第三章 〜偽りのない思い〜
夜に潜む黒影 月光を纏いし暗殺者
定められた運命は誰も変えられないのか?
誰にも見えない夜叉は人を襲い続けるのだろうか…
ガキンっ!ギリギリっ…
「っ……刀って使った事、無いからな〜」
夜、静かだった空間は刀と刀から発した音が混じり合い、木霊して消えていく
虫の声と風の音がやけに響く、この闇空
その中でも、奈美は必死に剣術も知らない状態で戦っている
「はぁあ!」
奈美は紅零の攻撃から危機一髪で逃れ、びりっ!と服が裂ける音がした
軽傷で済んだものの、相手は妖怪であり 剣術もばっちりである
力の差がありすぎると、奈美は身を持って実感した
さっき自分の武器の札を投げてみたら難なく切り裂かれてしまった
札も効かなければ、どうすれば……
「いっつ〜…切れちゃった、か」
「あははっ!所詮は人間。弱い」
びゅん、と横になぎ倒すように刀を振り、紅零は鼻で笑った
「あんたとは違って長く生きてるし…歳の差かな?」
「卑怯ね〜 札も切っちゃうし、おまけには剣術も使えない私と戦って面白い?」
「面白いよ、あんたが投げる札は浄化の力があるから 私のとっては触れないし〜。それに太刀筋が悪くても力はあるから あれに当たったら一溜まりもないんだろうな!」
「お世辞?それとも情け?」
「そんなんじゃない……お遊びじゃないんだから」
……この妖怪、表で笑っても 心が本気だ
「さぁ〜て!夜叉猫の力も見てもらったし、ちょっくら閻魔様に会ってきなよ!」
そう言ってまた風の技を使ってきた
今度のは強烈な風力が感じられる…いくら奈美でも吹き飛ぶくらいじゃ済まされない
紅零が微笑みながら 奈美の最後を見届けようとしていた
だが紅零は見た…奈美はニヤリと子供の笑いをしていたのを
「ミオ!」
奈美が剣を構えると、ミオは叫んで術を唱えた
『氷冷風!』
ミオが宿った蒼剣から凄まじい吹雪と氷柱の槍がでてきた
吹雪は紅零が出した風を消し去り、氷柱の槍は吹雪のお陰で速さを増した
「!!……意外とやるねぇ、巫女さんも」
関心をしつつ、氷柱の槍が飛んできたのを見て黙ってはいられなかった
「はぁあああああああ!」
紅零は気合の入った声を出しながら一気に刀に精神を集中させて力を溜めた
刀の刃が見る見るうちに黒い稲妻が纏わりついてきた
「てりゃあああ!黒雷斬!!」
黒い稲妻は素早い動きで奈美達に襲いかかる
「ふんっ」
それに動じるように奈美は黒い稲妻を刀で断ち切った
それを見た紅零は舌打ちを軽くした後にまた黒雷斬をだそうした……
しかしそれは大きな超音波で出せなかった
「っっっ!!?」
「っあ!?……ミオ 何、これっ!」
思わず耳を塞ぐほどだ、奈美は耳を押さえながらミオに聞く
『穴から大きな超音波が感じる…もしかしたら新しい妖怪かもしれないわ』
「うげげ…また面倒臭いのが…」
『大丈夫なの、奈美』
「む、無理かも……耳、塞いでもキンキン音がする…」
両手で思いっきり押さえつけても、それを通り越して音波が聴こえる
『人間じゃ、鼓膜がやられるかもね…ここは一旦…』
「その必要はないよ!」
ミオが話している時に割り込む紅零の声
奈美が持っていた刀がピクリ、と一回だけ動いた
「私が倒してくる」
『どういうことかしら?今の状況だと貴方の方が有利じゃありませんの』
「猫夜叉は狙った獲物は殺さない、逃がさないがモットー!私の獲物がこんなんで死なれちゃ面白くともなんともないよ」
えっへんと顔に書いてある自信は偽りもない顔をしていた
ミオは戸惑いをしたが、判断は逃げた方がいいだろうと言うこと
考えを述べようとしたら、超音波で苦しんでいる奈美が掠れ声で言った
「……んじゃ…頼んで……みようかな…夜鐘ちゃん」
『何言ってるの!相手は妖怪、しかもこんな不利の状況でまだ減らず口が叩けるんなら…」
「いいじゃん……あの子、嘘を付いているようには…思えないからさ……期待に応えようよ、ミオ」
『で、でも………』
「ミオ……頼むから…中途半端な戦いは……誰も好まないし……私も嫌だよ」
奈美はにっこりと微笑む、それには敵わないミオは溜息をつき
『…はぁ、分かった。……夜叉猫、さっさと妨害してきたやつを倒してきて』
と、ぶっきらぼうに紅零に告げた
紅零は真剣な顔になり、二人に言い返す
「うん、行ってくる」
ひゅんひゅんっ!
