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第五話 真剣試合


「おぇぇぇぇぇぇ、気持ち悪い……」


 幸彦は地面に着地すると、急いで保奈美から飛び降り吐いた。度重なる跳躍で自立神経がめちゃくちゃだ。

 喉が引きつるような痛みと共に朝の保奈美の料理が全て吐き出される。紫色のそれは、コンクリートに撒き散らされると、じゅうじゅう音を立て道路を焦がしていくのだった。


「あら、ごめんなさい。私って車酔いとかしない感じだから。もしかして辛かった? 大丈夫?」


 保奈美は吐いたことにびっくりしているようだが、幸彦は吐いたものが地面を溶かしていることにびっくりしていた。硫酸でも混ぜたのだろうか。


(いやいやいや、おかしいだろ! コンクリ溶かすって何入れたんだよ! コイツ!!)


「おまえ、吐いてるんだから大丈夫じゃあな……うぷ……」


 背中を保奈美にさすられながら幸彦は思う。吐いてよかったと。逆に吐かなければ自分の胃袋はどうなっていたのか。妖怪であることを心底感謝する幸彦であった。


「いやな。俺、体力に限っては一般人と変わらないからもう少し手加減……うっ! オロロロロロロロロロ」


 幸彦はまたもや盛大に吐く。それは激しい水音を立てて排水溝に流されていくのだった。


「うーん……少し休憩する? だいぶ距離も稼げたし。今どこら辺かしら? えーと現在地、現在地はっと。あれ? 地図ってどう見るのかしら? こう、それともこう。ややこしいわね」


 保奈美はスマートフォンを起動させて現在地を検索する。しかし、現在地が示されたのはいいが地図の見方がよく分からないらしい。保奈美に弱点があったことに幸彦は喜ぶが、心を読むと彼はがっかりした。


(移動はいっつも送り迎えだからイマイチ見方分からないのよね〜。地図って。もっと大きく表示してくれないかしら? こういうのって)


 さすがブルジョア。一般人とは違う間違え方だった。そうして悪戦苦闘する保奈美であったがようやく場所が分かったらしい。保奈美はスマホの画面を見せる。


「えーと今は田尻町ね。ほらここ、ちっちゃいところ」


 保奈美が示す通り確かに小さかった。これなら走りでも充分、大丈夫であろう。幸彦は血色が悪い顔でうなづくのだった。


「よーし! それじゃ行きましょー! 襲ってくる民衆を千切っては投げ、千切っては投げ、進んでいくわよぉ〜」


「それは分かったからもう少し静かにしてくれないか? 頭がガンガンするから」


 こうして幸彦達は跳躍を一旦中断し、田尻町を駆け抜けるのだった。



「なぁ保奈美! もう少し出力を落とせ! こんなペースで走ってたら俺の体力の方が先に尽きるだろうが」


 幸彦は目の前から迫って来た青年をジャンプで飛び越えると、彼の肩を踏み台にし距離を稼ぐ。そんな風に小さな努力をしているのに追いかけてくる人が全然振り切れない。


「これ絶対俺たちの妖気を頼りに追いかけてるんだって! お前も少しは抑えろよ! 妖気隠すの上手いんだから!!」


 保奈美は一定の妖気を放出し続ける。それは撒き餌のように奴らを引き連れて、後ろから見ると行進のようになっていた。


「そうしたいのは! やまやまなんだけどね!

あいつらが他の妖怪を襲う可能性もあるでしょ! だから隠せないのよ! むしろ幸彦君は、出し惜しみしないでバンバン出してちょうだい!! その方がいっぱい釣れるから」


 保奈美になんとか追いついた幸彦であったが少しでも気を抜くと引き離されそうになる。しかも保奈美が妖気を垂れ流しているせいか、徐々に幸彦の動きに群衆が反応し始めているのだった。そんな切羽詰まった状況なので幸彦も身体強化(偽)を無理やり使わざるを得なくなった。


「どうなっても知らないからな! うぉぉぉぉぉぉぉ!!」


 彼の体を妖気が覆うと一気に加速する。すると後ろからついて来ている人々も一気にスピードを上げるのだった。


「ほら見ろ! どんどんスピードを上げてるぞ! どうすんだよ、これ」


「とりあえず逃げるのよ! それしか今は方法がないわ!」


「くっそ! 後で覚えとけよ。保奈美!」


「そんなことより今のことを考えましょう。ほら走って走って!」


 幸彦達は一流のアスリートよりも早い速度で走っていく。すると人間の方が耐久力に難が出てきたのだろう。走ってくる人物は徐々に減っていき、後ろについてくる人々は五十名足らずとなっていた。


