第五話 純然な実力差
勝負が着きます。
「さて……と、どうしたらこんなに見事に余らせるのかしら? 私にはさっぱりね。今度マンツーマーンで経済学もしっかり教え込んじゃいましょうか。うふふふふ……」
店の裏手に結界術を施して幸彦を隠した後、保奈美は品数と引換券を確認するのであった。
彼女は、幸彦の手腕の低さに呆れ返ると同時に彼と戯れる口実を得たことに歓喜の舞を踊る。
しかしミスはミス。暗い気持ちは完璧にはぬぐい切れず、保奈美は甘い判断を彼に下したことを密かに後悔するのだった。
黒髪の美少女は、おしゃぶりのようにネイルを指ごと咥えると、思考の泥沼に沈み込んでいく。
(飴と鞭の配分が少し甘すぎたのかしら? お母さまとお父さまを参考にしていたのだけれど。私もまだまだね……もっと幸彦君を上手くコントロールしなきゃ。無様な失敗なんかしたら幸彦君が可哀想なんだもの。あぁ、でも失敗は成功の母とも言うし……教育って奥が深いのね。こんなに苦戦したのは初めてだわぁ。なかなか面白いじゃない。この私をてこずらせるなんて……)
この世に産声を上げてから、齢17才。鈴木保奈美という絶世の美少女は、最愛の者への教育。全世界の教育者を悩ます答えの出ない難問に足を踏み入れるのであった。
保奈美が幸彦の調教プランをめまぐるしく修正していると、袖がくいくいと誰かに引かれる。
彼女はそれに対して、無反応を決めるのだが、繰り返し引かれる内にとうとう痺れを切らすのだった。
勢いよく振り返った彼女は、苛立ちまじりに真白の手を振り払うと有無を言わせぬ早口を彼女に浴びせる。
「もぅ!! 何の用かしら⁉︎ 真白ちゃん! 私、忙しいのだけれど! 用なら後にしてもらえる⁉︎」
保奈美は語気を荒げながら、真白を叱り付ける。すると、彼女は怯えたように袖を掴む手を離すと、目に不安げな色を滲ませるのだった。
「これ……何個余ってるんですか? 真白たちだけで捌けるんですか? どうなんですか。ねぇ、ねぇ!」
真白はおどおどとしながら保奈美に縋ろうとする。その目は保奈美が最も嫌っている陰気でけがわらしいメスガキの目をしていた。
「ふんっ! ざっと100個ほど売れば足りるかしら? 二人で売れば充分足りるわよ。小生意気なことに、貴方も私も男性を虜にする容姿をしていることに変わりないしね」
「えぇ⁉︎ それでも私たちだけでこの数捌くんですかぁ⁉︎ そんな無茶なぁ」
保奈美は更に苛立ちを募らせる。
「そのペラペラ回る口を少し閉じなさい。勝負が始まる前に張り倒すわよ。真白ちゃん」
「ヒィィィィィィ⁉︎」
真白は大袈裟に跳びのく。仮にも恋敵を自称するのならば、こんなもの売れて当然だと息巻いて欲しいぐらいである。その方が余計な油断をしなくて良かった。
保奈美はその発言に、いけないと思いつつも弛緩してしまう。彼女は拍子抜けしたかのように肩の力を抜き手足をリラックスさせると、いつもの眠たげな半目をしながら、鼻で彼女をコケにする。
「はん。貴方、これ一応勝負なのだけど……売れなかったらそれ以前の問題でしょう? 少しはシャンとしなさい。こんなの私一人が入れば、無問題よ、もーまんたい」
「そうですか……それはよかったです。ふぅ……」
真白は安心したかのように、表情を和らげるのだった。
「だから貴方が気にすべきことは勝負の勝敗だけよ。幸彦君と結ばれる可能性を高めたいのなら死んでも良いという気概で私に挑むことね。まっ、そんなことは天地がひっくり返ってもありえないことなのだけれど……」
保奈美は真白の貧相な胸部との差を見せつけるかのように、豊満な体を強調するのだった。
「なぁ⁉︎ あっあんなのただの脂肪の塊なんですから。ふーんだ!!」
「負け犬の遠吠えは聞いていて心地がいいわね。もっときゃんきゃん吠えなさいな。私が愉快になるから。さてと……貴方たち全員にお願いがあるの」
「聞けーーーー⁉︎ むがぁぁぁぁ。私は貧乳じゃないぃぃぃぃ!!」
「ハイハイ、未来ではナイスバディに成長しているといいわね。イソフラボン、牛乳、ヨーグルト、チーズの摂取。後は適度な運動。これさえやっとけば胸なんて勝手に膨らむから安心しなさいな」
「そんなの毎日食べてますぅぅぅぅぅ!!」
真白の頭を手で抑えた保奈美は、長い黒髪を掻き上げるとここにいる彼女たち全員に、真摯に頭を下げる。
「梓、祐樹、雪音ちゃん。後、真白ちゃんも。どうか不詳の幸彦君のために手を貸してくれるかしら? 私が頭を下げることと引き換えに……」
どこまでも傲慢な保奈美であったが、彼女ら二人は素直に受け止めて、もう一人は流されて一様にうなずくのであった。真白を除いて……
「幸彦様とは短い付き合いですが、わたくしの大切な友人でございます。わたくしで良ければいくらでも手をお貸ししましょう」
「OK! 祐樹ちゃんにまっかせなさーい!」
「後で褒めてくれますか? わんわん!」
「安心なさい。たっぷり褒めて上げるし、頭も満足するまで撫で回して上げるわ」
「わーい! 保奈美様大好き!」
「――さて、貴方はどうかしら? 真白ちゃん」
「チッ……断れるわけないじゃないですか。この状況で……」