竹林の中で刀を持った妖怪が華麗に飛んでいた
目を針のように鋭く光らせ、瞳は紅く、刀には黒い稲妻が渦を巻きながら纏わりついている
速すぎてその姿は誰にも見えない……
神経、精神を集中させ、獲物の在りかを探る
「……いた」
月光に浴びて超音波を発する震源地…それは大きな蝙蝠が撒き散らしていた
あの様子だと周りを気にしていない
隙がありまくる蝙蝠の急所を狙い、闇陰に潜みながら様子を窺う
……実はあの戦い、楽しくて仕方がなかった
ここに来る前の私の世界は、金持ちが暗殺者…猫夜叉を雇う
猫夜叉は運動能力とか優れているし、スパイとかも難なく出来る
でも…猫夜叉の中にも、平和に暮らしたいという願いを秘めている子もいる
それに信念と忠誠を大事に誇っている輩もいるし
獲物を殺さず、幸せに自由に生きたい…そんな事も思っている奴もいたっけ
そんなのは全部、実現はしなくて過去にすべて消えていった
ただ、殺してお金もらってまた殺して
それしか運命がなかった…
暗殺者として使われている過去を消したい…
何もなかったようにしたい…!
そう思って自分で考えたけど…何も出来なくて、ただ命を散らしてた
んで、任務中に満月がぱっくり穴が開いてその中に入ってここに来たんだ
そうしたら巫女姿の女の人がいたから話しかけてみた…
そうしたら案外強くて、最初は本気じゃなかったけど次第にそうなって行ってたら
なんか…楽しくなっちゃって、自由な気分になって…
私の信念も伝わっているようだった…あんな世界には信念も何もなかった
忠誠はあっても汚い忠誠、意味を持たない忠誠ばっかり
だから…あの人は殺さない、私を信じてくれたあの人は!
「キシャァアアアア!」
「少しは周りを見たらどうかな…」
蝙蝠の隙を見抜いた夜叉猫は高速移動のように空へ舞い、剣を蝙蝠の背中に突き立てる
「おりゃああ!」
グサリッ!と肉が裂けるような音がし、蝙蝠の悲鳴の声が竹林に大きく木霊する
剣を引き抜くと、蝙蝠は暗闇に包まれた竹林の中に堕ちて行った
「口ほどにもなかった…これで、巫女さんが無事でいてくれればいいんだけど」
妖怪……紅零は急いで奈美のもとに戻って行った
「あー、いーー、うー……」
「大丈夫なの」
「やっと途絶えたよ……あの子がやってくれたみたいだね」
「…妖怪は信じたくなかったけれどね」
元に戻っているミオは羽根の手入れをしながら言った
竹にもたれかかっている奈美は耳を離した
「…妖怪は妖怪でも、悪い妖怪ばっかじゃないんだよ」
「知っているわ、けれどいきなり襲いかかって来た妖怪に命預けるなんて…」
「断る理由が見つからなかったの!」
「はいはい」
奈美の発言を軽くあしらい、今度は背中の手入れに入る
「酷いなぁ…ミオはいつからツンデレさんになっちゃったのかなぁ…」
呟くようにそう言ったらもたれかかっていた竹にスタタンっ!と細い氷の氷柱が刺さっていた
背筋に冷や汗をかきながら上を見るとにっこり笑顔のミオが氷柱を構えている
「…今、何か言った?」
「ぶんぶんっ!言ってません!」
首を思いっきり横に振り、奈美は否定を主張する
「まぁ…いいけれど」
「お待たせっ!巫女さん!」
紅零が竹林から舞い降りてきた、本当にやってきたらしい
「おー、ごくろうさま〜!ボディーガードとして雇いたい気分だな〜」
奈美は軽い冗談を言ったつもりだったが紅零には本気に聞こえたらしく
「別にいいけど?巫女さんがそう言うなら!」
「え、マジですかっ!敵同士だったのに!」
「いいんだよ〜、働くところがなかったし」
「お金…渡せないかも」
「そんなのいらない、ただ守りたい人が出来たから…その為なら戦ってもいい!」
「???……じゃあお願いしようかな!」
「この鈍感め…」
憎たらしく誰にも聞こえないようにミオは呟く
「んじゃあ、これからもよろしくね!巫女さん!」
誰にも見えない夜叉猫の心の姿……
それは一人の巫女によって姿を現した
信じてもらえた思いを無駄にはしないため
命をかけて守るだろう…
つづく