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王城にて


 紫水晶の間というのは、アメジストのような宝石と紫色の室内装飾に彩られた、とにかく派手な部屋だった。アクセントにあちこち金装飾もついていて、それが余計に目をチカチカさせる。

 そしてその部屋に設けられているソファには深紫色のヴェルヴェット生地の服を着た集団が座っていて、その背後を金ピカの鎧が眩しい騎士たちが控えていた。

 なにこの部屋、色彩の暴力じゃん。

 誰がこの色を配置したのかは知らないが、自己主張する色ばかりで目がチカチカする。思わず引き攣った笑みを浮かべてしまう。

 深紫の集団はそんな引き攣った笑みの私をにこやかに迎え入れてくれ、優雅な礼まで披露してくれた。何度も瞬きを繰り返しながら、私もニコリと微笑み返す。

 リングロッドさんは恭しくも有無を言わさぬ様子でエスコートを最後まで続け、ロイヤルパープルのソファに私を座らせると、さっさと背後へと下がっていってしまった。

 その代わりに別の馬車で随伴していたティリオロ大司教がいつの間にか側へと控えている。


「聖女様は着座をお許しである」


 唐突にティリオロ大司教から放たれた言葉に、私は思わず目を剥いた。そんな私を気にすることなく、ティリオロ大司教は厳かに言葉を続ける。


「聖女様は発言をお許しである」


 な、なんだなんだ? なにも許してないけど?


 呆けている私を置いてきぼりに、ティリオロ大司教と恐らくエフェルミア王家の方々であろう人たちで会見が始まっていく。


「かくも麗しき女神テルメンディルの御子、この世の救世主たる聖女様におかれましては……」


 勝手に始まってしまった話についていこうと、必死に聞き耳を立てる。……が、すぐにヒヤリングを放棄せざるを得なかった。

 だって同じ言語を喋っているとは思えないほど堅苦しい言葉のオンパレードで、脳が全然受け付けない。全く理解が追い着かなくて、何語を喋っているかわからないレベルだ。途中途中で本当に違う言語が出てきているようにも思える。

 そうあたふたして聞き流しているうちに、王様の長い前置きは終わってしまった。一人勝手に混乱して勝手に疲れている私を尻目に、今度は王族の紹介が始まる。

 側に控えていた、唯一落ち着いた色味の服を着たおじさんが朗々と名前を読み上げていく。


「こちらにおわしますのは、第十四代エフェルミア国王、テルメネディスト・ファウス・アンドゥルトゥワルス・ポン……」


 ……もうギブアップ。ここの王族さんたち、やたら名前長すぎ。横文字の羅列すぎてただでさえごちゃごちゃの頭の中がさらに絡まってしまっている。

 でもいい訳したい。だって糸目の壮年の国王も、糸目の王妃も、糸目の第一王子すらも――みんなテルメなんとか、なんだもん。

 結局、第二、第三王子とまだ幼い第一王女まで名前を紹介されたが、全員テルメうんたらかんたらどーたらこーたら、って長々と言われて、全く頭に入ってこなかった。一つ分かったことと言えば、エフェルミア王家は代々女神テルメンディルの血筋を受け継いでいて、それで女神の名に因んだ名前をつける風習があるってことくらい。

 この見事な糸目が女神の血を引いているなによりの証拠だとか。(ちなみに王妃は遠い親戚筋の者らしいが、生前から王家に嫁ぐことが決まっていたため、女神の名を頂く名誉を授けられたそうだ。)

 確かに、みんな見事な糸目一家だ。まだ幼い第一王女まで全然目が開いてない。王様も、見た目はいかにも篤志家って感じで人の良さが滲み出てる。

 あまりにも話が長すぎるせいで王族を観察して時間を潰していたら、一つ大変なことに気づいてしまった。

 ……第三王子が無理矢理目を細めている。

 彼、時折微かに目が開いている。三番目だから注目されていないと思っているのか、それとも目蓋がもう限界なのか。まだ少年ぽさが残っている彼は時折ぷるぷる震える目蓋を開いて、ガラス玉のような綺麗な青い瞳をわずかに覗かせている。

 誰も触れないようにしているから私も知らないフリをしてるけど、こんな杜撰な糸目の作り方も、王家だから黙認されているのかな。

 結局、私が王家との対話で得た物はそんなどうでもいい暗黙の了解くらいだった。









 王家との対話という名のティリオロ大司教の一人相撲が終わると、今度はバルコニーへの移動を促された。


「エフェルミア王国の民へお姿を披露していただきます」


 にこやかにそう促してくるティリオロ大司教に、困惑の視線を向ける。


「でも、さっきは混乱するから姿を見せちゃダメだって……」

「それは、聖女様のお姿は王城正面のバルコニーにのみ顕現されると触れを出しておりました故」


 有無を言わさぬ調子で大司教は遮った。


「聖女様、お時間が余りございません。どうぞご理解いただきたく」


 周りの護衛騎士も聖女様のお慈悲をと、皆それぞれに声を上げてくる。なんだか一斉に促される薄気味悪さに押し負けて、私は頷くしかなかった。


「エスコートはどの騎士にいたしましょう?」


 差し出していた手を間抜けに宙に浮かせたまま、私はポカンと見上げる。


「えっ、リングロッド……さんじゃないの?」

「聖女様、どの騎士でもその御心のままに選んでいただいて良いのですよ」


 ティリオロ大司教の人の良さそうな笑顔が差し迫る。


「そうですね……だが聖女様は戸惑われていらっしゃる。それでは、こちらの騎士は如なにでしょう?」


 大司教に促されて進み出てきたのは、バーガンディ色の髪が目にも鮮やかな糸目の騎士。

 名前は確か……。


「聖女様、彼はアデハルドです」


 そっと囁かれたその言葉に、目をぱちくりさせる。そうだ、彼は確かアデハルド・ディズ。


「騎士の中でも一番の美丈夫だ。彼にしては?」


 ティリオロ大司教にそう促されるけれど、なにだか色々と考えるのが面倒臭くなってきた。私は軽く頭を振り、再び手を宙へと差し出す。


「リングロッドさんにお願いします」


 今度こそはっきりと感じた。

 誰も彼もが息を呑み、信じられないといった顔で私を見つめている。わずかに目を見開いたティリオロ大司教。自信を打ち砕かれたアデハルドの表情。

 そして、凍り付いた瞳と真一文字に結ばれた唇。


「……御心のままに、聖女様」


 私以外の誰一人としてこの結果を喜んでいないことは、一目瞭然だった。










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