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八、どうしても逃げられない

 八、どうしても逃げられない


 ミミは鳥プロジェクトを忘れていたが、当時の資料を見せるとぱっと顔が輝いた。

「ミミ、このシミュレーションを作ったのはタナダさんと一緒だった?」

 私の問いかけにミミは笑顔で頷いた。そういえばミミはトオサカと組む前はタナダと一緒に仕事をすることが多かった。

「面白いシミュレーションだね?」

 少しの間があって、ミミは考えて小さな声で答えた。

「こっちのシミュレーションは設定を変えると未来が大きく変わる。どのエネルギーを選ぶかが分岐点です。」

「分岐点?」

「そうタナダさんが言ってました。」

「そうなんだ。二つのシミュレーションを繋げるのだって、当時やろうと思ったら出来たんじゃなかったかな。」

 私の問いに、ミミはただ笑顔で答えるだけだった。

「完成はしたのかい?」

「いえ、その前にタナダさんは会社からいなくなりました。」

 ミミはここで首を横に振って言った。

「なんで?」

「分かりません。」

 ミミは小さな声でそう答えて、やっぱり静かに微笑んだ。私たちはタナダが鳥プロジェクトで残した最後のシミュレーション結果を見た。それは太陽エネルギーの変換率が極めて高い技術が発生した場合のものだ。

「これはすごいよ。太陽エネルギーを完全に変換したパターンだ。」

「それじゃあ熱も光も地表に渡らないのかい。」

「そう。光も熱も効率的に集約されて、必要なところのみに分配されるわけさ。」

 私は夢で見た真っ暗な空を思い出した。そうでもしなければこのエネルギー変換は出来ない。シミュレーション結果が示す世界、それは理想的な安定へ向かっていた。


 木と鳥を合わせる作業、すぐに具体的なプランがミミを中心に進んでいった。

「この二つは生産と消費、それぞれの側面だからね。自然エネルギーによる環境変化をシミュレーションするのに最適だ。一緒にするのは必然だと思う。」

「さすがに最初から同時には立ち上げられなかったんだね。」

「それぞれ最初の目的が違ったみたいだからな。」

 私とトオサカが話していると、ふいにミミの小さな声が聞こえた。

「今、僕は最後のチャンスをもらっているのかもね。」

 この二つのシミュレーションは、ミミの二つの仕事を一つにすることでもある。だからミミはいつもより積極的なのかもしれない。

「どういう意味?」

「いい仕事に出会えた、良かったって思ってます。」

 それだけ言うとミミはいつもの沈黙へ戻る。そこから会話は続かないので、私たちはプロジェクトの話に戻った。

 マヤとナナミは新エネルギーが発達するパターンをいくつかに絞って調査を始めた。その選択が人の営みの分岐点でもあるのだ。それが私たちのボスの望んでいるプロジェクトの最終成果物でもあった。

