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外出の許可

かなりお久しぶりの更新となってすみません。

少しだけエピソードを付け加えております。

 

 ――聖女が退出してしばらく――


 年若い少年のような出で立ちの教皇が、咲き誇る花々を眺めている。その花々は先ほど自分が聖女に咲かせるように指示した、この世界では存在しない聖女の世界の花々だった。

 深く深く思考の海に沈み込むように微動だにせず眺めていると、その背後から声がかかった。


「どうだった? 今代の聖女様は」

「リーンか……ああ、彼女はなかなかの力の強さだったよ。これを見てみてくれ」


 年若い少年が指を指したその先の、見たことのない花々が咲き誇っている様に、声をかけた男が感嘆の声を上げた。


「これはまた……なんていう花なんだ?」

「アジサイ、というらしい」


 男は教皇の答えに、一拍おいて返した。


「……覚えているのか?」

「ああ、覚えていたな」

「まさか、そんな」

「全てではないけどね。弟の力を以てしても完全ではなかった、ということだ」

「それじゃあ……」

「ああ」


 男の視線を真っ向から受けると、少年はにっこりと笑った。


「作戦の開始といこうか」


 その教皇の笑みを受けて、リーンと呼ばれた男は深い笑みを受かべ返した。








 テルメディア教皇より許可が出たことで、私の初外出が一気に現実味を帯びてきた。来たる日に備えてしっかりと事前準備をしておかなければ。

 手始めにいつもなにでも教えてくれるサネリとモネリに尋ねてみる。


「サネリとモネリは外でのおすすめのお店とかある?」


 二人は顔を見合わせた。


「申し訳ありません、聖女様」

「私たちには判りかねます」


 本当に申し訳なさそうな答えが帰ってきた。


「聖女様、私たちは麗しき女神テルメンディルの宣託を受ける巫女」

「私たちの居場所はこの大聖堂にあります」

「女神の御子たる聖女様のために存在すれば」

「そういった俗世のことは大変に疎く」


 二人とも、私のせいでそんな抑圧された生活を送ってきていたのだろうか。


「それならせっかくだし、サネリとモネリも一緒に行こうよ」


 咄嗟の思いつきで言った言葉だったが、口に出してみるととてもいい案に思えてきた。


「たまには息抜きしたっていいと思うし。あ、もしかして外に出たらいけない決まりとかあるの?」

「いいえ、聖女様」

「それはありません、聖女様」

「なら、今回くらい羽を伸ばしちゃダメかな? きっと楽しいと思うよ」

「……」

「……」


 なぜか黙り込んだ二人。いつも表情を出さない二人にしては、珍しく狼狽えているようだ。


「ね、一緒に楽しもう!」


 二人とも、躊躇いがちだがコクリと頷いてくれた。

 それに気をよくした私は、護衛の騎士たちにも話を聞いてみることにした。


「街に出たらなにを見たらいいですか」


 騎士たちは互いに顔を見合わせた。


「聖女様、すいません。私たちもあまり市井には降りませんので」


 申し訳なさそうに答えてくれたのは若草色の頭のネイミス・ダン。彼は差別的な発言をした騎士を諌めたりなど、糸目ボーイズの中でも比較的良心的な存在だ。


「なにも市井などに降りなくとも、欲しいまのがあるのならこのアデハルドが手に入れましょう」


 バーガンディ頭のアデハルドは、相変わらず爽やかに自信満々だ。


「我がディズ家が贔屓にしているロスロリアン商会なら、手に入らぬものはないでしょう。聖女様はどんなものをお望みでしょうか」

「いや、そういう問題じゃなくてね、私はただ気分転換したいというか、ちょっと街をブラブラとね……」

「それならば、我がディズ家の屋敷にぜひともご招待させてください! 我が国屈指の絢爛さを誇る自慢の屋敷に、きっと聖女様にもご満足していただけるでしょう。ああ、ご来邸に合わせて夜会を開くのもいいな」

「遠慮します」


 祝福を乞われまくるのは目に見えている。 客寄せパンダになりたくはない。

 これ以上話すとややこしいことになりそうなので、曖昧に笑って話を切り上げた。


「トーリンさんは、なにかご存知ですか?」

「うーん、市井、ですか……」


 廊下側の護衛をしていたトーリン・トッドは、オレンジ色の頭を掻きむしりながら唸った。


「王国騎士団に知り合いがいるので、ちょっと聞いてみますね。ちなみに大聖堂の裏一帯の土地は教会領なので、そこで馬を走らせるのも楽しいですよ」


 ぜひ体験してみたいが、生憎私は馬に乗れない。楽しめるようになるまでは暫く時間がかかりそうなので、それは追々次の外出が確約できたらにするとする。








 複数人の騎士に話を聞いてみるが、流石にみんな他国の出身だったり良家の子息だけあって、あまり参考になる話は聞けなかった。


「リングロッドさん」


 最近、リングロッドさんは話しかけたときに嫌な顔を隠そうとしなくなった。

 いい加減分かれよ、ということなのか。それとも表情を見せる程度には、少しは心を許してもらったと自惚れてもいいのだろうか?


「リングロッドさんに、聞きたいことが」

「……。なんでしょう?」


 たっぷりと間をおいて、渋々といった風に答えが返ってきた。

 こりゃ前者だな。


「市井についてです。ようやく外出の許可が出たから、行く前におすすめのお店とかあったら教えてもらおうと思って」

「おすすめ、ですか」


 長い睫毛がファサリと揺れる。淡い色が混じり合ったような不思議な瞳が、遠い所を見つめた。


「……それは分かりかねますが、市井のものはソロロという鳥の肉を焼いたものが美味しいと聞いたことがあります。あとはロスの煮込みや、フィンデという揚げ物などもなかなかだとか。確かラム通りのカラッド市場でいくつか出店があるはずです」


 語り終えた後で気まずい顔をすると、「失礼しました」と俯き気味になってしまう。


「詳しいんですね、助かりました! 行ったこと、あるんですか?」

「いえ。私は幼いころより聖騎士団へと所属していましたので。人より……聞いた話です」


 正直、リングロッドさんが答えてくれるなんて思ってもいなかったから、単純に嬉しかった。


「それじゃあ、リングロッドさんおすすめのソロロ焼き、食べに行かなきゃですね!」


 彼は虚をつかれたような顔をした。


「ファラウンドさんから許可をもらったので、今度街に出ることになったんですよ。皆で行くので、良かったらリングロッドさんも一緒に食べましょう」

「ファラウンド、さん?」

「あ、教皇様と呼んだ方が良かったかな? こないだ会ったんですよ」

「ええ、それは伺ってますが……」


 リングロッドさんの淡い瞳が揺れに揺れる。


「……私は辞退します」


 その言葉に、途端気落ちした表情を隠せなかった。


「それは、なぜ?」


 明らかにテンションの落ちた私に、またリングロッドさんが戸惑ったのが分かった。


「なぜと言われましても……」

「他の騎士さんたちにもお話を聞いてみましたけど、一番詳しく教えてくれたのはリングロッドさんでした。当日もついて来てもらえたら心強いんですけど、駄目ですか?」

「……そこまで、仰るのならば」


 渋々だが、了承の言葉が出たことにホッとする。


「ソロロ焼きに、あとなんでしたっけ? 当日また教えてくださいね」


 ニコリと笑いかけたけど、戸惑ったように瞳が揺れただけで彼から笑顔は返ってこなかった。









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