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夕焼け小焼けでまた明日

 

「聖女様、もうそろそろお時間ですので」


 残念そうな王妃様から逃げるようにこっちへと向かってきたティリオロ大司教に急かされて、私はファノメネルさんに向き直った。


「ファノメネルさん、今日は付き合ってくださってありがとうございました。じゃあ……また」


 ファノメネルさんはそわそわした様子でちらりと私に意味ありげな視線を送ると、ティリオロ大司教に向かって微笑みかけた。


「聖女様、そうですわね。またぜひお話いたしましょうね。ということですのでティリオロ大司教様、わたくしもっと聖女様のお話をお伺いしたいの。聖女様もこう仰っていることですし、屋敷に招待させてくださらないかしら」

「……フラ嬢。聖女様はお忙しい身の上なのです。民のために日夜身を捧げられており……」

「私もファノメネルさんのお屋敷に行ってみたいです!」


 貴族のお屋敷ってどんなところだろう! きっと豪華な大邸宅に違いない。もしかしたら今日食べ損なったような高級なお菓子とかまた出てくるかもしれない。

 なにより外の世界を見るせっかくのチャンスだ。俄然乗り気になった私と人前だからか笑顔を崩せない大司教に、さらにファノメネルさんが追撃をかけてくる。


「まあ! 聖女様にそう言っていただけるなんて大変な名誉ね。早速お父様とお母様にお知らせしないと」

「ファノメネルさんのご両親もきっと綺麗な方なんだろうなぁ」

「ええ、それはもう。わたくし以外は見事な糸目ですから。皆麗しい容貌をしているわ」

「……そうなんですね。ファノメネルさんに似てないんだ……」

「困ります、フラ嬢」


 ティリオロ大司教が強い口調で女子二人のかしましいお喋りに水を差した。


「聖女様は至高の存在であり、何者にも平等に祝福する。貴女様だけを贔屓はできないのです」


 ファノメネル嬢は一瞬、怖いくらい真顔になった。けどすぐに臆することなくにっこりと令嬢スマイルを浮かべる。


「それをいうならば、本日エフェルミア城(こちら)に来られた時点で王族を贔屓していることになるのではなくて?」

「……っ」

「あなたがそう言うのならばそれでもいいけれど、このことはお父様には一言一句違えずに伝えますわよ?」

「フラ嬢……」


 なにかを言いかけた大司教は、だけどそれ以上言葉にならずに微かに頭を振る。それを勝ち誇った笑みで見遣りながら、ファノメネル嬢は見事なカーテシーを披露してくれた。


「聖女様、近々ご来邸いただけるのを心よりお待ちしていますわ」 


 大司教に再三促され、今度こそ王城を後にする。

 去り際大司教に見えないようにこっそりとファノメネルさんが笑いかけてきた。そのいたずらが成功したような無邪気な表情が本当に可愛らしくて、不覚にも見惚れてしまった。








 部屋へと戻るともう夕方も過ぎていて、窓からは焼けるような茜色の夕陽が差し込んできていた。

 護衛騎士も交代の時間なのか、今日は珍しく昼の護衛にいなかったリングロッドさんが相変わらず無表情に迎えてくれた。


「おかえりなさい、聖女様」


 今日の護衛騎士はリングロッドさんの他にもう一人、褐色の肌がエキゾチックなカラ・ハドさんだ。そのカラ・ハドさんはのんびりとした笑みを浮かべて帰ってきた私に話しかけてきた。


「今日は王城でエフェルミア王家の方々とお茶会でしたね。テルメナシュ王子もいらっしゃったようですが大丈夫でしたか?」

「ただいまです。王子様たちみんなね……正直よくわかりませんでした。雲の上の人過ぎて考えも言ってることも理解できなかったです。それよりもですね、今日はファノメネルさんという方がいらっしゃっていて、その方と仲良くなれたんですよ」

「……フラ嬢と?」


 いつも目を伏せて私の話なんか聞いているのか聞いてないのか分からないようなリングロッドさんが、珍しく視線を向けてきた。


「色々とお話していたら仲良しになれたみたいで、お屋敷にまで招待してもらっちゃいました。貴族のお屋敷ってどんなところかなぁ。早くその日にならないか楽しみです」

「フラ家のお屋敷に招待されたんですか」


 カラ・ハドさんは驚いたように声を上げた。


「そのお話、詳しく聞かせていただきたい」


 本当に珍しいこともあるもんだ。いつもは相槌ばかりのリングロッドさんが聞き返してくる。


「どういった経緯でそんなことに?」

「ええと、無理にねだったわけじゃないですよ? ファノメネルさんが招待したいって」

「なにか言われませんでしたか?」


 リングロッドさんが険しい顔をしている。どうしてそんなことを聞かれたのかわからなくて、首を傾げた。


「色々とお話しただけなので特になにも……」


 流石に本人に面と向かってあなたの素っ気ない態度について相談していたのだとも言えず、曖昧に誤魔化す。が、私の表情からなにか隠していることを勘づいたのか、追求は終わらなかった。


