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気まずいお茶会

 

 窓からはさんさんと日光が降り注ぎ、部屋の中を明るく照らしている。

 王城の奥にある一室に案内されると沢山の可愛らしいお菓子たちが用意されていて、下がり気味だったテンションも一気に浮上した。真っ白なテーブルクロスの上には高そうな食器やカップが揃い、銀製のケーキスタンドの上にはスコーンにビスケット、タルトに飾り切りされた色とりどりの果物などが盛り付けられている。

 王子様たちは既に部屋にいたようで、私の到着を笑顔と共に歓迎してくれた。


「ようこそおいでくださいました」


 金髪の男性のうち一番大人っぽい王子が惚れ惚れするような礼を披露してくれた。


「聖女様に再び相見えることのできたこの奇跡に対して、女神テルメンディルに感謝を」


 気障なセリフを言ったのは金髪を短く刈り込んだ背の高い糸目。爽やかスポーツマンタイプの王子だ。


「聖女様、お会いしたかった……!」


 感極まった様子で私を見つめているのは泣き虫王子のテルメナシュ。今日は家族の手前か、きちんと糸目を装っている。


「みなさん、遅くなってごめんあそばせ」


 王子たちから口々に賛辞を受けていると、艷やかな声と共に王妃様が入室してきた。そばに見知らぬご令嬢も控えている。


「聖女様が来てくださってわたくしとっても嬉しいわ。ぜひともゆっくりしていって頂戴ね」


 王妃様はゆったりと微笑むと、実に洗練された動きで椅子に腰かける。


「同席をお許しいただきまして誠に光栄ですわ。お初にお目にかかります、ファノメネル・フラと申します」


 王妃様と共に入ってきたご令嬢が静かに微笑んだ。

 艷やかなレディッシュブロンドを美しいシニヨンに結い上げていて、涼やかな切れ長の目をしている。……綺麗な人だ。王太子の婚約者と言われてその見事な美貌に納得する。って、この国は糸目信仰だったか。

 婚約者さんは他の貴族みたいに糸目のフリをしないみたいで、堂々と目を開けている。


「さあさ、おかけになって。聖女様のお口に合えばいいのだけれど」


 王妃様が糸目をニコニコと笑ませながら言う。

 カップを持つそのたおやかな動作が眩しい。王妃様のロイヤル感溢れる佇まいにただただ圧倒されて、恐る恐る眼の前のタルトに手を伸ばした。


「王妃様。大変恐縮ですが……」


 うしろに控えていたティリオロ大司教が王妃様の元に行くとなにかを囁いている。私には聞こえなかったけれど、どうやら抗議しているみたいで表情はあまり芳しくない。


「此度の茶会は王族の方のみの参加と伺っておりましたが、なぜフラ嬢まで同席していらっしゃるのでしょうか」

「いいじゃないの。ファノメネルもいずれ王家へと嫁ぐ身。王族といって差し支えないわ」

「ですが……」

「それよりもティリオロ様も楽しんで行かれたらどう? お席をご用意するわよ」

「いえ、私は……」


 結局諦めたみたいですぐに戻ってくるけど、笑顔の下でまたイライラしだしているのが見て取れた。


「初めてお会いしたときから思っていたのだけれど、聖女様って本当にため息がでちゃうくらい美しいのね」


 王妃様は華奢な手を頬に当てると、ちょこんと首を傾げてみせた。


「こんなに綺麗な方に望んでもらえるだなんて流石はわたくしの息子たちね。ああ、聖女様が王家に来てくださるのが待ちきれないわ」


 優雅な様に見惚れながらも、唐突に振られた話に全く心当たりがなくてすぐに話が理解できなかった。


「な……なんのことですか?」

「あら、聖女様は我がエフェルミア一族との縁を望まれていると聞いたのだけれど」

「縁を、望んでいる?」

「聖女様はどの子を気に入ってくださったの?」

「ちょっと待って、話が見えない」

「そんなの、僕に決まっています」


 私の声にかぶせて真っ先に名乗りを上げたのはテルメナシュだ。


「母上、先日申し上げた通り僕は聖女様に認めていただいたのですよ。今日もわざわざ僕に会いに来てくださったんだ。なのに兄上たちまで出席するだなんて……」

「にわかには信じられないな、テルメナシュ」


 短く髪を刈り込んだスポーツマンタイプ王子、テルメクスが鼻で笑う。


「何度も言うが、それはお前の早とちりじゃないのか。人の話を聞かずに早合点するのは昔からの悪癖だぞ」

「どの王子でも構いませんが、私を選んで頂けましたらこの上ない名誉だ」


 そうニコリと微笑みながら言ったのは、三人の中で一番大人の糸目王太子。

 ……え、待って、今、不穏な言葉が聞こえなかったか?


