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二、知識は散らばってしか存在しない

 二、知識は散らばってしか存在しない


 月曜日、見晴らしの良いオフィスに四人は集まった。一番遅れてきたキーリスは、会議が始まると窓が見渡せる席を選ぶ。

「会議中にメンバーの肩越しに景色を眺めるわけさ。」

「うわの空になりそうね。まあ、いいわ。始めましょう。」

 二回目の打ち合わせはメンバー同士で議論することになった。シミュレーションについては私が一番経験があるので、最初に話し始めた。

「先日のサンプル、あれをもっと細かくして、要素を追加してシミュレーションを回すことは出来ると思います。可視化だっていろんなパターンを作れるでしょう。一番の課題はシミュレーションを回すモデルをどうするかだと思うんですよね。」

「可視化ってグラフィカルに動かすことかい?」

 視線は窓の外のままでキーリスが聞いてくる。

「可視化は事象の全体観を把握するためにやることが多いですが、そういう意味でもあるでしょうね。デザインを頂ければ、それに併せて動画の連番ファイルを作ることは可能です。」

「ふうん。」

「でも一番心配なのは、対象をパターン化する部分です。例えば今回の対象が人を単位とするか、都市単位にするか、平均ブロックにしてしまうか。そのあたりです。今回は人の営みのシミュレーションとのことでしたが、人の営みを最も表現するのに相応しい単位を考える必要があります。」

「おいおい、ここにいるメンバーはバックグラウンドが違う。さっきからさ、もっと分かるように言ってくれよ。」

「すいません。ええと。」

 そういえば予備知識がない相手と思って話していなかった。たまに私がやってしまう失敗だ。

「今回の対象が人口だとして、緑が少ないほど人口は増えやすいとか、人口は一定数を超えると爆発的に増えるとか、ルールを決めるんです。もし計算を人類の一人ずつ計算させるとしたら、人の一生をモデル化することになる。」

「あんた、一般的な会話の語彙が少ないんじゃないのか。」

「うーん、分かりにくいですかねえ?」

「まるで伝わらない。」

 キーリス以外のメンバーを見たが、マヤからは返事はなく、ナナミは静かに微笑むだけだ。

「ええと、じゃあ、ですね。人がわざと簡単なルールだけで動くと考えます。」

「なにそれ?」

「何か例を挙げてみればいいんじゃない。」

 ナナミが言うので私は試してみることにした。すぐに浮かんだのは物理式だったが、この打ち合わせには似つかわしくないだろう。だから私は人の行動で考えることにした。

「では人の一生で例にしてみますと・・、生まれた赤ん坊はおなかが空いた。泣いた。食事をもららえた。」

「それがモデル化?」

「ちょっと簡単に言い過ぎたかもしれませんが。おなかが空いた。食事をもらった。それで赤ん坊は食事を知たら空腹がなくなり満足することを知った。次におなかが空いたら、食事のことを考えるでしょう。」

「まるで連想ゲームだな。続きを順番にやってみるか。」

「ええ、お願いします。」

 全員の理解を深めるためにはいいかもしれない。私は続きを促してみた。

「おなかがまた空いた。食事をもっともらおうとした。人のまねをしたらウケが良かった。だからお腹が空いたら、人のまねをするようになった。」

 私の話の後をキーリスが受けたが、どうもちゃちゃを入れなくては気が済まない性格らしい。

「動物園の中みたいですね。じゃあ、次はナナミさんで。」

「え?」

 キーリスの発言を画面に書き出していたナナミに私は声をかけた。

「すこし知能が発達してきたとして、その先だよ。」

 キーリスも催促する。

「人は喜びたいのだと知った。人が何を望んでいるのか分かった。こんな感じでいい? 人のモデル化ってもっと複雑じゃない。」

 しゃべりながらもナナミは自分の言葉を画面上に表示させた。

「まあ、もうすこし続けてみますか。では、次はマヤさんお願いできますか?」

「喜ばれることをやった。失敗した。喜ばれることを予想した。失敗した。情報を集めた。予想した。数字にした。予想した。」

 マヤからはすぐに言葉が出てきた。さらにマヤは言葉を続ける。

「数字を複雑にした。もっと予想できるようになった。未来が頭の中で生まれた。」

「言い出しっぺだよ。ミヤマさん、続きを頼む。」

 マヤの思考の速さについていけない。私は頭の中で生まれる意味をあわてて考える。

「・・ええと。未来が頭の中で生まれた。気づいた。行動しなかった。胸がいたんだ。行動した。失敗した・・。生まれて食欲から人の行動パターンはずいぶんと高度化してきましたね。」

 連想ゲームはここまでにしようと発言の後半は感想を口にした。

「モデル化って言ってもな。難しく考え過ぎじゃないかな。」

 キーリスが言うと、マヤはまた別の感想を持っていた。

「人が大人になる年数はだいたい決まっているし、子供が生まれる確率だって時代ごとに平均値で扱えばそれで十分に思うけど。」

「はい、そうやって統計的に片付けてしまうのもありますね。ただ、一般的にはシミュレーションしたいものが複雑になっていくと、統計が追いつかないですよ。それは拠り所となる情報を集めきれなくなるからです。」

「簡単にしないと複雑な計算ができないってことだろ? 結局は説明が破綻しているな。」

 からかうような口調でキーリスが言った。

「ええと、複雑な計算は簡単な計算の組み合わせにしないといけないってことで。比較すれば簡単な方になります。でも高度化しなくてはいけない場合が多いんです。統計が有効なのは同じ条件下に限られますので。シミュレーション結果から現実を予想する時はかなり有効ですけどね。」