「なにか隠していらっしゃいませんか」

「一体どんなお話を?」

「ええー……」


 カラ・ハドさんが優しく聞き出そうとしてくるが、口が裂けたって言えない。


「それは、女子同士の秘密ということで」

「まさか心無い言葉などかけられてはいませんか」


 リングロッドさんの声がヒヤリと冷たくなった。


「聖女様、今度こそどうか正直に話してください。隠し事をされて御身になにかあってはたまりません」

「そんな大事ではないんです。あの、秘密といってもただの他愛もない話というか、気になるひ……タイプの話で盛り上がっただけで、そんな心無い言葉なんて全然ありもしませんでしたよ!」

「それは確かに他愛もない話、ですね」


 カラ・ハドさんの言葉にリングロッドさんは眉間に皺を寄せた。


「あのフラ嬢が他愛もない話などするか?」

「聖女様がそう仰るのならば大丈夫なんじゃないですか? 落ち込まれている様子もないし、心配しすぎですよ」

「そうか……」


 危ないところだった。これ以上突っ込まれるとまたテルメナシュ王子の二の舞になりそうだったから、話題を回避できたみたいでフゥと肩の力が抜ける。

 だけどその油断が悪かったのか、思わぬところから変化球が返ってきた。


「ところで聖女様、先ほど仰られた気になるタイプとはどんなタイプなのですか?」

「えっ?」

「なっ……」


 邪気のないカラ・ハドさんの言葉に、隣のリングロッドさんが大げさなくらいギョッとした。

 そこを突っ込まれると非常にまずい。それこそ本人が目の前にいるのにバレたら恥ずかしすぎる。

 暫く呆けたあとに一拍遅れてリングロッドさんがカラ・ハドさんを小さな声でたしなめた。


「おい、そんなこと聞いてどうする」

「だって気になりません? やっぱり女性が好むのはあのアデハルドみたいな貴公子ですかね」


「それでどうなんですか」とにっこり笑ったカラ・ハドさんになんとも返しようがなくて口をパクパクさせると、笑われてしまった。


「おや、聖女様のお顔が真っ赤になってしまいました。まさか図星だったのでしょうか」

「違います! あ、いや、えっと……」


 流石に全力で否定するのもアデハルドさんに失礼な気がし、慌ててフォローを入れる。


「いやアデハルドさんもスタイル良くて優雅だしとても素敵な方ですよ? でも、タイプっていうのとはちょっと違ってて……」

「外しましたか。ではネイミスみたいな人の良い男性?」


 なぜか護衛のカラ・ハドさんが恋バナする女子みたいになっている。

 それ自体は別にいいんだけど……いや良くない。一刻も早くこの話題を終わらせなければ。不意打ちすぎてちょっと混乱している。

 落ち着け、落ち着け自分。


「あとはトーリンのような活発な男性ですか? ケレアンは……ないかな、綺麗ではあるけど嫌味だし。もしかして、まさかのあの謎めいているティリオロ大司教?」


 怒涛のように名前を挙げられ目を白黒させる。

 いや、ていうか好きなタイプっていうより好きな人を当てるみたいになってるからね! もうこの話は止めだ止め!


「やめろ、カラ」

「いいじゃないですか、他愛もない話くらい。フラ嬢ともしたくらいなら我々がしたって」

「やめろって言っている。聖女様を困らせるな」

「リングロッドさんは気にならないんですか?」


 カラ・ハドさんは無邪気な子供のようにリングロッドさんを見上げた。


「……」


 暫く固まったのち、なんとも言いようがなかったのか目を逸らしたリングロッドさんは誤魔化すようにコホンと軽く咳払いをする。


「無理に詮索するのはよくない」

「ふーん……」


 意味ありげにじーっと見つめるカラ・ハドさんからあからさまに目を背けるリングロッドさん。彼が助けを求めるようにこっちを見てくるものだから、思わずクスリと笑いが漏れてしまった。


「ごめんなさい、好きなタイプは内緒ってことで、すみません」

「残念だなぁ」


 そうぼやいたカラ・ハドさんは、でも全然残念じゃなさそうにカラリと笑った。


「なんにせよ聖女様が楽しく過ごされたのなら良かったです」

「ありがとうございます、カラ・ハドさんさん。リングロッドさんも」

「礼を言われるようなことではありません。護衛として……」


 じーっと見つめられていたリングロッドさんは素っ気ないほどの謙遜を言いかけて、視線に気づいたようで言葉を切る。

 暫く逡巡するような淡い色の混ざる瞳。その瞳とにらめっこしていると、やがて諦めたように「どういたしまして」とため息をつきながら零される。

 それが無性に嬉しくて、気づいたら笑っていた。








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