ファノメネルの計画
次の日にはさっそくファノメネルさんからの手紙が届いていた。
高級そうな香りがふわりと漂い、綺麗な花模様が型押しされた女子力の高い便箋。そこにしたためられた達筆な文をサネリとモネリに読んでもらって、ついでに返事も代筆してもらう。
便箋の香りを嗅いで高貴さを堪能していると、ニコニコしたティリオロ大司教がいつも通りの時間にやってきた。そのままさらっとフラ家への訪問は一週間後だなんていうものだから、ついまじまじと眺めてしまった。
「私の顔になにか?」
あれだけのらりくらりと躱していたくせに、なんでもないかのようにニコニコニコニコしている。なにを考えているのかさっぱり掴めない。よっぽど問い詰めてみようかとも思ったけど、ティリオロ大司教からはそれ以上話もなさそうだったので、気が変わる前に話を進めてもらおうと詮索するのはやめておくことにする。
横槍が入らないかびくびくしながら、指折り数えてその日を心待ちに待っていた。
「どうかお気をつけて」
「いってらっしゃいませ」
サネリとモネリの深いお辞儀に見送られながら大聖堂をあとにする。
フラ家がわざわざ馬車を用意してくれたようで、やたら立派で黒光りする馬車が迎えに来ていた。豪華なのは見かけだけじゃないようで、中の座席にはフッカフカのクッションが敷き詰められており、そのクッション一つ一つも緻密な刺繍が施されている。さすがはお貴族様の馬車だ。
「聖女様」
いつもは決して話しかけてこないリングロッドさんにその日に限って呼ばれ、始め自分に話しかけられていると思わずに返事が遅れた。
「……あっ、はい。私ですか?」
「……聖女様は貴女一人しかいませんので」
ともすればすぐに伏せられそうになる睫毛に慌てて返事を返す。
「ファノメネル・フラ嬢とは仲良くなれたと伺いましたが、警戒だけは怠らないでください」
「どうしてですか?」
あの涼しげな美女がそんな警戒するような人物だとは思えない。そう思って聞き返すと、リングロッドさんは言いにくいのか少し躊躇した。
「フラ嬢だけが悪いとは申しませんが……王太子殿下の婚約者である関係で、色々とよくない話がありますので」
うーん?
抽象的すぎる上に曖昧にぼかされてしまったので、そう言われてもピンとこない。ただ頷かなければ彼も納得しそうになかったので、とりあえずもっともそうな顔をしておいた。
王城通りの王城近く。
通りに面した大きな建物の前で快適な乗り心地の馬車は停止する。まるで映画のセットみたいなアンティーク調のレンガ造りの建物はお洒落だ。
「わー! すっごい豪華!」
中に入ると早速玄関ホールにぶら下がっているきらびやかなシャンデリア。数々の彫刻品、巨大な絵画や壺や花瓶まで沢山の装飾品が飾られていて、エフェルミア城とはまた違うセレブ感に思わず感嘆の声が出る。
「ご来邸をお待ちしていましたわ、聖女様」
「あ、今日はお招きいただいてありがとうございます、ファノメネルさん」
床に敷かれている鮮やかな絨毯も足音も出ないくらいフカフカで、塵一つ落ちてない。まるで新品みたいな絨毯に土足のまま歩くのも憚られて立ち尽くしていると、出迎えに出てきたファノメネルさんに不思議な顔で促された。
まずは応接間にと通されて、そこでフラ家ファミリーと対面する。
「聖女様、夜会のときはゆっくりとご挨拶もできず失礼をいたしました。ファノメネルより聞いて驚きましたが、本当に来てくださるとは」
「狭く侘しいところですが、どうかごゆっくり過ごされてくださいね」
こんな豪華なところが狭くて侘しいとは、貴族の感覚はどうなっているのだろうか。
ともかくニコニコ微笑んでいる糸目の紳士とご婦人が上品に挨拶してくれる。そのそばにはファノメネルさんと同じ髪色をした糸目の青年。
たしかにファノメネルさんはご両親に似てないみたいで、そう釘を刺されていたのにも関わらずちょっとがっかりしてしまった。いや、そうは言いつつも実は似ているパターンとかあったりするからさ。勝手に期待した自分が悪いんだけども。
「夜会でお見かけしたときから思っていましたけど、本当に聖女様は麗しき女神に似ていらっしゃいますのね」
しばらくファノメネルさんのご両親やお兄さんと談笑する。談笑といってもお決まりの美辞麗句をいただいて、私は微笑みながらそっと受け流すだけだけど。
気品漂う本物の貴族からもらう称賛の言葉なんて、虚しいものでしかない。
「お父様、お母様。そろそろ聖女様をお連れしようと思いますの」
艷やかなレディッシュブロンドを複雑に結い上げて、それに大胆なストライプ柄の入ったミモザ色のドレスを身に纏ったファノメネルさんが見計らったように声を上げる。名残惜し気なフラ家ファミリーとは一旦別れて、ファノメネルさんは自室へと案内してくれた。