「また、話を難しくしたな。」

「すいません、つい。」

「まあ、なんとなくは分かったよ。でも、そんなことを考えるなら、少なくとも俺は必要ないな。」

 それにしても、こんな議論が淀みなく出来るとは、このチーム、基礎能力はずいぶん高いようだ。

「逆に抽象化して式への変換を試みる手もあります。赤が怒り、青が悲しみとして、雨が降ると青が増えるとか、青と赤の間には常に黄色が生まれるとしたら、現実と似てこないか、そういうアプローチです。」

「黄色って?」

「最初に抽象化したもの以外は具体化するのは無意味です。知りたいのは青と赤の広がり方によって境界にどんな色が生まれるか、そのプログラムを描き続ければ人の感情と位置情報のシミュレーションが出来る。」

「そんなアプローチだけで大丈夫?」

 ふいにマヤが聞いてきた。それは逆説的な質問ではなく、純粋に聞いているようだ。そう感じたから私は素直に答えた。

「さあ。とりあえずシミュレーションは回せると思いますが、それが望まれていることかは分かりません。」

「そうよね。」

「あんた、前は気象のシミュレーションやってたんだろ。」

 突然、キーリスは話題をかえた。

「はい、ナナミさんも一緒のプロジェクトでしたね。」

「ええ。充実したプロジェクトだったわ。」

 ナナミはそう言って頷いた。 

「民話とかでさ、あるんだよ。気象のモデル化ってやつ。」

「えーと、なんでしたっけ?」

「夏の雷は、雲の兄弟が喧嘩するからだって言うのさ。山で生まれる雲の連なり。雲の兄弟が現れるか、そして喧嘩するか、川すじを降りてくるか、基本的にはこの三つだけで雷が来るか分かるんだ。」

「雲の動きを兄弟に例えてるんですね。確かにモデル化だ。でも、今回は、一つの山のまわりだけでなく、地球全体とか広範囲でのシミュレーションかと思います。」

「そうだけど、人の動きで予想するにはいいだろ。」

「そういうアプローチの学問は確かにあります。」

「簡単にしたら面白くないって思ってないか。簡単にしてほしいってのは、だいたい自分が興味ないものに対して思うんだよな。」

 キーリスはそう言って笑った。私は真面目な議論を半分あきらめて、感想を口にする。

「でも、世の中はずいぶん複雑だから、うんざりしませんか。生きていくルールがシンプルだったら気分も楽なのに。」

 私の言葉をナナミが引き取るように言う。

「それがウィルダイスさんが言うシステムの成長かもしれないわ。」

「はは。システムは全部成長するわけじゃないだろう。人によってはかなりシンプルさ。まあ、ようはモデル化って、簡単にしなきゃいけないところを見つけて、それを組み合わせる。複雑になったら、また簡単にする。それでいいんだろ。」

「まあ、そういう言い方でもいいかもしれません。」

「簡単にしたんなら、あとは面白くするか、綺麗にしようとか、そっちになるけどな、俺なら。」

「シミュレーションは再現ですから、実際との差を少しずつ減らしていくために積み重ねていくんです。簡単な答えを見つけられずに、複雑なまま組み合わせていくこともあります。でも、それがその時の最善の答えです。」

「あんたは人がいいな。物事に答えが存在すると思っている。俺にはとてもそうは思えないな。」

「議論に主観が多くなってきたかもね。そろそろ集中できない時間かもしれない。」

 頃合いを見計らっていたかのようにナナミが口を挟む。

「そうですね。切り上げますか。」

 人の動きをどうモデル化するか、この議論はどうなるんだろう、その日、私は漠然と不安を感じていた。


 プロジェクト二日目、同じ時間から再び会議は始まったが、すぐに行き詰まってしまった。何をしていいか、結局は誰も分かっていないからだ。昨日のような打ち合わせを繰り返しても、成果が出ないのはみんな分かっていた。

「対象をはっきりさせようじゃないか。」

 誰も話し出さない空気を感じてキーリスが言った。たぶん彼がいるから、プロジェクトの打ち合わせで沈黙がないんだと私は思った。

「対象を共通にするには材料が足りないわ。それぞれにもっと深い考察が必要だと思う。」

 キーリスに同意するようにマヤが言う。

「じゃあ、とりあえず好きなようにやるってのはどうだろう。」

「まずはそれぞれで考えてみる、でいいんじゃないですか。」

 私も似たように感じていたので賛同してみせる。ナナミがその提案を受けてくれた。

「そうね。週例会に切り替えてみてはどう? 次回までに一人一つ、何かを持ってくるっていうのは。」

「まずはいいんじゃない。」

「そうですね。」

 私の中でやっと心がはずんだ。正直、みんなで議論をするより一人で手を動かすことの方が好きだからだ。

「ミヤマさん、もう何か浮かんでいるみたいだな。」

「ええ、簡単なシミュレーションを組んでみようかと思ってまして。」

 早速、その日の午後から私は作業に没頭した。ベースは気候シミュレーションだ。暑さ、寒さ、雨や風までなら今までやったことがある作業だ。それにドットを人に見立てて、活発さの属性を持たせる。まずドットは千人分に設定した。シミュレーションの間中、生き続けるとする。活発性と位置の情報だけにして、気候との関係をルールにした。

 とりあえず計算させるとドットたちが動き出す。これは妥当な動きなんだろうか、まるで分からない。可視化しないとイメージ出来ないのだ。そのためには別の作業が必要になる。そうして時間はあっという間に過ぎていった。

 そういえばキーリスやマヤは何をしているんだろう。彼らのアプローチ方法を私はまるで予想できなかった。

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