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第七話 鈴木家 荒事専用部隊 リトルスパイダーズ


「おい、保奈美。結界が解けたぞ。早く行こうぜ」


 鎧武者の妖気反応が消えると共に、行手を遮っていた透明な壁は砕け散る。

 幸彦はそれが壊れるのを目で確認すると、前方へと駆け抜けた。しかし、保奈美の妖気反応はぴくりとも動かない。


 訝しんだ幸彦が彼女の方を振り向くと、彼女は電話を誰かにかけていた。


「お前……この緊急事態に誰と連絡取ってるんだ?」


 今こそ保奈美の大跳躍が必要な時である。暢気に電話をかけている場合ではない。その思いが滲み出たのか。幸彦の声にはちょっとした怒りが含まれていた。


「いやん。幸彦くんったら嫉妬してるのぉ? 私が誰と電話してるか〜……し・り・た・い?」


 保奈美は腕で体を抱きながらくねくねと身をよじらせる。

 真面目に対応したら、これである。彼女相手に下手に出たのが悪かった。幸彦は妖気を頭脳に集中させると目を瞑る。


「まともに答える気がないならもういい。自分で探る」


 幸彦は能力を使って保奈美の心を読む。するとそこには信じ難い事実があった。


「はぁ⁉︎ さっき消えた結界がまだ二つもあるのか⁉︎」


 あまりにも最悪な情報だったため叫んでしまう幸彦。さっき倒した鎧武者でさえ、尋常じゃない強さだったのだ。それが後二体も残っているなど人材が明らかに足りない。


「マジかよ……どうやって辿り着けばいいんだ?保奈美の足でも全部回れねーぞ」


 大阪は都道府県の中では比較的狭い。だが、端っこ全てに短期間で行けるほど近くはなかった。あまりにも途方な時間がかかることに幸彦は絶望する。


 そうしてへこたれていると、保奈美は幸彦を抱きしめて励ました。


「大丈夫、大丈夫。きっとすぐに壊せるわよ。だって鈴木家のエキスパートと白百合たちに連絡したんだもん」


「はっ? えっ、お前それはマジか?」


「マジもマジ、おおマジよ〜。本当はね、家の力を使わずに独力で倒して幸彦くんの好感度ゲット〜とか考えてたけど、そうも言ってられないでしょ。幸彦くんが全力みたいだしね〜」


(レタスに雪音つけたことか? 確かにあいつつけたせいで全力出さざるを得ないが……というか、お前まだ手抜いてたのかよ!!)


 幸彦は目で激しく抗議する。それに保奈美は少したじろぐと、およよと泣きまねをする。


「ううっ……反省してますよ。だってこんなに敵がうようよいるとは思わないじゃない。そもそもテロリストどもは何を考えているのかしら。こんな戦力ぶつけられたら、死に物狂いで反撃するのが当たり前だと思うけど」


 微妙にずれていると思うのは幸彦だけだろうか。普通は人間相手に全力など出さない。

 タイマン至上主義のバカが相手だったから、よかったものの。普通は人間を盾にされるだけでゲームオーバーだ。


「テロリストの目的なんか距離が遠すぎて読めん。だが、手間が省けたな。ここから一番近い結界は……」


 幸彦は砕けちった壁の欠片の妖気を覚えるとそれを頼りに妖気感覚を最大限に広げる。すると、莫大な妖気で形成されている壁らしき反応が一番近くにあったのは東の方角だった。


「よし、保奈美。すぐにでも向かうぞって……保奈美⁉︎ お前どうしたんだ!」


「やだなぁ……幸彦くん。私心臓刺されてるんだよ。ちょっとは休憩させてよぉ〜……んっ」


 保奈美は幸彦とキスをするがそれは弱々しい。いつものような激しいキスでないそれは、幸彦の心を取り乱させる。


「おい、大丈夫か? いつもみたいにぶちゅーってしていいんだぞ。お前ができないって言うなら代わりに俺が――」


「ごめんなさい。あの時は誤魔化してたけど、私の再生力でも状態を保つのに精一杯みたい。これはどんなに妖気を費やされても無理かな……自然回復を待つしか……ゴホッ、ゴホッ……」


