七、本当の始まり
七、本当の始まり
プロトタイプのお披露目も終わり、私たちのプロジェクトは次のステップへ進む。プロトタイプ完成の後は段取りが大事だ。私はデータセンターに向かった。巨大なマシンがいくつも設置されている棟には、ゾノ達の作業場があった。
「また部署異動だって。」
「はい、ずいぶんと昔のことのように思いますが。」
そう言って私は笑った。
「どこの部署に異動になっても、ここに来るんだな。」
「はい、絶対必要なんです。」
ゾノとそのチームは運用化を担当するチームだ。ハード保守といった力仕事も多い。彼らも一番きつい時期をともに過ごした仲間だった。以前のプロジェクトではずいぶんと無理を言ってきた。
「よう、またアホみたいにでっかい計算させるらしいな。」
ゾノの弟子たち、その若手の一人が口を挟む。
「無駄づかいばっかり。」
そう声をかけてきたメンバーもゾノの仲間だ。いったい全員で何人なんだろう。私は顔と名前が一致しない人の方が多かった。彼らに共通なのは、シミュレーションの中身より外側の計算マシンや通信機材に愛着があって、マシンの体温を気にする連中だということ。以前は、彼らが何を大事にしているのか、私にはまるで分からなかった。
「今のプロジェクトなんですけど、やっとプロトタイプが完成しました。そろそろ実際の機材を使って、規模をリリース段階と同じにしないといけないんです。」
「一応送られてきた資料は見たが、人間の分布シミュレーションみたいだな。」
「はい、それに人間の活性度というか、そういう概念も計算します。それに解像度を十倍にして時間ステップを年じゃなくて月にしたい。そうすれば季節依存の計算も出来るようになる。」
「おいおい、それって計算量は何倍だよ。」
「季節依存の計算はかなり多いですからね。今の一年分より一日の計算の方が長くなる。相当いじらないと計算は安定しないでしょう。まだ潜在的な問題もあります。」
私たちのシミュレーションは研究レベルに過ぎない。実際に規模を変えて計算させれば、改善事項が多く出てくるだろう。これからは別の技術がいるのだ。
「計算要素に方法、空間、時間、全部をよくばったら、たちまち計算時間はあんたの一生を超える。分かっているだろ?」
「必要なんです。」
「あんたもいいかげん成功体験ってのを活用しろよ。研究者ってのはいつもそうだ。機械はそこまで耐えられない。悲鳴が聞こえる。」
「ところで、これ、仮発注かけている一式。送るの忘れてました。」
「ん? なんだこれ。こんな規模、いつものデータセンターじゃ入らないぞ。まあ、その前に予算おりないんじゃないか。」
ゾノはリストをざっと見て、その規模を把握した。
「いえ、今回は予算の心配はあんまり要らないんです。」
そこでゾノの弟子の一人が声を上げる。
「知っているぞ。今回のプロジェクトは大規模らしいな。」
「任せられるところが、やっぱりないんです。」
「面白そうな話だな。」
この人たちは機械に愛情を持っていて、自分たちの力を発揮する舞台をいつでも待っていた。いや、こういう仕事をしているから好きになったのかもしれない。なんにしても分かりやすい。
「まずは機材の設置と初期設定で二週間。シミュレーションの回し方が気候シミュレーションと同じなら、一か月でアプリを完成させてくれ。」
「はい。でも、実環境でないと確認できないことが多いから、仮計算は一年ほしいんです。」
仮計算の時間を長く言ったのは、シミュレーションを大規模に変えるつもりだからだ。ただ、まだ私は誰にも相談をしてはいない。
「一年? いい気なもんだな。」
「すいません、いつも無理を言って。」
「一日が短くて一年が長く感じるってのが充実している証拠だ。俺のようになるとな、一日が長くて一年が短く感じるもんだ。」
そう言ってゾノは笑った。これで大丈夫、あとはゾノ達に任せておけば良い。ネックとなる予算の心配はないし、なんといってもゾノ達には十分なノウハウがあるのだ。
機械の組み上げ作業が半分ほど進んだ頃、ゾノ達に渡す修正プログラムがだいたい完成した。あとは実環境で確かめながら進める作業だ。計算の密度が濃くなり矛盾は少なくなったが、わずかに入り込む誤差が大きな影響を与えることになる。一方で、シミュレーションの大改修は具体イメージが全く浮かばないでいた。