どうやら、全員は快く保奈美のために人肌脱いでくれるようである。真白が少々不機嫌だったのは勘に触るが、我慢することにした大人な保奈美さんなのであった。
「ありがとうみんな。それじゃあ梓、祐樹、雪音ちゃん。貴方たちは外で宣伝をしてきて頂戴。真白ちゃんと私はここでジェラートを捌いていくわぁ。幸彦君が留年するなんて嫌だもの」
梓、結城、雪音は急いで店の登りとプラカードを首からかけると、別々の方角に散って行こうとする。それを保奈美は糸で止めた。
「待って、あの合言葉を言ってないわ。今一度結束を高めるために、あの言葉を呟きましょう」
「あの合言葉、わたくしは苦手なのでございますけど……仕方ありませんわね。幸彦様の為ですもの……」
「いいじゃない。私の時にもあの言葉言ってくれるんでしょ! ならいくらでも言うよー! えへへへ」
「雪音は知りませんから誰か教えてくれます?」
「えぇ⁉︎ 私だけ仲間外れは酷いですぅ。教えてください〜〜!」
五人娘は姦しく楽しげに談笑する。容姿端麗な美少女が集まる姿はとても煌びやかで華やかであり、道ゆく人妖は店の前にちょっとした行列を作るのであった。
「それでは……ごほん。みんなは幸彦君のために!! 幸彦君は私のために!! 友情+努力+愛情=勝利でいきましょう!! エイエイオー!!」
「友情+努力+愛情=勝利!! エイエイオー!!」
そうして保奈美と真白の両名によるジェラート売りの勝負は戦いの火蓋が切られるのだった。
「すいませ〜ん。大きいお姉さん。ジェラート一つ下さい」
「かしこまりました。引換券をお預かりします。それとお兄さん? 呼ぶときは、お姉さんではなく店員さんと呼んでくれるかしら? 私は嬉しいのけれどこの子が不憫でね……」
真白は、憎々しげに保奈美を見つめる。保奈美が大きなお姉さんならば、彼女は小さな妹さんと呼ばれているのだった。
「いや、でもお姉さん。マジで綺麗ですよ。この後空いてます? 暇ならお茶でもどう?
「あら、それは嬉しいお誘いだけど、私彼氏一筋なの。一途な女でごめんなさいね? はい、お買い上げありがとうございました。またの来店をお待ちしております」
「あっそれなら、携帯番号! いや名前だけでも!」
ナンパ男はしつこく食い下がる。しかし、男は後ろの硬派らしい男性におしのけられるのであった。
「あら、ありがとう。貴方は何味がいいのかしら? お客様」
「……チョコミントです。そのよければ、この後のご予定は」
「あはは、モテモテね私って。でも私、彼氏が――」
彼女は客あしらいが、匠であり、どんなお客でもコンスタントに捌いて行くのだった。
それに比べると、真白の行列は緩慢とは言わずも、普通の速度であり一人二人と徐々に列が溜まり出して行く。
(こっ……こんなに忙しいのは、文化祭でも体験したことがありません。やだ……やだ、やだ、やだ、負けたくない。負けたくないよぅ)
「はい。引換券をお預かりします。ご注文はいかがでしょうか!」
真白はハキハキと答えるが内心は、平常心とは言えない状態で、注文ミスや受け渡しなどがどうしても粗が見えてしまうのだった。
真白は、持てる限りの力を注いで、列の人数を捌いて行く。それでも、それでも、人妖の優劣が付かないような公平な勝負でも、保奈美と真白の差はどんどん開いていく。
もはや彼女は敗色が濃厚であり、思考はどんどん負のスパイラルに陥るのだった。
(負けたら先輩と付き合えない。でも、負けそう。いや、負けない。やっぱり勝てない? 勝てない? 勝てないの? それはやだ……やだ、やだ、やだ、やだ、やだ、やだ、やだ、やだ、やだ、やだ、やだ、やだ、やだ、やだ、負けたくない、負けたくないもん、負けたくないもん、負けたくないもん、負けたくないもん、負けたくないもん。先輩、先輩、先輩、
先輩、先輩、先輩、先輩、先輩、先輩、先輩! 天田先輩、どうか、どうか、私を助けて……)
彼女は息が乱れだし、幸彦に助けを求める。しかし、彼女の救世主は、どんなに彼女が助けを求めても、助けてはくれなかった。
「もういい加減諦めたら? 私が50枚なのに対して、貴方はまだ30枚。貴方はどんなに頑張っても引き分け止まりよ」
彼女のいうことが真実なら、もはや真白に今回告白をするチャンスなどはあるはずなかった。
それでも、引き分けにしたらチャンスはまだ一欠片ほどはあるはずだった。それを保奈美は諦めよと諭す。それに真白の沸点は一気に上昇する。
「うるさい、うるさい、うるさい、うるさいうるさい、うるさい、うるさい!! 勝つんだ! 私は買って幸彦先輩に、告白する――えっ?」
何度目を擦っても、何度顔をつねっても、真白の行列には一切人妖が並んでいなかかったのである。
彼女の世界から音の一切が消える。それなのに保奈美の残酷で刺々しい声はどこまでも彼女に響くのだった。
「だから、幸彦君への恋心なんて持つと碌なことにならないのよ。私が幸彦君の恋人なのだから」
その時、真白の初恋は砂の城のように脆く儚く崩れ去るのだった。
保奈美さんが勝ちました。
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