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十、どう生きたらいいか分かった?

 十、どう生きたらいいか分かった?


 『人の営み』のシミュレーション、プロジェクト終了の時がやってきた。社内向けのお披露目パーティ、それが分かりやすいタイミングだ。開催されたパーティには、プロジェクトメンバーだけでなく、トオサカもミミもいた。テーブルのそば、食事にすぐ手をのばせる場所にゾノはチームの何名かを従えて陣取っている。パーティはまずウィルダイスの挨拶から始まった。

「今回、我々が示すことが出来たストーリー、

 それは未来の人類の幅を表しています。

 逆に言えば、この幅の中は人類の意思で

 十分に変えられるということです。」

 壇上のウィルダイスは上機嫌のようだった。

「ボスはいい役ね。この後は二人の出番でしょ。」

 マヤが言った。予定ではプロジェクトの成果報告をナナミから、技術面での説明を私がすることになっていたが、その前のウィルダイスの演説はまだ続いている。

「このシミュレーションに

 当社の独自調査結果を入れるとどうなるか、

 それで未来の勢力分布を見ることが出来るでしょう。

 いや、ビジネス的にはこちらの方が意味がある可能性も高い。

 それは今後のマーケティング次第ですが、

 近い未来に大きな財産になると私は確信しています。」

 ウィルダイスの考えの核心部分を聞いても、私の心は痛まなかった。自分としてはやれることはやった、そんな自負があった。

「ところでキーリスは?」

「さあ。今日ならさぼっても目立たないな、って言っていたわ。」

 式次第は順調に進み、立食形式のパーティが始まった頃にキーリスが顔を出す。

「仕事をサボる計算はとても的確だね。」

 私は笑いながらキーリスへ近づく。キーリスは悪びれることなく、グラスをとると私と乾杯をした。

「ミヤマ、ご苦労さん。最後のまとめは大変だったみたいだな。その間、俺は楽させてもらったけど。」

「何言っているんです。可視化のデザインはずいぶんとやり直してたじゃないですか。」 

「まあ、今回のプロジェクトはあんたとその仲間たちがいなきゃ出来なかった。」

「マヤさんやナナミさん、それにキーリスさんの一人でも欠けていたらうまくいってないと思いますよ。それに金払いのいいウィルダイスさんも。」

「はは。それにしてもボスは、この先シミュレーションをどう使うつもりなんだろう。」

「それはさっきのお披露目で言っていたでしょう?」

「そうだったけな。」

 キーリスは興味なさげに言うと、料理に手をつけ始めた。私は会場を見回すと隅にいるトオサカを見つけた。目が合うと、ゆっくりとこちらへ寄ってくる。

「やっぱミミは帰っちゃったよ。あいつ、こういう場だとすぐ消える。」

「まあ、ミミらしいからいいんじゃない。」

「このプロジェクトは扱う内容がユニークだったね。こんなテーマにはあまり出会えない。ミヤマのおかげで有意義だったよ。」

「いや、トオサカとミミがいて助かったよ。いなかったら、たぶん完成なんてしなかったかもしれない。」

「今を正しく理解するためには高度な計算が必要だったろ。だけど結局さ、原理はとんでもなくシンプルだった。」

「そう? それなりに複雑だと思うけど。」

「まあ、そう見えるかもしれないど、たぶん違うんだ。少なくとも複雑にした意味があった。考えかたをシンプルにしたら手順が複雑になる。それはなんか悪くないなと思った。」

「違う観点で同じことを思う人がいるってのは貴重だよね。同じモデルでいくつも違う条件でやってもしょうがない。でも、二つの全く育ちの違うシミュレーションが同じ結果を示す時、それはけっこう信用できる。」

