醜い時代の終焉
その翌日、理事長室を訪れた矢田亜紀の父親は、山田への面会を申し込んだが、理事長はそれを断った。
「彼は、今を楽しんで生きている。子供達と触れ合うことで新たなスタートを切った。生徒の力になりたいというのは、彼の思いだから、わざわざ親がお礼に出向くようなことではない」
「そうですか…」
「彼はね、玉井高校の出身で、当時…… インターハイ予選の決勝で審判にやられてしまったんですよ」
ただ、ここには言葉にできない彼の思惑があった。
国会議員の秘書をしている矢田亜紀の父親が、もし動けば何か変わるかもしれない……
そう思った彼は、山田の苦悩と、バスケットをしている子供達の境遇を知らせたいと思った。
ほとんどの審判が懸命に、かつ真摯に向き合っているのに、中川という審判部長が毎年決勝で笛を吹き、そして毎年疑問を残している……
しかし、全国バスケットボール機構AJBBA、県支部の実権を握っている青井高校の監督、山川の承認がなければ、栄誉ある決勝の笛はふくことができないという噂もある。その青井高校は、もう何年も続けて インターハイに行っているが、1勝もできない。
できることなら、子供達には平等なジャッジのもとで決勝を戦わせてあげたい……
何年にも及ぶ苦悩と子供達の不幸を長瀬は静かに語った。
「要は、その中川に決勝の主審をさせなければいいんでしょ」
矢田はいとも簡単に話した。
「そうなんですが、なかなか難しい問題がありましてね…」
二日後、全国バスケットボール機構AJBBAから、高校男子インターハイ予選の決勝には審判2名を派遣するからとの連絡を受けた支部長、青井高校の監督、山川は驚いたが、これに逆らうことはできなかった。
一方、そのことを知った北井高校の監督、西野は、これは山田の配慮だと確信して礼を言ってきた。
『ちょっと待てよ、俺は知らないよ』
『いやー、こんなことしてくれるの、先輩しかいないですよ』
『ちょっと待てよ、AJBBAに知合い何ていないから』
『わかりましたよ、でも頑張ります』
『そりゃそうだよ、インターハイは絶対だぞ、いいな』
『もちろんです』
『それから、全国に行ったら、絶対に1勝だぞ』
『いや、それは……』
『ふざけるなっ! お前1回戦で負けたら、彩ちゃんに恋い焦がれているのに未だに告白できないこと、ネットでばらまくからなっ』
『先輩、勘弁して下さいよ……』
『いいや、俺が実行する男だってことはよく知っているよな、死ぬ気で頑張れ!』
『せんぱ… がしゃっ… 切られたよ、参ったなー』
高校男子バスケットボール、インターハイ予選決勝、全国バスケットボール機構AJBBAから派遣された2名の公平な審判のもと、80対46という結果で青井高校に圧倒的な勝利を収めた北井高校はインターハイでも2回戦では敗れたものの、1回戦を勝ち上がり、県勢初の1勝を手に入れた。