 保奈美は血が混じった咳を出す。思ったよりもあいつがつけた能力は厄介なようである。


「何かできることはないか? なんでもするぞ」


 成り行きとは言え幸彦は保奈美の彼氏である。愛情を本当に抱いているのか。それは今でも怪しいが死んで何もないほど、彼女の存在は軽くなかった。


「あははぁ……珍しく、やっさしーい……じゃあ手ぇ握っててくれる? 幸彦くんに握られてるとポカポカして回復が早くなりそ〜う」


「ポカポカって……俺はカイロかよ。逆だっつーの。こんなもんでいいなら、いつでもしてやるから、さっさと元気にな顔見せやがれ。お前がしおらしくしてると気持ち悪いんだよ」


 いつもはキスだのセックスだのと、色々迫ってくるくせにピンチの時は手。それを思うと普段の彼女は演技でこっちが素なのかもしれない。


 そんな世迷言のような考えを抱きながら、幸彦は回復するまで彼女の手をずっと握り続けるのだった。





「ふぅ、お嬢様の言った通りこの壁は壊せないようですねぇ。近くに妖怪はいるにはいるんでしょうが……見当たりませんし」


 鈴木保奈美の忠実な猫耳メイド。剛田夏美はお嬢様からの電話を受け取ると、鈴木家、荒事専用部隊『リトルスパイダーズ』を連れて現場へと急行していた。


 事前にテロを鎮圧するのではなく、保奈美の命令で動くところが実に妖怪らしく冷徹な考え方である。


「大体の場所は分かっているんですがねぇ……」


 聴覚と嗅覚で妖怪がいることは分かっている。だが守護者は人間に紛れ込んでいるのか。多数の人間の匂いと足音に紛れて詳細な場所自体は掴めずにいた。


「No.4、No7、No10。対象を発見するのはまだ難しいですか?」


「失礼ながら……対象は人間に擬態し切っており、妖気感知、生態感知、目視、どの方法でも一人に絞り切るのは難しいかと……」


「あなたたちでも無理ですか……私もあの辺りだと大まかに断定はできたのですがね。細かいところはお手上げです」


 使用人たちは困っていた。保奈美のある命令が大きく足を引っ張っていたからだ。


『あなたたち。人間に傷をつけてもしクレームが彼の耳に届けば……分かっているわよね?』


 保奈美がNOと言うだけで自分たちの首は飛ぶのだ。彼女の機嫌を損ねる訳には行かなかった。


「しょうがない。No.1である私の能力を二割、解除しますか。リトルスパイダーズの全員に告げます。私から距離を取って風上に移動しなさい。まだ現実の中に住んでいたいでしょう?」


 夏美が命令するとNo.2からNo.10まで一斉に風上に移動する。彼らは夏美の恐ろしさを戦闘訓練でトラウマになるほど叩き込まれていた。


「うわぁ……No.1の能力使うんですか。今回みたいな相手には絶対刺さる能力ですね」


 剛田夏美は酔狂や猫耳メイドだから鈴木保奈美に付き添っているのではない。

 彼女さえ隣に入れば、保奈美が100%安全だと現当主に全幅の信頼を置かれているからだ。


「万全を尽くすなら六割ですが、まぁ二割で充分でしょう。私の魔力は幸彦様みたいな湖と違ってバケツですからね。節制が必要です」


 能力を全開放すると、とてつもない魔力を必要とするので普段は力を制限しているが、能力の特性状二割も出せば大抵の敵は完封できるのだった。


「因みに見せる内容は――こうです。ふふふ、面白いでしょう? びっくりするでしょうね。予想もつかないでしょうから」


 夏美は術式など手間のかかる物は使わない。能力と身体能力のゴリ押しがあまりにも強すぎるからだ。


「さて、お嬢様と幸彦様の未来のために頑張りますか」


 夏実は体から甘い甘い体臭を、風に乗せて放つ。それはゆっくりとだが、徐々に人の群れに浸透していくのだった。



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