自室に着いた途端、彼女は張り切って宣言してきた。
「さて、聖女様。今日は一日わたくしに付き合っていただこうと思いますの」
その複雑な髪型がどのように結われたのか気になって後頭部を眺めていた私は、唐突に振り返られてバチッと目が合ってしまう。そのまま勝ち気に微笑みかけられた。
「まずは聖女様にお召し替えいただいて、それからとっておきの場所にお出かけいたしましょう」
「お召し替え、ですか?」
「ええ、そう。この日のために一式全部揃えたのよ」
「お待ちください」
衣装室へ案内しようとしたファノメネルさんに、リングロッドさんが硬い声をかけた。それにファノメネルさんはピタリと動作を止めると、スッと目を細めた。
……こっちまで萎縮するくらい冷ややかな目だ。
「おまえ、いきなり話しかけてくるなんて無礼よ」
「聖女様の護衛任務に当たることですので、どうかご容赦を」
「それで、わたくしをわざわざ呼び止めてまでなにかしら?」
声音まで抑揚がなくなってひたすら怖い。さすが王太子の婚約者なだけあって、迫力も別格だ。
だけどそんなファノメネルさんにリングロッドさんも淡々と言い返す。
「聖女様を我々護衛の目の届かぬ所へとお連れするのはご遠慮いただきたい」
「では聖女様におまえの目の前でお召し替えしろって言うの?」
「そうではなく、お召し替えの必要性がどこにあるのかというのです」
ファノメネルさんはジロジロとリングロッドさんを眺め回した。
「……おまえ、リングロッド・アルフィディルね?」
「ええ、そうですが」
不躾なくらいたっぷりと観察してから、ファノメネルさんはうっすら微笑んだ。
「……そう。わたくしを目の前にしても物怖じしないその胆力。そういうところかしらね、聖女様」
意味ありげな流し目をくれるファノメネルさんは綺麗だけど、滅多な事を言わないでね! 不審に思われるから!
「イルシア」
「はい、お嬢様」
ファノメネルさんの呼びかけに、後ろに控えていた騎士が進み出てきた。糸目に近い狐目の、綺麗だけど近寄りがたい冷たい感じの人だ。
「この護衛騎士を思いっきり飾り立ててちょうだい」
「かしこまりました」
イルシアと呼ばれた狐目の男性はリングロッドさんに近づくと、彼を連れて行こうとした。
「触るな」
リングロッドさんはその手を躱して私を庇うように前に立った。
「聖女様と護衛を離すなど、害意があると見做すぞ」
「そう堅苦しく考えずとも、ただ着替えに行くだけですよ」
「触るなと言っている」
イルシアの手を乱雑に払うリングロッドさんは、ひたりと冷めた視線をファノメネルさんに向けた。
肩を竦めたイルシアにファノメネルさんはチッと舌打ちをして、仕方がなさそうにリングロッドさんに話しかける。
「そんな無粋な真似、わたくしがするとでも?」
「……一体なんのためにわざわざ着替えなどする必要がある。納得のできる答えを出せ」
広い背中に守られて、そんな場合じゃないのにちょっとうっとりしてしまった。普段そっけないくせに、こんなときだけは庇ってくれるのってズルいよなぁ。
ファノメネルさんはそんな頼りがいのあるリングロッドさんにくわっと目を見開くと、底力のある声でビシッと宣言する。
「そんなの、もちろんデートに行くために決まっているでしょう!」
「……デート?」
あっちゃあ。
思いっきり目的をぶちまけたファノメネルさんにお花畑な思考を引き戻されて、思わず顔を覆い隠す。
リングロッドさんも予想外の言葉に固まってしまってる。その隙だらけの腕をイルシアが乱暴に引っ張り、彼は体制を崩してたたらを踏んだ。
「さ、行きますよリングロッドさん。あまり時間がないんだからこれ以上ゴネないでください」
「おい」
「心配なら聖女様のお召し替えに張り付いていらっしゃってもいいけれど、貴方の男性としての名誉は地に落ちますわよ?」
「くそっ……」
連行しようとするイルシアとそれに抗うリングロッドさん。ついてきていたもう一人の護衛のカラ・ハドさんは呑気に笑いながら眺めている。
「リングロッドさん、大丈夫ですよ。ちょっとお洋服を見てくるだけです」
「しかし……」
「貴方も大概疑り深いですわね」
ファノメネルさんはリングロッドさんの元につかつかと歩み寄り、その鼻先に畳んだ扇を突き出す。
「女神テルメンディルに誓ってもよくてよ。わたくしは聖女様を決して害さないと」
リングロッドさんが鋭い眼光で見上げる。それを真っ向から見下ろすファノメネルさん。
「万一にでも聖女様になにかあれば、そのときは命をもって贖ってもらう」
「当然ですわ。わたくしを誰だと思って?」
「王太子の婚約者だろう」
「そうですけど、今は違うわ」
ファノメネルさんは扇を広げて艷やかに微笑んだ。
「わたくしは聖女様の友人よ」




