋する女の子の妄想はほんとすごいよね。冷静になって落ち込むんだけど、ほんとに上下が激しくて、このまま壊れて幻覚とか見えるかっなって、期待してたよ。」

「……ごめんな、あの時は混乱してた、まだ子供だと思ってたからな。部屋に帰るたびに、一人だなって実感して、まるでチサがさっきまでいた気がして……。」

「……実際に、いましたけどね……。」

「そ、そうだな。無意識に感じ取ってたのかもしれないな、それと、上書きされていってた気がするな、堤防で会った小学生から、心配して看病しに来てくれた女性に。」

「それは、狙ってなかったかな。それなら、引っ越し前でも良かったってこと?」

「どうだろうな、あの距離と2か月って時間は、必要だったかな。新宮に現れた時は、最初は揺れたけど、新婚ごっこに飽きて、すぐ帰るとおもってたからな。」

「それは、予想通りかな。でも、もっとダメ男アピールしてくるかと思って、反証用意してたけど、隠し事のせいで優しかったかな。」

「あえて自分から言わなくても、十分に残念なやつだろ?」

「旦那様、自分で思ってるほど、ダメな人じゃないですよ。」

「そうか? 自慢出来る事なんて、ちょっとやりすぎな可愛い嫁がいるぐらいだぞ。」

「それは、がっつり自慢していいですよ、特に可愛いって所を強調して。」

「うーん、そんな殺意を集める行為は、避けて生きていきたい。」

「……旦那様のいいところ……仕事の電話してるとき、めっちゃかっこよかったですよ。」

「あれって、おとといのか? 謝ってただけやん。」

「謝ってるふりして、結局、持ってきたいほうに誘導してましたよね?」

「誘導って……、そのほうが上手く回ると思った事を説明しただけだよ。決定して責任とるのは俺じゃないからな、楽な位置から見上げてるだけだよ。」

「またまたご謙遜を、意外と仕事出来ないんじゃないかな、会社で重宝されてと思うんですけど、辞めちゃってよかったんですか?」

「……誰がそっちに誘導したんだよ。」

「私です、いいですよヒモ製造機と呼ばれても。もっとお金持ちなら、山奥の別荘とかに繋いでおきたいぐらいです。」

「……怖。」

「そこまではしませんよ。……旦那様、意外と誰にでも挨拶しますよね。」

「みんな、してただろ、そんな大きな町じゃないし。」

「バス降りるとき、運転手さんに挨拶したの、旦那様と私だけでしたよ。」

「初詣行った時のか? よく見てるな、あんまり覚えてないけど……正月から仕事してるし、怠け者の俺には、仕事してるってだけで尊敬する人だしな。」

「ほら、いい人やん。」

「どのへんが?」

「どうもって言われたら、仕事でも嬉しいと思うよ。それと、帰ってきても、遅くまで調べものしてメール返して、それで怠け者って、どんだけ働けば満足するんですか?」

「仕事だけじゃないけど、器用にこなせるほうじゃないからな、時間がかかるんだよ。……よく今迄クビにならなかったなって……。」

「旦那様、その考え方で女の子泣かせた自覚はあるの?」

「……ごめんな。」

「……これから、たっぷり償ってもらいますから。」

「がんばるよ。」

「旦那様から、その言葉が出るって、すごい意外……。」

「無理してるんだ、からかうなよ。……これで、ハッピーエンドなのか?」

「別れで終わる映画すきですよね。いいじゃないですか、悲しい別れはもう味わったんだし。もう置いていかないでくださいよね、私より長生きしてね。その時が来るまで、末永くよろしくお願いします。」

「こちらこそ、よろしくお願いします。」

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