「そうだな。そうかもな。」

 片耳で聞いていたキーリスがまぜかえす。

「そう思いたいのは君たち自身のためさ。」

「まあ原理で考えればですよ。」

 トオサカがそう答えた。原理と聞いて私は以前のプロジェクトでの会話を思い出した。

「まずさ、生まれるだろ。すぐにおなかがすく。それから、」

「分かったよ。もう付き合っていられない。」

 キーリスはそう言って、料理皿を片手に笑った。


 壇上でのパーティの挨拶が一巡して、フロアでは中断のない会話が始まる。マヤとナナミは楽しそうにおしゃべりをしていて、私の入る隙はない。その頃になってウィルダイスはプロジェクトメンバーのところへやってきた。

「このプロジェクトも終わりだな。本当にごくろうさま。」

 ウィルダイスはまず私の方に話しかけてきた。

「いえ、ここまで好きにやらせて頂いてありがとうございます。」

「君たちのおかげで、やっと二つのプロジェクトを一つに出来たよ。」

「ええ、なんとか。」

「まあ、このメンバーだからな。」

 ウィルダイスの言葉にキーリスが素早く答える。

「このプロジェクトに歴史学者は必須だったぜ。」

「もちろんだ。ありがとう、キーリスくん。」

 頷きながらもウィルダイスは苦笑していた。その後で私はウィルダイスに言う。

「ウィルダイスさんのサポートがあったから自由にやれた、これは本当です。助かりました。」

 ウィルダイスは作業が遅れても何も言わずじっと待っていたし、予算で困ることがなかった。今までの仕事ではなかった経験だ。

「これでプロジェクト成果をまとめたら終了になる。ちょっと寂しいな。」

「いや、別に。そんな感傷はないだろう。」

 キーリスはそう言った後に、すぐに言葉をつけ加えた。

「ナナミさんの小言とはおさらば出来るってのは嬉しいな。」

「まあ、ナナミくんは私の秘書を続けてもらうから、キーリスくんを引き受ける部署が出なければ同じことになるかもしれない。」

「はあ、そうなんだ。」

 キーリスはまんざらでもなさそうに肩をすくめると、取り皿を持って新しく運ばれて来た料理に向かっていく。

「ミヤマくん、マヤくんはいろんな所からリクエストが来ている。株が上がったな。君たちはこの後どうしたいんだ?」

 ウィルダイスはマヤと私に聞いた。マヤの返事は明快だ。

「どこでもなんでもいいです。」

「希望くらいはあるだろう?」

「できれば難しい仕事の方がいいです。」

「そうか分かった。」

 ウィルダイスはそれで納得したようだった。

「ミヤマくんは?」

「特にありませんが、そうですね、好きなものをやり直したいと思っています。」

「好きなことって気候のシミュレーションだったか?」

「なんというか仕事ではなくて。とにかく心穏やかにただ生きていく、そんな風になりたいんです。」

「うん?」

「たぶんそんなシミュレーションだと思うんで。」

 その意味はたぶんウィルダイスには伝わらなかった。ただ何かに思い当たったようだ。

「あの時、タナダは言った。自分は実践でやってみるってな。そういうことかな?」

「いえ、私にはあんなことは出来ませんよ。」

 何かが当たり前になれば次の世界が広がる。時には当たり前を壊す時もあるだろう。できるなら私も自分で体感してみたいものだ。

「それにしてもプロジェクトでやったことは、本当に商品になるんですかね?」

「なるさ。私はマーケティング材料にと考えていたんだが、君たちが最後に手を入れたせいで、エネルギー業界だけじゃなくなった。」

「え?」

「アセスメントってあるだろ、自然環境の。」

「はい。」

「環境じゃなくて、新エネルギーや政治までも含めて実施できるかもしれない。そんなことを言い出したやつらがいてな。」

「ええと、私たちが思っていなかった考えですね。」

「流龍団ってやつらだ。タナダが関係しているらしい。」

「ああ、キーリスなら知っているかもしれません。」

 ひょっとしたらキーリスは直接関わっているかもしれない、私はそう思った。

「何かレポートをばらまいている。それで宣伝に協力してもらったわけだから、有難い話ではあるんだが。」