 マヤの調査結果が出るまで、時間を与えられたのかもしれない。私はそう感じて、もう一度、確かめることにした。この間に、あの人の居場所をつきとめなくてはならない。


 早朝を狙って、私はデータセンターを訪れた。毎朝、ゾノはセンター全てのエリアを見回るのだ。その朝、私はすぐにゾノを見つけることが出来た。

「おはようございます。ゾノさん。」

 機材に挟まれた長細いスペースで私はゾノと向かい合う。

「なんだ。珍しい所で会うな。やっと出来たのか。」

「いえ、まだです。すいません、どんどん遅れてしまって。」

「そんな話は後でいい。朝はゆっくりこいつらを見てやりたいんだ。たいした話じゃないなら後にしてくれ。」

 ゾノはそう言うと、手を置いていたラックの下側に目をやった。

「すいません、でも、どうしても確認したいことがあって。」

「なんだよ。」 

「ゾノさん、タナダさんと連絡つきますか?」

 意外そうにゾノはこちらを向く。構わずに私は続けた。

「本当のことを知りたいんです。」

 ゾノもタナダとは昔からの付き合いだ。たぶん今も連絡をとっていると私は思っていた。

「一体なんだい?」

「あのシミュレーションについてです。バージョンアップのヒントを知っているような気がするんです。」

「まあ、いいけどな。だけど、そんなのキーリスに聞けばすぐだろ。」

「なんで?」

「一緒に活動しているそうじゃないか。なんとか団っていう。」

「流龍団?」

「ああ、それ。俺も一回だけ付き合いで参加した。」

「タナダさんも参加しているんですか?」

「参加っていうかメインメンバーだろ。同じ町に住んでるんだし。」

「ゾノさん、流龍団って地元のサークルみたいなものですかね?」

「遊びのサークルというか市民活動ってやつさ。人間が影響していない森を戻すっていう。」

「具体的には何しているんですか?」

「山を買い取って、人の影響を全部とっぱらってあとは放っておく、地球に返すんだってさ。自給自足で効率の良い生活を研究しているっていたか。のんきな目的だ。金ばっかりつぎ込んでいる。」

「そういう生活なんですか。」

「ああ。目的は分からなくもないけど、そこまで善人な生活はふつうは無理だって思うぜ。」

 私は『流龍団』という市民団体が最初の調査でひっかかったのを思い出した。それを調べてから私はタナダに連絡を取った。


 次の日、私はキーリスの別荘のある町へ再び向かった。タナダの家もそこにあるからだ。ホームに降り立つと、柔らかい日差しを身体に感じた。そういえば前に来た時は霧だったな、もう一年近く前のことだろうか。そんなことを思いながら改札を出る。タナダとは駅前での待ち合わせだ。

「突然すいません。」

「いや、よく来てくれた。うちまでちょっと歩こう。」

 タナダと肩を並べて町を歩く。私はタナダに聞きたいことを事前にまとめていたが、挨拶の次にしゃべることを考えていなかった。いきなり本題を入っていいものか考えていたら信号が変わって、私たちは横断歩道の前で立ち止まる。

「いつ来るか分からずに待つのと、いつまでか分かって待つのと全然違いますね。」

 私は思いついたことを口にしていた。

「信号機があったとして、お礼が言えなくなるって思うか。それとも喧嘩しなくていいって思うか。君はどっちだ?」

「え?」

「今の二つの質問、共通するのはなんだと思う?」

 そういえばタナダはいきなり難しい質問をする癖があった。私はタナダについていた新人時代を思い出す。厄介なことにタナダの質問はタナダ自身で答えを持っていないことが多いのだ。

「同じことでも、能動的に止めるか何もしないかの違いだよ。」

 たぶんタナダはシミュレーションのことを言っている、私はそう確信した。

「タナダさん、この前見てもらったシミュレーション、バージョンアップしました。」

「ああ。昔の私のレポートが役に立って良かったよ。」

「キーリスから聞いたんですか?」

「あいつはシミュレーションなんて興味ない。トオサカから連絡があった。業務としてやったんだから、会社で好きにしてもらって構わないのに。律儀なやつだ。」

 トオサカは会社の外でも人に気を使っているんだな、私はそんな所に感心した。


 タナダの家は駅からさほど離れてはいなかった。今は一人暮らしだというタナダがお茶を入れてくれて、そこで、最新のシミュレーション結果を私は見せた。

「完成度が高いな。悪くない。」

「これで十分だと思いますか?」

「少なくとも審査は通すだろうな。」

「どうしても楽しく感じないんです。あのシミュレーションは。」

 楽しめとタナダに言われたのを私は思い出していた。

「そんなのは人に聞くことじゃないだろ。」

 タナダは笑いながらも話を続ける。

「人は自身の遺伝子を残そうとするらしいな。食料が足りなければ殺し合うかもしれない。あるいは理性で解決するかもしれない。」

「それに良いも悪いもないんでしょうね。現実と合っているかが科学者にとっては重要です。」

 前時代的だと、マヤに言われてことを私は思い出していた。

「そうだな・・。身勝手を入れなくては今の世界はシミュレーションで再現できない。それなら、きっと真実なんだろう。」

「・・・。」

「再現の計算なんてな、前提が変わるものの前では無力さ。気象シミュレーションを回す力の根源は太陽。では太陽がなくなったら、とかね。」

「太陽がなくなったら作ったシミュレーションの前提が変わりますね。」

「世界が二つになるまでは簡単なんだ。君たちのシミュレーションも、そこまで何度かたどり着いたんだろう。でも、そこから先が難しい。」

 その時、私は『君たちの』という言葉に別のニュアンスを感じた。

「タナダさんは別のシミュレーションを作っているのですか?」

「もうやってないな。シミュレーションを見て自分なりの理解や判断ができた。次はそれが正しいか実験で確かめる。まっとうなアプローチだろ。再現が目的じゃない。自分たちの行動で未来がどう変わるかが知りたいんだ。」

