第五話 彼女への不貞
「ぴぃぁーーーー! 寒い寒い寒い寒い寒い寒い! ひっ、卑怯ですよ! 何でこの氷溶けないんですか⁈ 溶けない氷の鎖なんて反則です!! 反則なんですよ!! 正々堂々と戦えー!!」
真白は、ぎゃあぎゃあと騒ぎ立てる。彼女は、粘り強く幸彦に再戦を求めた。
しかし、上空100メートルから叫ばれても幸彦には上手く聞き取れない。彼は赤い空を見上げると困惑するのだった。
「何言ってんだあいつ? のたうちまわって危ないったらありゃしない……」
彼女は、氷の鎖で雁字搦めにされていた。それなのに暴れ回るものだから、幸彦は肝を冷やす。
「しょうがない、繋ぐか……」
幸彦は真白の妖気の波長と自分の妖気の波長をリンクさせていく。
それは能力が弱体化してから初の試みである。しばらくすると幸彦の頭に金切音が響くのであった。
『イヤァァァァァァ! さむいぃぃぃぃ!!』
彼はその声に耳を塞ぎながら、ほっとする。どうやら上手く回線が繋がったらしい。
距離の関係で無理かと思われたそれは、杞憂だったようだ。脳内では、甲高いソプラノボイスで寒い寒いと訴える真白の悲鳴がこだましていた。
『あーチェック、チェック、チェックワンツー、チェックワンツー。本日は晴天なり〜っと聞こえてるか? これ聞こえてるか? 真白』
そうすると、真白からの返事はすぐに帰ってくるのだった。
『反則! 反則! 反則ぅぅぅぅぅぅ!!』
真白はいつかのように駄々をこねる。相変わらず勝ち負けに異常に執着がある少女であった。
『ふっ……! 反則とは失敬な。正々堂々と戦ったじゃないか。俺の方が上だっただけだ』
幸彦は回線を繋いだまま、心の声の一部分をシャットダウンする。
(アレが発動してから、方向転換出来ない。それが分かれば勝つのは簡単だ。真白の炎の温度で溶けないよう、氷の発車台を用意すればいいだけだからな)
猪突猛進をした真白は、ロケットのように空中に飛びあがる。飛び上がった彼女は重力に従って落ちる。キンキンに冷えた雪の掌の中に……
――ジャラジャラジャラジャラ、ボォォォオ、ボォォォオ!!
氷の鎖がこすれるイメージが幸彦に伝わる。その後にバーナーのような燃え盛る炎が出現した。
どうやら真白は、氷の鎖を炎で溶かそうとしているのだろう。彼女の無駄な努力に幸彦は、涙を流すのだった。
『あぁ、さっ……寒い! 早く、早く溶かさないと冬眠しちゃう。なっなんで、なんで、これ溶けないんですか⁉︎ さっきは簡単に溶かせたのに!! はぁはぁはぁはぁはぁ、さっ寒い。寒い寒い寒い寒い寒い寒い! これっ、さっきよりめちゃくちゃ寒い!!』
彼女は残る妖気をどんどん継ぎ足すが、氷は全く溶けない。大量の妖気を消耗した真白は、酷く憔悴する。
『そりゃ、熱耐性に重点的に妖気注いだからな。そんな状態じゃあ俺の氷は溶かせない。それと、そんな高さで熱量上げたらどうなるか……よーく考えるんだな』
幸彦は彼女を捕らえる際、氷の鎖と雪が溶ける温度をあえてずらした。氷は溶けにくく、雪はすぐ溶けるように……
『ひぃぃぃ、雪がぁ⁉︎ 雪が溶けてるぅぅぅぅ⁉︎ 先輩、助けて下さい!! 落ちて死ぬ! こんな高さから落ちれば死にます! 早く、早く!!』
案の定、真白はパニックに陥る。そして幸彦に助けを求めるのだった。
『ギブアップするか〜? ふぁぁ』
幸彦は真白に、ギブアップを促す。氷の義足は膝から下だけだったので立っているのも辛かった。こんな茶番はさっさと終わらせるに限る。
さっさと保奈美を叩き起こして、体の傷を治してもらうとしよう。さっきから痛くてしょうがないのだ。
もはや、幸彦は勝ち負けに興味はなかった。しかし、真白はこれを跳ね除ける。
『誰が、誰がギブアップなんてするなんて言いましたか!! 勝負とは別に助けて下さいよ!!』
真白は図々しいお願いをする。それに幸彦は若干腹を立てた。
『ふーん……あっそう。じゃあ自力で帰って来いよ。上空100メートルから手足縛られたまま。落ちたらソッコーだろ?」
『あっちょ!』
幸彦は彼女の返答を聞かずに回線を切る。
『よっと……我、妖気、変換、氷雪、階級、結界雪、足跡、以下略、雪絨毯』
幸彦は二倍の妖気を費やして、雪絨毯を発動する。咄嗟に発動するために二倍の妖気を消耗する。そんな使い勝手の悪さから、よほどのことがなければ使わない。
そうして、簡易な探知結界を貼る。これでケガレが侵入してきたとしてもすぐに対応できるのだった。安心した幸彦はその場に寝転ぶ。
「なっ⁉︎ ふーんだ、そっそんなの簡単ですよーだ。降りるだけなんですから……」
