一度気になるとキリがない
それからはリングロッドさんがいると、なんとなく目で追うようになった。ちょくちょく話しかけたりしてしまう。
幸い彼はよく部屋付の護衛騎士としているので、ちょっかいをかける機会は腐るほどあった。
「ねえねえ、リングロッドさん」
話しかけると一瞬苦々しげに潜む眉も。
「あの、こっちとこっちのドレス、どっちを着たらいいと思いますか?」
「……」
慇懃無礼な態度も合わない瞳も、これという進歩はないけれど。
「……どちらともお好きな方を着ればよろしいかと」
「聖女様! 私はそちらの鮮やかな紫の方が可愛らしくていいと思いますね!」
「あー……えーと、そうですか? 私、紫はあんまり……」
「え?」
喰い付くように便乗してきたもう一人の騎士と話しているうちに、気づけばリングロッドさんはまた睫毛を伏せて黙り込んでしまった。
その日はリングロッドさんは休みだったのか、珍しく護衛のメンバーの中にいなかった。
いつもは一人でひたすら称賛の言葉を並べ立てる羽目になる騎士たちも、今日は二人体制で楽なのだろう、朝から絶好調に絶賛してくれている。
「聖女様はやはり素晴らしいお方です。貴賤で人を判断することなく、あのリングロッドにでさえ優しく話しかけていらっしゃるのですから」
……初めて護衛の騎士に糸目と祝福以外のことで称賛された。だけど、その言葉のニュアンスがなんだかなぁ。
どことなく嫌なものを感じてしまう。
「それはどういう意味ですか?」
「おい、やめろ」
相方の騎士が咎めるように静止をかけているが、彼は気にする様子もなく続ける。
「聖女様はアルフィディル枢機卿をご存知ですか? 彼は卿のご子息なのですが、この卿が元は平民でして。どこで縁を繋げたのかは分かりませんが、教皇様に取り入って今の地位までのし上がられたのですよ。その証拠に我ら高貴な血とは違って尊き女神様にちっとも似ていないんです。奴らは……」
「こら、そのへんにしておけって。すみません聖女様、あまり気持ちのいいお話ではないので……この話はもうおしまいにしましょう」
すまなそうにフォローを入れてくれた相方の騎士に、とりあえずニコリと微笑んでおく。
意図せず、リングロッドさんの新たな情報を手に入れてしまった。しかし、親子共々女神に似ていないということは、アルフィディル枢機卿もリングロッドさん同様に私好みの顔である可能性が高いということか。
……これはもっとリングロッドと仲良くなって、是非ともお父様を紹介していただく必要がある。
なにせ、糸目はもう需要過多なのでね!なにも私の周りにばかり集めなくていい。そんなにこの世界で糸目が持て囃されるのなら、それこそ需要があるところにいけばいい。
……それに、今の話はリングロッドさんの頑なな態度にもになにか関係があるのかもしれない。
彼の触れ難いところに無断で踏み込んでしまったような居心地の悪さを感じる。……彼のことを知りたいとは思ってたけど、できればこんな形で知りたくなかったな。
最近、とりとめもなく素っ気ない美貌の騎士について考えていると、どことなくサネリとモネリが嗜めてくるようになった。
「聖女様はなにをお考えなのでしょうか」
「聖女様はなにに御心を乱されているのでしょうか」
「サネリは悲しゅうございます」
「モネリも悲しゅうございます」
「聖女様のお役目は、祈り、捧ぐこと」
「乞い、願うこと」
「どうか今一度その御心を静めていただきますよう」
「今一度御役目を思い出していただきますよう」
独特のテンポで紡がれる言葉と一緒に、シンクロした動きでティーカップを差し出される。例の鎮静作用のあるハーブティーだ。嫌いじゃないんだけど、飲むとなにだかどうでもよくなって考えたことが四散しちゃうから、今はちょっと飲みたくない。
だけどサネリとモネリの真っ青な瞳に見つめられると断れるはずもなく、仕方なく口をつける。
そういった攻防を経て、最近は考え事をするときは誤魔化すように窓際で空を見上げながら手を組むようになった。
そうしておけば大抵そっとしておいてくれるので、私はそうやっていかにも真剣な顔をしながらどうやってリングロッドさんと仲良くなれるのか日々考え込むようになった。
しかし、上には上がいるもので。
その日訪れたティリオロ大司教は、いつもの微笑みを浮かべていなかった。
「最近聖女様の御心を煩わせるものがおありだとか」
……この人は一体どこからこういった話を嗅ぎつけてくるのだろうか。
「聖女様の祝福が効いていないなどと一部で囁かれてもいます。無論そんな心にも無い噂など気にする価値もないでしょうが、一方で最近の聖女様の御様子に対して心配の声を上げる騎士たちもいましてね」
内心の動揺を顔に出さないようにするのに、顔面神経を総動員する。そんな私を知ってか知らないでか、ティリオロ大司教は顔を覗き込んできた。
近付いた顔に、輝く黄金の瞳。強烈な目力に、全てを洗いざらいぶちまけて頭を空っぽにしたい衝動に駆られる。
ああ、言ってしまおうか……あの夜明けの瞳が気になるんだって。言ってティリオロ大司教にどうにかしてもらおうか。
だって私の役目は祈ることだし、他のことなんて考えなくていいよね……。
「夜明けが……」
「夜明け?」
そのとき、心配そうに頷いている騎士の隣で、一人だけ冷めた視線で我関せずを貫いているリングロッドさんの姿が目に入った。
その様子に、ショックを受けた。
「司教様、私、ずっと気になっていることがあるんです」
いつものように長い睫毛を伏せ、一人無表情に堅く唇を結んでいる。制服を思い思いにアレンジしている者が多い中、支給されたままにかっちりと着こなしている仏頂面の騎士。
その姿を目に入れながら、沈む心を押し隠してニコリと大司教に微笑みかける。
「この世界の夜明けって、どんな色をしてるんですか? 私、朝のお祈り以外にこの部屋を出たことがないから、外の世界は一体どうなっているのかなぁーって気になってて」
「聖女様、そのお気持ちは分かります」
ティリオロ大司教は目を細める。
「ですが、聖女様の役目は祈りを捧げていただくこと。そのためにたくさんの信者たちが万全の体制を整えています。外の世界には貴女様を脅かすもので満ちている。今はまだそのときではないとしか」
「……そうですか。外に出られたらもっと元気が出て気持ちも入るんですけど……」
「……考えてはおきましょう」
「ぜひお願いします」
命令すれば、リングロッドさんは視線を合わせてくれるようにはなるのだろう。だけど、そうしたところで彼との距離はおそらく縮まることはない。
ただその瞳を向けてほしいわけじゃない。いつも色のないその瞳に、私に対しての感情を浮かべてほしい。
ガラス一枚隔てた向こうにいるかのような彼。そのガラスを破ってこちらに歩み寄ってほしい。
自分でもこの気持ちがどこからくるものなのか、よく分からない。けど、せっかくこんなイケメンと同じ空間にいられるのだ。好かれたいとまではいかなくても、普通に話せるようにはなりたい。
どうやら私は自分が思っているよりもずっと、傲慢でわがままな思いを彼に抱いているみたいだった。