エフェルミア城への訪問
ということで数日後、私はエフェルミア王城行きの馬車へ乗っていた。
私が寝泊りしているあの場所は、教皇の公邸であるらしい。教皇の住む公邸以上に教会の所有する立派な宿泊施設がないので、今は仮住まいをさせてもらっている。――肝心のその教皇にはまだ一度も会ったことはない。
教会との窓口はすべてティリオロ大司教が取り仕切っていて、私の前に姿を現すのは彼と双子の巫女サネリとモネリ、それに十二人の護衛騎士だけだ。
朝のお祈りのときだけ大聖堂にいる信者に拝まれていることは多々あるし、その場にいる聖職者たちが遠巻きに眺めてくるのも知ってる。だけど、ただそれだけで誰も近づいてこようともしない。
そんな極めて行動範囲も人間関係も狭い私が、今日初めて大聖堂から外に出たのでちょっとドキドキしている。
ひっきりなしに聞こえてくる歓声。
窓もカーテンも締め切っていて全く様子が伺えないが、外では聖女降臨を祝するパレードを見に観衆が押し寄せているらしい。
私を歓迎するパレードだというのに、なぜか顔を見せてはいけないという、意味の分からない状況。まぁ、別にキャーキャー言われたい訳じゃないのでいいんだけども。
その代わりに今日は聖女付の聖騎士は総動員で、護衛という名の凱旋をしてくれている。今も立派な白馬に乗って、馬車の前後に並びながら観衆に手を振っているはずだ。
そして馬車の中は無言のサネリとモネリが私の両脇に、そして向かいの席にこれまた無言のリングロッドさん。外の熱気とは裏腹な、会話のない、しんと静まった車内。
恐らくやる気のないリングロッドさんのことだ。一番気を遣わなくて済むと思った車内を選んだんだろう。実際彼はさっきから長い睫毛をずっと伏せていて、視線すら合うこともない。
確かににこやかに手を振るリングロッドさんなんて想像もつかないけどさ。
「あの」
シンとした車内に、私の声はよく響いた。それにリングロッドさんはチラリと視線を寄越してくる。
「……いかがなされましたか」
が、すぐに淡い瞳は靑銀の睫毛に隠された。
すごい、睫毛も眉毛も現実ではあり得ないアイスブルーだ。ってことは、もしかして彼の鼻毛も水色なのだろうか?
「……?」
そんなどうでもいいことを考え込んでいたら、再びチラリと訝しげな視線が送られてしまった。
「あ、あの、私、窓の外が見てみたいんですけど」
「おやめください」
考える間もなくバサリと斬り捨てられてしまう。
「それは、なんで」
「聖女様の身の安全のためです。不用意に姿を現しますと、民が混乱する恐れがあります」
そう言われてしまえば引き下がるしかなかった。
それ以上誰とも会話することなく、私を乗せた馬車は大通りを王城へと進んで行った。
馬車は単調な音を立てながらひたすら前に進んで行く。
少しウトウトしていたかもしれない。気づいたときには外からの歓声は止んでいて、馬車も止まっていた。
目を開けると同乗者の三人の視線が一身に私へと注がれていた。
「あれ……私、寝てました?」
「聖女様、王城へと到着いたしました」
「聖女様、これより紫水晶の間へとご案内いたします」
サネリとモネリに両側から言われて、目をパチクリする。間髪置かずに外側から戸が開き、リングロッドはサッと立ち上がるとあっという間に馬車を降りた。
「お手をどうぞ、聖女様」
外から仏頂面が見上げてきて、手を差し伸べられる。
彼がこんなに真っ直ぐ私を見つめるのは、初めてのことなんじゃないだろうか。複雑な色味を合わせ持つ瞳と真正面から視線がぶつかる。
思わず溜息をもらしてしまいそうになるような、美しい瞳だった。
「……ありがとう」
大きくて無骨な手をとると、なぜか周りに控えていた残りの護衛騎士たちが次々に息を呑んだ。よく分からないけどなんだか不気味なほど、異常に注目されている。
そしてそれに伴って隣のリングロッドさんが顔を強張らせたのが分かった。
そんなに私をエスコートするのが嫌だったのだろうか。ちょっと傷ついたけど、表面上はとても丁寧なエスコート。イケメンに恭しく手を支えられて、舞い上がらないはずがない。
ただでさえ周りにちやほやされて調子に乗っている私。なににも考えず、ただ嬉しくてニコリとリングロッドさんへと微笑みかけた。――それで、明らかにリングロッドさんの表情が凍ったのがわかった。
なぜか凍りついてしまった。
「……不細工にも優しいアピールか」
ボソッとなにか呟かれたような気がする。
「えっなに?」
「いえ、なにも。行きましょう、聖女様」
リングロッドさんはそう有耶無耶に返すと、この件は終いだとばかりに先を促した。