 タナダはそう言って笑った。

「実際に実験して成功する。それが流龍団の目的ですか?」

「まあ、そうかもしれないな。それには虐げや搾取の根本から考える必要がある。だから、今、土地のいくつかを地球に返すべきではないか、そういう実験をしたかったんだ。」

「研究はやめたということですね?」

「私の目的は変わっていない。何を整理すれば良い秩序の保たれた世界になるか探すだけだ。広げたら単純化できていない要素に当たる。それに世の中が変化もする。なかなか実験は成功しない。」

「では、今の実験が成功したら。」

「成功を確信できた頃には私は寿命切れさ。それに立証されたら研究者としては十分だ。実際に生かしていくかどうかはミヤマくんがいるような会社、あるいは政治や社会の仕事だろう。」

「それはそうかもしれません。では、今は何の実験をして何を確かめようとしているんですか?」

「なにが幸せかってことさ。」

「すいません、よく分からない。」

「最低限を見極めるのさ。人が理性的な判断が出来るには食料だけでいいか。他人とどこまで比べるかをね。」

「最低限が大事なんですか?」

「ああ、人の伸びしろみたいなものさ。」

「なるほど・・」

「それより君の仕事の話だ。君自身が納得できるかだろ。ダメなら、もっと考えるだけだ。私はね、それ以上考えたいと思わなくなったんだ。ただウィルダイスさんがシミュレーションを気に入ってね。次の戦略になるとか。私はもうそこまでで良かった。」

「そうだったんですか。」

 今のシミュレーションを作り直すのは、もはや望まれてない。でも、考えてみたかった。自分の思う好きな世界が他の人と違っていたら悲しいだろう。だからまだ進んでみる意味があるはずだ。

「誰かと心を通わせるそれだけで奇跡だ。世の中が一つでなくたって。だから美しいんじゃないかな。」

 タナダの話が抽象化してきた。そのせいか自分の頭がぼやける感じになったが、私はその雰囲気に身を任せた。

「気まぐれで複雑で、でもそれにはみんな立派な理由があって全部正しい。正しいが一つしかないって、そんな世の中は存在しない。だけどね、人の行動原理は共通になれると私は信じている。人の行動を予期できるということさ。それはみんながお互いを尊重しなければ無理だ。それを目指すとしたら、君はどうする?」

「・・私には分かりません。でも、このシミュレーションが最終形だとは思いたくないような、そんな気がしています。」

「もうすこしシミュレーションを進化させたい?」

「はい。」

「そうか。私はシミュレーションをいじるより、新しい行動原理を探すことの方に興味が出た。だから今こうしている。」

「シミュレーションは諦めたんですか?」

「いやアプローチの違いだけだよ。君はまだ納得してないんだろう?」

「納得・・してないのかもしれません。」

 タナダさんが作ったものよりいいものなんて作れるのだろうか? タナダのような確信を、私はなにも持っていなかった。急になにもかもが不安になる。自分はもっとしっかりしなくてはいけない。落ち着いて、心を平穏にして考えるんだ。私はそう自分に言い聞かせた。

「君はもっとやってみたいんじゃないか。その先があるはずだと信じているんだろう。」

「そう見えますか?」

「ああ。」

 気持ちが高ぶっているのが自分でも分かった。でも今、自分は感情を分離しなくてはならない。人が理性的でいられる最低限、タナダの話をふいに現実に感じた。

「ありがとうタナダさん、もう十分です。これで帰ります。」

「おいおい、お茶くらい飲みきってから帰れよ。」

「いや、大丈夫です。」

 切り開くために、その確かさを知るために私は力を使ってみたいんだ。そうだ、じたばたしてみよう、そう思った。私は熱いお茶を一気に飲み干すと、すぐにその町を後にした。

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