まずはウイルダイスへの定期報告の準備に入ろうかと思っていた頃、トオサカから連絡があった。その内容は私が全く予期していないものだった。あれからミミは一人でまだ思考を巡らせていたようで、そのアンテナに意外なものがかかっていた。トオサカと二人で検討を重ねた結果、二人はそれを伝えるべきという結論に達したという。私はマヤ、ナナミとともに第三棟に向かった。
「タナダさんが作った昔の資料。共有は部内どまりだったみたいね。タナダさんのいた部署は今は僕らのグループだから。それで発見したんだ。いくつかのアプローチが事例集として残っていた。」
トオサカはそう言ってリストと評価結果を見せた。
「事例集には、いくつも人の行動の仮説があった。面白かったのは、自然への感謝を忘れたかを尺度にしているもの。環境破壊をすると短期的には発達するけどだんだん悪い影響が出てくる。」
「なんだか精神的というか宗教的なアプローチだな。」
「ああ、僕らじゃ思いつかなかったよ。自然に礼を尽くす、自然の神々とのルールを守っている間は継続して発達するんだ。それが集団生活の規律になる。そして新しい神々が生まれれば新しい契約も生まれる。」
「礼儀とか価値観の話だね。そんなものまで含めて計算させたってこと?」
「・・さあ。よく分からないが、タナダさんはそのシミュレーションで過去の再現に成功していた。歴史に沿って変わっていく様子は、今の僕たちのシミュレーションよりずっと出来が良かった。」
「ずいぶんと新しい考え方だな。新しい神が登場すれば世の中のルールはまるで変わるってことだろ。」
私はしゃべりながら、キーリスにも聞かせてやりたい話だなと思った。キーリスも前に同じようなことを言っていた。
「ええ、それを僕らはステージごとに別の定義にして、クリアしてきた。」
「タナダさんに騙されているようだって指摘されただろ。タナダさんは少なくとも理論式として完成させていた。」
そう言ってトオサカが見せたのは計算結果のサンプルだ。
「これは?」
「その考え方をタナダさんはさらにモデル化した。人が貢献できるものの成長モデルだ。ドットの一つが何のために動くかが変わっていくのさ。家族から成長したもの、そしては社会であり文明だ。シミュレーションの後半は文明の衝突が続く。この時、個性を社会が抑え込む力が加わっている。この力は社会性という理性かもしれないし、家族愛かもしれない。単なる我慢と捉えることもできるだろう。」
「ルールを変える神様の話はどうなったの?」
「変数としては必要なくなった。いや、集合知の動きに分解された、というのが正しいかな。」
「ふうん。」
「この仮定の中で一つのルールにタナダさんは気づいた。それがタナダさんの資料に残っていた最終形。これさ。」
また計算結果のサンプルだ。ただ、これは変化がずいぶんと大きい。
「一番精度が良かったのは人の価値をお金に置き換えること、そして搾取する側とされる側にする。つまり相対的な数値にするんだ。僕らのモデルだとリスクを数字化していたけど、こっちの場合は組織の信頼度で富を再分配する。リスクが発生する割合でドットを動かすっていうのがキモさ。」
「それにしても、ここまでダイナミックな再現は今まで出来ていない。一体どうやっているんだ?」
にわかに興奮しているのが自分でも分かった。
「富める者が搾取を続ける様子さ。そして富める者同士の奪い合いも始まっている。これらの集まりは社会なのか国家なのか、シミュレーション上では分からない。」
「数字化を行動でなくドットそのものの価値にする、か。」
「そう、ドット同士の衝突はまれに大きな成長が起こる。衝突しなくともバランスがとれていなければ保険システムは稼働しない。そうすることで保険システムの破綻も組み込めたのさ。自分と同じくらいのドットが近くにある間はいい。一極集中が進むと破綻してドットの分離が始まって、ばらばらになった後にまた集まり始める。繰り返すうちに成長していく。」
「僕らが今まで作ったシミュレーションと驚くくらい相性がいいんだ。」
ほとんどトオサカが説明する形で話は続く。
「基本展開は終わっている。球体変換やドットの価値の可視化デザインは見直さなきゃいけないかもしれないが、たいしてかからない、本運用に間に合うさ。」