口では軽口を叩きながら、真白は恐る恐る下を見る。そこには建物が極小に映っており、恐るべき怖さだった。
「ひゃあぁぁぁぁぁぁぁ⁉︎ むりむりむりむりむりむりむりぃぃぃぃ!!」
彼女はあまりの高さに目を眩ませ、腰を抜かす。
真白は中央まで急いで戻ると体を縮こませる。そして、掌の中央に寝そべったまま、微動だにしようとしないのだった。
「すぅー……すぅー……」
彼は静かに寝息を立て始める。もはや幸彦に真白の声は伝わらないのだった。
「ちょおおおおおお!! 天田先輩のバカーーーー!! 本当にバカァーーーー!!」
負けず嫌いに勝っても奴らは簡単に負けを認めない。ならば負けを認めるまで放置するのが一番である。そうして、幸彦は糸が切れたように深い眠りに入るのだった。
「ふぅぅぅー、ふぅぅぅぅ!!』
『好きです、好きです、好きです、好きです、好きです!』
真白は激しい息遣いと共に唇を奪ってくる。それは優しいキスとは言い難く、あらあらしく乱暴な快楽のみを追求したキスだった。
「んむむむむむむ……」
幸彦は舌だけはねじ込まれないよう、何も話さない。今口を開けば確実に口内の真白の舌が侵入してくるのだった。
(あぁ、浮気かぁ……これ完璧に浮気だぁ。どうすれば、どうすれば俺はこのキス魔から解放されるのだろうか……)
「ぷはぁ……はぁー、はぁー、はぁー、」
彼女は息継ぎのために、唇をようやく、話すのだった。お互いの唇は唾液で汚れ、二人の間にはいやらしい糸が引くのだった。
幸彦は袖で口を拭いながら、真白を叱る。
「お前、そのプライドたまには捨てろよ。俺が起きなかったら、そのまま死んでたからな――むご⁉︎」
彼女の舌が口内に侵入したかと思うと、それは勢いよく暴れ回るのだった。
「ふぅぅぅ、ぢゅるるるる…じゅる……れろぉ、ちゅぽん……えへへへへ、先輩の唇あったかいですぅ。むふふぅ。真白はキス大好きですぅ。はぁむ……じゅっ
彼女は、幸彦の腰を尻尾で逃げられないように掴む。そして彼の口に舌を入れると、唾液を流し込んでくるのだった。
「むむむむぐうぅぅ!」
幸彦は顔を引いて真白から逃れようとする。しかし、物凄い力で引っ張られる。彼女の唇は吸盤のように幸彦の口から離れてくれなかった。
(くそ! こいつ! 離れようとしねぇ! 普通こんな状態でキス迫らんだろう!!)
まさか、死にかけてまでキスを所望するとは盲点である。妖怪でも気絶はするし、ショック死も当然する。30分立っても降りて来なかったので、急いで階段を作って迎えに行ってやったのだ。
死の一歩直前だった真白。彼は、仕方なく口から妖気を分け与えてやった。その方が効率が段違いだったからだ。
それがこの濃厚なキスの始まりである。幸彦が自発的にキスをしたせいでスイッチが入ってしまったのか。彼女は生娘には見えない下品な顔で、幸彦と舌を擦り合わせる。
両手が塞がっているために真白の蛮行が止められない幸彦。これをやめさせるには早く妖気を補給するしかない。そう考えた彼は、彼女の腰を引き寄せると自分から積極的に舌を押し付けるのだった。
「むぅぅぅぅ! ぷはぁ⁉︎ ちょっと! ちょっと! もうちょっとキスしましょうよ! 減るもんじゃないでしょう! 女子中学生と接吻出来るんですよ! もっと、ねっとりずっぽり楽しみましょうよぉ〜」
彼女は、再度幸彦と唇を重ねようとする。彼は必死で避けると、強く言い放つ。
「えぇい! ワガママ言うな! これで限界だ! 真白のせいで、保奈美にどれだけ絞り取られてると思ってるんだ。こんなとこ見られたら腹下死するわ!!」
幸彦はウエストポーチからタオルを取り出して水を出して湿らせる。そして濡れタオルで唇を拭うのだった。真白はやたらめったらキスをしたがる。
キスをするのは百歩譲って医療行為だからしょうがない。しかし、ディープキスや顔舐めはやり過ぎではないだろうか。顔中が唾液まみれになるのは勘弁願いたい。
彼女はマーキングするかのように、しつこく、しつこく何度もキスするのだった。そのせいでせっかく忘れていた彼女の舌と唾液の味を思い出す。彼は罪悪感と高まった性欲から彼女に背を向ける。
「もう温まっただろ。さっさと離れろ。保奈美おこしに行くから……」
「いや〜で〜す〜。離れたくありません」
「問答無用! 淫乱中学生はそこで頭冷やしとけ!」
「ピギャャャャャャ!!」
こうして幸彦は真白を氷漬けにした後、保奈美の元へと向かうのであった。
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