「ふぅ、これで田尻町も怪我なく抜けれそうね。後は一本道だわ。駆け抜けましょう」


 そうして保奈美はさらにスピードを上げる。しかし、その瞬間幸彦の背筋に一気に鳥肌が立った。それは微細に漂う殺意と妖気の塊が保奈美の前に立ちふだかっているからだった。


「保奈美、横なぎだ! 体を反らせ!」


「うそ⁉︎ ぐぅぅぅっうああ!!」


 保奈美は幸彦の一声により、敵の存在に初めて気づく。明らかに避けられるタイミングではなかったのだが、保奈美は驚くべき柔軟性を発揮して、なんとか見えない斬撃を交わした。


「はぁ、はぁ、あんた誰よ……姿を現しなさい」


 すると辺りがぼやけ出して、姿と妖気が現れ出す。それは煤けた甲冑に身を包んだ薙刀を握った落武者のような妖怪だった。


「ほぅ! 見えないにも関わらずとっさに攻撃の方向を読み切り、回避を促すとは……見事なり! 青髪の青年よ……だが、相棒の彼女はこれを避けられるかな?」


 甲冑野郎はもう片方の手元に片刃の直刀を出現させるとそれを逆手で持つ。そして真下の保奈美に向かって一気に振り下ろすのだった。


「くっそ! しくった!!お前、二刀使いかよ!!」


「ふははは! いまさら気づいたところで遅いわ。小僧!! 戦場では考えを止めたものから死ぬ定めよ!!」


 見えないなぎ払いで、胴体と下半身を真っ二つにされるもよし。回避したとしても、第二の直刀で刺し穿つ。そう言う二段構えだったのだ。この場の正しい選択肢はただ一つ。幸彦は保奈美に滑りこめと叫ぶべきだった。


 しかし悔やんでも後の祭りである。保奈美はリンボーダンスのように体を反らせた状態。そんな状態では攻撃はとても躱せないのであった。


(間に合え! 間に合えぇぇぇ!)


「ふっ、その距離ではどう足掻いても、うん⁉︎ ここれは、くっ!」


 地面から大きな氷柱が飛び出して落武者の腕に突き刺さる。それは奴から刀を落とさせて距離を取らせるには十分な隙だった。幸彦はこの隙に保奈美を回収して、屋根の上に持っていく。


「くそ……間に合わなかったか」


 保奈美の胸部からは、止めどなく血が流れ出す。それは止まることなく、彼女の体から体力をどんどん奪うのだった。


「ゆき、ひこ君。はぁ、あんまり気にしなくてもいいわよ。致命傷はぐふ、ギリギリ避けたから。ふっ! ってあら? これは、ぶは」


 保奈美は気合を入れると、肉を内側から盛り上がらせる。穴はすぐに塞ぐかに思われたが、中々血だけが止まらない。彼女は何度か吐血する。


「ぐえっ……ぺっ! また、めんどくさい術式刻んでるのね……流血増加、裂傷拡大、回復阻止ってところかしら? 毒か後ろの住人に私を捕らえさせれば一撃で殺せたものを。貴方って随分悠長なのね」


 それは確かに当たっているだろう。実際奴の刃は保奈美に届いたし、明らかに初見殺しだった。なのに、こんな甚振るような術式の構成。それに彼らが疑問を感じていると鎧武者は、ひび割れた声で笑う。


「ぶは、ぶはははは! これは異なことを。我は慈悲を与えたのだ。勝負がすぐに終わらぬようにな!」


「何ですって? ずいぶんと上から目線ね。吐き気がするわ。げほっ」


 保奈美は血を垂らしながら鎧を強く睨み付ける。


「現にそなたは死んだであろう。隣の男の助言がなければ。いやはや、女子にしては中々の身のこなしであったが、ちと惜しいな。男子であれば、もっと心躍る闘いができたであろうに。残念だ。せいぜい拙者を楽しませてくれよ」


 すると鎧武者は、今度は日本刀を取り出して正眼の構えを取る。あれだけ有利なのにむやみやたらに突っ込んでこないとは。随分やりにくい相手である。どう攻略しようか考えていると保奈美は急に笑い出す。


「あははははははは! はははあはあはあはあはあはあはあ!! なんておかしいのかしら?貴方って」


 それは一種の狂気であった。もしややばい薬でも塗られていたのだろうか。幸彦は心配するが保奈美は、違うとでも言うように手を振る。


「いやぁね。真剣勝負って意味を本質的に理解していないわ。勝ったわね。この勝負。さぁ消化試合を始めましょうか。ビビリの落武者さん」


 保奈美はおちょくるように手でくいくいと落武者を誘う。それは凄まじい挑発行為であった。


「おのれ、武士を軽んじるとは、楽な死に方が出来ると思うなよ! 小娘」


 そうして、保奈美と甲冑武者は屋根の上で闘いを始めるのだった。

最新話久々に投稿しました。エタリたくは無いのです。

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