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用意されたドレス

 

 カラ・ハドさんを部屋の入口に残しておくことを約束して、やっとリングロッドさんはイルシアさんに連れられて出て行った。

 ファノメネルさんは得意気に微笑みながら侍女たちへと合図を送る。


「短期間で仕上げたにしては素晴らしいものができたのよ」


 ご覧になって、と少し上ずった声が促した先に現れた、トルソーに飾られたワンピースドレス。

 今にも溶けそうな淡いアイスブルーの柔らかな生地に、水で溶かしたようなリラ色の刺繍が彩りを添える。淡い色味だけにその色調の変化が実に繊細で、まるで夜明けの空の一瞬の表情を切り取ったかのようだ。


「この色って……」

「お好きだとおっしゃいましたでしょう」


 そうでした。

 お城の庭園で好きな色を聞かれたとき、たしかに夜明けの空の色だと答えました。こんな意図があったとは知らずに軽はずみな発言をした自分を呪う。


「あの、これってやっぱり着替えないといけませんか?」

「……お気に召していただけなかったのね。わたくしって美貌もなければファッションセンスも持ち合わせない、どうしようもない貴族の落ちこぼれだわ……」


 落ち込んだように下がった声のトーンに慌てて否定する。


「わー! 大丈夫! 大丈夫ですよ! すっごいお洒落! とーっても気に入りました! ぜひとも着たいなぁー……だから、そんな泣きそうな顔をするのはやめてください!」

「良かった。ならばお召し替えくださいませ」


 出てきたドレスを眺めながら、ファノメネルさんはポツリと零す。


「ですがまさか、彼の方の瞳の色だとは思いませんでしたわ。お会いしてびっくりいたしました」

「はは……」


 改めて指摘しないで。今まさに自分の乙女チック思考を後悔している最中だから。


「いいと思いますわ。わかりやすくて」

「それ、ダメじゃないですか」

「まぁ彼の方は自分のことなどとは露ほども思わないでしょうけども」


 ファノメネルさんがなにか呟いたけど、ドレスを着せようと侍女たちにもみくちゃにされた私には、なんて言ったのか聞き取れなかった。








 恐る恐る出ていくと、部屋で待っていたカラ・ハドさんはのんびりした笑顔とともに称賛の言葉をかけてくれた。


「綺麗ですね。よくお似合いです」

「そうでしょうとも、我がフラ家が用意したのだから似合わないはずがありませんわ。それに聖女様のお好きな色で仕立ててますのよ」

「おや、聖女様。それは……」


 目を丸くしたカラ・ハドさんの口元を慌てて抑える。


「余計なことを言ったら怒りますからね」


 若干キレ気味の私をしばらく眺めていたけど、やがて納得いったように「わかりました」とニヤニヤ笑いを浮かべられた。

 女子並みに恋バナできるカラ・ハドさんなら気づくよねぇ……ほんとにうっかり漏らした自分を恨むよ。


「そうですか。へぇ……なるほどね……」


 さっきからニヤニヤが止まらないカラ・ハドさん。いい加減その訳知り顔をやめてください。


「ちなみにどんなところが?」

「カラ・ハドさん?」

「怒らないでください。純粋に疑問に思っただけですから」

「……ええと、実は。その、顔がタイプで……」

「あ、戻ってきた」


 扉をノックする音に心臓が飛び出るほど驚いた。そんな私を面白そうに見遣ると、カラ・ハドさんは本当に怒られる前にとそそくさと扉を開けに行く。


 イルシアに連れられて戻ってきたリングロッドさんは、なぜか憔悴している。


「なぜ俺がこんな目に……」

「まぁまぁ、いいじゃないですか。役得と思って」


 うわぁ、ちょっと直視するのも照れるわ、これ。かっこいいという言葉しか浮かばない。

 ほどよく引き締まった筋肉質な体にフィットするような上等のジャケット、スラックス。長い足には形のいい革のブーツを履き、まるでどこかの貴公子のようだ。しかもクラヴァットを留める宝石は私の髪飾りと同じ細工がされていて、思わず髪飾りに手をやってしまう。

 見惚れている私を他所に、どことなくぶすくれているリングロッドさんは窮屈そうにクラヴァットに手を差し入れている。それを止めながら、うしろに控えていたイルシアさんがファノメネルさんに向かって肩を竦めた。


「糸目式化粧だけは断固拒否されてしまって……」

「あら、どうして?」


 ファノメネルさんからあからさまに顔を背けるリングロッドさん。そんな無作法な仕草さえも様になっている。


「我がフラ家の技術をもってしたら、一日くらい女神の糸目にさせてあげられましたのに」

「ハッ……」


 リングロッドさんは吐き捨てるように鼻で笑った。


「今さらそんなことをしたところでどうなる」

「一日くらい夢を見させてあげましょうと、そう申しておりますの」

「そんなもの、いらないね」

「そうですね、いりませんね」


 シリアスな空気の中、割って入った私の声にみんなが一斉に振り向いた。


「聖女様?」

「だっていらなくないですか?」


 部屋の中を奇妙な沈黙が包む。


「このままでよくないですか? この目が素敵なんでしょう? それをわざわざ糸目にするなんて、そんなの化粧の無駄遣いもいいとこですよ」


 誰もなにも言い返さない。

 目を見開いて茫然とするリングロッドさんに、言葉を失うファノメネルさん。ヘーゼルの瞳が頼りなさげに揺れている。


「っていうか、聖女様。その服の色……」

「あぁあー! 突っ込まないで!」


 冷静に指摘してきたイルシアさんの襟元を飛びかかるように引っ掴んだ。


「誰もそこに注目してなかったのに! 触れなければ気づかれなかったのに!」

「いや気づくでしょう……」


 カラ・ハドさんに引き離されてゼエゼエ肩で息をする。

 この狐目は! なんで余計な一言言っちゃうかなぁ!


「……あの、なんかわちゃわちゃしてますけど、いいですかね? 準備できたのなら、とりあえずでかけましょうかね?」


 冷静に戻ったイルシアさんの一言で、みんな神妙に部屋から出ていく。私もカラ・ハドさんに宥められながら部屋から連れ出される。……恥ずかしすぎて、リングロッドさんの方を見られなかった。









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