「でも、それってタナダさんは採用しなかったんだろう。」
「そのようだ。」
「なんで?」
廃棄されたシミュレーション、私はタナダの言葉を思い出した。
「長い期間を計算させると、うまくいかなかったみたいだ。数字が集約された時にシミュレーションの意味がなくなり、本質的な問題があるとなっていた。」
トオサカの言葉にミミがゆっくりと頷く。
「それは別の意味があって、世界は永遠に一つにならないのを、このシステムは示唆している。全体が一つになれば、保険システムが機能しないのはもちろんだけど、搾取を前提とした人の価値がなくなるから。」
「世界が一つになると、保険も勝者も全部無意味ってことね。」
マヤがそう言って話を引き取った。私はマヤに向かって言う。
「それじゃあ、やっぱりまだ完成されてないんでしょう。感覚的に実際と理解できないズレがある。」
「理解できないズレ?」
「時間が遅れるとか、影響範囲が大きすぎるとか、そういうズレはシミュレーション結果に調整を加えれば修正できます。でも、このズレはシミュレーションの価値に大きく関わる。」
「なにか足りないってことね。」
私とマヤの会話にここでトオサカが加わった。
「はい、人類は共有の価値は持ちえない前提になってしまいます。この説明はなかなか難しい。」
「それはモラルとか人として許せないとかそういう話?」
ふいにこちらを向いてナナミが私に聞いてきた。
「そうじゃないけど、ちょっと躊躇がありますね。」
私は素直な感想を口にした。それにすぐに反応したのはマヤだった。
「そんなのおかしいわ。前時代的よ。研究者は数字は数字として見るべき。そして正しい再現が出来るかの性能を評価する。それが出来ないなら宗教や政治と科学が分離される前に逆戻りよ。それよりこの採用を考えましょうよ。未来はどこまで計算できるの?」
マヤの発言に続いて、ナナミも私に同意を求めてくる。
「果てしなく文化の摩擦が続いていく。それは新しい文化は常にバラバラに存在するからって考えられない? 別に悪い未来じゃないわ。」
「いいたいことは分かりますよ。でも、すこし考えたい。」
「とにかく私は検証してみるわ。」
マヤがそう言い終えたところで、再びトオサカがしゃべりだした。
「今のシミュレーションに適用する準備はね、もうだいたい出来ているんだ。」
ミミは画面に新しいウィンドウを呼び出した。ここ数か月、見続けてきたシミュレーションの最終結果、球体プロジェクターに映し出す画面だ。でも、そこには今までにない動きの美しさがあった。
「このシミュレーションは生きているね。」
私は思わず呟いて、画面に顔を近づける。そこには追加した人の価値という要素が、モヤモヤとした固まりとなってぶつかり合っていた。ぶつかり合いはどちらかが吸収されたり、いくつかに分裂していく。ドットから出るその固まりがシミュレーションの新たな主役になっていた。
「どうだい? いい出来だろ。」
自分のおもちゃを自慢するようにトオサカが言う。そしてミミも静かに笑顔を見せた。
修正されたシミュレーションの検証結果は良い値を示していた。発達する都市の場所が史実に近くなっているのが、なによりの証拠だ。そしてウィルダイスへの定期報告は間近に迫っていた。
「バージョンアップは大成功だったな。」
技術的なことを理解する気のないキーリスは、気楽にそう言った。定期報告の事前ミーティングでは、自然とアウトプットをキーリスに説明する形で進む。
「人口動態の表現は良くなったし、安定しているわ。」
ナナミはそう言って資料を広げてみせる。良い成果が出ているので、会議の雰囲気は自然と柔らかくなっていた。
「一つ分からないのは、そのドットが吐き出しているのは結局なんなんだい? ドットの意味だって変わったんだろ。」
「これは集合体の結びつきで、保険のような助け合いも、恐怖による支配も含んだ力と解釈できる。ドットが人の集団を示すのは変わっていないから、数が増えれば融和性の高い別のドットと一つになるの。そして、人の価値は人との関係によってでしか成り立たなくなるってわけ。」
マヤが答えた後に、私がさらに説明を加える。