 キーリスやタナダが流龍団だと知っているのだろうか。私はそれをウィルダイスに確かめる気にはならなかった。

「そのレポート読んでみたいですね。」

 自分たちの行動から未来を予測する、なるほど、確かに適しているのかもしれない。

「なんにしても当社の未来は明るい。」

「そうなんでしょうか。」

「ああ、なんならシミュレーションしてもらってもいい。」

「いまいち興味が湧かない内容ですけど。」

「まあ、鳥と木のプロジェクトは大成功で終了ということだ。」

「ウィルダイスさん、あなたにとってこのプロジェクトはなんだったんですか?」

「大切なビジネスさ。決まっているだろ?」

 そう簡単に割り切ったウィルダイスに私はすこし反発を感じた。

「鳥と木、これらは搾取しあっているように見えましたか?」

「おいおい、搾取っていうのは一方的に奪い取ることだ。お互い補完し合うなら、搾取とは言わないよ。」

 この人はいつだって冷静で間違わない、やっぱりそうだった。

「何年先までの未来なら興味ありますか?」

 私はウィルダイスへの質問を続ける。

「そうだな。孫の代までか。」

「その十倍先の未来に世界が一つになるとしたら見てみたいですか。」

「いや、そんな未来は、その時代の人に任せるよ。」

 やはりこの人はそういう人だ。そう言って私は初めてボスと笑い合った。


 パーティーが終わり、私は部屋に戻るとすぐ眠りについた。たぶん『曲がりくねった樹木』と『羽ばたきの大きな鳥』にプロジェクトの終わりを早く報告したかったのだ。最近は彼らの夢を全く見なくなっていたが、その夜は彼ら二人に出会える予感があった。

 風のない景色。薄暗い空の下で二人のシルエットはすぐに見つかった。私が声をかけるより先に樹木から質問の声が届く。

「あんたは結局、何を信じているの?」

「何も信じてはいないと思います。そのたびに信じていいか確認ばかりしてきた。」

「簡単に考えなよ。僕たちのようになりたいかい?」

「あなた達は私には神様のように見えますよ。なにか大事な何かを支えているように思えます。」

「僕たちが神様だったら、とっくにここから居なくなっている。たとえ人の中ででもさ、存在していたいんだ。」

「人は今のままでいるべきでしょうか? 私には異常なことに見えます。」

「いいや、違うよ。ためこまなければいいだけさ。」

 私の問いに『曲がりくねった樹木』がそう答えた。

「そう、食べること、しゃべること、考えること、それこそ全て。」

 続けて『羽ばたきの大きな鳥』も言った。

「そんなの成り立たない。無理です。」

「もちろん人が無理をする必要はない。でも世界がそうなれば人類は完全になれるかもしれない。」

「そう、その世界を作るのが人さ。」

「人間が完全になるのと、世界が完全になるのは同じじゃない。でも世界のために努力するのは、とても大事だと思うんです。そう思って行動できればいいんだと思います。」

 そこで樹木と鳥は顔を合わせて話した。

「毒にも薬にもならずか。それは自分だけかい?」

「いえ、あなた達のような社会を作るということです。」

「僕たちには社会なんてないよ。」

「まあ、それがこの人の答えなんだろう。」

 私はこの二人には分かってほしくて言葉を続ける。

「自分の世界もいつか変わる、私はそう思っていたいんです。」

「へえ、そうなんだ。」

「そういえばさ。」

 『曲がりくねった樹木』はそう言って、自分たちの世界を見回してから言った。

「最近すこしだけ明るさが戻ったような気がするな。」

 すると『羽ばたきの大きな鳥』も遠くに目をやって答える。

「苔が増えてきた、ような気もする。まあ、まさかな。」

「どうしたって僕たちは変わることはないさ。」

「ああ、そうだな。」

 それはかすかな希望だったのだろうか。『曲がりくねった樹木』と『羽ばたきの大きな鳥』の世界、その明るさを確かめようと私もあたりを見回した。




(了)


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