「や、あのそんな話をした記憶がないんですが……っていうかそもそもあなたに関して言えば、婚約者がいますよね?」

「いますが、それがなにか」


 顔色一つ変わらなかった。第一王子も、婚約破棄されるかもしれない当の婚約者の令嬢さえも、動揺した様子もない。


「それがなにか、って……」

「そんなもの聖女様のご意見を遵守させていただくに決まっているじゃないですか。なんていったって麗しき女神の御子たる聖女様から選ばれるわけです。これを受けない男性などこの世に存在するでしょうか? そんな酔狂者、いるわけがないでしょう。もちろんこの私だってそうです。だからなんの心配も要りませんよ。御心のままに私を選んでいただければ」

「いやいや、そうじゃなくて。だったら婚約者の方はどうなるんですか」

「もしかしてファノメネルのことを心配してるんですか? 聖女様は誠にお優しい心をお持ちでいらっしゃる」

「優しいとかじゃなくて、おかしいでしょ」


 王子は私の否定を気にする様子もなくニコニコと微笑んだまま。なんでそんなに爽やかに笑っていられるんだ。


「心配しなくても、私との婚約が守られなかった場合、テルメクスかテルメナシュが再び婚約いたします。だからなんの気兼ねも要りません」

「いやいやいやいや、ますますなに言ってんの」


 倫理観がどうなってんのかとか、婚約者として一緒に過ごしてきた愛情はどこにいったとか、言いたいことはいっぱいあるのに、王子様があまりに平然としているものだから上手く言葉にならなかった。


「兄上、聖女様はとても清らかな御方なのですよ。そのような打算的な心は聖女様に相応しくありませんね」

「そうです、兄上。長年連れ添った婚約者に対してそんな態度をとられるから、ほら、聖女様は兄上を心底軽蔑なさっています。まぁそもそも、兄上たちには関係のない話ですけどね。なにせ聖女様は僕をおそばにおくと決められたのだから」


 突如始まった兄弟間の言い合いに、呑気にお菓子を口にするわけにもいかず、ただあわあわするしかない。


「二人ともなにを言っているのかな? もしや兄をそんな目でずっと見ていたのかな、おまえたちは」

「そんな目もなにも、兄上が元々そういう人だということはわかりきっていたことではありませんか。婚約者までいるのに、聖女様を娶ろうという魂胆がしれません」

「お前の言うとおりだ、テルメナシュ。ところでいつになく強気だが、脆弱なお前に聖女様を娶るのは荷が重いんじゃないか?」

「兄上、心配しなくとも聖女様は僕を選ばれたのですよ。立派に努めてみせます」

「二人とも兄に対して随分と辛辣だな。……まさかおまえたち、父上の戯言を信じたりしていないだろうな。聖女と契りを交わした者が次期王位継承者だなんだ……実にバカバカしい」

「僕はそんなものどうでもいい。兄上はどうか知らないけれど」

「テルメナシュ! お前、兄に向かってなんてことを……!」

「二人とも打算まみれだと聖女様には到底選ばれませんよ。僕のように心の底から聖女様をお慕い申し上げて、身も心も捧げられるくらいの覚悟がないと」

「ちょっ……ちょっと!」


 私の声も届かないのか、兄弟三人は冷ややかに言い合っていて、止まらない。それをニコニコしながら眺める王妃と、我関せずといった様子のファノメネル。

 更にはティリオロ大司教まで騒ぎを止めることなくじっと見つめている。その大司教を手招きで呼ぶと、躊躇いながらもわずかに身を寄せてきた。


「じっと見てないで止めませんか」


 微笑む大司教は微動だにしない。


「ティリオロ大司教?」

「……いいえ。私からは特になにも言うことはありません」


 ロイヤルファミリーが醜く争う様を静かに微笑みながら、ティリオロ大司教はただ見守っている。人の良い笑みを崩さないその様子にひやっと背筋が粟立った。


「これは王家と聖女様の問題であって、私が口を挟めるような問題でもありませんので。それにどの王子を選ぼうともどれも一緒に思えます。それこそ聖女様のお好きに選んでいただければと」

「っていうか、なんですか? 私、いつ王家に嫁ぎたいなんて言いました?」


 大司教は一瞬パチリと目を瞬かせると、すぐに笑顔に戻った。


「王家へと嫁ぎ、ゆくゆくはこの国の国母となる。世の女性ならば誰もが一度は夢見ることでしょう。それになんのご不満が?」


 あまりにも身勝手な言い分にポカンと口を開けて呆けるしかない。そんな大事なこと、なんの相談もなしによくも勝手に言えたものだ。


「まあこの子たちったら、しょうがないわねぇ」


 暫く眺めているだけだった王妃様はのほほんと微笑むと、侍女に指示して冷め始めたお茶を下げさせた。


「みんな聖女様が大好きなんだから。でも聖女様のお気持ちを蔑ろにするのは良くないわね。ねぇ、どうしようもない息子たちは放っておいて、少し庭を歩きませんこと? ぜひ見ていただきたい場所があるのよ」


 王妃様がさも当然のようにティリオロ大司教に手を差し出した。大司教が珍しく不意をつかれて固まっている。

 その言葉に甘えてさっさと逃げることにした。


「ファノメネル……様、よかったら一緒に見に行きませんか?」


 ヘーゼル色の瞳が涼やかな美女は、微かに笑みを浮かべると立ち上がってくれた。









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