「そうですね。大きくなればそれが一つの個性、もう集合体ではなくなって、関係は別の集合体とで成り立つようになります。」
「衝突でドットはいくつもに分かれて、時間が経てばまとまっていく。その繰り返しね。」
「へえ、そうなのか。」
興味があるとは思えないキーリスは、簡単に納得した。一方で私はその説明に違和感を感じていた。このところずっと感じているものだ。
「これでやっと満足ってわけかい?」
「・・・」
「納得していないのか?」
何かを察したのかキーリスが私に向かって聞く。
「いや、うまく言えないんだけど・・」
そのあとの短い沈黙を破って、ナナミが声を上げる。
「とにかくウィルダイスさんへの報告には、基本設計は完了したって出すわよ。」
「ああ、そうですね。」
私が曖昧に肯定をして、その日の打ち合わせは終わった。
中間報告はウィルダイスの部屋で行われた。ここでのミーティングは確か二回目だ。
「君たちの今日までの活動はナナミからのレポートで十分把握しているつもりだ。今までの成果の確認はごく簡単でいい。むしろ今日は君たちと今後の話をしよう。」
「はい、まとめの資料だけお見せします。」
ウィルダイスがいる打ち合わせはいつも進みが早いな、と私はあらためて私は思った。ナナミが要約した資料だけで、今までの成果をごく簡単に私とマヤが説明する。
「以上で一通り出来ることは終えました。あとはこの誤差と制限を受け入れられる利用方法を確立すべきと思っています。」
数分の説明を終えると、画面にはキーリスが指定した映像効果が映し出される。動作は全て想定通り、何の問題もなかった。
「これが私の待っていたものだ。私は満足だよ。ここまで出来たんだ。」
マヤが話し終えると即座に、ウィルダイスはそう言った。
「ありがとうございます。では、この後のプランですが・・」
「いや、ちょと追加してほしいことがあるんだ。」
「追加?」
「ナナミくん、鳥のプロジェクト、最終ダイジェストを今出せるかい?」
「はい。」
ナナミは即座に応えたが、普段より声が緊張しているようだった。それは彼女が事前に想定してなかったからだろう。
新しい資料が私たちの前に出る。そこには鳥のイラストだけがあった。キーリスのデザインしたものとはタッチが違う。
「最初に言っただろう。これは樹木と鳥のプロジェクトだって。大地に根を張る樹木が完成したなら、いよいよ鳥と出会ってもらう。」
「聞いたことないプロジェクトだな。」
キーリスが呟くと、それにウィルダイスが答える。
「当時、もう六、七年前かな。そんなに規模の大きいプロジェクトじゃなかった。人間が使う資源エネルギー発生、流布のシミュレーションだ。」
ナナミが出した資料にはミミの名前があった。それなら技術陣の間でも広がりにくかったかもしれない。
「ナナミくんに資料の中身は聞いてもらうとして、ここにもシミュレーションが使われている。二つを合わせてくれ。」
「タイミングを待っていたのか? あんたの目的はこれか?」
キーリスはなぜだか楽しそうだ。新しいからかいのネタだと思っているのだろう。
「最初は木の方に集中してもらわないといけないからな。それにプロジェクト発足の時は私だって二つを合わせられるかは疑問を持っていた。この話を出来るようになったのは、ここまでのプロジェクトのアウトプットが良かったからだ。」
ウィルダイスは褒めてメンバーをその気にさせようとしているんだな、私はそう感じた。
「でも、売り物になんのかい?」
キーリスは続けて聞く。
「ああ、もちろん。エネルギーの利用が一番大きいビジネスだ。政治も社会もまとめてシミュレーションが出来るんだ。戦争シミュレーションにだってなるかもしれない。ハズレてもいいから予測がほしいという人は意外といるものだよ。」
人の営みのシミュレーションにエネルギーの利用を加える。確かにそれは出来るだろう。前に予想したことが的中していたのだ。でも、いまだに私は人の営みのシミュレーションへの違和感が解消できていない。その上に、さらに足し合わせるなど考えられなかった。
「ミヤマくん、なにか不満かね?」
「いえ、ただ迷ってまして。」
大きく混乱し、躊躇している自分がいた。少なくともタナダはこのシミュレーションを廃棄したはずだ。
「全てをあわせたいと言った時、タナダくんもそんな様子だったな。」
「え?」
「じつはタナダくんにも何度か声をかけたんだがね。全部断られたよ。でも君たちなら全く心配ない。完成できるだろうと彼も言っていたからな。見極めでも合格点を出していた。」
タナダの審査にはそんな意味があったのか。私はまるで気づいていなかった。
「まあ、今日は中締めだ。仕事は自分たちの成果が認められるのが一番の報酬ではないのか。」
そう言ってウィルダイスは気分をかえるように笑った。その後ろでキーリスが私に向かって呟いた。
「エネルギーの奪い合いシミュレーションってわけさ。」
私も声の大きさを気にせずにキーリスに言う。
「だからタナダさんはこのシミュレーションを廃棄したのかもしれないな。」
ウィルダイスには私たちの会話は聞こえなかったようだ。テーブルの先ではウィルダイスの話が続いていた。
その日の午後から鳥プロジェクトの把握を始めた。それはミミがメインで担当したもので、最初にウィルダイスが私たちに見せたシミュレーションをベースにしていた。今のシミュレーションとも処理が似ているから、組み合わせることは可能だろう。問題は新しい資源エネルギーがどこで生まれるかだ。それを計算させる対象でなく入力値として使う。逆に言えば、それで生まれるエネルギーによる世界の変化をシミュレーションすることが出来るというわけだ。
「次のビジネスのタネって意味はなんとなく分かるな。」
キーリスは気楽に言う。確かに今の世界との繋がりが明確な計算だから、応用範囲は広がるだろう。
「なんにしても明日、ミミさんと話しましょう。もうすこし一緒にやってもらう必要があるわ。」
「そうですね。」
気乗りしないながらも私はそう応えた。とにかくも前に進まなくてはいけない。進みながらでも悩むことは出来るし、きっと解決に向かっているはずだ、私はそう自分に言いきかせた。
その夜、久しぶりに木と鳥の夢を見た。薄暗い世界で、彼らは静かに話していた。
「結局さ、無駄なことばかりじゃないかって思うんだ。」
「あることを真実だとすれば、無駄に見えることも出てくる。でもそれは一つの物語に過ぎないだろ。無駄に見えるものでも、違う高さから見れば真実になる。空から見ているとさ、そう思うんだ。」
『曲がりくねった樹木』は『羽ばたきの大きな鳥』に向かって言う。
「じゃあ無駄はないっていうのかい? 僕みたいに根深く考えているとさ、どうも信用できない。」
「根を張ったって、たいした栄養はとれてないんだろ。」
「あんただって食べ物を探しに飛び続けるだけ。別にうらやましくはないさ。」
「お互いにな。でも、眠るにはお前を見つけないといけない。」
「僕もあんたが来てくれないと栄養が足りない。それがいいかどうか分からないけど。」
「僕にしたってね、他に止まれる木はもう他にないんだから。」
そう言って木と鳥はお互いをすこし笑った。
「なんにしても僕は動けないんだからさ、今を受け入れるんだよ。そして今を自分の好きに変えていくことんだ。別に正しくなくていい。それでなんとか生きてこれた。」
「僕だって、飛ぶしかないんだ。離れた所でおんなじ失敗をしてた奴だって昔はいたさ。分かっていても助けてやれなかった、そういうことさ。」
この二人はいつも身の上を嘆いてばかりだ。だけど、そこには真実があるようにも見えた。
「好きな世界だって思えればなあ。好きな世界に変えられたらいいのにな。」
「ああ、僕たちは神様じゃないからな。でも今の自分にだって誇りはあるさ。」
「僕たちは、もうこの暗い空の下で生きていくしかないんだろうな。」
「ああ、そうだな。」
この二人が暮らす世界も変わっていく。今日は遠くの街の明かりさえ弱くなったようだ。人はさらに効率的なエネルギーの使い方を覚えたのかもしれない。でも、ここだってまだ光は完全に失われてない。
「暗い空にしたくないんです。」
木と鳥の会話に割り込んだのは私だった。『曲がりくねった樹木』と『羽ばたきの大きな鳥』は、その時初めて私の存在に気づいたようにこちらを見た。
「そう思うなら、ねばればいいよ。」
「ああ、そうだ。そうしたらいい。」
真っ暗な世界が究極などとあり得るのだろうか。シミュレーションが示す先にあるもの、そこへ向かってはいけないんだ。私はそう思いながら、夢の中を彷徨っていた。